第二話 覚悟の瞬間

舞踏会はアルデリガ王国の王城で行われた。

会場に到着すれば、ミオ様は俺の服の袖を握る。大きなダンスホールには、それに見合うだけの参加者が集まっていた。本来なら護衛兵はここまで入れないが、彼女が俺が傍にいないと行かないと駄々を捏ねたらしく、仕方なくドレスコードをして参加している。


「緊張してる?」

「はい。その……あんまりこういう所、得意じゃなくて」

「まあこれだけ見られたらなぁ。あ、あの料理美味そ」


一人だったのなら真っ先に飲み食いして楽しむが、ミオ様と一緒のため我慢する。ここで俺が変なことをすると、評価が下がるのは彼女の方だ。なるべく大人しく、お仕事モードじゃなきゃいけなかった。

すると、入場してからすぐに一人の男が近づいてきた。綺麗なブロンドヘアで、ブルーの瞳が綺麗な目立つ男。多分こいつがアルデリガ王国の第二王子、オリバー王子だろう。


「こんばんは。今宵はご足労いただき感謝するよ」

「こちらこそ、ご招待ありがとうございます。リネット王国から来ました、ミオ・ユメサキと申します」

「やはり君がミオ姫か! 噂通りの美しさだ、一目見てわかったよ。私は第二王子のオリバー・ミカリアだ、よろしく」


ミオ様とオリバー王子が握手を交わすのを見ていると、彼の視線がこちらに向いた。気持ちは分かる、誰だテメェという事だろう。俺は一度深くお辞儀をしてから、胸に手を当てた。


「姫の護衛を任されております、ユウキ・セラと申します。私は……極度の心配症でして、いつでも姫をお守りできるよう、傍において頂いております。ご理解いただけると幸いです」

「えっと……では、姫にはずっと君が付いてまわるという事かな?」

「ええ、そうです。しかし私は居ないものと考えて頂ければと思います」


オリバー王子は笑顔を引き攣らせた。まあそうだろう、ミオ様にいいとこ見せたり口説いてても、必ず傍に俺がいるということだ。迷惑極まりない、そう思われているに違いない。彼女がどこかに行って欲しいと命令するまで、申し訳ないが俺はこのままだ。


「姫は、それでいいのかな?」

「えっと、ユウキさんはこう言ってますけど、私から頼んだ事でして……」

「──彼のことを敬称をつけて呼んでいるのかい? ただの近衛兵だろう?」


これは、少し不味いかもしれない。

ミオ様が俺に抱く気持ちを、誰かに悟られるわけにはいかないだろう。どうにかして軌道修正しなくては、何か誤解まで生まれるかもしれない。


「古くから仕えている使用人や兵に、姫様は敬称をつけて呼ばれることがあるんです。姫様にとって、''ユウキさん''とは愛称のようなものでございます」

「なるほど、姫が幼い頃から知っている兵なんだね。通りで気を許しているわけだ」


どうにか誤魔化せたようだ。頼むからあんまり変なこと言わないで欲しい、フォローするのが大変だ。ミオ様の方を向くと、彼女はわざわざ誤魔化したことが気に入らないのかこちらを軽く睨んでいた。


「ああ、この曲は私のお気に入りの曲なんだ。一緒に踊ろうじゃないか」

「えっ、あ……踊りがあんまり得意じゃなくて……」

「おいで、なら教えてあげよう」


オリバー王子に手を差し出され、ミオ様は戸惑ったように俺を見た。それに頷くと、彼女は王子に手を引かれてホールの真ん中へ連れていかれる。

彼女は得意じゃないと言っていたが、本当は上手なのか、王子の誘導が上手いのか、美しく見蕩れるようなダンスだった。曲に合わせてふわり、ふわりと彼女のドレスが揺れて、まるでおとぎ話にでる妖精のようだと思った。


