第3話 私の未来の旦那様③

***


「なんで、なんで」


 金魚のように口をパクパクとする私。

 周り見れば、質素だけれど落ち着いた部屋の中だった。窓の鍵は金属で塞がれてるけれど……。そもそもココってかなり高い場所にある部屋なんだから、そんな事しなくても。これじゃあまるで……。


「ここは僕の家だからね。ほとんど幽閉されてるけど」

「幽閉!?」

「噂になってるから今更だけど、僕を魔女の生贄にするために、ってのも勿論あるけど」

「え」


 やっぱりあの噂って事実だったんだ!?


「それに僕は生まれつき何故か病弱だし、この前勢いで脱走したから」

「この前ってあの黒髪に染めてた時の」


 旅人の時の!? あれって脱走だったの!? どうりでひとり……。


「偶然会えたよね。聖女ちゃんに。勿論気づいてたよ。聖女ちゃんは気づいてなかったみたいだけど……」

「私の名前はローザです! ローザ・ルーンです!」


 聖女ちゃんって名前じゃないです。


「ローザ。僕の名前をキラって呼んでって言ったのを覚えてる?」

「覚えてるけど無理です」

「王子命令」


 少し拗ねたような、子供っぽいキラ王子の声に私は顔を熱くする。


「う」


 涙目になるのは卑怯だと思います! キラ王子!!


「ね?」

「キッ……キ、キラ」

「ねぇ、ローザ。なんでこんな所にいるの? 僕のために遊びに来たわけじゃなさそうだよね?」


 理由や経緯なんかキラ王子に話せるわけがない。告白同然になってしまう。けど、なんかこの部屋変な感じ。クラクラする……?


「ローザ!?」


 グラリ。


 私は突然意識を失った。


***


 目を覚ます。目の前にはびっくりした顔のキラ王子、じゃない、キラがいた。


「大丈夫?」


 さりげなく膝枕されてるけれど、それに反応する元気すらない。

 そもそも立ち上がるのもかなり力まなきゃいけなかった。壁手に手を当てても足が少しフラつく。


「なんとか……」


 ああ。すごい魔力の匂い。この部屋に入った時には強すぎてわからなかったぐらいの、危ない溢れた魔力。

 先程キラは自分が病弱だと言っていた、けど。


「キラ、貴方は病弱なんかじゃない」


 絶対違う。これは違う。

 むしろよくこの魔力の量で、今まで壊れたり死んだりしなかったぐらいだ。普通の器なら耐えられなくて狂ってる。そう私の知識と本能両方で感じていた。


「え? ローザ?」

「魔力もきっと使えないと言われてるのでしょうけど、逆だわ」

「逆」


 キラが不思議そうに私を見る。


「自身の魔力が強すぎてキラの体調が狂ってるのよ」


 私でさえ、この部屋は酔う。苦しい。

 キラ本人は体調悪そうではあっても平然としているけれど。まるでお酒に酔った感じ。お酒は高級だから、そんなにたくさん飲んでないけど……あああああ。換気もできないから結構しんどい。


「そんな! 僕は魔力も魔法センスもないはず」


 信じられないという様子できらは叫ぼうとしてすぐ声量を下げた。


「何を根拠に言っているの? キラ、この魔力は異常なぐらいなのに!?」

「だって僕、生まれた時に王族に伝わる魔力検査機で測ったと聞いたよ。ずっとレーダーが揺れ続けてたっって」

「それは測りきれなかったのよ! きっと。私みたいに壊れなかっただけマシね」

「!? ローザは壊れたの?」


 唖然とするキラ。


「ええ。だからきっとここの魔力検査機は上限があるわ」

「なるほど……でも、魔力があったとして僕はこれからどうすれば」

「魔法の使い方と消費の仕方を覚えるしか」


 でも、もうキラは十七歳のはずだ。今更魔法制御を覚えるのは結構大変なのではないだろうか。魔法は結構身体に物理的に成長しながら、身体を魔法に思春期に合わせて育てていくようなものだから。私は七歳の時に自分の魔力について自覚したからいいけれど、キラは……。


「そもそも、この溜まりすぎた魔力をどうにかしないと」

「ローザ……、顔色が悪いよ、僕の周りにいたら毒なんじゃない?」

「嫌! 私はキラといるわ。ずっと側にいたかったもの」

「え……僕に?」


 キラの顔が少し赤くなり、自分で何を言ったのかようやく私は理解する。

 ええい。もう隠すだけ無駄だ!


