第四話 老婆と孫
「いせき」を出発して五日が経った。
何件か仕事をこなしつつ、俺とゼロは西方向に進んで内陸部に戻ってきた。
ゼロがたまには線路を歩いてみたいと言うので、旧東北本線沿いに北上にすることにした。
「かつてはここを列車が走ってたんですね~!ロマンロマン!!」
ゼロは線路を歩きながらそんなことを言っている。
「生体反応、忘れるなよ」
「もちろんです!私は仕事には真面目ですから!」
そう言うとゼロはふふんと胸を張った。
ところで、生体反応には弱点がある。
それは年を重ねた人間を発見しづらいという点だ。
ゼロは定期的に音波を発信している。
それを聞いた人間の脳では、わずかな脳波の変化が起こる。
ゼロはその変化を捉えて、周囲の人間を発見できるらしい。
だが、人間の可聴域は加齢により狭まる。
したがって、ゼロの音波に対する反応は年齢が高い人間ほど弱くなる。
だから、俺たちが生体反応で見つける人間はたいがい子どもか若者ってわけだ。
「タツヤさん、生体反応ですッ!」
さっきまでスキップしていたゼロが、いつの間にか真面目な表情になって報告してきた。
「そうか、どこだ?」
「正面の方向、一キロメートルですッ!」
「分かった。このまま接近する。」
「はいッ!あ、ただ今の距離、七百メートル!」
何?さっきまで一キロ離れていた対象が三百メートルも近づいてきた。
そんな馬鹿な。
「ただ今、四百メートル!」
「コマンド、モード変換!直ちに戦闘モードに!」
「はいッ!」
ガションガションという音に続き、ゼロがスカートからライフルを取り出した。
「移行しましたッ!残り百メートル!」
「攻撃を許可する!撃てと言ったら撃て!」
「はいッ!残り五十メートル!」
俺も腰の銃を構えた。
そして、固唾を飲んで待ち構えていると――
ぐおん。
という音だけを残し、時速四十キロはあろうかというトロッコが、向こう側の線路を駆け抜けていった。
……。
「ゼロ、攻撃中止。平常モードだ」
「は、はいッ! 移行します」
「俺たちの足であれを追うのは無理だ。折り返してきたのに轢かれてもたまらんから、線路脇を歩くとしよう」
そう言ってひょいと線路脇に降りた。
今度はゼロの手を取り、降りるのを手伝ってやった。
しばらく歩き続け、すっかり夕方になってしまった。
さっきの一件で少し疲れてしまった。
今日は早めに寝床を準備して、寝よう――
そう思っていると、ゼロが報告してきた。
「タツヤさん、また生体反応です!さっきの人が折り返して来ました!距離一キロメートル!」
「コマンド、モード変換。戦闘モードに移行せよ」
俺はそう指示をしつつ、あることを思いついた。
「ゼロ、俺はあれを止めてみる。お前は茂みに隠れて待ってろ、何かあったら撃て」
「えぇ?危ないですよぉ、やめてください!」
「大丈夫だ、手荒な真似はしない。」
そう言いながら、線路脇に落ちていた枝と持っていた布切れで即席の旗を作った。
「昔っから列車ってのは、こうやって止めるんだ!」
そう言って俺は、力の限り旗を振り続ける。
薄暮の中だが、見えてくれ。
そう祈っていると――
「タツヤさん、生体反応がだんだん遅くなっていきますッ!」
ゼロが小声で伝えてきた。
やがてトロッコがゆっくりと近づいてきて――
俺の目の前に止まった。
トロッコを漕いでいたのは――日に焼けた少女だった。
「お兄さん、なんだか暑そうな格好だねえ~」
少女はそう言うと、トロッコから飛び降りた。
「おばあちゃん以外の人に久しぶりに会ったよ。どこから来たの?」
「俺は南の方から歩いてきたタナカタツヤだ。君は?」
「あたしはヨシダレイナ!よろしくね、お兄さん!」
などと話していると、茂みの方からガサガサと音がして――
「あの~?出てもいいですか~??」
とゼロの声が聞こえてきた。
結局俺とゼロは、レイナのトロッコに乗せてもらって「おばあちゃん」の待つ家まで連れていってもらうことにした。
泊めてもらいつつ、どうにか仕事のチャンスを探す――
ゼロにはそう耳打ちした。
俺とゼロは、レイナの漕ぐトロッコに乗っていた。
しばらく手入れがされてないであろうガタガタの線路を猛スピードで走るのにはヒヤヒヤしたが、ゼロは呑気に鉄道の旅を楽しんでいた。
「レイナさん、風を切るのって気持ちが良いですね~!」
「だろう~?このあたしが作ったトロッコだからな!」
こんなまともなトロッコを作るなんて大したものだ。
ゼロなんかこの間鍋を空焚きして大騒ぎしてたというのに。
トロッコで走っている間に、レイナから話を聞いた。
文明崩壊後は、祖母と二人暮らしのようだ。
トロッコであちこち駆け回り、生活物資を調達しているらしい。
祖母は足腰が弱くなり、一日中家の中で過ごしているそうだ。
家の近くで俺たちはトロッコを降りた。
レイナの家は、田舎の一軒家という感じだった。