「オリバー王子なら、姫ちゃんのこと幸せにしてくれるのかなぁ……」


こういった煌びやかな世界が、彼女の生きるべき場所で、そしてそこで幸せを掴むのだろう。そんな事を思っていると、オリバー王子と寄り添って踊るミオ様と目が合った。そして──彼女は、こちらに微笑んだ。


「──っ」


その笑顔に、どうしようもなく胸が痛んだ。

もう俺を見ないで、別の道に進んで欲しい。そう思っているはずなのに、俺はただ微笑みかけられただけで、こんなにも、幸せだと感じてしまっている。もう感情がめちゃくちゃになりそうで、それを堪えるように拳を強く握りしめた。


「お兄さん? 一人で立ち尽くして、どうしたのかしら」

「──ああ、私はただの護衛の兵でして」

「あら、そうなの。なんだか気になる殿方もいませんし、私、暇を持て余していますの」


なんか知らん女が話しかけてきて、俺は心の中ででかいため息を吐いた。これは、話に付き合えということだろうか。護衛中の兵を普通誘うのか、こっちは仕事中だぞ。多分俺の方から、どっかで話そうぜって言うのを待っている。何かあれば、あっちから誘ったんだと言えるからだ。俺みたいなのに声掛けるほど、この舞踏会つまんねぇ男しかいないのかよ。面倒臭いことになった。


「あちらに、同じく話し相手を求めている男性がいらっしゃいますよ」

「あの人さっきお話したけど、つまらない話ばっかりされたわ。だから一人で居るんじゃないかしら」

「貴女様の貴重なお時間を使うほど、私の話も面白みがないと思いますが」


訳:早くどっか行け。

鈍いのか、それともこの面倒な会話すら楽しんでいるのか、女は俺にちょっかいを出し続ける。もうお仕事モード解除して暴言吐いてやりてぇと思い始めた時、くいっと俺の腕が引かれた。


「あのっ、この人に何か御用ですか……?」

「あら、ツレが戻ってきたみたいね。ではごきげんよう」


隣を見れば、踊っていたはずのミオ様がそこにいた。女は彼女が戻ってくると、すぐに俺に興味を無くしてどっかに行く。なんだったんだあの女、意味わかんねぇぜ。気づけば一曲が終わっていて、それを区切りに戻ってきたようだった。


「姫、どうしたんだい? 急に走って行くものだから驚いたよ」

「ご、ごめんなさい。ユウキさんが困ってたみたいだから、助けようと思って……」

「君……主人に心配かけて世話されるようで、ちゃんと護衛が務まるのかい?」


それはごもっとも。俺が謝ると、ミオ様は申し訳なさそうな顔をした。自分のせいで怒られていると思っているのだろう、腕を掴む力がきゅっと強まる。


それから暫く、ミオ様はオリバー王子と過ごしていた。他の人に声をかけられ挨拶などもしていたが、すぐに王子が自分のペースに引き入れ二人きりを確保していた。二人きりと言っていいのか、俺というおまけも一緒だが。会場内も、もう姫と王子のお見合いの場だと察しているのか、後半になると殆ど誰も話しかけてこなくなった。


「君は本当に美しい。まるでお人形のように可憐だが……特にその宝石のような瞳が私は好きだよ」

「そ、そうですか。オリバー様も、とても素敵だ思います」

「どういった所が、君に気に入って貰えたかな?」


彼女が苦手そうな、上っ面褒め合い合戦が始まっている。戸惑ったように誰でも思い浮かぶような褒め言葉を並べたミオ様に一瞬焦ったが、王子は笑顔で頷いて礼を言っていた。彼女が男女の関わりに慣れてない初心な子だと、案外見抜いて接しているのかもしれない。


