第三話 いせき
この間の件があってから、俺とゼロは北上ルートを変えることにした。
国道4号に沿って北上していたが、旧仙台市街を抜けた後は、国道45号に沿って歩く。
だんだんと北に行くにつれて、気温も少し下がってきた。
といっても、今日の気温は42℃と表示されてはいるが。
文明崩壊してから、日本人が居住可能な領域は北へ北へと追いやられた。
少なくとも東京より南にはもう人は住んでいない――
端的に言えば、暑すぎて住むことができないのだ。
ここ東北でも居住可能領域は狭まっている。
夏場の間は、福島以南に住むことは不可能と言っていい。
だから、俺とゼロは夏が来る前に北を目指しているというわけだ。
「わぁ、きれいですね~!」
ゼロが歓声をあげる。
ふと右を向くと、松島が見えていた。
文明崩壊により、天橋立も宮島も到達すら困難になった。
残る日本三景は、この松島だけというわけか。
「松島や おお松島や 松島や」
「ゼロ、ちょっと違うぞ」
「いいんです!私のオリジナルですから!」
そりゃパクリってやつだろう。
「ゼロ、ここらへんで昼飯にするか」
「はいっ!そうしましょう!」
少し、松島を見たい気分になったからな。
ゼロに水筒の水を沸かしてもらい、二人で飲む。
食べられそうな草も何もなかったから、今日はこれが昼飯だ。
ゼロは有機型人工知能である。
普段の薬剤合成も、ゼロが飲み食いしたものを素材として行われている。
だから普段の食事は常に同じだ。
こんなストレスだらけの世界で、数少ない癒しの時間でもある。
「タツヤさん、いい香りですね~」
「ただのお湯だろ、ゼロ。」
一緒に旅をするなら、こういう能天気な奴の方がストレスも溜まらないものである。
「このあとはどうされるんですか~?」
「もう少し北に行けば、自衛隊の基地跡がある。使えそうな物があれば回収する。」
「なるほど~!」
ゼロは真剣に聞いてるんだか聞いてないんだか分からない返事をした。
お湯を飲み終わり、松島を後にした。
しばらく北に歩き、自衛隊の基地にたどり着いた。
「ゼロ、俺は格納庫を探す。お前はエプロンや滑走路に捨てられた航空機に使えそうな物がないか調べてくれ」
「了解しましたッ!」
ゼロはビシッと敬礼をして、航空機の方へ向かって行った。
自衛官の真似のつもりだろうが、その敬礼は海自式だぞ。
しばらく探し回ったが、特に収穫を得ることはなかった。
そういえば、ゼロの方はどうなっただろう。
そう思っていると、間もなくゼロが帰ってきた。
「タツヤさ~ん!」
「どうした、ゼロ。何か収穫はあったか?」
「ありません!」
もう少ししょんぼりしたテンションで言ったらどうなんだ、ゼロ。
「何だ何もなかったのか。」
「そうなんですけど、その代わりに足跡があったんですよ~」
足跡?
「どういうことだ?」
「どの機体もほこり被ってたんですけど、そのほこりに足跡がついてたんですよ~!五日前に雨が降ったのにこれって、おかしいと思いませんか~?」
たしかにそうだ。
雨で洗われてないということは、つい最近ついた足跡のはず。
「ゼロ、生体反応はどうだ?」
「周囲数キロメートル範囲では見当たりません。」
「では広域探索を行う。衛星と通信出来次第開始せよ」
「了解ですッ!」
指示通り、ゼロは広域探索を行った。
「分析終了しましたッ!」
「どうだ、ゼロ?」
「たしかに、東方向二十五キロメートルに多数の生体反応がありますッ!」
「分かった、ありがとう。」
流石に二十五キロメートルは遠いな。
「ゼロ、もう遅いしここで寝よう。夜が明けたら向かう。」
「了解しました!では寝床を準備しますッ!」
こうして、自衛隊基地跡で俺たちは夜を明かした。
次の日、目を覚ました俺とゼロは歩き始めた。
旧市街を過ぎてしばらく経ったころ、遠くに大きい看板があるのに気づいた。
「ゼロ、あの遠くの看板になんて書いてあるか読めるか?」
「はいッ!確認しますッ!」
ゼロは昨日の敬礼を思わせるように手を目の上にやり、じーっと看板を見ていた。
「読み上げますね。『…かわ…はら…ちから…はつ』と書いてありますッ!」
川?腹?力?初?
