第6話 抱きしめて抱きしめて③

***


「キラ、待ってよ。ねえ、キラッ」


 私は王室からキラを追いかけて飛び出す。

 キラは思ったより素早くて、追いかけるので精一杯だった。だけど。

 ドサリとキラは転んでしまった。私はその隙にキラに追いつく。

 キラは泣いていた。真っ赤な顔で泣いていた。私は思わずキラの顔を見ないようにする。


「僕って、この王国にとって生贄にしかなれないのかな」

「そんな事ないわ。キラ。キラは大事な第一王子だし、それ以前に大事なキラと言う名前の人間よ」

「ローザ」


 キラが涙を拭いて私を見る。その手は震えていた。


「誰に対してもいらない人間なんか、絶対この世界にいるわけないわ。何より私はキラが大好きで、いなくなったら私も死ぬわよ」


 本当にキラの存在が私の支えなんだから。


「! ローザは死なないで」

「キラだって死なないで欲しいわ。約束よ。一緒に生きましょう」

「うん、さすがローザは聖女だね」

「いいえ。貴方が私を聖女にしてくれたのよ。キラ」


 恋という気持ちが、私を変えた。

 大好きという感情が私を育てた。

 全部全部、キラのおかげだ。


「僕はこの王族の家族にはしかなれないのかな。皆に尊敬される王子様にはなれないのかな」


 グッタリとした様子でキラはそう呟く。


 私はしゃがみ込んだキラを髪の毛をそっと撫でた。


「キラ。あんな人たちと家族である必要はないよ」

「昔は優しかったんだ。体調が悪くなる前は、一緒に出かけたりもしたし」

「立場や能力がかわって、態度が変わる家族は家族じゃないよ」

「ローザ」

「私が家族になるよ」

「!」


 気がつけば、私はキラの頬に口付けをしていた。

 艶やかで柔らかなその頬に、触れた瞬間。

 パアアアア、と眩しい光がふたりを包み込む。


「きゃっ」

「うわあっ」


 私たちは抱きしめ合う。すると。

 先ほど以上にキラからの強力な魔力が私の中に、一気に収まる感じがした。

 もしかして。


「私とキラが触れ合うと、魔力が私に流れるのかも」

「すごい、さすが聖女」

「聖女だからなら私は今まで、他の魔力ある人との魔力も吸ってるはずよ」

「じゃあ、何で? 僕の魔力だけ」

「両思いだからではなくて?」

「! なるほど」


 キラは少し恥ずかしそうだ。私も宣言してから顔を熱くする。

 私達、両思い……。夢みたい。


「ねえ、少し魔法を使ってみて。コツはこうこうこう、よ」


 身振り手振りで私はレイフに魔法を教えて行く。

 そして数分後。


「こうかな? あ、ハイ……あれ、出来た」


 ブワアアアアア!! ギュルルルン!!

