第2話 2日目 火曜日

……だが起きてみても昨日と変わらないままのホテルの一室だ。

今日は火曜日。

思い出そうとしても前日までの記憶があるばかりで、そこから前はぷっつりと途切れて記憶を遡れない。

この部屋の外の記憶が無い。

この部屋と同時に私の人生が始まったかのように、はさみで切り落とされたかのように辿れなくされている。

慌てないで……多分、もう少し時間が必要なのだ。

梯子を登るには一段ずつ握り、それぞれの足をかけて上に昇るべきなのだ。

自分が……単純な記憶喪失では無いのは昨日もすでに考えた。

落ち着けば次第に思い出せるようになるだろう。


ノックの音が聴こえた。

私はベッドから起き上がりドアまで行き躊躇ためらいなく引き開けた。

睡気ねむけをを催すようなくすんだオレンジの廊下が右と左に伸びて、この部屋のものと同じようなドアが等間隔で突き当たりまで伸びている。

ドアの脇に銀色の四角い盆が置かれている。

盆の上に銀色のクローシュが二つ伏せられている。

かがんで確かめるとおそらく食事だ。

運んできた者の姿はやはり見えない。

廊下に張られた絨毯じゅうたんは足音を吸い込んでしまうのだ。

だけど、本当に誰かがこれを運んできたのだろうか?

今から見当をつけ廊下を走っても追いつけそうないだろう。

突き当たりは角になり廊下が折れているのでその先は分からない。

そこまで行けば例えば階段やエレベーターがあるだろうか。

別の階へ降りてゆき、一階のロビーまでたどり着けるか。

だが、今はまだ早い気がしてならない。

合わせ鏡が伸びて行くような廊下の眺めの中で、この部屋から出た後、もう一度ここに戻る自信がまだない。

今のままでは引き返してこの部屋に入ろうとしても別の部屋との区別がつかないだろう。

見える範囲でそれぞれの客室のドアには数字らしきものが掲げられているのだけれど、今の私にはそれが読み取れない。

盆を両手に持ち室内に入れる。

クローシュを持ち上げると、一つの下に皿に乗ったサンドイッチ、もう一つにカップに注がれたホットコーヒーがあった。

ルームサービスを注文してはいないし、ホテルのメニューとしてはかなり質素だ。

刑務所までとはいかないが、自分はここに軟禁されているようなものだ、と思い浮かんだ。

チーズと何かのペーストが挟まれたサンドイッチとコーヒーの食事はすぐに無くなり、しばらくしてからドアの外、廊下にそれらを出しておいた。

多分、何かのタイミングで回収されていくだろうけれど、姿を確かめようとしてもきっと無理に思えた。

カーテンを開けて窓の外を確かめてみると相変わらず霧が濃く出て外が見えない。

さっきの食事は一体、朝食なのか昼食なのか、まるで分からない。

今日は火曜日、それを忘れないようにしておいて、次に目覚めたら……

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