第7話 抱きしめて抱きしめて④
***
お城の隙間から入ってくる温かな日差し。綺麗な青い空。
その中のバラ園で、白い綺麗な木製の椅子に私達は向かい合う。
「んっ、美味しい……」
そして。
バラのジャムを浮かべた紅茶をゆっくり口に含む。
目を開けば、笑顔のキラに大輪のバラ。鳥達もさえずっている。可愛い。
ああ。あああああ。
最高。お姫様の気分だ。平民だけど。
先ほどキラの命令によってドレスをカジュアルなものに変更してもらえたので、だいぶ動きやすくなった。生成りとピンク色の大きなクルミボタンのある、あまりヒラヒラしてないフリル多めのパフスリーブのドレス。
髪の毛も大きなリボンで三つ編みにまとめてくれた。全部、キラが使用人に頼んだみたい。
確かに私の長い髪は、食事をするならまとめたほうがいいかもしれない。うんうん。でもこれってキラの趣味なのかな。キラって趣味いいのね。キラに服を決めてもらうって、なんだか照れちゃう。
キラは先ほどより綺麗な王子様! って感じの服だった。白くてヒラヒラなシャツにしっかりとしたパンツにベスト。正式な服装の呼び方は平民の私にはわからない。
「美味しいと言ってもらえてよかった。ローザにはバラがよく似合うよ」
「そんな、嬉しい。キラも絵になるわよ」
「ふふ、じゃあふたりともバラが似合ってお似合いだね」
「あはは、そうかも。私凄く嬉しい!」
「僕も。……生贄になったら、もう来れないかもだけど、一緒にどうにかしようね。ローザ」
「うん。頑張ろうね、キラ」
私達は見つめ合い、紅茶をゆっくり飲んだ。
その一時間ぐらいの時間はとても幸せで。
ふたり手を繋ぎお城に戻る間も、なんだか甘―い気持ちになった。
お城の中に戻れば私用に全部白とピンクで固められた広い部屋が用意されていた。部屋の中には保存の効くお菓子や着替えもたくさんあった。なかなか手に入らない高価な書籍もある。それもまた幸せな気持ちになったのだった。
***
あれから。私とキラは幸せなデートを繰り返している。
バラ園には何度もふたりで行ったし、広い庭の散歩や豪華な食事も楽しんだ。王国図書館に入ったときは、読みたかった魔法に関しての本だらけで興奮して鼻血を噴きそうになった。それを部屋に持っていっていいよって言われた時の感動はヤバかった。
乗馬をさせてもらった時はかなり感動したし、朝起きて豪華なご飯が自動で用意されてる時点でもう嬉しすぎてしょうがなかった。税金で用意されてるので質素にとは頼んであっても、そこは王族。私にとっては十分豪華なサラダにスープにパンにお肉やお魚にデザート……。ゴージャスすぎるとは思うけれど王族お抱えのシェフなので、それ以下のものは用意できないらしい。
そして思い出の猫、ピピとも遊んだ。可愛かった。
「あ、レイフ王子おはようございます」
私はレイフ王子を見つけて挨拶する。
しかし。
「!」
ビュン。
「……また逃げられた」
レイフ王子は私に怯えているのかすぐ目を逸らし何も声をかけてこない。
こちらから声をかけても先ほどの通りだ。すぐ逃げてく。私が怖いのかもしれない。
ちなみにキラも同じ反応をされるのだそうだ。
「ローザ、おはよう」
「おはよう。キラ。今日は何しようか」
「お城の中しか動けないから、出来る事も限られててしたい事もなくなってきたよね」
「キラ。私花壇のお手入れのお手伝いがしたいわ」
「それは庭師の仕事だから」
「ムゥ」
あの大量のお花達。お世話するの相当楽しそうなのだけど。
さすがに素人じゃダメかぁ。育てるの難しそうなお花も多かったもんね。
そんな風に、のんびり私達は日常をお城で過ごしていた。一応村への連絡も入れてくれたらしいので後ろめたい事もない。
「そういえば図書館で一緒に借りた魔法の指南書どこまで理解した? キラ」
「半分以上は理解できたけど、後でまた教えて貰える? ローザ」
「さすが飲み込み早いね。キラ」
「ローザの指導が上手なおかげだよ」
「えへへ、ちなみに別の本でおすすめも見つけたよ」
「それもぜひ教えて欲しいな」
「もちろん! 一緒に魔法上手くなろうね! キラ」
「うん! ローザ」
ふたりでデートしたり、お城の中を歩いたり。一緒に魔法の勉強をしたりもした。
楽しかった。生贄についても考えはしたけど、それ以上に幸せだった。
ずっとこんな日々が続くと思っていた。
あの事実を知るまでは。
***
私とキラはいつも通り図書館に寄って本を借りていた。そして帰る道。
王室が騒がしい。
「……で、だ!」
「〜だろう!」
何やら討論になっている。内容は聞こえないけども。
私とキラは顔を見合わせて首を傾げる。
「何の話だろう? キラ」
「さあ」
どんどん声のトーンが大きくなってる気がする。喧嘩に近いのかな。王様とレイフ王子? かな。声的に。
「キラ兄様だけを生贄にしても大した結果につながらないでしょう! お父様!」
「それはそうだけども、聖女を生贄にして罰を受けないか不安なんじゃ! 一応彼女は聖女じゃろ!?」
やっと聞き取れるぐらいになってきた。
って。え?
