5コマ目 テストと夢。

目の前には魔王軍幹部最強、レイヴン・ウルティムス。

 仲間の半数は重症。ここら一体は火の海。まさに世界の終末を見ているかのよう。

 だが、俺たち特殊部隊、マラキア・グラディウスら七人が負けるわけにはいかない。

「ミリカの攻撃を喰らいやがれなのです! アクアスペクルム!」

 このチームのムードメーカー、水魔法を専門とするミリカの攻撃。鏡で包囲網にして、そこから高火力の水の光線。この攻撃は、魔王軍幹部ベスト7《セブン》を一発で仕留めた技……なのだが。

「こんなものか。この程度の火力でこの我を倒せるとでも思っておったか。散れ」

 ヤツにはピクリともしないどころか、反撃を喰らい、崖に打ち付けられ地面に倒れるミリカ。

 俺たち七人のうち、水、炎、岩、風、血属性の五人が戦闘不能状態に陥った。まさに絶対絶命。

 このままでは……全滅、どころかもっと最悪な事態が……。

 ここから北に数十キロ進んだ先にある大都市、リラーカ帝国には、ちょうど国王と王女が滞在している。

 これ以上コイツを進ませるわけには行かないんだ……。

 ピンチの最中、光魔法の使い手、セシリアの詠唱が終わる。

「――――アナタに光の断罪を下します! セレスティアル・ルーナ!」

 ウルティムスの上空彼方に広がる光の渦。

 ヤツを目掛けて光の矢が降り注ぐ。体に突き刺さる光の矢は次々と生成され、数十秒間、敵の動きを止める。

 やったか……? セシリアの必殺魔法を喰らって今まで耐えたヤツはいない。いくら魔王軍幹部最強と言っても――。

 だが、次の瞬間、俺の期待は更なる絶望へと変化した。

「ハッハッハッ、これだ……これを待っていたぞ光の女よ! 我の能力を知らないのが仇となったな。我の能力は、敵の攻撃を吸収して自らの属性とするもの……。つまりお前らが今まで攻撃してきたものは全て我の糧になった!」

 能力の開示。これをする事により、自分の手の内を明かす事になるが、更なる進化が起こる。

 今更、能力の開示を受けたところでなんの対策もできない俺たちは諦めるしかないのか……。

「ホタル、まだ諦めるには早いよ! 負けるわけにはいかないでしょ⁈」

「……うん、そうだな! 勝つぞ!」

 俺たちは魔王を討伐しなくてはいけない理由があるんだ。こんなところで負けるわけにはいかないんだ。

 俺とセシリアは作戦会議を速やかに終わらせて戦闘体制に入る。すると、崖の上で胡座をかいているウルティムスが俺たちを嘲笑う。

「作戦会議はもう終わったのか? ハッ、無駄だ。今まで炎属性の技しか使っていなかったがな、我の能力を開示した今、手加減する必要もない。全属性を手にした、我の全力で行かせてもらおう」

 立ち上がったと思えば、その場から消える。

 見失った、どこだ⁉︎

 周りを見渡す俺を突き飛ばすセシリア。

「危ない……っ! うっ……」

 俺を庇い、セシリアの腹部から血が流れる。

「おい! セシリア!」

「このくらい、なんて事、ない……」

 光治癒魔法で治そうとしているが、手遅れだ。傷が深すぎる。

「やはりこの程度か、マラキア・グラディウスらよ。所詮は人間、魔王様の力無くしては全ての力が無価値……無意味」

「好き勝手言ってんじゃねぇ!」

 俺の渾身の一撃、トニトルス・ニテンスを打ち込む。

 だがしかし、ヤツの体には傷一つ付かない。……いや、傷つけた側から再生しているのだ。

「そんなん反則だろ……」

 既に体も精神もズタボロな俺は、その場で跪く。

「終わりだ。雷を操りし魔剣の一人よ」

 避けれない、抑えられない。もう終わりだ……。

 敵の八属性総合魔法が空へと打ち上げられ、俺の方へと乱射される。

 終わった……と思った俺の目の前は闇に包まれ、黒いローブを羽織った見知らぬ人物が。

「あなたは……」

 爆風と共にゆらゆら揺れるローブを見て思い出した。

 魔王軍元幹部最強、ペルぺトゥス・テネブラエ。

 小さい頃に読み聞かされていた昔話に出てくる闇属性の剣士。全てを闇に染め、全てを闇へと葬る。

 逸話では、勇者パーティを全滅させた後、姿を眩ましたとして話は終わりとされていた。

 そんな話は嘘だと思っていた。でも今、目の前の状況を見てる俺なら分かる。テネブラエは、存在する!

