エピローグ

足音が聞こえて、すぐに部屋のクローゼットに隠れた。パパはウロウロして、わたしを探してるみたい。まさかパパたちの部屋にいるなんて、思ってないはず。このまま隠れられたら、賞品のクッキーはわたしのものだ。ミルクに浸して、少し柔らかくして食べようかな。でも、紅茶を飲みながら、ゆっくりゆっくり味わうのもいいかも。どうしようかな、迷っちゃう。


「みぃーっけ」

「わぁっ!」


クローゼットの扉が開いて、パパが笑いながらわたしを見ている。せっかくどんな食べ方するか沢山考えたのに、見つかっちゃった。もうっ、パパったらなんで見つけちゃうのかな。こういうの、大人気ないって言うんだ。

文句を言ってやろうとクローゼットから出た時、一緒に大きな箱が床に落ちた。なんだろうこの箱。


「ねえ、これなにが入ってるの?」

「あらら、落ちたか……。これにはね、パパの大切なものが入ってるよ」

「大切なもの? ねーねー、見せて!」


パパは迷ってるみたいだ。もしかしたらダメって言われるのかな。そうだったらなんで隠すんだろう。余計に気になる。凄くみたい。しょうがないから、あれをするしかない。


「ね、パパ……見たいなぁ……?」

「ぐっ……まあ、隠すようなもんでもねぇしな」

「ふふ、ありがとう!」


キラキラお目目を向けると、パパはすぐにお願いを聞いてくれた。作戦大成功、可愛い顔してお願いしたら、パパはイヤって言えないのだ。わたしのほうが、いちまいうわてだね。

パパは持ち上げていた箱をわたしが見えやすいようにテーブルにおいて、優しく箱のフタを開けた。


「わぁっ……キレイ! さわってもいい?」

「いいよ。でも、乱暴にしてないでくれよ」

「えへへっ」


箱に入ってたのは、真っ白なお洋服だった。どんな感じなんだろうって少し持ち上げるけど、大人用だからちゃんと全部見えない。パパの方を向いたら、パパはそのお洋服の肩をつかんで広げてくれた。ちょっと汚れてるところもあるけど、とってもかっこいいお洋服だ。


「あっ! わかったぁ! これ王子様のお洋服だ!」

「ぶふっ、王子様……」

「ねぇ、なんで笑うの! 笑わないで!」


絵本で見たのとそっくりだから、そうだと思ったのに。パパなんだかおかしそに笑ってる。酷い、わたし真面目に言ってるのに。もうパパなんて知らないもん。


「あー、ごめんごめん。これさ、残念だけどパパのコートなんだよ。王子様のじゃないんだ」

「じゃあ、パパが王子様ってこと?」

「ちが……うーん。そうだな、パパはママだけの王子様かな」


わたし知らなかった、パパって王子様だったんだ。王子様ってかっこよくなくてもなれるんだなあ。懐かしそうな顔をしているパパは、お洋服をたたんで箱にしまおうとした。だめだめ、まだわたし見たいのに。


「これ着てみて! パパが着てるのみたい!」

「えー、恥ずかしいよ。だってパパがこれ着てたの、えーっと……確か、七年ぐらい前だぞ?」

「着てあげないと、お洋服可哀想だよ」


じっと見つめると、パパはわかったよって言ってお洋服を着てくれた。いつも真っ黒なお洋服ばっかり来てるから、白いお洋服はすごく珍しい。たぶんパパが白いお洋服着てるの、はじめてみるかも。ちょっとドキドキする。


「はい、着たよ。案外今でも入るんだな」

「かっこいい! パパ、白いお洋服も着たほうがいいよ!」

「そうか? まあ、これは特別な服だから。白いのはこれだけでいいかな」


パパはわたしに見せたらすぐに脱いじゃおうとしている。そんなのもったいない、ママにも見せなきゃ。手をつかんで引っ張ると、あわててるパパをつれてママを探した。そしたら部屋の扉があいて、ママが入ってきた。グッドタイミング!


