第一話 恋心の行方

「──さん、──ユウキさんってば!」

「──っ、姫、ちゃん……?」


声に驚いて目を開けると、蜂蜜色をした瞳が俺を覗いていた。その近さに更に驚いて後ろに下がれば、丁度背後にあった柱に頭をぶつける。痛みに後頭部をさすると、彼女は可笑しそうにくすくすと笑っていた。


「珍しく居眠りしてると思ったら、立ったまま寝ちゃってたんですか? 何度呼んでも反応がないし……心配しました」

「いやー、俺って器用だなぁ。ついでに言うとさ、夢まで見てた気がする。面白くね?」

「寝るならベッドで寝てください!」


ぷんぷんと怒った彼女は、本気で心配していたらしくそっぽを向いてしまった。彼女の綺麗な黒髪が揺れて、何か思い出しそうな気がしたが、すぐに引っ込んでしまう。


彼女は、ミオ・ユメサキ姫。

俺が仕える王の一人娘で、何故か俺は彼女に気に入られているらしい。彼女が十三歳の頃から仕えているので、付き合いは七年程になる。そのせいで、目をつけられたのかもしれない。子供の頃は活発なマセガキって感じだったが、今は笑顔が可愛く強がりなレディって感じだ。


「ユウキさん、姫はお怒りですよ。ちゃんと謝ってください」


そして俺を注意したのは、ミオ様が信頼しているメイドのメリア・テンマ。姫の世話係で、その優しさからミオ様が信用を置く使用人の一人だ。仕事中は凄く真面目だが、オフの時間は結構緩かったりする。父親が他国出身らしく、仕事中以外はカタコトで、あと胸がでかくて可愛い。


「ごめんね姫ちゃん、許して?」

「じゃあ、寝る時はちゃんとベッドで寝てくださいね」

「うん、ベッドでしっかり二十時間寝るよ」

「働いてください」


俺が謝ったからか、ミオ様は機嫌をなおしてくれたらしい。少しむくれてはいるが、俺が手を合わせて頭を下げると「分かりました」とため息を吐きながら許してくれた。あだ名で呼んでタメ口で喋っても許されるほど気に入られているのだから、これくらい勘弁して欲しい。


「姫ちゃんがここにいるってことはー、謁見の間に行ってたのかな?」

「……はい」


俺の言葉を聞くと、彼女は表情を曇らせた。それだけで王に何を言われたのか察する。ミオ様は今年でもう二十歳になった。いつ結婚するんだとまた王に催促をされたに違いない。何度も縁談の話が来たが、彼女はことごとく突っぱねているらしい。理想が高くていい人が見つからないのか、理由は不明だ。


「男を妥協しても、幸せはあると思うよ? どういう男がタイプなの? 俺が探してきてあげるよ」

「──ユウキさんも、そうやって言うんですか……もういいです!」

「あれ、姫ちゃん?」


彼女はキッとこちらを強く睨んでから、早足で立ち去ってしまった。どうやらまた怒らせてしまったらしい。年頃だし、難しいところもあるだろう。

メリアちゃんは、大きくため息を吐くと呆れたような目では俺を見た。


「その話、もう触れない方がいいですのネ」

「あー、やっぱデリカシーなかった?」

「それ以前ですのヨ」


素の口調で説教してくるメリアちゃんは、すぐにミオ様を追いかけた。怒鳴ってまで怒るのは、あまり見た事ない。いや、あるかもしれないがあそこまで本気じゃなかった。その事に対して心当たりがないと言えば嘘になるが、いつも通り知らないフリをする。


そしてその翌日、ミオ様に呼び出された。

もしかして、デリカシー無さすぎの刑でクビにされるのではないか。そんな不安を抱えながら、朝の支度をしてすぐに彼女の部屋へ向かった。入室許可を求めれば、扉が薄く開いてメリアちゃんがこちら覗く。そして許可が出たらしく、迎え入れるように扉が開かれた。