「ごめんな〜、雷の坊主。腹壊しててよ、便所行ってたら遅くなっちまった! オメェさんのお仲間は少しだが治してきたから安心しな。……でもあの光の嬢ちゃんは手遅れだ」

「傷を見れば……なんとなく、分かります……。今はヤツを倒す事に」

「あぁ、だな。おい、ウルティムス。相当強くなったみたいだが、俺を楽しませてくれるんだろうなぁ?」

 登場時の朗らかな喋りとは一変、ウルティムスを睨め付け、闇のオーラを刀に纏う。

「雷の坊主、名前は?」

「ホタル、です……」

「よし、ホタル。お前はとりあえず、あの嬢ちゃんの所へ行ってやれ。ちっとコイツには用があってだなっ!」

 自らの影の中へと入り込み、ウルティムスの背後の影へと回り込み、瞬時にヤツの体を斬り刻む。

 ヤツも負けじと即座に再生と攻撃を繰り返す。攻防戦が続いている。ほぼ互角といった……いや、テネブラエが押し気味だ。勝てる。

 そう確信を持った俺は、セシリアの元へと駆け寄る。

「おい、セシリア……大丈夫か……」

「……私は多分、もう……無理だ。ホタル、あとは任、せたよ……。最後に、君の声が聞けて……よかっ、た」

 涙を流しながら笑うセシリア。今まで幾度となく見てきた仲間の死。これは分かる、分かってしまう。セシリアは……死んでしまう。

「死ぬな、死ぬなセシリアっ……!」


「セシ……リア……」

「ちょっと、ちょっと霧雨きりさめくん……っ⁉︎ 流石に寝言まで言い始めたら、この優しいで評判の美月みつき先生だって怒るわよ⁈」

 寝ている生徒がいる時に発生する、美月みつき先生の定番トーク。教室には笑いが巻き起こる。

「すいません……」

「はい、ちゃんと起きてなさいよ?」


夜輝ほたるくん、寝言まで言うなんて、一体どんな夢を見てたのさー」

 三時間目と四時間目の間の休み時間に入り、真っ先に寝てしまいたい俺に和泉いずみが問いをかける。

「ぁあ、良いところだったんだよ! 聞いてくれよ和泉いずみ

 ホントは寝たいところだが、あの夢の内容を忘れる前に他の人に言っておかなければ……名作が誕生するかもしれん。

 眠気が飛び、熱気に満ち溢れる。

「俺たちが魔王軍幹部最強と戦っててな、ピンチの時に元魔王軍幹部最強の伝説の闇の剣士が登場してだな! 俺をかばって倒れたセシリアのところに俺が駆け寄ったところで起こされてだなっ!」

「あ、うんうん。もうその辺にしてていいよー? なんか色々厨二ちゅうにこじらせてそうだし」

 興味がなさそうだ。聞かれた通りに答えただけなのに。

「ゴールデンウィーク明け初日の午前中から寝るなんて、ふぁーー。一体なにがあったのさー」

 火をすっかり消火された俺に、あくびをしながら再び問う和泉いずみ。お前だって眠そうじゃないか。

「一昨日の話なんだけどな――――」

「ほうほう、長すぎてあんまり分からなかったけど。とりあえず一昨日に先輩が二、三話の絵を完成させて送ってきて、その編集で忙しかった、これで合ってるよねー」

 話の冒頭、分からなかったと言っていたが、全て理解している。やっぱ改めて俺が和泉いずみのこと分かんない。

 ともあれ、俺はこの二日で二、三話の編集を終わらせたからここまで眠いのだ。一週間前に戻りたい……ってそうか。

「あれ、どうしたのー? 珠璃じゅりの方見て」

「あ、いや別になにも……」

 俺の視線に気付いたのか、一番前の席で女子友達と話している珠璃じゅりがこちらに目を向ける。

 すると、友達との話を切り上げ俺たちのところまで歩み寄る。

「ふっ、授業中怒られてやんの夜輝ほたる。ちゃんと寝ないからそうなるんだよ。……それとも寝れない理由でもあったの?」

 ……コイツ分かってて言ってんのか。もちろん編集が忙しかったと言うのもあるが……。

 ――これから作るED、アンタに向けて作るわ! 私の気持ち、ちゃんと伝わるように!

 珠璃じゅりの台詞。あれは一体――。

 キーンコンカーンコン。授業一分前のチャイムが鳴る。

「あ、そうだ夜輝ほたる。今日の昼、二人でみっちゃんを先生役に誘い行こうよ! 約束ね!」

 そう言い放ち、教室の前へと小走りで行く。

 思い悩む俺の方に耳打ちで和泉いずみ

「え、やっぱりなんかあったのー?」

「あった……のかもしれない……」



 昼食を取り、珠璃じゅりとの約束の昼休み。

 俺たち二人は職員室で佐々木ささき先生と話している。

 一体珠璃じゅりがなにを考えているか分からない。一見いつもと変わらない表情なのに、言葉の節々ふしぶしに違和感を感じる。

「ほらっ、夜輝ほたる。先生に相談しないと!」

 今までなら、珠璃じゅりの発言全てにトゲを感じていたのだが、今はほぼそれがない。

「ちょっと、なにボーッとしてんのよ! みっちゃんごめんね? ほらほら夜輝ほたる

 一旦置いておいて先生役のオファーの事を聞かなくては……いや、やっぱり気になるんだけどな?