「私達、案外気が合うと思わないかい? もっと長い時間を過ごしたいと思うんだが……君はどうかな?」

「あの、はい。お話とても楽しかったです」


そろそろ次のデートの約束を取り付けておりたいのだろう、王子が少し積極的に詰めてきた。ミオ様もそれに頷くと、緊張が解け始めたのか彼に微笑んだ。


すると王子がミオ様の手を取った。彼女が驚いて固まっていると、王子は片膝を付いてミオ様を見上げる。周りがそれに気づいてざわつき始めた。ギャラリーが彼らを囲うように円状に広がって見守っていると、王子は優しく彼女の手の甲に口付けを落とす。様になるなぁと思いいつつ、俺は逃げる隙を失って特等席でそれを見ていた。


「ミオ・ユメサキ姫様」

「はっ、はい……?」

「私、オリバー・ミカリアは、結婚を前提とした交際を──貴女に申し込みます」


思わず、言葉を失った。いや、何も口を出すつもりは無いが、てっきり「今日は楽しかったね、次のデートも楽しみ」的なことを言って今回は終わるんだと思っていた。王族ってもしかして展開早いものなのか、全然知らなかった。よく考えたらおとぎ話でも、王子様とお姫様は出会ったその日に大きな愛情を互いに抱いていた気がする。多分これが普通なのかもしれない。


「わ、たし……」


周りからの無言の応援、そして期待するような王子の視線を受けながら、ミオ様は困ったように言葉を探す。あまりの急な出来事に、脳が対応出来ていないらしい。頭から煙でも出てるんじゃないかと思うほど、処理落ちしているのが分かる。

ついにミオ様が他の男との道を選ぶのだなと、少し感傷的になってきた。泣いていいなら声を上げて泣くが、今はそんなことも出来ず心の中で泣いておく。彼女らの幸せを守る覚悟を決めなくては。他の男とイチャつくのを見るのは辛いが、それでも一緒にいて守ってやりたいという気持ちが強かった。それを今改めて確認する。


少しの沈黙の後、覚悟を決めたのか彼女は小さく深呼吸をした。なんと返事をするのか俺も緊張してきたところで、ミオ様は──俺に手を伸ばした。


「ご、ごめんなさい! 私は……この人と、ユウキさんと結婚するので……!」


勢いよく頭を下げられ、オリバー王子は唖然とした様子で固まっている。断られることを想定していなかったのだろう。それは俺も含め、周りも同じだった。

ミオ様に腕を組まれ視線を向けられてる俺は、はっきり言えば地獄だった。品定めされるようにジロジロと観察される。顔も良くなければ名高い家柄でもない、さらに言えば学もない。俺はそんな感じのやつですよ、どうもこんばんは。


「──姫様は唐突な申し出に、少々混乱していらっしゃるようです。少しだけお時間を頂けないでしょうか?」

「あ、ああ……良かったら来賓用の部屋を使ってくれ、落ち着いたらまた話をしよう……」

「お心遣い感謝致します。さあ、行きましょうか」


別に混乱してないと言いたいのだろう、ミオ様が口を開く前に手を引いてその場から離れた。話を聞いていたメイドの一人が部屋まで案内してくれて、そいつに二人にして欲しいと人払いを頼む。

ミオ様はベッドの縁に座ると、大きくため息を吐いた。そうしたいのはこっちの方だと叫びたい気持ちだが、そんな事しても状況は何も変わらないだろう。


「姫ちゃん、なんであんなこと言うわけ?」

「私は、本当のことを言ったまでです」

「あのさぁ……」


彼女を見下ろせば、居心地が悪そうにかかとを床にトントンと当ててそっぽを向いている。どうやら拗ねているようだ。

オリバー王子の告白には驚いたが、今回の舞踏会で距離を詰めてくることは分かっていた。そのために開かれたようなものだ。やはり、我が王はアルデリガ王国との架け橋として、ミオ様とオリバー王子を結婚させたいのだろう。