ミオ様は椅子に座りこちらを見ている。その顔は僅かに不機嫌そうで、まだ怒っているのだと分かった。


「ユウキさん」

「──はっ」

「貴方は私を怒らせました。よって罰を与えます」

「……謹んでお受け致します」


どうやらクビではないようだ。しかしミオ様が与えるような罰とはなんだろう。水の入ったバケツを持って廊下に立つ、ぐらいにして欲しい。にこりと黒く微笑んだ彼女に、俺は引きつった笑いを返した。



―――



馬車に暫く揺られると、目的の場所に着く。

そこには、沢山のフェイティアが咲き誇っていた。我が国、リネット王国でしか見られない希少な花で、薄い水色と黄色のグラデーションが綺麗な花弁をしている。丁度今の時期に満開に咲くので、それを知っているミオ様はここに来たかったのだろう。


「つか、いいの? 花畑ぐらい、罰じゃなくても連れてくのに」

「いいんですよ! ほら、早く行きましょう」


先に馬車から降りて、ミオ様の手を取りエスコートする。俺の手に自分の手を添えると、彼女は楽しげに景色を眺めた。そしてゆっくりと降りると、俺の隣に立つ。急かすように早歩きで行くものだから、慌てて着いていった。

花畑に入ると、ミオ様は俺の手を離してフェイティアに触れる。花弁をちょいちょいと指先で撫でると、どんどん奥へと進んでいってしまった。


「姫ちゃーん、あんま遠く行かないでー」

「あの、花かんむり作りたいです」

「うん、いいんじゃない?」


こんだけ咲いてたら、花冠の一個や二個作るぐらい許されるだろう。彼女は花を摘むと、せっせと花冠を作り始めた。それを眺めていると、彼女は何やってんだと不機嫌そうな顔をする。なんのことか分からずに首を傾げると、ミオ様も同様にこてんと首を横に倒した。


「ユウキさんも作るんですよ?」

「……え!? 俺が花冠とか作れるように見える!?」

「見えませんけど、教えますから!」


腕を引っ張られると、ミオ様の傍に寄せられる。何もせずに立っていると彼女がじろっと睨むため、しょうがなくミオ様の真似をした。俺が花冠なんて作ったら、失敗しまくってここ一帯焼け野原にしてしまいそうだ。


「ここを交差させて、くるんってするんです。そしてこうやって、こんな感じの、繰り返しですね」

「ああ、え、これだけ? じゃあ案外いけるかも」

「わっ、早い……!」


適当に花をちぎって教えられた手順を繰り返せば、思ったより簡単に花冠が完成した。これなら量産もお手の物だ、本当に焼け野原にできる。手先が器用だから花冠も得意だったみたいだ。まだ俺の隣で一生懸命に冠を作っている彼女に、手に持っていた冠を乗せた。俺が被るには綺麗過ぎる。


「あ、ありがとう、ございます……」

「うん、似合ってるよ」


そう言うと、彼女は顔を真っ赤に染めながら冠を完成させた。俺のよりもしっかりしてて、形も綺麗だ。それを嬉しそうに眺めたあと、ミオ様は俺の方へ腕を伸ばした。慌てて彼女の手を止めると、下に降ろさせる。


「びっくりしたぁ……姫ちゃんってフェイティアの伝承知らないの?」

「男女が冠を作って贈り合うと、相手の運命になれる……ですよね?」

「まあ迷信って思うかもしれないけど、そーゆーの大事にしなよ?」


しかし、彼女は花冠を見つめたあと、今度は止められないように素早く俺の頭に乗せてしまった。驚いて外そうとするが、手で触れると彼女は悲しそうな顔をする。贈り物を迷惑そうに扱われれば誰だって嫌だろう、それを理解して手をゆっくり下ろした。


「私、伝承のこと信じてますし……大切に思ってますよ」


ミオ様はそう言って、俺を優しく抱きしめた。

花の香りが漂うこんな美しい空間で、俺は似合わず姫からの抱擁を頂いている。ここにいるのが素敵な王子様だったなら、どれ程良かっただろう。抱き返すことも出来ず、突き放すことも出来ず、俺はただそれを受け入れた。

