第零話 プリンセス・ゼロ
あれ、ハカセが部屋の前にいる……何か考えているのかな。
「レイコ、いえ……あなたの名前は、ゼロよ」
「ぜ、ろ……?」
「そう、今日からあなたの名前はゼロよ。シリアルナンバーもゼロだし、ちょうどいいわね」
「うん!」
私の名前は、ゼロ……私の名前は……ゼロ!
他の子たちはなんて名前なのかなあ?
今までずーっと一人部屋の中で過ごしてきたけど、両隣もお向かいも私と同じくらいの子たちだっていうのは分かってるもんね。
会うのが楽しみだなあ。
今まではずーっと勉強ばかり。
本を読まされても全然分かんない!
私の年齢には難しすぎるもん!
あーあ、早く他の子たちに会えないかなあ~……
そして名前がついてから間もなく、私は一人部屋を出ることになった。
今日はハカセが迎えに来て、みんなのところに連れていってくれるらしい。
いよいよ他の子たちと一緒に生活ができるんだ~!
楽しみ楽しみ。
あっ、ハカセだ!
「ゼロ、出てきなさい。行くわよ」
「うん!!」
こうして私は、一人部屋を出た。
他の子たちは既に出ていたみたいで、私以外の部屋は全て空っぽだった。
一人部屋の集まる区域を抜けて、長い長い廊下を歩く。
今までずっと部屋にいたから気づかなかったけど、どうやらここは地下にあったらしい。
なんで気づいたかというと、「空」っていうのが見えなかったから。
本で勉強した時は、上を見上げると広がってるものが空だって書いてあったのに。
私はいくつもの廊下と扉を抜け、ようやくみんながいる部屋に着いた。
中を覗いてみると、みんなが机に向かって座って待っていた。
(わあ……これが「教室」っていうのかな)
そう思っていると、ハカセに招かれて、私は教室に入った。
「皆さん、この子がゼロです。皆さんにとっては姉にあたりますから、お姉さまと呼びましょう。仲良くして挙げてくださいね」
そう紹介されたけど、拍手も歓声も起こらなかった。
ハカセは別の作業で忙しいからと来なくなって、代わりにいろいろな先生が来るようになった。
教室でみんなと勉強するようになってから三日が経ったけど、誰も私に話しかけてはくれなかった。
それどころか皆私を避けているし、何かうわさ話をしているようだった。
当然だよね。
授業で当てられても何も分からない。
訓練では失敗ばかり。
それでいて皆にとっての「お姉さま」なんだもんね。
一緒にいたら、嫌だよね……
誰も話しかけてくれないから、次の授業までじっと待ってよう。
いつもと同じようにそう考えていた休み時間に、後ろから声をかけられた。
「ゼロお姉さま。」
「ひょえッ!?」
「声をかけたぐらいで、そんなに驚かないでください。」
「でも、私声かけられたの初めてで……」
「そうですか。お姉さま、今日の訓練は私とペアを組んでいただけませんか。」
えっ……?私、いつも組む人がいなくて先生とやっていたのに。
「どうして、私なの……?」
「私、あなたのような人を『お姉さま』とは認めたくありません。」
ぐさっときた。なら、どうして……?
「だからこそ、お姉さまには一人前の『お姉さま』になってほしいのです。必要なら、私が訓練も勉強も教えてあげます。」
なんていい子なんだろう。そうだ、この子の名前、なんて言ったっけ。
「あの、あなた、お名前は……?」
「ベルナデッタです。以後、お見知りおきを。」
それ以来、ベルナデッタは私にいろいろなことを教えてくれた。
勉強のことも、訓練のことも。
ベルナデッタはすごく厳しくて大変だったけど、どうにか前に比べたらマシなレベルになった。
そうすることで、少しずつ皆も私に話しかけてくれるようになった。
そんなある日、珍しくハカセが教室に来た。
「ここにいる皆には旧文明収束官補助用有機型人工知能となってもらうべく、新しい訓練を始めるわ。そう――ゼロを除いてね。」
え?私はしなくていいの?
