第三話 逃避行

「お招き頂きありがとうございました。そして……私の我儘を聞いていただいて感謝致します」

「いいんだよ。今度は君の国で会おう、楽しみにしているよ」

「はい、ではまた」


ミオ様とオリバー王子の別れの挨拶が済むと、彼女の手を取り馬車へエスコートする。王子は相変わらず俺のことが気に入らないのか、こちらに向ける笑顔がどす黒かった。目が全然笑ってない。

御者に合図を送ると、馬車が走り出す。窓から王子に向かって手を振るミオ様は、俺が言った通り彼に好意があるような振りをしている。とても上手で、本当に彼のことが好きなように見えた。


「とても良い舞踏会でしたね。護衛の身でありながら、楽しませて頂きましたよ」

「お前ちゃんと仕事してたか?」

「してましたよ! セラさんこそ、姫に構って頂いて鼻の下伸ばしてたんじゃないですか?」


同行した兵士にからかわれながら、帰り道はなんでもない会話をする。冗談を言い合って、ミオ様はそれに笑って。穏やかな時間が流れていく。ただ、強く握りしめた拳だけは、隠し通した。


無事にリネット王国へ着くと、すぐに城へ戻る。ミオ様は王に会うため謁見の間に向かい、俺はお役御免のため自室で支度をして通常勤務に戻る。と言っても今日は何も依頼されてないため、情報の整理など平和な仕事に回されるだろう。


自室に入り、伸びをしながらでかい欠伸をした。昨日は全く寝れなかったので、今すぐベッドに飛び込んで爆睡したい気分だ。まあそんなことも出来ないので、作業部屋へ向かうための準備をする。

そうしていると、ノックの音が聞こえた。誰が来たかは大体予想できるため「いるぞー」と適当に返事をすると、扉が開かれた。


「やっぱり帰ってたか、あっちで姫様が見えたから。思ったより早かったな」

「おー、なんか姫ちゃん緊張しててさ。オリバー王子があまりにもキラキライケメンだからビビってんのかな」

「そうだよな、お前の顔に見慣れてるからな」

「ぶち殺すぞお前、失礼なヤツめ」


軽口を叩きながら、ヒロが入室してくる。謁見の間に向かうミオ様を見て俺たちが帰ってきたと分かり、わざわざ顔を見に来たらしい。予定より二日早い帰国に、何かあったのかと心配してるのかもしれない。

そしてこの顔は、恐らく同行した兵から舞踏会で何があったか聞いたのだろう。全く、お喋りな野郎だ。


「お前、どうするんだ。……状況が変わったんだろ?」

「変わったも何も、姫ちゃんが急な告白に驚いて俺を生け贄に差し出しただけよ? それに、ミオ様は案外オリバー王子のこと気に入ってるみたいだし」

「それでいいのかよ。あんなこと言ってたくせに」


前にミオ様への気持ちを相談した時のことだろう。ヒロなら助けてくれと言ったら、必ず俺の味方をしてくれる。それが分かってるからこそ巻き込んではいけなかった。俺が何かすれば、共犯を疑われる筆頭はこいつだ。


「まー、俺もそれまでの男ってことよ。あーあ、王子は姫ちゃんの傍に俺がいるの嫌だろうなぁ。もしかしてクビか?」

「その時は、俺も一緒に辞めるよ」

「バァカ、メリアちゃん置いてく気かよ」


ヒロは困ったように笑った。それ以前に、替えのきく俺と違って王に頼りにされているヒロが辞めてしまえば大きな損失となる。王が許すはずがない。国民を守るために自分が離れることは出来ないと分かってはいるだろうが、言わずにはいられないのだろう。


「はいはい、お喋りはここまでにしてお仕事するぞー」

「……力になれなくてごめんな」

「なーに感傷的になってんの。まあ今度酒でも飲みながら愚痴聞いてくれれば助かるよ」

「うん……それは全然いいんだが……」

「心配してくれてあんがとな」


しょぼくれてる背をばしんと叩くと、そのまま部屋を出て別室へ向かう。優しくて馬鹿なやつだ、俺みたいなやつにもずっと親切にくれて、大切に思ってくれた。だからこそ、何も話せなかった。