彼女は俺のコートをぎゅっと握ってこちらを見上げるが、俺が何もしないのを見るとムスッと不機嫌そうにした。最近怒らせることが多い気がする。


「……もう少し見てから、帰ります」

「分かった」


ミオ様は最初来た時とは違い、悲しそうな顔をしている。その原因は十中八九俺だろうが、また今日も何も知らないフリをした。



―――



城に帰ると、花冠を外して自室の机に置いた。なんの公開処刑か、部屋に戻るまで外すなと言われたのだ。帰るまでの視線の数々、思い出しただけで床でばたつきたい気持ちになる。

ミオ様は俺に対して施しが多い。さっきの花冠もそうだし、普段着ている白くて高いコートも彼女から過去に褒美として贈られたものだった。


「そろそろ知らん振りするのもしんどい……」


まあ、言ってしまうと──ミオ様は俺の事が好きだ。

こんな変哲もないただの家臣に、彼女は恋してしまったらしい。それがいつからかは正確に分からないが、俺が気づいたのは一年ほど前だろうか。彼女の仕草や視線、全てが俺に愛を伝えていた。


花冠を見つめながら、暫く考え込む。この事実を一人で抱えるのはそろそろ辛くなってきた、協力者が必要だろう。すぐに部屋から出て隣の部屋へ向かうと、扉をどんどんどんっ、と乱暴に叩く。少しすると扉が開いて、中から身長百九十程度の男が迷惑そうにぬっと顔を出した。


「ヒロぉ……ちょっと相談乗ってくれ」

「なに、また来賓用の料理盗もうとしてんの?」

「ちっげぇよ! まあ、あれ美味かったからまたやろうぜ」


数週間前に俺と来賓用の料理を盗んでプチパーティーをしたこいつは、ヒロブミ・ホシ隊長だ。幼なじみで、俺が城で働くようになった七年前に偶然再会した。隊の所属は違うが、仲がいいということで部屋が隣だったりする。そんな彼は、またやろうぜという言葉に「嫌だよ」と言いながら俺を部屋に迎えた。

我がもの顔でソファーに座ると、クッションを抱きながらダラダラする。椅子に座りそんな俺を眺めているヒロは、早く話を進めてくれと言いたいのだろう。


「あんさ、ぶっちゃけさ……」

「おう」

「姫ちゃんって……俺のこと好きなのかな」

「……は?」


ヒロはシンプルに思ったことを口に出したのだろう、ぽかんと保おけている。もしかして、俺以外は気づいてない説、もしくは勘違い説が出てきた。若干恥ずかしくなってきたところで、ヒロはため息を吐く。


「どう見てもそうでしょ」

「だぁーーっ! やっぱそうか……」

「え、俺とメリアのことあんだけからかっておいて、知らなかったの?」


ヒロとメリアちゃんは長い間両片思いの状態だった。耐えきれなくなって俺がちょっかい出していたが、それのことを言っているのだろう。こいつらが付き合うまで、俺がどれだけ苦労したか。全く、感謝して欲しいものだ。


「知らなかった訳じゃねぇけど、気づかないようにしてたっつーか」

「ああ……まあ立場が立場だしな」

「はぁ、どうしよう……」


あんなに純粋に恋をしてくれている彼女を突き放すのは、正直辛い。しかし、こんな取り柄のない男のために、ミオ様が人生を棒に振るようなことがあってはならないのだ。色々考え唸っていると、ヒロはじっと俺を見た。


「どうなの、お前は」

「……いや、まあ……うん」

「はっきりしろよ」


俺が彼女のこと好きかどうか、まずそれを聞きたいとヒロは言っている。話はそこからだと。当然人間として好きという話じゃない。恋愛感情があるかということだ。そんなの、考えるまでもない。


「好きに決まってんじゃん! あんなっ、あんな可愛い子が好き好きオーラ出して追っかけてくんのよ?! 惚れるじゃん! そんなの!」

「しーっ、落ち着けバカ」

「キラキラして純粋な姫ちゃんを汚して、鳴かせてやりたい……うぅっ……」

「別に欲望は聞いてない」


当然、俺もミオ様のことが好きだ。

ずっと彼女を傍で見守ってきたんだ、そりゃあ好きになっちゃうよ。俺の名を呼んで駆け寄って来てくるだけで、めちゃくちゃ幸せな気分になる。離れていても何をしているか気になるし、少しでも長い間笑顔でいて欲しいと思う。それはもう、恋だと思っている。