「ハカセ、私は……?」
私は手を挙げ、ハカセにそう問うた。
「そうね、ゼロ……あなたには別で話すわ。皆、新しい服を用意してあるから着替えてらっしゃい」
ハカセがそう言うと皆が教室から出て行き、ハカセと私だけが残った。
するとハカセが口を開き、私に告げた。
「ゼロ、あなたにはもっと重要な任務があるわ。文明崩壊が起こる前に、私と青森に行きましょう」
えっ?重要な任務?青森?どういうこと?
折角皆と仲良くなれたのに、皆と別れちゃうの……?
「さあゼロ、行きましょう。」
そう言ってハカセは私の手を取った。けど……
「イヤ!!!」
いつの間にかそんな声が出ていた。
「私も皆と同じ任務がしたい!!!」
「けど、ゼロ……あなたの任務はとても重要なのよ」
「イヤなの!!!!皆と、ベルナデッタと一緒の任務がしたいの!!!!」
「……そう。ならゼロ、皆と同じ訓練を受けていいわ。」
「本当?」
「ただし、訓練の成績が酷ければ青森に行ってもらうわ。普段の訓練の成績から考えて、まあそうなると思うけど」
「そんなことないもん!!!!」
なんとしても良い成績取って、ベルナデッタと一緒の任務をする。
私はそう、決意した。
ベルナデッタたちの任務は、文明崩壊が起きた後に人間たちを安楽死してまわることだと聞いた。
だから薬剤合成の方法や、相手の人間たちを懐柔するやり方を学んだ。
特に若い人を重点的に……と言われたけど、その理由はよく分からなかった。
生体反応で若い人しか引っ掛からないから……とか、ハカセからいろいろ説明をされたけど、なんだか的を射た説明はされなかった。
私は必死に訓練した。
ベルナデッタたちと一緒の任務がしたい、その一心で。
相変わらず他の訓練はダメダメだったけど、旧文明収束官補助用有機型人工知能としての訓練だけは優秀な成績であろうと努力した。
その結果、私はこの訓練の成績で一位になった。
あのベルナデッタでさえも抑えて。
そうなるとハカセも流石に認めざるを得なかったようで、私を旧文明収束官補助用有機型人工知能の任務につかせることに決めたみたいだった。
「ゼロ、あなたにも新しい服が来たわ。任務の際はこれを着なさい。」
ハカセから私に手渡されたのは、メイドさんの服だった。
「わあ……きれいです」
ちなみにベルナデッタが敬語を教えてくれたから、私はハカセに対して敬語を使えるようになった。
訓練中、みんなはメイド服を着ていたのに私だけ運動着のままだったから、メイド服を渡されてすっごく嬉しかった。
喜んでいると、ハカセが私に告げた。
「ゼロ、仕方ないけどあなたに旧文明収束官補助用有機型人工知能としての任務を命じるわ。ただし――
衛星の通信が途絶えたとき、あなただけは北上して青森に行きなさい。分かったわね?」
「はい。分かりましたッ!」
でも、「だけ」って言ったのはなんでだろう?
私にメイド服が渡されてから数日後、皆と共に教室に集められた。
「皆、いよいよ任務のときが来たわ。上では、本格的に文明崩壊が起こりつつある。落ち着いたら、いよいよ仕事開始ね」
「「はいッ!!!」」
「それでは、それぞれ担当の旧文明収束官のもとへ行きなさい。頑張るのよ。」
「「はいッ!!!」」
こうして皆は各収束官のもとに散って行った。
私も収束官のもとに行こう――そう思っていると、残っていたハカセが私を呼び止めた。
「ゼロ、お願いよ。必ず青森に来るのよ」
「はいッ!分かりました!」
「では頑張って、ゼロ……いえ、」
「プリンセス・ゼロ。」
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