それからいつも通り仕事をして、いつも通り笑って、いつも通りを意識しながら過ごした。誰も何も疑ってない、俺が普段の生活をしているように見えただろうか。

部屋に戻ると、すぐに準備を始めた。ミオ様に贈られた白いコートは目立つため、脱いでから畳んで荷物に詰める。窓ガラスに上から下まで真っ黒な服を着た男が映り、その瞳は強く決意をしていた。


深夜になって、人々は明かりを消して眠り始めた。何度も何度も地図でルートを確認してから、まとめた荷物を背負う。仕事用の鉤縄を持ち、屋上へ向かった。城の警備兵の位置も把握しているため、抜けがあるのも知っている。本当なら指摘すべきだが、面倒くさくて今までしなかった。それの不用心さに感謝している。


「……よし、こんまま下だな」


城壁に鉤爪をかけると、強く引っ張って外れないか確認する。大丈夫だと分かってから、壁を伝いながら降りていった。ゆっくりバレないようにとある窓の傍に着くと、中の人間に気づかれないように覗く。

そこには、椅子に座って俺を待っているミオ様の姿があった。いつもならもうとっくに寝ている時間だが、ちゃんと来るのを起きて待ってくれている。窓を開けるために手を伸ばすと、月明かりを遮ったことにより、俺が来たと分かったらしい。彼女はすぐに窓の方を向いて、嬉しそうに立ち上がった。


「ユウキさ──」

「シーッ、声のボリューム落として」

「あ……」


窓を開けて室内に入ると、鉤爪をそのままに一度体から縄を外した。縄は木があって遠くからは見えないはずだ、少しそのままにしておいても大丈夫だろう。

俺に注意されて、ミオ様は両手を口に当てるとこくこくと頷いていた。俺が頬を撫でれば、我慢できないと言った様子で抱きついてくる。


「会いたかった……」

「朝にも会ったろ?」

「でも、こういうこと出来ないじゃないですか」


拗ねたように頬を膨らました彼女が可愛くて、頭を撫でてやる。すると嬉しそうに目を細め、より強く腕に力を入れている。これぐらいの力、苦しいとも思わないが今は彼女の腕を掴んで止めた。

拒絶されたのかと戸惑っている彼女の両肩を掴むと、しっかりと目線を合わせた。


「姫ちゃん、これから俺は酷いことを言う」

「は、はい……」

「……この国を捨てて俺と逃げるか、ここに留まって王子と幸せになるか──今すぐ選んでくれ」

「──そ、それは……」


彼女の体が強ばった。

人生を左右する大きな決断を、いきなり目の前に突きつけられたのだ。確かに俺と一緒になることを望んでいるかもしれないが、この国を──いつも守ってくれる兵達や使用人、慕ってくれる国民、そして家族さえも全て捨てろと言っているのだ。彼女はそこまで大きなことだと思ってなかったかもしれない。しかし俺と一緒になるために選ばないといけない現実は、これしかない。


「しっかり考えてくれ。もしここに留まるとしても、俺はこれからもお前を守り続けるから」


彼女の表情には、迷いが見えた。しかし、もし留まると決断するとしても彼女を深く傷つけることになるだろう。俺は、もうこの国には戻らない。俺の存在は必ずミオ様の足枷となるだろう。それなら、彼女が別の幸せを望む時には、その存在はない方がいい。

どちらを選んだとしても、辛い思いをする。だが、時間が無い。約束したオリバー王子との話し合いの日を迎えれば、もうこんなチャンスはないだろう。酷な選択だとは分かっているが、即決しないといけない。

泣き出しそうな彼女を、抱きしめることも出来ない。こちらに心が傾くようなこと、今はする事が出来なかった。


ミオ様は呼吸を忘れていたのか一度深呼吸をすると、俺を真っ直ぐに見つめた。決断してくれたのだろう、どんな結果になったとしても彼女の幸せを願うことに変わりは無い。例え、離れていたとしても。


「私は──何を失ってもいいから、貴方と居たいです」

「本当にいいんだな? 今みたいな生活はもう出来ないし、これから追われて生きることになるぞ」

「はい、それでもユウキさんの傍に居たいです。それに……もしここに残ったら、貴方にはもう二度と会えないんでしょう?」


悲しそうにそういった彼女に、目を見開く。ここに留まるのなら永遠の別れになると見透かされてしまったようだ。嘘をつくのは得意だと思っていたのに、こんな大事な時に負けてしまった。

