第九話 絶滅への旅路

俺は今、トラックに積まれて運ばれている。

その理由は簡単で、俺が逮捕されたからだ。

罪状は詐欺。

大熱波だ核戦争だ文明崩壊だと大混乱の世間の中で、その混乱を生かしてあぶく銭を得ていた。

が、とうとうお縄というわけだ。

「よお、お前も詐欺か?」

「……お前、誰だ?」

「俺はヨシカワマサトだ!マサトって呼んでくれ。」

「……俺はタナカタツヤだ。」

「そうか!よろしくな、タツヤ!」

俺はタツヤと呼んでいいとは言ってないが。

まあ、いいだろう。

「俺たち、どうなるんだろうな」

「なんだあ、お前そんなこと心配しているのか?」

このマサトという男は、ずいぶんと呑気なようだ。

「大丈夫だ、どうせこんな世の中じゃ裁判所も警察も大して機能していない。こんなトラックに犯罪者を山積みするようになっちまったんだ、いよいよ世も末だな」

それはたしかにそうだな。

せいぜい反省文か何かで解放されるだろう。



と思っていたが、明らかにトラックは警察署とは違う建物に入って行った。

乗ったときには気づかなかったが、よく見るとトラックの運転手も助手席に座っている男も警察の人間では無いようだった。

どうやら、警察ではない別の場所に連れてこられたらしい。

「なんだあ、ここ?」

このマサトという男は相変わらず呑気なようだったが、俺はどこか不安な気持ちになっていた。

「全員、降りろ!」

俺たちは助手席の男の指示に従って降車した。

その数を数えてみたが、数十人は乗っていたようだ。

「そこの入り口だ、進め!!」

降車場の横に、厳重な扉があった。

既に運転手の男が開錠の操作をしていたらしく、扉は開いた状態だった。

俺たちはそこに向かって進んで行った。

しばらくそこを進むと、巨大な扉があった。

これは……

「そのエレベーターだ、乗れ!!」

なるほど、エレベーターだったのか。

俺たちは一言も喋らないで、エレベーターに乗り込んだ。



何分経っただろう。ただひたすらエレベーターは降下し続け、ようやく停止した。

俺たちは大きな部屋に通された。

既に三百人ほどの人間がいた。

俺たちはどうやら最後の組だったようだ。

そこにはステージもあり、何人かの人間がマイクの調整などしていた。

用意されたパイプ椅子に腰掛けると、ステージに二人の男女が現れた。

男の方がマイクを取ると、何か話をし始めた。

「えー、諸君らは全て詐欺罪で逮捕された犯罪者だ。だが、我々はその罪を問おうとしているのではない」

それは驚きだ。この空間の人間がほとんど嘘つきだらけってことじゃないか。

公務員試験の問題にしたらどうだろう。

男は話を続けた。

「申し遅れたが、私は日本政府のコヤマエイタ。君たちにある任務を与えるためにここにいる」

任務?どういうことだ。

「君たちもよく知っているだろうが、現在我々は人類史上最大の危機に直面している。平均気温の異常上昇、それによる居住不能地域の世界的な拡大、そしてそれに端を発した世界的紛争……もはや人類存亡の危機と言っていいだろう。」

そんなことは分かっている。

「報道規制の影響で君たちは知らないかもしれないが、既にアフリカとオセアニアにおいては人口の九割が消え去った。南米大陸も極めて厳しい状況だ。」

一気に部屋中が騒がしくなった。

流石に事態がそこまで深刻だとは知らなかった。

「ヨーロッパやアメリカはまだ致死的な平均気温には至っていないが、避難民流入や物流不足により大混乱となっており、いつ大規模な紛争が勃発するかも分からない。一度始まれば、悲惨な核戦争となるのは時間の問題だろう。」