「オリバー王子いい人だよ? 気遣い出来て、顔もかっこいいじゃん」

「嫌です。あの人、自分の話ばっかりするし」

「姫ちゃんに自分のこと知って欲しいんだよ。好きだから」


ミオ様は首を横に振った。俺が女だったらオリバー王子から告白されれば、飛びついて結婚するだろうに。何がそんなに悪いのだろうか。

そんなに、幸せを蹴っ飛ばすほどに──俺を想っているのかもしれない。

なんで、こんな男に。


「ユウキさんだって、分かってるはずです! これって、政略結婚しろってことですよ?!」

「リネットとアルデリガ、両国が平和のために手を結ぶのはいいことだろ? オリバー王子はきっといい夫になって、将来はリネットを支えてくれるよ」

「そ、んな……愛する人と一緒に居たいと思う私の気持ちは、許されないんですか……?」


震える体で、ミオ様はしっかりとこちらを見上げた。

俺と王子を天秤にかけた時、確実に相手の方がいいに決まってるのに、何故理解して貰えないのか。彼女はまだ年頃で、身近にいる少し危ない男が魅力的に見えるのかもしれない。だが、そんな一時の迷いで人生を棒に振るなんて間違っている。

──俺が、正してやらないといけない。


「……姫ちゃんはさ、俺がなんの仕事してるか知ってる?」

「諜報員で、情報を扱うのが基本的な仕事……でしたよね?」

「ブッブー、不正解」


何を問われているのか分からないのか、ミオ様は困惑した様子でこちらを見ていた。まずは彼女が俺に抱いているであろう綺麗な想像を、壊さなければならない。そんな男は、この世にはいないのだから。

目の前にいるのは獲物、今からコレを対象に仕事をする。そう想像しながら、ゆっくりと近づいて彼女の首元に触れると頸動脈を親指で押した。

気配に恐怖したのか、彼女が僅かに汗ばむ。そのまま顔を耳元に近づけると、指をより強く押し込んだ。


「我が王の邪魔になる人間のココをさぁ、掻っ切って、ぶち殺す仕事してんのよ。俺って」

「──ユ、ウキさ……」

「シーッ……声出したら殺すかもしれないよ?」


そのままゆっくり首を掴むと、ごくりとミオ様が唾を飲むのが分かる。細い首だ。少し力を入れただけで折れてしまいそうな、か弱い女の。もし彼女を相手に仕事を任されれば、簡単に終わるだろう。


「危ない男と遊んでみたかったか? 馬鹿だなぁ、男を見る目ないね。お前のそばに居る男はさ、血でべたべたに濡れた頭のイカれたやつなんだよ」


彼女の呼吸が早まり、僅かに体が震えている。言ってることは事実だ、何一つ嘘をついていない。本物故に恐怖しているのだろう。

目の前でミオ様が誤った道に進もうとしているのなら、こうして道を閉ざしてあげるのが俺の勤めだ。

最初からこうすればよかった。

早く、俺を嫌ってくれ。

心が痛くないわけじゃない。

苦しくないわけじゃない。

だって、俺も──。


「──貴方は、私と会う時だけ……必ず手袋をしています」

「……は?」

「最初は綺麗好きなんだと思いましたが、貴方を見ていたらそうじゃないと気づいて……その血に濡れた手で、私に触れたくないと思ってくれたんじゃないですか?」


彼女はそう言って、首を掴んでいた俺の手に触れた。手を離すと、怯えて震えているその手でゆっくりと包まれる。

確かに、別に綺麗好きじゃない。人を殺した手で誰かに触れても、特に何も感じなかった。しかし、ミオ様だけには触れることが出来なかった。汚してはいけないと、本能で感じたのだろうか。