彼女はもう決断した。なら、それに全力で応えて守り抜くのが、残酷な現実を突きつけた者の責任だ。


「私を、連れ出して……?」

「──もう、お前のこと離してやれない。ごめん、ごめんな……」


強く、強く抱き締めあった。

これから茨の道を進むことになるだろう。

だが、二人で生きていく決断をした、決意を固めた。

それなら、歩いて行けると思った。


「……時間が無い、すぐにここを出る」

「えっと、何か持って行った方がいいですか?」

「いや、できれば痕跡は残さない方がいい。これ羽織ってくれ、縄で下に降りる」

「は、はい……!」


ローブを羽織ったのを確認すると、顔が隠れるようにフードも被らせる。垂れ下がったままの縄を再び自身に巻き付けて、彼女を抱えると窓に身を乗り出した。


「きゃっ……!」

「大丈夫、絶対手ぇ離すなよ」


誤って落ちでもしたら、二人とも潰れたトマトになる。慎重に、しかし素早く地面に向かって降りていった。怪しまれないように殆ど準備が出来なかったため、食料はあまり無い。何処かで馬も調達しないといけないし、こんな状態で連れ出すことを許して欲しいと思う。

やっと地面に着くと、体から縄を解いてから鉤爪を外した。落ちてきた鉤爪をキャッチすると、荷物の中にしまう。


その時──人の気配がした。

警備兵がここを巡回するまで、まだ時間があったはずだ。しかし確かに誰かが木のそばに立っている。口を開こうとしたミオ様の口元を手で抑えると、人差し指を自身の口元に近づけて合図をした。それに頷いたのを確認して、懐からナイフを取り出す。


しかし、殺気を向けたのにも関わらず、相手はなんの武装もせずに呑気にこちらに手を振った。その姿を見て驚愕に固まるが、すぐにナイフをしまう。


「──ヒロ、こんなとこで何してんだ」

「それはこっちのセリフだ誘拐犯め。ほら、これ」


そう言って投げ渡されたのは、ひとつのリュックだった。僅かに隙間を開けて中を覗けば、食料や衣服、手当に必要な包帯などが十分な量入っている。なんと用意周到なことか。


「あと、こいつも連れてってくれ。お利口さんだから」

「シルヴァー……!? お前の愛馬だろうが、連れてけねぇよ……」

「お前に慣れてるし、普段俺を乗せてるから二人連れてくぐらい余裕だ。長距離の移動も任せられる」


ヒロの愛馬、シルヴァー。確かにこいつの言う通り、俺の馬よりも体力があって二人乗せるにはいいかもしれない。しかし、ヒロがどれだけシルヴァーを大切にしていたか傍で見てきたから知っているのだ。

それに、何故ヒロはこんな所まで来てしまったのだろう。何故今日俺たちがここにいることを知っているんだ。


「お前、なんでいるわけ……?」

「今日部屋に行った時、机に地図が置いてあったろ。凄い熱心に何かのルートを計算してたのか、沢山メモが書かれてた」

「俺の相談乗って、舞踏会で何があったか知って、その地図見て……それから予測して態々用意まで……馬鹿かよ……」


呆れて言葉も出ない。巻き込みたくないと思っていたのに、こいつは堂々と首突っ込んできやがった。手土産まで用意して。ここまでしたのに馬鹿と言われて、それでもこいつは笑っていた。


「協力なんてしたら、お前も……!」

「いいよ別に、あの時力になるって約束しただろ?」

「もー、ほんっと……! 分かった、俺らが出て暫くしたら、姫ちゃんが誘拐されたってお前が報告しろ。そしたら共犯だと多少は疑われにくくなる」

「信頼してた幼なじみに裏切られた演技なら任せてくれ」

「お前誤魔化すのヘッタクソだからなぁ、心配だ」


互いに軽く笑い、シルヴァーを受け取った。撫でてやれば、意気込むように鼻息を鳴らしている。乗り上げると、慌てて手を伸ばしたミオ様を引き上げて二人で乗った。貰った荷物を彼女に預けると、手網を握る。