「我々は島国であり、また運よく平均気温の上昇もまだ居住可能なレベルに収まっているからなんとか国の形を保つことが出来ている。」

まあ、たしかにそうだ。

もっとも最近は節電のためとか言ってエアコンの使用は厳しく規制されているから暑くてたまらない。

もう外国から化石燃料の輸入を行うのは困難だからだそうだ。

「……だが我々も限界だ。既に沖縄は居住不能地域であるし、来年には九州全域が居住不能となる。」

「残念ながら、このまま文明社会を保ち続けることは不可能と言ってよいだろう。」

それは薄々と感じていたことだ。

それをネタに俺は詐欺をしていたのだから。



「そこで、我々日本政府は最後のプロジェクトを推進することとした。それを彼女に説明してもらう。ではドクター・キミヅカ、頼む」

「承知しました、コヤマさん。」

すると今度は女の方がマイクを取り、説明を始めた。

「皆さん、初めまして。私は内閣府直属でこのプロジェクトに携わっているキミヅカと言います。」

キミヅカは三十代前半くらいの女だった。さらに説明を続けた。



「皆さんにお願いしたいのは、文明崩壊後に日本で生活する人々を殺すことです。」



また部屋中が騒がしくなった。

するとコヤマがたまらず

「ドクター・キミヅカ!!!」

と声を掛けた。

「失礼しました。正確にはのではなくです。」

と訂正した。

安楽死?なぜそんなことを?などと考えているとキミヅカが詳しく説明してくれた。



文明崩壊が起これば、今まで文明に頼り切って生活してきた人類は死ぬしかない。

仮に自給自足が出来たとしても、毎年来る厳しいな夏を越える術を持つものは多くない。

となれば、人類という種は絶滅への一本道を歩くことになる。

まさしく、絶滅への旅路だ。

だがただそれを待つにも忍びない。

ならば、せめて生き残った人々を我々の手で穏やかに送り出そうではないか。

それが我々人類が出来る、滅びの運命に対する唯一の抵抗だ……と。



騒がしかった部屋もその話を聞いてすっかりと静まり返った。

その後、キミヅカは旧文明収束官補助用有機型人工知能なる長ったらしい名前のロボが補助に入ることや、収束官の配置先や、具体的な安楽死の方法などを説明した。

このキミヅカというのは、旧文明収束官補助用有機型人工知能を一から全て開発したらしい。

まさに天才という奴か。

「では、とりあえず以上です。詳しい任務の手順については明日からの訓練で説明するとして、何か質問はありますか?」

キミヅカがそう問うと、マサトが手を挙げた。

「ではそこの君、言いなさい」

するとマサトが立ち上がり、質問をした。

「あのー、なんで若者ばかり殺すんですか?老人だって穏やかに殺してあげればよくないすか?」

軽い口調でとんでもないことを口走る奴だ。

「……それは、ちょうじ……いえ、旧文明収束官補助用有機型人工知能の仕様上仕方ないものです。」

「そうですかい。それから、なんで北海道が配属先に含まれていないんすか?」

「……北海道は気温も低くてまだ生き残れる確率が高いから、南の方を優先して任務を行ってほしいのよ。」

「ああ、そうかよ。」

マサトは腑に落ちないといった表情だった。

たしかに気になる二点だが、俺にとって最も気になるのは――

「じゃ最後だ。この任務の見返りはなんすか?」

マサトも同じことが気になっていたようで、聞いてくれた。

だがその答えは芳しいものではなく、

「見返りなんて無いわ。任務を放棄した時点であなたたちは旧文明収束官補助用有機型人工知能によって殺害される。強いて言えば、任務を続ける限りは命が保障される、というのが見返りかしら。要するに、あなたたちに拒否っていう選択肢は無いわ」