崩壊前の日本ではよく見られたが、今の時代にこれだけ綺麗な状態で残っているのは珍しいだろう。
「おばあちゃん、ただいまー!」
「お帰り、レイナちゃん。あら、お客様?」
玄関のすぐ先が居間になっていて、レイナの祖母はすぐに俺たちに気づいたようだ。
足を引きずりながら玄関まで来てくれたので、俺たちは慌てて姿勢を正した。
「初めまして。タナカタツヤというものです。」
「こんばんは。メイドのゼロです」
挨拶しているとレイナが割り込んできて、
「おばあちゃん、この人たち泊まるところないんだって!」
と言ってくれた。
「そうかい、そりゃあ大変だ。お二人さん、どうか泊っていきなさい。」
「ありがとうございます。」
「ありがとうございますッ!」
あっさりと宿泊の承諾を得た。
しばらく休んでいると、すっかり暗くなってしまった。
ありがたいことに、レイナの祖母は晩御飯まで用意してくれた。
これまたレイナが作ったという行灯の明かりのもと、俺たちは食事を取った。
「四人で晩御飯なんて何年ぶりかねえ」
「あたし、子どもの頃以来かも!」
「そうですか。お二人とも苦労していらっしゃるんですね」
「ひょのおふけものおいひいですッ!」
一人場違いの奴がいたな。
レイナが食器を片している間、レイナの祖母と話をした。
「タツヤさんと言ったかね。」
「はい。」
「何をしている方なんだい?」
「元公務員です。このメイドのゼロとともに、怪我人や病人を癒して歩いています。」
「私がゼロですッ!」
今俺が紹介しただろうが。
「……そうかい。なるほどね。」
そう言うと祖母は少し間を置き、
「実は最近、体の調子が悪いんだ。診てはくれんかね。」
と言ってきた。
それを聞いた俺はゼロに目配せしつつ――
「分かりました。」
と返事した。
レイナの祖母を寝かせ、俺は身体を診るふりをする。
「どうかい、タツヤさん?」
「診たところ、大きな異常はありません。最近も暑いですから、少しお疲れなんでしょう。」
我ながらよくこんな嘘をつくもんだ。
「ああ、そうかい。」
「何か栄養剤など打ちましょうか。」
「そうだね……そうしてもらおうか。」
それを聞いたゼロは、俺の指示を聞くまでもなく注入モードへと移行していた。
ガショガショと小さい音が聞こえたかと思えば、ゼロはスカートから注射器を取り出した。
レイナもいるし、皮下注射で少し遅らせるのが望ましいと判断したのだろう。
やはり仕事には真面目だ。
「では、チクッとしますよ~」
ゼロはそう言って注射した。
「はい、終わりました。あとはゆっくりお休みになってください。」
俺はそう言って、祖母に毛布をかけた。
明日の朝には事切れているだろう――
そう思っていると、レイナの祖母が口を開いた。
「なあ、タツヤさん?嫁はいるか?」
「いえ、いませんが……」
「ならうちの孫はどうだい。めんこいし、仕事は真面目にやる。いい嫁になると思わないか?」
「はは、ご冗談を……」
ゼロの方を見ると、珍しくムッとしていた。
するとレイナの祖母が俺の顔を見て――
「タツヤさん、お願いがある――あの子をよろしく頼む」
と言って、眠りに落ちた。
まるで俺とゼロが何をしたのか、分かっているかのように。
ちょうどその時、炊事場の方からレイナの声がした。
「あれー?おばあちゃんもう寝ちゃったのー?」
「ああ、少し疲れていたようだから寝てしまったようだ」
そう答えると、レイナが暗い炊事場から顔を出し――
「ねえタツヤさん、二階のあたしの部屋に来てよ。ゼロさんは待っててね、ふふ」
と笑いながら言ってきた。
「二階?何があるって言うんだ?」
「うふふ、それはお・た・の・し・み」
レイナはやけににやついていた。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
少し怖いが、レイナに仕事をするチャンスかもしれない。
そう思って腰を上げると、ゼロはあわあわとまごついていた。
「ゼロ、お前はここで待っていろ。俺たちの生体反応に異変があれば来い」
そう耳打ちして、俺はレイナの後についていった。
階段を登ると、いくつかの部屋があった。
レイナはそのうちの一つに入り、行灯をつけると――
「じゃーん!ここがあたしの部屋でーす!!」
と自慢げに言った。
目を凝らして見てみると驚いた。
売り物かと思うくらい綺麗なベッドと机、それにちゃぶ台まであった。
「すごいな、君が全部作ったのか?」
「うん!すごいでしょう!」
なるほど、二階に連れてきたのはこれを見せたいがためだったのか。
心配して損をした。
「君はものづくりが好きなのか?」
「そう!どうせ暇だし材料は森に行けばたくさんあるから、木で工作ばっかしてるんだ!」
時代が違えば、名芸術家にでもなっていたかもしれないな。
今やレイナの「作品」を知るのは俺だけか……
そう思っていると、ふと疑問が芽生えた。
なぜゼロには見せないんだ?