「ママみて! 王子様!」

「お、王子様?」


ママはクッキーを作って持ってきてくれていた。でも今はパパを見せるのがさきだから、隠れようとするパパの腰をおしてママにちかづけた。


「──そ、れ……持っててくれたんですか……?」

「いや、まあ……捕まった時に持ってた荷物、回収しててくれたみたいで。手元に戻ってきてたんだよ」

「そうだったんですか……。久しぶりに着ている姿を見られて、私……とっても嬉しいです」


パパとママは、いまラブラブモードかもしれない。たまに体をくっつけたり、ほっぺとか、あとお口にもちゅーしてる。そういう時と、同じ感じがする。やっぱりパパがママの王子様って、本当だったのかも。だって王子様のキスは、お姫様を幸せにするから。


「パパ、ママ」

「ん? どうした」

「ちゅーしてもいいよ、わたし見てないから」

「……ク、クッキー美味しく出来たかな〜、どうかなぁ〜?」


ママはなにかごまかしてて、パパは慌てて白いお洋服ぬいでクローゼットのほうに行っちゃった。ふたりとも恥ずかしいのかも。いつも見てるから、べつにちゅーしてもいいのに。

ちょっとお顔が赤いママは、お皿をテーブルにおいた。わたしがいそいで近づくと、パパがもどってきてお皿を覗いた。


「お、美味そー」

「……パパ、わたしのこと見つけたから……食べていいよ」

「あ、あー……実はさ、どこに隠れてるかママに聞いちゃったんだよね。ズルしちゃった」


ズルされたってことは、もしかしてわたしの勝ちってことかな。だったら、わたしがクッキー食べていいんだ。パパってば可哀想、しょうがないからパパにも食べさせてあげようかな。


「じゃあひきわけってことにして、みんなで食べようよ!」

「いいのか? ありがとう」

「ふふっ、優しい子。どうぞ、召し上がれ」


椅子にすわって手を合わせて、ちゃんといただきますをした。口に入れてもぐもぐすると、やっぱり凄く美味しい。ママの作るクッキー、わたしとっても大好き。すぐに二個めに手を伸ばしたら、パパが笑ってわたしの頭を撫でてくれた。


パパはいつも優しくて、ママとわたしのことを大好きって守ってくれる。たまにうるさい時もあるけど、大好きだよって抱きしめられると、あったかい気持ちになるんだ。もしわたしにも王子様がいるなら、パパみたいな人がいいなぁ。


「ねえ、わたしの王子様ってどんな人?」

「さあ、どんな人だろう。でもきっと素敵な人だよ」

「そんなのじゃ分かんないよ! じゃあママはどうやってパパのこと見つけたの?」


パパとママは目と目を合わせて笑った。ふたりだけで面白いこと思い出したんだ、わたしだけ置いてけぼり。パパが着てたあの白いお洋服、なな年ぐらい前のものっていってた。わたしが産まれるまえの、そのときのことを思い出しているにちがいない。たぶん、そこに王子様の秘密があるんだ。


「むかしのパパとママのこと教えてよ」

「えー、秘密。ほら、クッキー無くなるぞ。パパが全部食べちゃおうかなー」

「あ! ダメ! わたしのクッキーなのに!」


パパがぱくぱくクッキーを口にいれるから、わたしも負けないようにいっぱい口にいれた。口の中がしおしおしてくる。一生懸命もぐもぐ食べていると、ママはミルクをカップに注いでわたしにくれた。


「運命の人は、凄くキラキラ輝いて見える。だから貴女も、一目見たら分かるはずだよ──フェイティア」


わたしのほっぺについたクッキーの食べこぼしをとりながら、ママは幸せそうな顔でそういった。そしたらパパがいじわるな顔しながら、ママにくっついてる。パパはたまにママをいじめてる。でもふしぎなことに、ママはあんまりいやそうじゃなかったりした。


「なに、俺の事キラキラして見えるわけ? 姫ちゃん?」

「なっ……! それは、そのぉ……」

「もうっ、ママのこといじめないで!」


パパに怒ったら、ママがおかしそうにわたしの頭を撫でた。むかしに何があったのか、ふたりともわたしには内緒にするらしい。そんなことされたら、もっと知りたくなるのに。


どうやって出会って、どうやっておたがいを好きになったんだろう。そしてどうやって、パパとママは一緒になったのかな。


わたしが産まれるまでに──なにがあったんだろう。

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