「あの、先生をやってくれませんか⁈」

 俺たち三人に間が空く。

「……あの霧雨きりさめくん、私また泣くわよ? 今まで先生のことなんだと思っていたの……?」

「ちょっと、主語がないと伝わるわけないでしょ、バカなの?」

 うん、それそれ。その喋り方だとなんか落ち着く。……俺ってMなのか……?

 珠璃じゅりに指摘され、夜輝ほたるは言い直す。

「あ、先生。俺たちが作るアニメの先生の声を担当して欲しいんです」

「えっと、まだ全然状況が理解出来てないんだけど……」

 そういや俺たちがアニ研を作りたいって言ってなかったっけ……。

 思わぬ盲点に、先生に説明をする。

「うんうん、霧雨きりさめくんと鈴宮すずみやさんたちが作るアニメの先生役の声をやって欲しいって事ね。私でいいなら全然やるよ! なんと言っても先生の昔の夢は声優だったんだからね!」

 職員室内で自信満々に言う先生。ちなみに周りに先生は沢山いる。やめて欲しい。

 自らの声をなんともなかったかのように続ける。

「でも二人とも、アニメを作ってアニ研を作りたいって言うのはいいんだけど、来月のテストは大丈夫なの?」

 ほうほう、ふーん、テスト……テストっ⁈

「えっ、先生今なんて言いました⁈ 来月のテストとか言いました?」

「うん、聞こえてるじゃない」

「もちろん私は知ってたわよ? この学校は特殊で、六、十一、二月の序盤になぜか学期中間テストだけをやるのよ。まさか夜輝ほたる、知らなかったの? ウケる、ププッ」

 珠璃じゅりは相変わらずの違和感だし、テストのことなんて考えてなかったのに……。

 いや、幸い先輩の絵は凄く速いペースだし、俺の編集スピードも上がってきてる。六月中にテストが終わって、それから声入れと曲の入れ込みならまだ全然時間は余るくらいだ。

 一時はどうなるかと思ったがなんとかなりそう……かな。

 残りの期間で計画を脳内で立てる夜輝ほたるに、珠璃じゅりもまた自信満々に宣言する。

「なに不安そうな顔してるのよ。いいわ、私が教えてあげる。中学毎回学年順位一位のこの私が!」



 週末、俺に勉強を教えると啖呵たんかを切った珠璃じゅり。それとなぜか――。

「おい珠璃じゅり和泉いずみは同じ学年だからまだ分かる。でもなんで先輩と秋貴あきちゃんまで誘ったんだ」

秋貴あきさんです……」

 そうでした、秋貴あきさんでしたすみません。それより来た理由を言って欲しいですね。

「学年一位の先輩に教えてもらえるなんて光栄じゃない、良かったわね、後輩くん」

 俺の部屋に女子が四人、尚且なおかつ学年一位が二人……。どっかのラブコメの主人公にでもなったのか……?

 俺の部屋の中央にある、そこそこ小さめの丸テーブルを囲う俺と珠璃じゅりと先輩と和泉いずみ秋貴あきさんは早速部屋の隅で漫画を読み始めた。マジでなにしに来たんだ。

 意味の分からない状況に困惑する俺を気にせず、早速筆箱を取り出す珠璃じゅりと先輩。

 よーし、一旦話を勉強方向からずらそう!

「よし、お菓子持ってこようか! なにがいい⁈」

「後輩くん、赤点を取ったら部活を作ることは出来ないって言われたのよね? そんなんでいいのかしら」

 うちの学校の規則で、赤点を三つ以上取った生徒の部活活動は禁止とする。っていう、校則甘々なうちの学校にある意味分からん校則。もはや校則じゃなくて拘束。

「はい、すみません……」

「夜輝、なんのために午前中に集まったと思ってるのよ。とりあえず今日と明日は、今までやった範囲を完璧に仕上げとくわよ! そうすればテスト前に再度勉強する時も楽になるから」

 あーあー、頭のいい鈴宮すずみやさんがなんか言ってらー。知らないうちに、明日……とか言っちゃってるし。

 二人の圧に負け、大人しく定位置に座る。……いや、主人公ならここはどうする。もっと足掻あがくだろ!

「せめてラノベ一冊読み終わってから!」

「真面目にしてちょうだい」

「珍しくギサキと同意見よ。真面目にして」

 二人ともガチの目だ……。百歩譲って勉強することは許そう! でも、でもこれだけは!

「まず和泉いずみを起こさないか⁈」



 勉強会一日目。外はすっかり暗くなり、この地獄な時間もそろそろ終わる頃だ。

 今日の内容は、数学の数と式の範囲、化学の溶液ようえきの分野、社会で歴史といったところだ。

 まず最初に脱落したのは秋貴あきさん。漫画を読んでいて、疲れるところなんてなかったはずなのだが、母さんが用意してくれた昼食を食べた後、「眠くなりました……」と言って帰宅。

 二人目はこの俺。化学の内容ですっかり頭は飽和ほうわ状態じょうたい。最後の歴史の先輩の説明に至っては、一言一句いちごんいっく逃さず耳から弾いてやったつもりだ。

 そして意外にも最後までやり切ったのが和泉いずみ。歴史の解説中もしっかりと聞いて、ノートをまとめていた。終盤、学年トップ二人からの指導を一人でされていたのだ。お疲れなのだろう。今は机に突っ伏して寝てしまっている。相変わらずのジャージ姿で……。