「私、キラに聖女って言われてからずっとそれを勇気に生きてきたのよ。この前も再開できて嬉しかったのに、こうやってゆっくり話せるなんて夢見たいよ、そう簡単に離れて貯まるものですか!」

「ローザ」

「ずっと会いたかったです。お慕い申しておりました。お会いできて光栄です。キラ王子」

 私はそう言って跪いた。


 キラがびっくりした顔をした後微笑んで私の手を取る。


「顔を上げて。僕は名ばかりの王子だから」

「そんな」

「あの頃からもう、生贄の話はきてたんだ。あれが最後のお出かけの思い出だったんだよ。ローザ」


 私はそれを聞いて胸が締め付けられるようだった。

 まだ幼かったキラは、当時どう思ったのだろう? きっと傷ついたに違いない。

 一歳しか違わないと聞いた弟王子に全てを奪われて、絶望した事だろう。


「……つらかったね。キラ」

「ありがとう。ローザ。君も苦労したんだろう?」


 優しい瞳でキラは言った。


「え?」

「爪がボロボロだし、アカギレもある。身体も傷だらけだ。苦労したんだろう」


 確かに私の手元がボロボロだった。お母さんもいないし、家事も自分でしてるからだろう。魔法だって手が荒れる。薬草取りだってするし、色々あるのだ。当然、武術だって自力でだけど勉強はしたし。だって、キラを助けたかったから!


「貴方に会いたくて」

「嬉しいよ。でも、これからどうすればいいのだろう」

「弟王子の婚約者にはなりたくないわ。私が好きなのはキラだもの」

「え」

「あ」


 またつい本音が……私のバカ! 死ぬほど恥ずかし苦なりうずくまる私。

 すると頭上からキラの優しい笑い声が聞こえてきた。


「あは、ローザは僕が大好きなんだね」

「ごめん、なさい」

「ううん。嬉しいよ。本当に僕なんかでいいのかな」

「キラだからいいのです」


 萎れるような声で私は言った。

 勇気を出して目を開けばそこには大輪の花のようなキラの笑顔。


「ありがとう。僕もローザが好きだよ」


 囁くように柔らかな声でキラ。


「え」


 ええええええ!?

 嘘。嘘。嘘。


「まっすぐな努力家の女の子は、僕は憧れるしすごく好みだよ」

「こ、の、のの」


 好み!? しかも憧れ!?

 憧れるのは私側ですけど!?

 何を言ってるのキラは!?

 私の心臓が締め付けられて壊れそうだよ!? あわわ。

 キラの目が細められて、腰を抜かしたままの私の位置に合わせて座ってくる。


「よく頑張ったね。ローザ」

「キラァ」


 気がつけば、私は泣き出していた。

 つらかった。貧乏暮らしで頑張ってきたけど。忌子と言われながら孤児になって、村長だけが支えだったのに村長も死んじゃって。本当につらかった。

 友達もいない。頼るべき大人もいない。だから、私は一人で必死に頑張ってきた。

 キラとの再会と救出だけを夢見て。

 釣り合いなんか取れない。わかってた。突き放されても当然の格差もあると、自覚していた。

だから両思いは諦めて助けることを決めたあの日。

 まさかこんな風にキラに自分を受け入れてもらえると思っていなかったあの日。


 だから、今私、理解不能なぐらい感激している。


「僕に魔力があるのなら、できればそれを使って君を守りたいよ」

「キラ」


 こんな風に言ってもらえるなんて夢見たいだ。足元がフワフワする。涙が止まらない。


「泣かないで、ローザ」

「うー……私ね、キラを助けに来たの」

「うん」

「生贄じゃなく普通の人生を送ってもらえるように助けに来たの。私が絶対絶対助けて見せるから。だって私は聖女だもん」


 ねぇ、キラ。

 キラが私を聖女にしてくれたから、今があるんだよ。


「……うん。そうだね。ありがとう。嬉しいよ」

「キラも泣きそうだよ」

「そりゃね」

「僕なんかが、いいのかなって思うけど、そういうのはローザに失礼だから、助けてもらったらいっぱい恩返しするよ」

「ううん。あの日私を忌子から聖女に変えてくれて、それで私は勇気をもらえた。ボロボロな私を差別しなくでいてくれた。それだけで、私は貴方が……」


 あの頃の孤独な私にとっては、それだけで十分だった。

 私はキラを見てにっこり微笑む。キラも綺麗な笑顔で私を見つめてくれた。


 ありがとう。キラ。大嫌いだった私の中の魔力を聖女の力だと気づかせてくれて。

 生きていてよかったと、あの時本当に思ったの。


 広すぎる青い空の下、虚しさと共に生きていた私は、あの日本当に世界が変わったんだ。


 ……だから、私は今こそ、まずはこの謎の魔力からキラを助けて見せるんだ!

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