なんのころだろう。さっぱり分からない。
「おい、なんて漢字だ?」
「はいッ!『かわ』の『かわ』に『はら』の『はら』、『ちから』の『ちから』に『はつ』の『はつ』です!」
全然説明になってないじゃないか。
「もういいよ、行けば分かる。コマンド、モード変換。戦闘待機モード」
「はいッ移行します!」
ガションガションと音がした。
看板は分からずじまいだったが、近づくに連れて異様な雰囲気になるのを感じ取った。
何故かというと、コンクリートで直方体に固められた、高さ数十メートルはある建造物が見えたからだ。
「そうか、ここにあるのは……」
俺は何があるのかを察した。
ゼロにあることを尋ねようとしたそのとき――
「タツヤさん!生体反応多数です!」
「どこだ、ゼロ?」
「丘の向こうです!あの建物のあたり!」
ゼロはコンクリートの建造物を指さしていた。
まさか人が住んでいるというのか。
俺とゼロは足を速めた。
丘のてっぺん近くで、二人で木の陰に隠れて向こうの様子をうかがった。
するとたしかに人影が見える。
「タツヤさん、向こうに見えるのは子どもたちです。生体反応によると一番年下が五歳くらい、一番年上が十四歳といったところです」
「分かった、ありがとう。武器は持ってそうか?」
「ありません。それに襲われたとしても、タツヤさん一人くらいは守れると思います。」
全く頼もしいメイドだね、そう言って俺は木の陰から体を出した。
丘を降りていくと、八歳くらいの男の子がこちらに気づいた。
「あっ!大人の人だ!」
「やあ。ここに住んでいるのかい?」
「うん!最近この『いせき』に引っ越してきたの!」
その男の子は、こちらを警戒するそぶりも無く俺たちにそう言った。
まるで自慢の我が家を紹介するかのように。
「そっかあ。君たちのリーダーみたいな人はいるかな?」
こういうときは、集団の長に当たるのが手っ取り早い。
「うん!『ちょうろう』のところに連れていってあげる!」
そういうと男の子は、コンクリート建造物の方に向かって行った。
「ちょうろう」……というのは「長老」の意味だろう。
しかし「長老」とはなんだろう。ゼロの報告では、子どもしかいなかったはずだが。
コンクリート建造物の近くに、「長老」の家があった。
木の枝で作られた簡素なものだが、作りはしっかりとしていた。
「ちょうろうさまー、大人の人が来たよー」
男の子がそう呼びかけると、
「おう、開けな!」
と元気な声がした。
中へ入ると、そこには十代前半くらいの女の子がいた。
「おう、私が長老だ!まあまあ座ってくんな!」
促されるまま、俺とゼロは男の子が用意してくれた座布団代わりの藁に座った。
「あんたら、何をしている人なんだい?」
「俺はタナカタツヤだ。元公務員。こいつは――」
「ゼロです!タツヤさんのメイドです!よろしくお願いします!」
相変わらず騒がしいメイドだが、この「長老」とは相性がよさそうだ。
「そうかいそうかい、結構なことだ!はっはっは!」
「君がここらへん一帯の主ってことかい?」
「そうさ!私が十四歳で一番年上だから長老さまなんて呼ばれてんのよ!ははは!」
こちらも負けじと騒がしい。
「私の名前はササキカレン!よろしくな!」
「可憐とは程遠いですね……。」
聞こえてるぞ、ゼロ。
自己紹介も済んだところで、いろいろと話を聞くことにした。
この長老様は、付近一帯で親を失った子を集めて生活しているらしい。
能力に応じて子どもたちに仕事を振り分け、その対価として集団生活を提供する。
口調のわりに、几帳面な性格のようだ。
ひととおり話も済んだので、俺は気になっていたことを聞いた。
「最近ここに引っ越したと聞いたが、どうしてだ?」
「ッ!……。」
さっきまで騒がしかった長老様が、黙り込んだ。
しばらくして、苦悶の表情で静かに口を開いた。
「その理由を教えてもいいが、あんたらに頼みたいことがあるんだ……。」
「いいさ、聞いてやる。なんだ?」
「安楽死の方法を知らないか……?」
そのしばらく後、俺たち三人は長老様の家を出て、近くの小さな家に向かった。
「はいるぞ、ミコ。」
長老様はそう言って家に入り、俺とゼロを招き入れた。