 すごい勢いの強風。

 それは風の魔法だった。多分、コツを使えば他の魔法も使えそうな気がする。

 光と闇の魔法と違い、他の魔法は努力で取得可能だから。魔法の種類は火・風・水・土・雷、色々ある。複合して同時に使える人ももちろんいる。

 この国は魔法で成り上がってきた。だけど、忌子は別だった。魔力は明らかにずば抜けて高いけど、何故か不幸の象徴だった。


「すごい、魔法使えたじゃないの! さっきの一瞬のより強力よ」

「ありがとう、ローザ」

「ここをこうすればもっと強力になるわ」

「うわっ、凄い。本当だ……まるでローザは魔法の先生だね」

「そうかしら。いつか子供達に魔法の指導してみたいわね」


 小さな頃、私は孤独だった。

 ひとりでひたすら魔法を学んだ。あれは結構しんどかった。

 あの時誰かが教えてくれれば、今よりも伸びは早かっただろう。

 何より、みんなで習い合えれば……。でも、今のこの国ではそれは難しいだろう。税金を大量に国民から吸う事しか考えてないこの国では。


 今のままではレイフ王子だけが、王族という立場を使って魔法の勉強をし放題。さすがに卑怯だ。


「ローザが先生かぁ。素敵だね。……ローザならできるよ。だから、ローザだけでも逃げて」

「嫌よ。私はキラといるわ。それに、この魔法でどうにかできないかしら」

「魔法で?」

「あ、おかねが見えたわ。逃げずにここで構えましょう」


 私は怯えるキラの手を取って言った。


「? 逃げなくていいの?」


 キラが私を不安そうに見る。


「ええ」


 私は深く頷く。

 きっと大丈夫。

 今の力ならどうにかなる。


「おい! そこにいたのか!」


 追いかけてきたのはレイフ王子だった。後ろに王様達も見える。


「本当に迷惑なキラ兄様だな。早く部屋に戻れ。そしてその平民を返せ」

「嫌です。私は戻りません」

「何だと!? 平民! 生意気が過ぎるぞ」


 私の言葉にレイフ王子は激怒する。

 それを私は冷めた目で見る。

 本当に、レイフ王子達って可哀想な人だ。

 人の中身を見ることもできず、肩書きや能力だけで全てを決めつけて……みっともない。

 昔からキラは王族だということで、平民の中でも見窄らしかった私に対しても威張らずに優しかったのに……。

 はあああ。心の中で盛大にため息を吐く。


「生意気でもいいです。私の人生は私が決めます」

「ローザ」

「キラはごめん、少し静かにしてて」

「え、あ、うん」

「私はキラを生贄にさせないために、ここに残ります」

「は? そんな理由で残れると思うのか、平民。婚約者だからなら構わないが」

「残りますったら残ります」


 ドンッ。


「ひっ!?」


 私は闇の魔法をでレイフ王子の近くを攻撃する。

 凄い勢いで調度品や使用人が吹き飛んだ。当然壊れたり怪我はしないように光の力で保護はする。


「な、な、ななな」


 レイフ王子は腰を抜かし、泡を吹いてしゃがみ込む。王様と王妃様は唖然としている。

 ああ。やっぱりキラの力を吸ったから、明らかに魔力が上がってる。


「ちなみに、キラは魔法をコントロールできるようになったんで。ほら、見せて、キラ」

「あ、うん。はい」


 ビュウウウン!! 風魔法!! ドサッ!! 勢いよく王様のカツラが吹っ飛んだ。

 皆が笑いを堪えている。先ほどまで腰を抜かしていたレイフ王子も、王妃様も、使用人も。キラはポカンとしている。きっと事実を知らなかったのだろう。アワアワする王様の上に、私は魔法でカツラをポフンと被せ直してあげた。ゆでダコみたいに真っ赤な王様は私達をプルプル震えながら睨みつける。


「わしの秘密を言いふらす気だな!」

「そんな予定はないですよ。王様」


 私は苦笑いしながら言う。飛んだ被害妄想だ。

 キラもうんうん頷いている。


「わしの秘密を黙っているなら、滞在してもいい! ただし婚約者についてもまだなしにはなっていないぞ!」


 王様は凄い大声で言った。


「ありがとうございます、王様」

「お父様、ありがとうございます」


 キラはブカブカと頭を下げた。なので私も頭を下げる。


「ローザに部屋を用意して欲しい。お父様」

「わ、わかった。だから秘密を言わないでくれ! 頼む! 宝石でもなんでも渡すから!!」

「はい。王様。それは私は絶対に守りますから。そして宝石はいりません」


 そもそもそんな事興味すらないけども。

 宝石だって全く興味ないし。

 王様はほっとした顔安堵の息をつく。


「なら今すぐ用意させる! 使用人! 今すぐ作れ! 豪華にな!」


 そして王様は泣きそうな声で命令した。


「ははーっ」


 使用人が敬礼して走り出す。


「急ぐんじゃぁ!」


 私とキラはあっけに取られてそれをみていた。


「さあ。ローザ、バラ園にでも行こうか」


 バラ!!

 私お花大好き!! 村でもよくお花の手入れをしていたっけ。村長にお世話を頼んではきたけど、元気かな。可愛いお花さん達。


「! バラが素敵なお城だとは思っていたけど、中にバラ園なんかあるの? 素敵」

「うん。僕が世話してるんだ。とても綺麗だし、バラのジャムも美味しい紅茶もあるよ。ねえ、使用人さん、クッキーを用意してもらってもいいかな?」

「わかりました。キラージュ王子」

「ありがとう。バラ園まで運んでくれると嬉しいな」

「はい。了解です」


 使用人にまで優しいキラに私はウットリする。

 どんなに潜在能力が高くて見た目が男らしくても、傲慢で性格の悪いレイフ王子より、私はやっぱりキラが好きだと思った。

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