10月某日

 引いた――と思った。

 正直、意味不明な出来事で、どう対処していいかわからなかったけど、自分なりにちゃんと断れたと思う。

 それで向こうも理解してくれたと思ったのだ。理解して、引き下がってくれたと。


 その後、しばらくは何もなかった。だから尚更、もう終わったと思っていたのに。

「あの、佐塚さつかさん」

 声を掛けてきたのはバイトの山城やましろくんだった。

「はい、どうしました?」

佐塚さん宛にお電話入ってるんですけど」

 電話?

 これまで職場に自分宛ての電話がかかってきたことなど一度もなかった。それはそうだ、電話を受けるような仕事をしていない。もちろん、山城くんもそれをわかっているから困惑しているのだろう。

「誰から?」

「それが、電話を変わればわかるからの一点張りで……どうしましょうか?」

 ますますわからない。

 というのが気になったので訊くと、相手は私の下の名前を言ったそうだ。たしかに私と同名の従業員はいない。

「まあ、とりあえず出てみますね」

 と答えると、山城くんはホッとした顔で「電話回します」と言った。

「お電話代わりました、佐塚です」

 受話器を取ってそう答えたが、何も聞こえない。うまく繋がらなかったのかと思ったが、ちゃんと外線のボタンが光っている。

「あのー、こちらの声聞こえていらっしゃいますでしょうか?」

 相手は答えない。電波が悪いのだろうか。

「恐れ入ります。そちらのお声が届いておりませんので、一旦切ら」

 そこでブツ、と向こうから電話を切られてしまった。

「大丈夫でした?」

 山城くんが心配そうにこちらを伺っていた。

「電波が悪かったみたい。それか間違いだったのかな。もしまた同じ電話が来たら繋いでください」

 そう言って私は仕事に戻った。


 電話は、その後何度もかかってくるようになった。

 二度目からは「佐塚」宛だったので、前回の電話は向こうには聞こえていたらしい。だけど、私が出ると相手は喋らない。数秒の無言の後電話が切られる。

 半月ほどして、上司から心配半分、迷惑半分と言った感じで声を掛けられた。「心当たりないの?」と聞かれて、そこで初めてこの間のことを思い出した。

 一応上司に話したが、あまりピンと来ていないようだった。私も、どうやって職場の番号を知ったのかわからないし、本当にあの人の仕業か、確証はなかった。

 とりあえず電話が取り次がないでくれることになり、それでも続くようなら警察に相談したほうがいいかもね、ということでその場はお開きとなった。


「ただいまぁ」

 家に帰ると、彼が先に帰宅していた。夕飯を作ってくれているらしい。彼の得意な豚の生姜焼きの美味しいにおいが充満している。

「おかえり。なんか手紙来てたよ」

 キッチンから彼が言う。私はダイニングテーブルに乗っている白い封筒を手にした。

 表には手書きで私の住所と名前。裏には何も書いておらず、差出人はわからない。手書きだからDMでもないだろうし、なんだろうと思いながら封を切る。

 中にはやはり白い便箋が二つ折りになって入っていた。

 それを開いた瞬間――

「ひッ」

 私は短く悲鳴を上げ、便箋を放り投げた。

「どうした!?」

 彼が慌ててキッチンから飛び出してくる。私は机の上を指差す。

 そこには鉛筆の乱雑な文字で



どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――

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