中には苦しそうに臥せっている五歳くらいの女の子と、それを看病する男の子がいた。
女の子の方は意識の有無も分からない状態で、ただ苦しそうにしているだけだった。
「マコト、この方々が例のことを実行してくれる。すまないが外に出てくれないか。」
「分かりました。ミコちゃん、頑張ってね。」
マコトはそう言うと、ミコの手を強く握った。
そして静かにミコの家を出て行った。
「タツヤさん、ゼロさん、どうだ?」
「痩せすぎているから、首で実行するのは難しいだろうな。どうだ?ゼロ」
「はい、タツヤさんの言う通りです。」
「そうか……すまない、この子はもともと食が細い上に、ここ一日は何も食べていないんだ。」
「いや、別の方法もあるから大丈夫だ。ゼロ、コマンド。モード変換、注入モード」
「移行しました。タツヤさん、ミコさんのズボンを脱がしてください」
そう聞いて脱がそうとしたが、長老様が俺の手を掴み――
「私がやろう。これでも女の子なんだ。いいかな?」
俺は頷き、顔を背けた。
その数分後、
「ミコさん、行きますよー。」
ずぼっ。
という音が聞こえた。
「……タツヤさん、直腸注入にて実行しました。」
「そうか。コマンド、モード変換。平常モードに移行せよ。」
「はい。終了します。長老様、もうズボンを戻して大丈夫ですよ。」
それを聞いて、俺も顔を戻した。
先ほどまであんなに歪んでいたミコの顔は、穏やかなものに変わっていた。
長老様の目には涙が見えた。
だが、それをゼロに拭いてもらうと、先ほどの元気を取り戻したかのように家を出て――
「皆、ミコは死んだ!!!だがミコの顔を見てほしい!!!こんなに穏やかだ!!!死など恐れることはない!!!!!」
と高らかに宣言した。
外で作業をしていた子どもたちがわーっと駆け寄り、ミコの亡骸にすがりついてしくしくと泣いていた。
長老様と、マコトを除いて。
遅くなったので、俺たちは長老様の家に泊まることにした。
その夜、長老様は引っ越しの理由を教えてくれた。
長老様たちは、もともと自衛隊の基地跡に住んでいたらしい。
格納庫や宿舎があって、雨風をしのぐのに便利だったからだ。
だが長老様はその生活の限界を悟っていた。
何の知識もない子どもたちと自分だけでは、死に絶えるのも時間の問題だと。
このまま生きていても、何の意味も無いと。
だが自らの手で子どもたちを殺すのは忍びなかった。
そうして長老様は「引っ越し」を計画した。
長老様は、ここの「いせき」が何なのかを知っていた。
そして、そこに引っ越すことが致命的な悲劇を引き起こすことも。
だから引っ越したのだ。
いずれ自分も含め、皆を送り出すために。
ミコは悲劇の最初の犠牲者だった。
だが想定外だったのが、ミコは意外と生き延びてしまったことだ。
ミコの苦しむ様子を見た子どもたちが「死」に恐怖を感じたらどうする。
これから起こる悲劇に皆が気づいてしまうかもしれない。
そう思った長老様は、ミコを穏やかに死なせることを計画した。
そこに来たのが俺たちだった。
渡りに船とばかりに、俺たちに安楽死を依頼した。
……そういうわけだったのだ。
その夜、長老様は俺の胸でずっと泣いていた。
十四歳の女の子がするには、重すぎる決断。
俺とゼロは、一晩中長老様の頭を撫で続けた。
「さあ皆、今日も仕事だ!頑張っていくよ!!」
「「はい!!!」」
次の朝、長老さんはまたいつも通りに子どもたちに指示を出していた。
俺たちもそれに合わせて出発することにした。
「ありがとう。タツヤさんとゼロさんには感謝しかねえ。達者でな」
「ああ、君もね。」
「長老様、頑張ってくださいねっ」
長老様と最後の言葉を交わし、「いせき」を出た。
「いせき」を出てしばらく、俺はゼロに問うた。
「ゼロ、線量の方はどうだ?」
「私の機能維持に問題ありません。タツヤさんも、その服で十分防護できる線量です」
「そうか、ありがとう。」
この服は便利だ。
三日後に広域探索を行うと、「いせき」一帯から生体反応が消えていた。
一人残らず。
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