「ヒロ、お前はバカ真面目のお人好し野郎だけど……最高の男だ。ありがとう」

「最後まで減らない口だな」

「人が礼を言ってんのに。俺がさっき言ったこと絶対やれよ? メリアちゃん泣かしたら天罰下るからな」


ヒロはそれに頷くと、拳をこちらに突き出した。それに自身の拳を合わせると、彼は嬉しそうに笑う。これが幼なじみのこいつとの、正真正銘最後に別れになるだろう。


「ホシさん……今まで本当にありがとうございました」

「姫様もお元気で。面倒くさいやつですが、どうぞよろしくお願いします」


ミオ様に敬礼をしたヒロを見て、小さくまた礼を言うと馬を走らせた。確かに、俺の馬より遥かに早いだろう。これなら想定より早く移動できる。


「ムリアナ公国に向かう。そこに着くまでが勝負だ」

「公国内に入れば安全なんですか?」

「そうとはいえねぇが……一旦の目的地はそこだな」


一国の姫が攫われたとなれば、例え関わりが少ないムリアナ公国にも協力を要請するだろう。公国は領土が広いわけではない、そこに潜伏したとしても見つかるのは時間の問題だ。なら一度公国を経由して、更に遠くの領土の広い国を目指す必要がある。

ミオ様は不安そうに俺にしがみついた。俺のために全てを捨てて、怖い思いをしているに違いない。今はただ、真っ直ぐに馬を走らせた。



────



「ここのルートだと……ずっと走れば二日で着くな」


地図を確認して、シルヴァーを一度休憩させるために森の開けた場所に野営する事にした。眠そうにしているミオ様をこちらに寄りかからせると、二人で寄り添って座った。本来なら焚き火をつけたいところだが、火と煙は周りにバレやすい。寒そうにしている彼女をしっかりと抱き寄せると、自身も僅かに休憩をとった。


見つかれば俺はタダじゃ済まないだろう。恐らく断頭台に登ることになる。ミオ様も罰を受けるかもしれない。俺に誘拐されたと言ってくれればいいが、彼女がそうしないと性格を考えれば分かる事だ。


「ユウキさん……?」

「ん、どうした?」

「寝ないのかなぁって……」


うつらうつらと船を漕いでいる彼女は、俺に心配そうに声をかける。寝てもいいのに、俺が起きていることが気になるらしい。気にしなくていいと頭を撫でていると、彼女は安心したように再び目を閉じた。

夢の中だけでも、安全な場所で、好きな人と一緒に楽しく過ごせたらいいが。そして、一緒に居る相手は俺であって欲しい。


数時間休憩すると、ミオ様を起こして再び移動を始めた。まだ眠そうな彼女には申し訳ないが、早めにこの森を抜けないといけない。ムリアナ公国までまだ距離がある。


「ユウキさん、休めましたか……?」

「おー、ぐっすり寝ちまったよ」

「そうですか、よかった……」


寝ぼけ眼でふわふわしている彼女は、それに頷いている。落ちそうで心配になってさっきとは違い自分の前に乗せているが、まだうつらうつらとしていた。本来なら眠る時間もとっくに過ぎているし、こんな状態の中まともに寝れないだろう。がくんがくん揺れる彼女が本当に落ちないか心配だ。


走って、休んで、走って──

それを繰り返していると、やっと森を抜ける。抜けるまで二日を想定していたが、タイムロスなく予定通りに進むことが出来たようだ。まずは順調にことが進んでいる。

広い大地に出ると、綺麗な朝日が見えた。



しかし、そこには──



「いたぞ! 捕らえろォ!!」

「──しまった……!」


馬に乗り、リネット王国の鎧を着た兵達が俺達を待っていた。思ったよりも誘拐に気づくのが早かったのか、休憩している間に先回りしたらしい。相手は五人、探すために部隊を分けているのか人数は多くない。

抜けられるだろうか。

いや──抜けるしかない。


「姫ちゃん、突破するからシルヴァーに掴まってて」

「は、はい……!」


ナイフを取り出し、ケースから抜けないように紐で縛るとしっかりと構えた。相手は剣を抜いている。しかしそれは形だけだろう、ミオ様に当たる危険を考え振るような事をしないと考えた。