 教師陣営もきっとヘトヘトであろう。そう思い、二人の会話に耳を立ててみる。「明日は英語と国語がメインよね」、「国語は古文と漢文をやった方がいいかしら」と、正直聞かなければ良かったと後悔する内容であった。

 そして何よりも珠璃じゅり。先週の分からぬ発言から早くも一週間が過ぎた。時折感じる、言葉の違和感は今日は感じ取れなかった。より一層謎は深まるばかりだ。

 何はともあれ、せっかく今日の授業が終わったのだから、床ではなくベッドで横になろう。そう思い、立ち上がった俺に珠璃じゅりが目を向ける。

「夜輝、645年に中大兄皇子なかのおおえのおうじらと共に蘇我氏そがしを滅ぼしたのち、大化たいか改新かいしん推進すいしんした人物は?」

 突然のクイズに思わず「えっと……」とだけ返してしまう。が、これはいい語呂ごろ合わせがあったはずだから思い出せそうだぞ。

「あれだろ、生ゴミのつくだみたいな名前の……」

 語呂は思い出せるものの、肝心の正解は出てこない……。

 すると、今まで寝ていたはずの和泉いずみがあくびをしながら起き上がる。

「それって、生ゴミのかたまりで覚えなかったってけー? ほら、ナカソネノカサナリ? みたいな名前でさー」

「それだ!」

 なんとなく聞き覚えのある名前にとりあえず共感してみる。

 だが、珠璃じゅりと先輩は呆れたような顔つきでため息を漏らす。

「二人とも、それ本気で言ってるの……? はぁ、私たちの時間……」

「この二人、思っていたよりも大分深刻ね。最後までやり切ることが出来なかったこのヘタレオタクくんは、それで桜坂さくらざか目指してたって言うのかしらね。現実を見なさい、現実を」

 いつもよりもみがきのかかった罵倒ばとう。おそらく俺たちの覚えの悪さに怒りを抱き始めているのだろう。

 これは仕方ない、謝るしかない。

「すみません……」

「えっとー、私もごめんなさい……?」

 とりあえず夜輝ほたるに合わせて謝る竹姫かぐや

 に続き、より一層深いため息を吐く教師二人。

 夜輝ほたるは完全なる理系。それとは真逆の文系竹姫かぐや。つまり、教師陣営は全教科、満遍なく教えなくてはいけないと言うことである。

「ギサキ、どうする? これ、ほんとに赤点コースだよね……」

和泉いずみさんは展開、因数分解を一生理解しないし……。夜輝くんはやる気を感じられないし……」

 珠璃じゅり沙貴さきが相談する中、夜輝ほたるはスマホを、竹姫かぐやは再び睡眠へ。

 それから数分後、話にまとまりがついた教師組。珠璃じゅり夜輝ほたるのスマホを取り上げ、竹姫かぐやの頭をポンっと優しく叩き起こす。

「ほら、二人とも。アタシとギサキで話がまとまったわ」

「聞いてちょうだい。このままではアニコンどころか、それ以前に今までのアニメ制作の努力も無駄になるわ」

 重々しい表情で話を繋ぐ先輩。確かに言ってることは正しい。実際、今日やった数学と化学は多少理解できたものの、このままでは赤点ギリギリセーフコースだ。

 和泉いずみは英語と国語が得意と言っていた。つまり、明日は俺と和泉いずみの立場が逆転して、俺が完全に意味不明状態になる、というわけだ。他人事ではあるが、和泉いずみの数学力は非常にまずい。

 まさか、アニメ制作の前にこのような試練が待ち受けてるとは……。

 そして、言葉を続けていた先輩の口から驚きの言葉が。

「私も一度乗った船なのだから、諦めたくない、というのが本音よ。だから、私自身のためにも、夜輝ほたるくんの為にも言うわね。テストが終わるまでの期間、アニメ制作は一旦中断。そしてアニメを見るのも、ゲームも禁止よ」

 え、嘘だろ……。先輩が俺たちのことを思って言ってるのは分かってる。

 でも、アニメ制作だけでなく、アニメを見るのも、ゲームをするのも禁止……⁈ オタク人生の全てを没収されてしまったと言っても過言ではない。

「エッ! 俺、死にますよ? マジで!」

「そうだよー! 夜輝ほたるくんの言う通り……って私はアニメ見ないし、ゲームもしないからいつも通りか」

 本気の拒絶きょぜつをする俺に対して、和泉いずみは羨ましいな、おい!

