第4話 4日目 木曜日

……いつのまにかまぶたを開けて天井を見ていた。

ベッドの中央で自分が仰向けになっているのが分かった。

夢を見たような気がしないのだが、一応は眠りから目覚めた、ということだろう。

むしろこのホテルの滞在そのものが、どうやら現実ではなく夢というべきなのだが。

引き出しから聖書を取り出し読もうとしたけれど、文章が読み取れずなかば気絶するように床に崩れ落ちた……これが水曜日の出来事だった。

そのまま眠っていたのは分かる、しかし目覚めたらいつものベッドに横たわっている。

起き上がり、端に座って床を見た。

昨日崩れ落ちたあたりを見るが特に乱れた痕跡もない。

寝ぼけながら床の上から這い上った、というのか、いや。

床には何もない、手から取りこぼした聖書も。

サイドチェストの引き出しを開けて見ると、そこに聖書がある。

拾われて戻された、というよりも取り出したという事自体が無かったかのように、初めて見つけた時のように収まっていた。

少し躊躇ためらった後、それを手に取った。

昨日と同じだ。

再び開いてページをめくるが、やはり文章を読むことができない。

それ以上にらんでもまた気絶するだけに思えページを閉じた。

読めない本に何の価値がある?

脇に放り出してうんざりとしながらドアを見た。

また何かのタイミングでノックされて開けたところに食事が運ばれているだろう。

昨日やその前と同様に……。

私は聖書を手に持ち立ち上がった。

ドアの前まで来て引き開けた。

眠くなるようなトウモロコシ色の廊下にドアの連なりを見た。

まだフロアの他の部屋や廊下の先の探索をしていない。

何かの拍子にまた意識が途切れ翌日に目覚める繰り返しになる、その前に少しでも手がかりを探しておいた方が良い。

この部屋を出て、それから戻る時に不安なのが他の部屋と見分けがつかなくなることだった。

それならばあらかじめ開け放しておけば良い、

私は聖書を開きくさびがわりにして、ドアの下に差し込んで固定した。

読めない本にも価値はある。愛書家でなくとも批難されそうなやり方だが、緊急時としてそこは目をつぶってもらおう……何よりもおそらくは夢の中なのだ。

私はそっと廊下に出た。

このフロアから他の階につながる階段やエレベーターを探すのだ。

柔らかい照明が奥まで続いている。左右両方に伸びる廊下を見て、ひとまず左に進んだ。

まず隣の部屋のドアをノックしてみた。

返事がなく、そっとドアノブを握ってみても施錠せじょうされて開かない。

その先も繰り返してみたが同様で、このフロアの他の部屋に宿泊客がいそうな気配は無い。

音を吸い込む絨毯じゅうたんを踏みながら廊下の突き当たりまで歩くことにした。

おそらくは全てが空室であろうドアの並んだ先に廊下の端が見えた。

そこで廊下は右へ直角に折れている。

角に立ち右を向いた。

そこからもまっすぐ、似たような客室のドアの連なる廊下が続き、その奥も突き当たりになっている。

廊下の途中に一箇所、ドアの無い箇所があるのに気づき私はそこまで歩いた。

そこにはドアが開け放たれて見覚えのある室内風景があった。

扉の下に開かれた本が楔がわりにされ固定されている。

自分が宿泊してる部屋そのものだ。

私は来た方向を戻り、角を折れて廊下の中途の、自分が扉を開け放して来た客室の前に来た。

そのまま廊下を歩き、先ほどの正反対の突き当たりへ向かった。

逆回りでたどり着いた角の左に折れる廊下の先を見た。

やはり途中に一箇所、ドアを開放された一室が見えた。

ゆっくり歩き、そこでも聖書でドアが固定されてるのを確かめてその先の突き当たりに進み、左に折れた先の廊下がやはり同じなのを確かめた。

フロアの廊下が正方形のように閉じているだけではなく、四辺が中央に私の室がある廊下のみなのだ。

一周回ったが完全に無意味だった、他のフロアに繋がる経路が見つからない。

トリックアートのような異次元の仕掛けで閉じ込められているようだ。

私は廊下に革靴を脱ぎ捨て廊下を走った。

速度を緩めずに角を曲がると、廊下前方の中央に脱ぎ捨てられた革靴が落ちている。

そのまま走り過ぎて角を曲がるとそこにも革靴が落ちていた。

何周目かで私の頭にもやがかかり始めたのが分かった。

廊下の途中で膝をつきそのまま絨毯に倒れこんだ。

私の部屋まで後少しなのに、ここで意識が途切れるようで、そこから……


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