僅かに見えた隙間を狙ってシルヴァーを走らせる。すぐに向かってきた兵の急所を、ケースに入ったままのナイフで強く一突きした。悶えた兵はそのまま馬から落下する。


「元同僚ってことで殺しはしないけど、大怪我ぐらいは負って帰ってもらうぜ」

「怯むな! 行けぇ!」


今度は鎖と取り出し、先端に着いた重石を利用して一人に巻き付けた。反対側をもう一人に兵に巻き付けると、思い切り引いてバランスを崩させる。ラッキーなことにそれに引っかかってもう一人兵が馬から落ちていた。


「よし……シルヴァー、頼む!」


ぐっと手網を引くと思いを汲み取ってくれたのか、シルヴァーが猛スピードで兵達の間を抜けていった。そのまま離れるように速度を維持して走り続けてくれる。ヒロの言う通り利口な馬だ。

騎馬状態の戦いは慣れていないが、どうやら上手くいったらしい。しかし、ここにいることでムリアナ公国に向かっているということが相手の中で確定しただろう。


「くそ、行き先を変えるか……? このまま強行突破はキツい気もするが……」

「あの、公国の国民に成りすます事は出来ないんでしょうか? 私達が公国に行ったとしてもすぐに移動すると思っているかも知れませんし……」


おずおずといった様子でミオ様がそう提案する。職業柄隠密は得意だが今は彼女もいるし、シルヴァーをどこかに預けたとしても兵達が調べればバレてしまう。複数での隠密に慣れていないため、どうしたものかと悩んだ。


「しゃーねぇ、公国で少し過ごすか。様子見てから今後の行き先を決めよう」


そのまま公国の領土に入り、馬を一度降り連れて歩く。まずは服を手に入れた方がいいだろう。こんな怪しいローブのままじゃ人目に付く。何もよりミオ様なんてローブのしたは寝巻きだ。

早めに手に入れたいと店を探していたが、ここで問題にぶち当たって足を止めた。

そう、俺達には金がない。


「公国の通過って……イネルだったか……?」

「はい、確かうちとは違いますよね……」


──終わった。

こんな簡単なところで詰んでしまうなんてと、頭を抱える。道順はめちゃくちゃ考えたくせに、何故金のことを忘れていたんだ。そう思っていると、ミオ様がヒロから受け取ったリュックの中を漁った。ズボッと手を差し込むと、何かを掴んだのかそれを引っ張り出す。それは巾着のようで、揺らせば中から金属のぶつかる音が聞こえた。


「抱えてる時チャリチャリ鳴ってたんですよね、もしかして……」

「ラム通貨だろ、換金も足つくからあんましたくねぇけど……」

「──え!? これ、イネル通貨ですよ!」

「な、なにぃっ!?」


ミオ様が覗き込んでいる横から同じく巾着の中を覗くと、中には確かに公国の通貨が入っていた。ヒロは地図を見て俺達がどこへ向かうか知っていたのだろう、それを踏まえて公国の通貨を用意してくれたのだ。いつの間に、いや、そんなことよりも今はヤツが神に思える。


「ホ、ホシさん……!」

「ヒロォ……お前はなんて良い奴なんだァ……!」


二人で感謝感激雨あられしながら、人があまりいない店に入って服を適当に購入する。リネット王国と大分雰囲気が違うため、着替えるだけで印象が変わるだろう。

元々来ていた服を荷物に詰めて、着替え終わったミオ様を改めて確認する。いつもとは違う服装はそれはそれで魅力があり、とても可愛い。


「へ、変ですか?」

「いや、めっちゃ可愛いけど」

「そうですか……!」


可愛いと言われて嬉しかったのか、彼女は小さく鼻歌を歌いながらスカートをひらひらと動かしていた。彼女は美人だから目立つ顔をしている。つばの広い帽子も買うと、それを頭に被せた。


「うし、こんなもんかな。あの部隊が増援を連れて戻ってくるまで……大体半日ぐらいか」

「結構すぐですね……」

「全滅させれば良かったが、俺は奇襲が基本のやり方だから正面突破向いてねぇんだわ」


上手く隠れられれば、ここにはいないと判断して別を探すだろう。十二時間後に備えて準備をする必要がある。とりあえず馬を連れて歩くと目立つので、シルヴァーをどこかに預ける必要があった。