自分の部屋を自慢するだけなら、ゼロにだって見せていいはず。
あいつが見たら、大喜びだろうに。
そう思っていると、レイナはベッドに腰掛け――
「お兄さん、来てよ。」
レイナは少し震えた声でそう言った。
「……君は、それがどういう意味か分かっているのか?」
「分かってるよ!あたし、もう子どもじゃないもん!」
「だとしても、なぜ」
「こんな田舎で、ましてやこんな時代に若い男の人なんて出会えるはずがない。」
「それで?」
「……だから、男の人と会ったらこうしようって、決めてたんだ。」
文明が崩壊しても、思春期というものはたしかにやってくるらしい。
「分かった。」
俺がそう言うと、レイナは少し嬉しそうな、どこか不安げな顔になった。
トスントスンと軽い足音を鳴らしつつベッドに向かい、レイナの隣に座った。
レイナは相変わらず不安そうな顔をしている。
俺は震えるレイナの腰に手を回し――
「本当にいいんだな?」
と言った。するとレイナは静かに俺に抱きつき――
「いいよ、お兄さんなら。」
それを聞いた俺は、さっと右手を挙げた。
次の瞬間、ゼロがレイナの首元に噛みついた。
「!?ッ……!」
突然の首の痛みに驚き、レイナはゼロを払おうとした。
だがゼロはレイナを俺から引きはがし、しっかりと抱きしめていた。
薬剤注入には、強すぎるくらいに。
それが終わると、ゼロはレイナを離した。
レイナはベッドに横たわり、今にも意識を失おうとしている。
「お、お兄さん……」
それでも俺の方を見て、呼びかけてきた。
「レイナ、おやすみ。すまなかったな」
それを聞いたレイナは目を閉じ、再び開くことは無かった。
二人の亡骸が眠る家に泊まるのは申し訳なかったので、俺とゼロは結局野宿することにした。
俺は焚火をして、ゼロは衛星と通信をしている。
やがて通信も終わったようで、ゼロはふうと息を吐いた。
「ゼロ、お疲れ様。」
そう言って俺は、ゼロに沸かした湯を差し出した。
「ありがとうございます、タツヤさん。」
しばらく俺とゼロは焚火を眺めていた。
生体反応に引っ掛からないうえに、いずれ死ぬ老人に仕事をする意味は薄い。
だから普段は老人と関わる機会はない。
そのせいもあってか、なんだか今日はセンチメンタルな気分になっていた。
「なあ、ゼロ。」
「何でしょうか?タツヤさんッ」
「俺たちが仕事をする意味ってなんだろうな」
「えっ?皆さんを安楽死させるために……」
「そんなことは分かっているさ。でも、こんな世界でも、皆必死に生きている。皆生きることそのものに意味を見出していると思うんだ。それを邪魔してまで俺たちが仕事をする意味って……」
そう言い切る前に――いつの間にかゼロに回り込まれていた。
ゼロは俺の首元に顔を近づけながら――
「タツヤさん、あなたが仕事をする意味はこれで十分でしょう?」
笑顔でそう言った。
「……そうだな。」
俺は苦笑いでそう返した。
俺は生を渇望している。
俺が仕事をする理由なんて、それだけさ。
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