「! キラと私の話……って私も生贄!?」
私が声を挙げると、キラが静かにするように私にジェスチャーする。
「そもそもあんな可愛くも教養もない村娘。聖女じゃなかったらこんな対応すらしたくないのじゃが生贄になら、とな」
「お父様の気持ちはわかります。ですが彼女は聖女です。勝手に生贄に出せば罰が当たるのでは?」
「キラと結婚させて、一緒に生贄に出すのはどうじゃろう」
「それはアリかもですね。あの女はキラ兄様に何故かぞっこんですし」
私とキラは顔を見合わせる。
うん。これはやばい。
「逃げよ」
「そうだね、ローザ」
私達は王室の前から飛び出した。
いつも通りのフリをして、お城の中を闊歩しつつ、雑談を交えてとにかく入り口まで歩く歩く。
使用人には花壇の様子を見るといい、外に出たのだけど。
「きゃああ!?」
「うわああ」
私とキラは、外に出れずに弾き飛ばされた。
「門の前より先に行けないだと!? 本当に呪いがかけられてる!! 僕達は逃げれないんだ!!」
誰もいないところでキラは叫んだ。そして咄嗟に慌てて自分で叫んでいることに気づき口を抑える。
王様が言ったお城に呪いをかけたという言葉。
あれは脅しじゃなかったんだ……。
「どうにかして逃げよう、キラ。私の魔力でどうにかならないかな」
「多分魔力を使えば兵達が来る。殺されるかもしれない」
「えっ!?」
「でも、せめてローザだけでも逃がせないかな」
「多分聖女の私の方が生贄としては大きいから無理だと思う、だからキラの方が」
「そんなの嫌だよ! 僕はローザを置いて逃げたりしない!」
「私もよ! キラが大好きだもの!」
「ローザ。僕だってそうだよ」
絶対に、自分だけ助かったって嬉しくないし嫌だ!!
「キラ」
「ローザ」
ふたりで見つめ合う私達。
何だかほっぺが熱くなってきた。私、キラに愛されてる。はあ。
なんて、イチャついてる場合じゃなくて!
「王様に頭を下げに行こう、キラ」
「そんな事したら秘密がバレたと思って幽閉されるよ。絶対。だから言っちゃダメ」
「ゆ、幽閉……」
怖すぎる。でもあの王様ならやりそう。
「だから黙って戻ろう。そして逃げる方法を考えよう。ひっそりとね」
「うん、わかったわ。キラ。そうするわ」
あまりに大きく行動せずに、いざ生贄になる時に逃げるぐらいが理想だろうか。
うーん。どうしたらいいのだろう……?
絶対死にたくない。生贄なんかなりたくない。私はキラと幸せに添い遂げたい。
お姫様になんかなれなくてもいい。平民同士に落ちてもいい。とにかくキラと二人で笑って生きていきたいだけなのだ。それなのに、生贄なんて嫌すぎる。
私達はお城の中に入る。そして何食わぬ顔でお茶をしてから図書館に向かった。
正直お茶の味すらわかんないぐらい焦ってたし、絶望していた。ただ液体を喉に流し込んだだけ。作業みたいなお茶だった。それでも緊張で喉は乾いたし、お茶をとにかく飲まざるえなかった。
図書館への足取りは重く、なんだか憂鬱だった。
そして図書館にたどり着く。普通の民家何軒分? ってレベルの広くて高い図書館。大きな木が中にあっても、天井には辿り着かないだろう。それぐらい高くて、本を取るのも苦労するレベルだ。
それぐらいこの国の王室の図書館の本は、あまりに多い。だから生贄を言い出した本人だろう王様達もおおさっぱにしか目を通してないはずだ。だからきっと、彼らの知らない情報が載っているはず。多分。
私達はあちらこちらにある生贄に関する書籍を開いては閉じてを繰り返す。先ほど王室から逃げる前にお昼ご飯はたべてきたから、私達の事を使用人達に探しに来られることもないだろう。百冊、二百冊……うーん、なかなか見つからない。困った。
「ねえ、ローザ。来て」
小さな声で、キラが囁くように言った。
「! いいのが見つかったの? キラ」
私は小鳥のようにキラの元へ飛んでいく。
キラはとある机の上に書籍を広げ唸るような声をあげていた。
「うん、多分だけどこれは……」
眉間に皺を寄せるキラ。
「キラ? どうしたの?」
「見て、これ。ローザ」
キラの見つけた生贄に関しての一冊の古びた分厚い書籍。
そこには。
「え、嘘」
私は間抜けな声をあげた。
「あり得ないよね」
キラもくたびれた声をあげる。
そしてふたりでため息をついた。
だって。仕方がないじゃない。
そこには……。
あまりにも衝撃的な事実が書かれていたのだから。
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