すると、彼女は握っていた手に嵌めていた手袋をするりと外した。慌てて手を引こうとすれば、両手でしっかりと掴まれる。


「汚れてなんかいません。貴方がどんな事をしてたとしても、貴方の優しさを私は知ってるから」

「駄目だ、離せ──」

「私……国のために結婚して、好きでもない人にこの身を捧げるのは嫌です。もし貴方が汚れていると言うのなら──私も、汚してください」


手が、胸元に押し当てられる。

彼女の温もりを、手の平から感じた。

どくどくとうるさい程に高まる自分の心臓は、はち切れるんじゃないかとすら思う。

何故彼女は言うことを聞いてくれないのだろう。

脅すようなことまでしたのに、何故優しくするんだ。

早く止めないと、彼女の手を振り払わないと。


「……お願い」


小さく懇願する彼女の瞳から、一筋の雫が溢れ落ちる。

その姿がとても綺麗で、目が離せなくなった。


彼女の事が、どうしようもなく欲しい──。


その時──自分の中で、プツリと何かが切れた。

急かすように唇を重ねると、力を抜いて後ろに倒れる彼女を追うようにベッドに倒れ込んだ。片膝を乗り上げ、柔らかいマットに手を付きながら、彼女に触れていた手を頬へ移動させて優しく撫でる。

ただ触れ合うだけのキスでは満足できず、彼女の薄く開いた唇の間に舌をねじ込んだ。


「んっ、ふぅ……」

「はぁっ、ん……」


ミオ様の口の中は暖かく、絡め合う舌が溶けそうな程に熱い。こうして誰かに夢中になっている間、人は無防備だ。そのため仕事上、ターゲットの女とベッドに入ることもあった。それと比べるのは失礼だが、本当に、心から愛している人との口付けとはなんと甘美なものか。脳が麻痺するような刺激に、背筋が痺れる。


「んぅっ……ユウキさん、もっと触ってください……」


熱の篭った目で言われれば、頬の撫でていた手を鎖骨から、胸へゆっくりと焦らすように移動させる。その柔らかな膨らみに指を沈めたあと、コルセットの流れに沿って体をなぞった。俺に触れられて喜んでいるのか、彼女は俺の足首に自分の足を擦り付ける。


「好きです、愛してます……」

「ミオ、様……」


首に腕を回され彼女からキスされると、それに応えるように舌を絡めとった。首筋に唇を移動させると、強く吸い付いて跡を残す。彼女が俺のだけのものになった気がして、酷く興奮した。続きを求めるように名を呼ばれれば、再び口付けて彼女を乱していく。

この部屋の中には、互いを求める音しかしない。


──コンコンッ


と、いうわけはなく。

ここは他人の城であるため、当然二人の世界では無い。

扉の向こうから「どうかな、気分は落ち着いたかい?」とオリバー王子の声が聞こえる。心配してわざわざ足を運んでくれたようだ。畜生め。


慌てて起き上がろうとすれば、ミオ様はそれを止めるように強く抱きついてきた。流石にこの現場を見られれば不味いことになる。国際問題だ。

無理やりミオ様を引き剥がして体を起こさせると、少し乱れた身なりを正して何も無かったように見せる。手袋を嵌め直すと、跳ねた髪を適当に落ち着けてから返事をして扉を開けた。


「ああ、君は護衛の。一緒だったんだね」

「はい。ミオ様は人の多い場所に慣れておらず、今日凄く緊張しておりまして。先程は申し訳ございませんでした」

「なんだ、そうなのかい? それで彼女の様子は?」


体を僅かに横に反らせて、王子は俺を避けて部屋を覗き込んだ。振り返ってミオ様を確認すると、申し訳なさそうに小さく頭を下げるのが見える。どうやら俺とのやばい現場を見せるのは諦めてくれたらしい。


「やあ。さっきの事は……ひとまず置いといて、二人だけで話せないかな。私にチャンスを与えて欲しい」

「あ、あの……私は……」

「では、後日こちらでセッティングさせていただきます」


部屋を覗いていた王子を遮るように立つと、彼は少し怪訝そうな顔をする。どうこの場を躱せばいいか上手く思いつかず、つい無理やり遮ってしまった。ただの過保護な家臣だと思ってくれればいいが、オリバー王子はこちらを疑っているようだ。