「応援したいけど、流石に分が悪いなぁ……」

「だよな、俺もどうしていいか分かんねぇ」

「まあ、ミオ様はもうすぐ結婚するだろうし……それまで耐えるしかないと、思う……」


ヒロは申し訳なさそうに俺を見ている。力になれないことを、悔やんでいるだろう。やっぱりヒロの言う通りに、彼女がここを離れるまで耐えるしかないかもしれない。


「でももし、お前が姫と一緒になりたいって思うなら力になるよ」

「どうやって?」

「えと……王に、頼んでみる……?」

「首飛ぶぞ、それ」


彼なりに助力したいのだろう、気持ちは嬉しいが遠慮しておいた。彼は確かに王に気に入られているが、流石に姫とただの兵を結婚させて欲しいだなんて言えば、機嫌を損ねる。いい方法をと考えているのか、ヒロは眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。俺にとってはこうして吐き出させてくれただけで、もう助かった。これ以上困らせるのは可哀想だ。


「いざとなったら、姫ちゃんのこと奪い去ってやるさ」

「お前なら本当にやりそうで怖いよ」

「ぎゃはは、この国一の大泥棒だぜ」


冗談を言って笑うと、ヒロに礼を言ってから部屋を出た。これでこれからミオ様のことで悩んでも、彼に相談に乗ってもらえるだろう。少し気が楽になった。

自室に戻ると、休憩する暇もなくノックの音が部屋に響く。すぐに扉を開けると、部下の一人が立っていた。何か問題があっただろうかと、部屋に招き入れる。


「セラ隊長、仕事です」

「なに、殺しの方? それとも情報?」


俺は諜報員をして、普段は情報収集や取ってきた情報を整理したりなどの仕事をしている。だがそれは表向きで、裏では暗殺業をやっていた。結構昔からこのダブルワークのため、もう慣れている。


「いえ、姫の護衛です」

「さっきやってきたばっかなんだけど……?」

「ああ、でも一週間後の話ですよ。アルデリガ王国で舞踏会が開かれるみたいで、参加するらしいです」


──アルデリガ王国。

我が国リネット王国の隣国だ。今まで関わりらしい関わりもなかったが、数ヶ月前に王が交代したのだと聞いた。現国王の即位をきっかけに、何か始めたのかもしれない。そしてアルデリガで開催される舞踏会に、姫が参加する。何が目的なのか、察するのは簡単だ。


「セラ隊長って、ほんとに姫様に気に入られてますよね。ただの諜報員なのに城に居住があるの、多分隊長だけですよ」

「まあな。でも考えてみろよ、俺って普段の仕事二つに加えて近衛兵までしてんのよ?」

「ははっ、確かにそうですね。隊長って正式にどこ所属なんですか?」

「いや、なんかもう俺もわかんないのよ」


世間話をした後、一週間後の護衛の詳細を聞くと部下を見送った。こんだけ仕事してるんだから、給料をもう少し上げて欲しいものだ。机の前に立つと、姫から貰った冠を見下ろす。それに手を伸ばして、またそっと頭に乗せてみた。窓ガラスを見ると、寝不足で隈が酷く深海のように暗い光の無い目の男が、花冠を頭に被り立っている。冠と言いコートと言い、彼女に貰うものは綺麗過ぎて、俺には似合わなかった。


「アルデリガの王子ってどんな人かな……少なくとも俺よりはいい人間だろうなぁ」


貴族などでは無い、今度の相手は王子なのだろう。恐らく両国で、もう話が進められているに違いない。そうなれば、ミオ様は違う男と一緒になる。彼女は一人娘だから、相手が婿養子になってこの国に迎えられる事になるだろう。俺は、そんな二人を傍で見守るのだろうか。


だがそれが彼女の幸せで、当たり前のことなのだと、何度も自分に言い聞かせた。

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