夜輝ほたる、アンタは文系科目が特にヤバいでしょ? 明日になったらそんなこと言ってられないわよ。あ、言い忘れてたけど、明日も今日と同じ時間から集まるから、夜輝ほたる竹姫かぐやもその辺よろしくね」

 先ほど耳に入ってしまったので、知っています。

 まぁ、珠璃じゅりと先輩の言ってることは正しいんだよな。アニメも順調過ぎるくらいに進んでるし。六月半ばまで勉強に集中すればいいだけなんだ。

 いいだけなんだ……。

 ようやく決意が固まり、珠璃じゅり沙貴さきの計画通りに進めることになった四人。

 既に夜八時を過ぎてると言うこともあって、この日は解散した。

 次の日は、文系科目メインというのもあり、夜輝ほたるはずっと呻きながらも教えてもらっていた。

 竹姫かぐやは、自分で言った通り、国語も英語もほぼ問題なくこなしていた。

 

 毎日放課後は残り、珠璃じゅり沙貴さき美月みつき先生にも教えてもらいながらも勉強を進めていった夜輝ほたる竹姫かぐや

 そして、時間は一日、また一日と過ぎていき、

 テスト一日目:国語、理科。

 テスト二日目:数学、社会。

 テスト最終日:英語。

 が終わった6月11日の放課後、昼食を食べた後、夜輝ほたるたちは霧雨きりさめ家に集まっていた。

「あー、やっと終わったな! 珠璃じゅりも先輩もありがとな」

「うんうん、おかげさまで数学は赤点じゃなさそうだよー」

「そこはもっといい点取れない⁈ ……まぁテストまでの期間、みんなお疲れ様、よね!」

「鈴宮さん、もちろん分かっていると思うけれど、この二人は答案用紙が返ってくるまでが不安なのよ?」

 俺と和泉いずみの方を見ながら言う先輩。和泉いずみは知らんが、俺は今までのテストの何よりもいい点を取れた自信がある。

 ……自信はあるが、やはり不安は不安だ。今まで見てきたアニメや漫画で、解答欄が一つズレていて一桁! みたいな状況も無きにしも……だもんな。

「おーい、夜輝ほたるくん? たまになる、そのフリーズモードはなんなのさー」

「今回のテスト、こんなに教えてもらって自身はあるんだけどさ、解答欄がズレてるっていうありがち展開来そうじゃないか? それが不安でな」

 俺の悩ましい発言を聞き、珠璃じゅり嘲笑あざわらう。

夜輝ほたる……アンタ、そんな状況が本当にあると思ってんの? 流石妄想もうそうオタクね。大丈夫よ、そんなことないないから」

 との事だ。学年一位がそう言うのだから、安心しておこう。

 ともあれ、やっとテストが終わったのだ。これでアニメ制作も再開できる。もちろんアニメも見れるし、ゲームも出来る。

 四人はカレンダーを指差しながら、「ここまでに映像自体は完成させないと――」というように、今後の計画を立てていた。

 ちなみに、夜輝ほたるたちは、テスト期間中は午前で終わると言うのもあって、昼から集まっているが、秋貴あきは本日通常通りの中学のため不在である。

 ある程度の予定が立て終わったところで、沙貴が一枚の絵をスマホで見せる。

「先輩これって……」

 夜輝ほたるたちの目の前に出されたのは、現在作成中の夜輝ほたるたちのアニメのキービジュアルであった。

 主人公〝影山かげやま孤依こい〟が手を伸ばし、ヒロイン〝佐藤さとう華恋かれん〟に追いつこうとしている、といった絵である。

「私は勉強の合間に絵を描けるからね。タイトルが決まったらここに入れる予定だけれど、タイトルは決まってるのかしら?」

 パソコンを開き、真っさらな画面に打ち込み始める夜輝ほたる

「俺たちが作るアニメのタイトルは。『fromフロム youユー toトゥ meミー』だ!」

 と、三人にパソコンを見せつける。

「えっとね、先輩も珠璃じゅりも待ってね。私が意味言う!」

 今回の英語のテスト範囲にあった例文。何故か、その文を見た時にこれはいい! って思ったんだよな。

 from you to meの意味は――。

「あれあれ! ……あのー、やっぱり珠璃じゅりお願い……」

 意気込んでた割に、急に拍子の抜けた和泉いずみ。英語は得意なはずなんだけどな。

竹姫かぐや……。【from A to B】の意味はAからBへよ。だから、あなたから私へ、ってなるかな」

「おそらくだけれど、このアニメに当てはめる場合、君から僕へ。になるんじゃないかしら?」

 その通り。

 このアニメは華恋かれん孤依こいに共にどんどん想いを寄せていく物語。それを英語にして『from you to me』、君から僕へ、というタイトルに決めたわけだ。

「先輩、その通りです。このアニメはですね、」

「いやね、わかんなかったわけじゃないんだよ! ほんとに。テスト終わったら頭から全部抜けちゃうからさー、英語は得意だし、うんうん」

 余程、得意科目の英語で答えられなかったのが悔しいのか、俺の説明をさえぎってまでも言い訳をしてくる。

 テストが終わったら頭から抜ける……よく分かるぞ和泉いずみ

和泉いずみ。誰もお前が答えられなかったことに対してなんとも思ってないぞ? それより、俺の話、続けていいか?」

 和泉いずみはむぅ、っとしながらも素直に謝り、俺はタイトルに込めた想いを伝えた。

「いいんじゃない? 他のアニメと違う方向性の名前だし」

「ただし、このタイトルの意味は私たちは分かるけれど、初見の人には分からないと思うわ。だから『〜君から僕へ〜』のようなサブタイトルもあった方がいいかも知らないわね」