先程ミオ様がした発言を、ただのその場しのぎの嘘だと信じさせないといけない。


「君は……本当に姫のお気に入りのようだね」

「ミオ様は慈悲深いお方です。家臣みなの事を慕って下さっています」

「ふーん。姫はさっき君と結婚すると言っていたけど、それは本当の事なのかな?」

「はは、お戯れを。そんな物語のようなことありませんよ。私は一介の兵ですので」


にこりと笑えば、相手も笑う。

これは、完全にこちらを疑いにかかっている。彼も馬鹿ではないということだろう。視線がぶつかり合う。俺の本音を探るような鋭い目を、隠しもせずに向けている。

ここで引き下がる訳にはいかない。そうすればここを突破して、ミオ様の方へ向かってしまうだろう。


「……じゃあ、近いうちに頼むよ。楽しみにしている」

「畏まりました。お任せ下さい」


彼が立ち去るのを、深くお辞儀をしてから見送った。周りを確認して安心しながら扉を閉めると、ミオ様が駆け寄って来て抱きしめられる。不安なのだろう、腕に篭もる力を強めると頭を胸元に埋めてきた。


「嫌です……私は貴方と居たいのに……」

「……今回は波風立てずに自国まで戻ろう。少しだけ我慢してくれ」


彼女の頭を優しく撫でてやれば、顔を上げてこちらを見あげる。ミオ様を守るつもりでいた。その為なら自分の気持ちを押し殺して、別の男の所へ行くことも笑顔で見送れただろう。しかし、彼女を泣かせて苦しめている今は、守れていると言えるのだろうか。


「支度をして、明日朝一番に帰る。それまでの間、オリバー王子に気がある振りをしてくれないか」

「……分かりました」

「よし、いい子だ。あと、明日の夜に自室の窓の鍵を開けといてくれ、必ず行くから」


二人きりになれるのは恐らく今だけだ。伝えることを伝えきると、頷いた彼女の額に唇を落とした。恥ずかしそうにしたミオ様は、一度こちらを強く抱き締めてから離れる。納得してくれたのか、何度かこくこくと頷いていた。


彼女を残して部屋を出ると、護衛用の部屋に案内される。ただの護衛兵一人に個室とは、随分空き部屋があるのか。しかし今は好都合だ。一人静かな部屋に暫く呆然と立ち尽くし、感情をぶつけるように机に拳を叩きつけた。


「クソッ……! 辛い思いをさせるんだ、分かってんのかよ俺は……!」


彼女を守りたいと言いつつ、結局自分が一緒にいたいだけでは無いか。そんな気がしてならない。自分でも感情が暴走しているのが分かる。だが、止められなかった。

ミオ様の幸せを考えるなら離れた方が良いに決まってるのに、何故俺の感情はそれを拒むんだ。我儘言ってるのは彼女じゃない、俺の方だった。


窓を開けると、王都を見渡した。

この国は平和で、美しい。良い関係を築ければ、リネットにとっても大きな利益になるだろう。しかし、両国が幸せになったとして、彼女はどうだ。自分の感情を無視して結ばれた相手と、楽しく生きられるだろうか。


「──俺の仕事は、彼女を守ることだ。身を守れても、心を殺したら意味ねぇだろ……。それなら……優先すべきことは、一つだ」


窓枠を強く掴むと、ぎし、と軋む音がする。

すぐに窓を閉めると、ここ一帯が記された地図を取り出した。今いるアルデリガ王国、そして隣接する我が国リネット王国、そして……大きな森を挟んで、ムリアナ公国がある。安全なルートを脳内で計算して、何通りもシュミレートした。


「必ず守ってやる。全てを捨ててでも……!」


決意を胸に、翌日を待つ。

一睡も出来ずに迎えた朝は、変わらず太陽で照らされていた。

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