「ここではなるべく名前は呼ばないようにしてくれ。俺もそうする」

「分かりました」


誰かに聞かれて身バレするのは愚の骨頂だ。避けた方がいいだろう。適当に宿屋を探すと、人気のない場所を見つけてそこに入った。

ダラダラとカウンターにもたれ掛かる態度の悪そうな受付嬢だが、文句を言っている暇は無い。こんなところに預けられてシルヴァーも不安かもしれないが、申し訳ないが我慢して欲しい。


「二人で一泊お願いしたいのですが。ああ、あと馬も預けさせてください」

「あー、はい。三十イネルですね」

「ではこちらで」


提示された料金をぴったり出して、受付嬢はそれを受け取るとまたぼーっとどっかを見ている。部屋の案内もないらしい。適当な部屋を使っていいのだろうか。

出入口から一番遠い部屋を選んで扉を開けると、受付嬢から「そちらの右隣の部屋です」と声をかけられた。最初に言えやボケがと思ったが、我慢してから謝ると言われた部屋に入る。


「俺はシルヴァーを繋いでくるから、ここでちょっと待っててくれ」

「……はい」

「大丈夫大丈夫、すぐ戻るから」


不安そうな彼女を部屋に置いて、すぐに外に待たせていたシルヴァーを繋ぎ場の方へ向かわせる。ずっと走らされて疲れているのか、少し元気がないようにも見えた。

労わるように撫でてやると、こちらに一度擦り寄ってからまた静かになる。休憩をしているみたいだ。


「巻き込んでごめんな、ヒロんところ帰りたいよな……」


そう言うと、シルヴァーはどしっと軽くに体をぶつけてきた。ヒロの顔が思い浮かび、「いいよ別に」と言っていた彼の笑みを思い出す。シルヴァーにもそう言われたような気がして、小さく笑った。頑張り屋なところも優しいところも、彼とそっくりだ。


宿に戻ると、ミオ様は靴を脱ぎベッドの上でちょこんと体育座りをして俺を待っていた。戻ってきたのだと分かれば、嬉しそうに微笑んでいる。


「おかえりなさい」

「おう、大丈夫だったか?」

「はい、本当にすぐ戻ってきてくれたので」


彼女と軽く会話を交わしながら、窓の外を確認した。まあ、飛び降りても問題ない高さだ。自分が先におりて、彼女を受け止めればいい。あとは、好都合にも外の音がよく聞こえる。鎧の音が聞こえたら、すぐに移動した方がいいだろう。


「ここは壁が薄い。なるべく小さな声で話そう」

「分かりました……このぐらいですか」

「うん、いい感じ」


隣に座ってそう言えば、こそこそと話しかけてくるミオ様が可愛くて、また頭を撫でる。すると甘えるように擦り寄ってきたので、肩を抱き寄せた。驚いて体を跳ねさせた彼女だったが、ゆっくりと力を抜いていく。


「んふふ、暖かいですね」

「そう? 俺はちょっと暑いかも」

「じゃあもっとくっついちゃいます……」


イタズラしたいのかぎゅっと抱きついてきた彼女に、お返しと言わんばかりに強く抱き返す。そのままベッドに倒れこめば、安い木材がぎぎっ、と悲鳴をあげていた。

横になりながら見つめ合えば、どちらからともなく唇を合わせた。吸い付いて、ゆっくりと離せば小さくリップ音が鳴る。愛おしくて、それを伝えるようにまた抱きしめた。


離れたくない、離したくない。

もしこれから離れ離れになるなら、死んだ方がマシだとすら思う。それ程に彼女は俺の中で大きく育って、無くてはならないものになっていた。


「どうした? 眠い?」

「ねむく、ないです……」

「ふっ、瞼半分下がってるよ」


まともな睡眠を取ってこなかったせいで、数日ぶりのベッドに寝転がれば睡魔が襲ってきたらしい。眠くない、眠くないと言っていた彼女だったが、少しするとすうすうと寝息を立たて眠りについていた。


「無理させるな、ごめん……」


彼女を抱き寄せ、その体温を感じる。国から逃げるとなったら、これから今以上に辛い思いをさせるだろう。苦しいかもしれない、嫌になるかもしれない、それでも俺と行く道を選んでくれたのが嬉しくて堪らなかった。


穏やかな寝息が心地よい。

それを聞きながら、俺も目を閉じると眠りについた。

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