 珠璃じゅりと先輩からは、凄く前向きな評価と意見だ。一方、和泉いずみは――。

「from A to B、AからBへ……。うん覚えてるよね、うんうん」

 余程根に持っているのか、まだ言っている。放っておくべきだろう。

「それで珠璃じゅりも先輩も引き続き、絵と曲お願いな」

 夜輝ほたるがこう言うと、沙貴さきが睨め付ける。

 ん? なんでにらめ付けられてるんだ。何も心当たりがない。

「後輩くん、何か言うことがあるんじゃないのかしら」

 スッゲェするど眼差まなざし。

 何か言うこと……なんだろ。テストまでの期間で、実は禁止されてたアニメを見ていたことか、? それとも、英単語をしてる風に見せて、漫画に単語帳のカバーをして読んでたことか? 思い当たるふしが多すぎる。

 これはあれだ。口を滑らせて、相手が求めてる答え以外のものを何個も答えすぎて地雷じらいを自ら何個も踏んでしまう、そういうトラップだ。とぼけておいたほうがいいな。

「えっと先輩、なんでしょうかね……」

 沙貴の目は更に鋭くなる。それにつられて夜輝ほたるの背筋もピンッと。

夜輝ほたる、この流れ何回目よ。中学の時も同じ時期に、おんなじ様な話の流れあったわよね」

 どうやら珠璃じゅりは分かっているらしい。中学の時にもおんなじ流れがあった……と言う事はアニメを見ていた事とかではないようだな。口を滑らせなくてよかった。

 安堵あんどする夜輝ほたるの足を踏み、グリグリとする沙貴さき

一昨日おととい、私の誕生日でしょう。テスト期間中は仕方ないとして、女子の誕生日くらいはちゃんと祝ってあげなさい」

 ……あっ。デジャブです、すみません。

 そういや、6月9日は先輩の誕生日。中学の頃も全く同じ事で説教された覚えがある。人の誕生日って覚えられないよな、しゃーない。

 心の中ではそう思いながらも、中学の時にした流れになら夜輝ほたる

「すみません、誕生日おめでとうございます。来年こそは覚えておきます」

 と、三度目の宣言をする。すると慌てたように和泉いずみ

「えっとー、おめでとうございます?」

「なんで疑問系なのかは聞かないでおくわ。ありがとね」

 ひとまず話に落ち着きが見え、四人はそれぞれのアニメ制作の動きに移る。

 夜輝ほたるは最終話の内容構成、珠璃じゅりはED曲の歌詞書き、沙貴さき夜輝ほたるが編集した映像を確認する。することのない竹姫かぐやは普段通り睡眠へ――。

 from you to meの最終話は孤依こい華恋かれんに告白をする、まさに背景主人公の成長の様を見せ、ハッピーエンドで幕を閉じる――そんな物語にしようと思ってる。


