エピソード3

エピソード3


高木時計修理店の噂を聞いたのは歓迎会をした時だった。

「浩一先輩、時計修理店の噂知ってますか?」

「時計修理店?」

「確か先輩の家の近所だったと思うんですけど…」

その女性社員は高木時計修理店がかかれているSNSを見せてきた。


「あー確かに見たことがあるような」

うろ覚えではあったが、確かに見たことがあるような気がした。

そこには、『写真を持っていくと思い出のエピソードを30分間だけ体験できるらしい』と書かれていた。

初めの印象はばからしいなの一言に尽きた。

その反応に女性社員たちは興味を失ったように再び女性社員同士で話し始めた。


そんな話しはずいぶんと忘れていたが、ある時ふと、歓迎会での会話を思い出した。

「思い出のエピソードか…」


浩一には妻と息子がいる。

息子は高校生になり、顔を合わせることも少なくなった。

顔を合わせても何となくよそよそしい感じだ。

妻とはそれなりにうまくやっているつもりだが、会話は少ない。

「ご飯は?」「お風呂は?」「今日は何時に帰るの?」くらいなものだ。

それ以外はお互いスマホを見たり、テレビを見たり各々過ごしている。

今が嫌なわけではないが、息子が小さかった時のことを思い出す日もある。

今日はそんな日だった。


自分の部屋の納戸の奥を漁って、目的の写真を取り出す。

もうほこりをかぶっていたが、息子が幼稚園の頃にどうしてもというので一緒に行った有名テーマパークでの写真だ。

3人でお揃いの恰好をして、笑顔でピースサインを向けている。

このときはまだ感性も若く、お揃いは少し恥ずかしいなと思ったけれど、それも幸せと受け止めていた。

今お揃いを提案したら誰ものってこないだろう。

息子は夕方に疲れ切ってしまい、浩一の腕の中で眠っていた。

妻と2人、落ち着いたレストランで座って軽食を食べ、パレードを見た。

とても綺麗だったことを今でも思い出せる。

あれ以来そのテーマパークには行ってない。

息子は友達と行ってきたらしいと妻から聞いた。


あれだけ嘘くさいと感じていたのに、気が付けば写真片手に玄関に足が向いていた。

どこに行こうと尋ねてくる家族ではない。

靴を履き、ドアを開く。

徒歩で10分程度、その店は確かにそこに構えていた。

以前からあったのだろうが、存在を感じないほど風景に馴染んでいる。

恐る恐る扉を開くと、カウンターの奥に時計を修理している途中であろう店主が座っていた。


「あ、あの…こんにちは」

この期に及んで意気地のない自分に嫌気がさす。

「どうぞどうぞ」

カウンターの前の椅子に勧められるがままに着席した。

「その写真ですか?」

手に持っていた写真を指差され、少し恥ずかしい気持ちになる。

「あ、はい。」

「ちょっと待ってくださいねー。今お茶出しますから」

遊びに来たわけでもあるまいし、お断りをするべきなのかもしれないが、考えている間におじいさんは湯気の立ったお茶を運んできた。

「これから先、まだいろんなことがありますから」

視線を湯呑の中に落とし、一口飲む。

バカらしいなと思いつつ上を見上げ、目を閉じる。

そして目を開くと、そこはいつかのテーマパークだった。

お揃いの恰好をして、まだ息子も小さい。

一緒に3人で手を繋いで、乗れそうな乗り物を選んで乗っていく。

ただ一緒に歩いているだけでも楽しかった。

「コーヒー乗ろ!」

息子に手を引かれて走っていく。

ハンドルを回すと息子はキャーと楽しそうな声を上げた。

その様子を妻と見ては微笑み合った。

コーヒーカップを降りるとまるで息子は電池の切れたロボットのように眠そうにあくびをしていた。

しょうがないなと抱っこをするとすぐに眠ってしまった。

妻と顔を見合わせ、少し歩いてから軽食が食べられるレストランに入る。

椅子に座り、妻が何か買ってくるよとレジに向かっていく。


ホットドックを2つ持って戻ってくる。

片手で息子を抱きながら、ホットドックを頬張る。

息子を見ながら、妻とどんな大人になってほしいか、小学校に行ったらどうなるか、将来はなにになるか、夢物語を落ち着いて話した。

「まずさ、サッカー少年にしたいのね」

「でも土日大変だよ?」

「いいじゃないなんとなく。お父さんもお母さんもみんなでフルパワーって感じがして」

「そうかな」

「そう!で、一緒に応援とか行って」

「うん」

「私勝ったら泣いちゃうかもしれないよ」

「それはないだろう」

「さすがにないかな」

どんな話だって楽しかった。


しばらくするとまだ眠たそうな目をしているが息子が目を覚ます。

「もう帰ろうか」

駄々をこねるかと思ったが、相当疲れていたのかすんなりと頷いた。

帰りはしっかり自分の足で入口ゲートまで向かってくれた。

途中で、風船を売っているお兄さんに声を掛けられ、息子はその気になってしまい、風船を買った。

そして、その先で写真を撮ってくれるお姉さんがいたので、家族で写真を撮ってもらうことにした。

「みんなお揃いいいですね!さあいきますよー?はいっポーズ!!!」

フラッシュが焚かれ、まぶしさに目を瞑る。

目を開けるとそこは高木時計修理店のカウンターだった。


「お金、払うよ」

「いえ、お代は頂かないので、行くべきところがあるのではないですか」

「…そうか」

浩一は店を出ると、近くの洋菓子店で妻が昔好きと言っていたモンブランを買う。

自分と息子にはプリンを買った。


玄関を開ける。

そこには2人の靴が置いてある。

何も急がなくていい、ただゆっくりといつのまにか空いてしまった隙間を埋めていこう。

熱い思いを胸にリビングのドアを開けると、窓からの日差しが浩一を照らしていた。

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