……というものだった。

三度部屋中が騒がしくなったが、キミヅカは気にすることなく、

「じゃ質問はこんなもんね。明日から訓練だから、今日はちゃんと休むように」

と言って、ステージから降りた。



次の日から、訓練というものが始まった。

俺は例のマサトとペアを組まされて、安楽死相手を懐柔する方法や銃器の扱い方など、必要なスキルを身につけていった。

訓練を通じて、詐欺師ばかり集められた理由がなんとなくわかってきた。

この任務においては、対象に自分を信用させ、うまく薬剤投与まで持って行くステップが重要だ。

詐欺師っていうのは人間を騙すプロ集団だからな。

向いているのだろう。



マサトと訓練を繰り返すうち、俺たちはなんだかんだ打ち解けていった。

同い年で元詐欺師という点まで同じだからな。

マサトはなんと気象予報士の資格を持っているそうだ。

だがこの動乱の中で学校にも行けず仕事も無い。

気象の知識を適当に並べ立てて不安を煽り、土地や株を売買させる――そういう詐欺をやっていたらしい。

俺はこの混乱で職にあぶれた若者を狙って詐欺をしていた。

職があると言って寄ってきた若者にタダ同然で労働をさせ、その利ざやを稼ぐ。

そんなことをやっていたから、若者に悪事を働くのなど慣れたものだ。

案外俺はこの任務に向いているのかもしれない。



俺たちが訓練を受けている間、地上では惨憺たる状況になっていた。

各主要都市は攻撃を受け、各種インフラは致命的な打撃を受けた。

文明崩壊というものは確実に進んでいた。

俺たちは訓練をこなしながら、ただ「その時」を待っていた。

ときおり地下にまで伝わってくる衝撃と轟音に耐えながら。ただひたすらに。

そして、間もなく「その時」が訪れようかという頃、俺は収束官補助なんちゃらというのと初めて対面することになった。

マサトのとこに来たのはベルナデッタというなかなか厳しそうな奴だった。

こんなおちゃらけた奴と組ませて大丈夫かねえ。

そして、俺のもとにも補助なんちゃらが現れ、そいつの第一声は――

「初めまして、ゼロです!よろしくお願いします!」

というものだった。



俺はそれからはゼロとともに訓練をこなした。

このゼロというのは任務にかけては優秀な成績だったらしいが、それ以外のことはてんで駄目みたいだ。

簡単なことも知らないし、何をやらせても不器用だ。

まあ、愛嬌があるから許せるというものだが。

こんな奴の親の顔が見てみたいね、もっともロボットに親なんていないだろうがな。



そして衝撃と轟音が止んだ次の日――

俺たち旧文明収束官は一番最初に集められた大部屋に再度集められた。

ステージにはキミヅカのみがいて、コヤマの姿は無かった。

おかしいな、昨日はいたはずなんだが。

するとキミヅカがマイクを取り、俺たちに語りかける。

「諸君、文明は崩壊した。君たちの任務がここから始まる。」

「コヤマは事情によりいらっしゃらないので、代理で私が君たちに命令を下す。」

そういえば、横にいるマサトがいやに真面目な顔をしている。

流石に緊張しているのだろうか。

キミヅカはさらに続けた。

「文明収束官は、生き残る人々を安楽死に導け。その任務を放棄した場合、君たちも死を受け入れよ。そして―― 衛星との通信が途絶した場合、青森に向かって北上セヨ。」

「「はッ!!!」」

こうして俺たちは旧文明収束官に任命された。

もっとも、その日限りで日本政府は消滅したことになっているので、俺たちは一日で「元・公務員」になった。



それぞれの収束官たちが散って行った。

俺もゼロのところへ行こう――

そう考えていると、キミヅカがステージから降りて俺のもとへやってきた。

「タナカタツヤ収束官、だね?」

「……そうですが。」

「君に割り当てたゼロと言うロボは特別製でね。旅の途中で至らぬ点があるかもしれないけど、なんとか頑張ってちょうだい」

「はあ、分かりました。」

特別製だとあんなポンコツロボットになるのだろうか。

「……。」

「ドクター・キミヅカ、どうかされましたか?」

「私には熱波で死んだ娘がいてね。彼女のように苦しんで死ぬ人間が減ると思うとほっとするわ……」

そうなのか。そんな話を俺にされてもなあ。

「ともかく、頼むわよ。衛星の通信が途絶えたときに北上するのを忘れずにね」

「分かりました。」

そう聞いて俺は、部屋を出た。

さあ、任務の開始だ……いや、任務と言うのは俺には似合わないな。

詐欺師のときは、俺はカモフラージュとして「仕事」という言葉をよく使った。

これからも、それでいいか。

部屋の外で待っていたゼロのもとに行き、俺は告げる。

「ゼロ、仕事を始めよう。」



これがゼロと旅を始める前の、お話だ。

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