 そしてメンバーの行動に終わりを初めに見せたのは和泉いずみだった。

 机にうつ伏せ状態で寝ていた和泉いずみは起き上がり、まず正面の珠璃じゅりと目を合わせる。

「あれ、お母さん……じゃない? ん、珠璃じゅりおはようー」

 何度もまばたきをする目を擦り、寝ぼけながらも辺りを見渡し、先輩、俺と順番に見てあくびをしながら、

「いま何時ー? 私、結構寝ちゃってたよねー」

 と、寝起きだからかいつもに増してフワフワ声が強調される。

「んーっと、もう六時半ね。竹姫かぐや、今日はテスト終わりなんだから家に帰って寝ればよかったのに」

「んーん、別にここでもぐっすり寝れたみたいだしー。それより沙貴さき先輩は何してるんですかー?」

「タイトルをどういう角度で、どういうフォントで、何色で挿れるかを考えてるところよ」

「へー、そうなんですか」

「貴方、自分から聞いておいてホント興味無さそうな反応よね……」

 先輩の疑問が含まれた言葉に何故なぜか、

「えへへー、そうですよねー」

 と、意味不明な返しをヘラヘラとする和泉いずみ。マジでコイツの頭の中はどうなってるんだ。

 こうして俺たちのテスト終わりの金曜にまくを告げ――るはずだったのだが、帰りぎわに先輩のはなった言葉が……。

「あ、後輩くん。ちゃんと英単語と漫画の表紙は直しておいた方がいいわよ。ではまた明日」

 え、怖い怖い怖い怖い。知ってて泳がせてたって事じゃないか……。

 夜輝の鳥肌と沙貴さきの見透かした様な目だけが刻まれ、本当に幕は閉じた。



 月曜には答案が全て返ってきた。

 珠璃じゅりと先輩は平均98、99点と、相変わらずの天才、それぞれ学年一位。で終わればいいのだが、

鈴宮すずみやさん。あれほど威勢を張っておいて私に一点差で負けるとは、実に情けないわね」

「はぁ⁉︎ ギサキ。アンタ今回は100点が一科目しかなかったらしいじゃないの。それに比べて私は英語と数学と社会が満点よ? よくそんな事言えたわね」

「つまり、国語と理科は大差で私に負けている……それを自ら認めている様なものよ。やはり鈴宮すずみやさんは脳も胸もないようね」

「そそそ、それとこれとは別でしょ⁈ 十一月、十一月よ! アンタが何も言い返せないくらいに勝ってやるわよ!」

 と、俺からしたらどちらも凄すぎる点数同士で言い争っていた。

 肝心なのは俺と和泉いずみの点数だ。

 国語、数学、英語、理科、社会の順で言っていくと、俺は59、88、63、81、54。平均69点という今までにない高得点だった。

 和泉は93、31、90、42、84。平均68点。数学と理科、ホントに理系科目が苦手らしい。

「おぉ、数学で30点以上取ったのは初めてだよー。珠璃じゅりと先輩に感謝だねー」

 とも言っていた。本人も喜んでいたし、うちの学校は30点未満が赤点なのでギリギリセーフ。


 テストの結果も出て、俺たちはより一層アニメ制作に力を入れた。

 佐々木ささき先生にも必要な箇所の声入れをしてもらった。

 それからの時間の流れもまるで、瞬きをする様に過ぎ去っていった。

 土日と平日は火木集合として、それ以外の日は各自進行。

 先輩が描き終えては編集、声入れ、手入れ。描き終えては編集、声入れ、手入れの繰り返し。

 特にトラブルといったトラブルも起きず、俺たちはとうとう六話、つまり最終話の手入れまで終えたのだ。

 最後の声入れ、手入れを済ませた木曜、俺は真っ先にグループMINEマインにその事を送った。

 計画通りではない金曜の放課後に一から三話。土曜の午前中に四から六話の鑑賞会をした。

 あとは各話ごとにOPもEDを挿れれば完成。ついにそこまでのチェックが終了。

「あとは曲をれるだけだな!」

「そうね、しっかり一分半の曲を挿れるタイミングもバッチリみたいだし。申し分ないどころか完璧よ」

 先輩は俺たちの汗と時間、そして友情の結晶を見終え満足した顔で言うと、珠璃じゅり秋貴あきさんの方へと目を向けた。

鈴宮すずみやさん。ED曲はもう完成してるんでしょう? なぜ私たちに聴かせてくれないのかしら」

 実は一週間前の土曜に曲を完成させていた珠璃と秋貴。だが、そのことをまだ皆の前では言っておらず、沙貴さきだけが秋貴あきを通して伝わっていた。


 遡ること一週間前の日曜。曲を作り終えた二人は、新作のパンケーキを食べに行っていた。

 パンケーキを小さな口で一生懸命頬張り、飲み込むと、

「大丈夫だったんですか? 今日、集まらなくて。曲も聴かせればよかったのに」

 秋貴あきの疑問の眼差まなざしを受けつつも、「うーん」と、首を傾げながらパンケーキをまた一口入れる。

「オタク先輩にはもう聴かせたんですか?」

 この質問にもまた、「いやいや〜」と、首を横に振る。

「もー、なにか言ってださいよ……」

 ゴクリ。口の中のパンケーキを胃の中にしまうと、笑いながら珠璃じゅり

「ごめんごめん。秋貴あきちゃん、頑張って声張ってるの見てたら可愛くて」

 昨日登場した、さくらんぼとブルーベリーが入っている新作の『ベリーたっぷりパンケーキ』の影響か、カフェ店内はにぎわいをみせている。

 その周りの声にき消されぬよう、秋貴あきは声を振り絞って喋っていた。

「もう、からかわないでください。それよりさっきの質問に答えてくださいよ……」

 口ではこう言ったものの照れを隠している秋貴に、珠璃じゅり清々すがすがしく返す。

「今日は〜サボり! んで、夜輝ほたるにもギサキにも竹姫かぐやにも聴かせてないよ」

 声には出さず、「なぜ?」と言わんばかりの?顔。そう感じとった珠璃じゅり夜輝ほたるとしたED曲の相談をした日のことを秋貴あきに告げた。

「――――で思わず言っちゃったの。『アンタに向けて曲を作る!』みたいな事をね」

「だからそ日のこと、全然話してくれなかったんですね」

「あーもう! なんであと先考えずにあんな事言っちゃったんだろ!」

「でも良かったんじゃないですか? 今回の曲はオタク先輩への想いを乗せた曲なんですよね。この曲ならきっと伝わりますよ、珠璃じゅりさんの気持ち。もしそうじゃなかったら私が言ってやります」

「いや、それはもっと恥ずかしいから! まぁ近いうちに夜輝ほたるにもギサキにも竹姫かぐやにも聴かせるわよ」


「おい珠璃じゅり、もう完成してるのか? なら聴かせてくれよ!」

 流石にこれ以上はシラを切れないと判断した珠璃じゅりは、大人しくスマホを取り出し曲を再生した。

 再生ボタンを押すと、ピアノの心地よい音と共に『この気持ち全部君のせいだ』と、珠璃じゅりの静かな歌声。

 そこからギターにベースにドラム、キーボードのバンド調ながらもおとなしい音色を奏で、曲の中盤まで来たところで一気に楽器の音が止み、ボーカルの声のみに。

 サビ手前、再びピアノとボーカルの音声のみになり、そしてサビに入ると今までの溜めた想いを放出するように激しいのに穏やかな、新鮮で不思議な感覚に身を包まれる。

『後悔も楽しみも、愛情も時間も悲しみもこの気持ち全部全部全部君のせいだ。拝啓はいけい、この気持ちくれた全ての君へ』

 最後は、背景はいけいと拝啓を掛けた愛のメッセージにて曲は終わった。耳に残るのはピアノと珠璃じゅりの心の叫びを乗せた歌声。

 夜輝ほたる沙貴さき竹姫かぐやも、曲が更に続くのではないか? 一分半という短い時間はまだ終わっていないのではないか? という沈黙の空間が広がっていた。

 その沈黙に不安を感じた珠璃じゅりは恐る恐る口に出す。

「えっと……どうだった……?」

 しずけさの中で和泉いずみだけは答えた。

「……うん、うんうん! すごーくよかった! 気持ちが乗ってる感じがしたし、ピアノの音も綺麗だった! この曲を自分たちで作ってるなんてホントすごいよ!」

竹姫かぐやぁ! めっちゃ嬉しい! ほら、二人も感想言ってよ!」

 珠璃じゅりに言われ、俺と先輩もだんまり状態から抜け出せた。

「あ、そうだな……。前に話した通りに孤依こいの雰囲気になってて、曲を聞いてたのもあっという間だったな。正直、今まで聞いたアニソンの中でも三本の指に入るぞ!」

 本当はもっと感想は出てくるのだが、後に先輩も控えてるのでこのくらいにしておいた。

 夜輝ほたるの感想を聞いた珠璃じゅりは小さくガッツポーズをした後、珠璃じゅりの方を見ると探るように沙貴さき

「ふーん。曲名を聞いていいかしら?」

「『アネモネを赤く染めたのは』よ」

 珠璃じゅりの返答で納得したように指をあごえながらうなずく。

「やはりそういう事ね、いいんじゃないかしら。伝わるといいわね」

「ちょ、ギサキ……? アンタね」

「いいじゃない。どうせまだ気付いてないのだから」

 夜輝ほたるの方を気にしながら二人は会話し、秋貴あき夜輝ほたるの方をジロッとにらむ。

「え、なんで俺の方をそんな見てるんだ。なんか付いてる?」

「オタク先輩。ホント最低ですね、この曲は――」

「いいわ、秋貴あき。はぁ……とりあえず今日はもう遅いのだから解散しましょう」

 秋貴あき夜輝ほたるに対し雑言ぞうごんを吐こうとしたのを抑え、解散の提案を切り出す。あまりの夜輝ほたる鈍感どんかんゆえでもある。

 今まで不思議そうに話を聞くだけしていた和泉いずみがようやく口を開く。

「え? でも曲を入れたら完成なんですから、最後までやっちゃいましょうよー」

和泉いずみさん、少なくとも『二人の恋は放課後で』は観たことあるのだから分かるでしょう。アニメの曲にはちゃんとPVがなきゃいけないのよ」

「あー確かにそうでしたね。ていうことは先輩がそれを描くってことですか?」

「えぇ、そうね。でもこればかりは私だけではなく鈴宮すずみやさんとも話し合って考えるわ」

 それを聞いて、

「なんでアンタと話し合わなきゃいけないのよ」

 と、いつも通りの突っかかりをみせる。

「この二曲、というかED曲が特にだけれど、あなたの気持ちがこもった曲なのだから私一人でPVを作る訳にはいかないでしょう」

「……確かにそうだけど……」

 こと真意しんいを突かれ大人しく納得した珠璃じゅり

 この場で勇逸ゆういつ話についてけない夜輝ほたるはみんなを見ながら情けない声で聞く。

「え、え、どういう事だ? 前に言ってた事と関係あるのか?」

 鈍感というのにも度を過ぎてる夜輝ほたふあきてた四人は、夜輝ほたるが喋っている間に次々と帰る準備を進め帰り始める。

「なんで帰っちゃうんだよ! 教えてくれよ!」

 最後に部屋を出ようとした沙貴は立ち止まり最後に一言。

幼馴染おさななじみというのは怖いものね」

 そう言い残し帰って行った。

 夜輝ほたる珠璃じゅりの気持ちに気づくのはそう遠くない未来である。

 

 その後日、珠璃じゅり秋貴秋貴は、珠璃じゅりの家でPVの案を考えていた。

 夜輝ほたるが買った3D映像を作るアプリを有効活用し、夏休み開始4日後の8月3日、PV制作が終わりアニメの中へと挿入そうにゅうを終えた。


 制作期116日、制作人数六人のアニメ。

「これが俺たちの第一作。『fromフロム youユー toトゥ meミー』の完成だ!」


海夏かいかアニメコンクール』まで残り2日。

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