4コマ目 幼馴染と告白。

 秋貴あきちゃんがアニ研に入ってくれる事になってから二週間と少し過ぎた五月の初日。

 ゴールデンウィーク中はアニメを作るにもってこいだ。

 肝心な秋貴あきちゃんはと言うと……。なんの問題もなく順調に進んでいるらしい。

 つい一昨日、OPオープニング曲『恋愛シミュレーション!』のインストの音源が送られてきた。

 インストとは〝インストゥルメンタル〟といい、曲の楽器のみの部分を言う。ゴールデンウィーク中に声を入れるそうだ。

 バンド調の曲で、ベース以外は全て珠璃じゅりがやったらしい。自己満足でボカロを作っていたのは知ってるが、バンド曲をこんなにも素早く作れるなんて驚きだった。

 にしても秋貴あきちゃんがなんで俺のことをあそこまで毛嫌けぎらっているのか、今だに分からないまま。

 楽曲制作には協力的なのは俺にとっては有難いが、近いうちに理由を聞いてくれたら良いなと思っている。

 そして結局あの日は先輩から『ごめんなさいね』とメッセージが来た……というか、その後は俺が三人に見せたアニメの内容について少し突っつかれた。

 自分でも気になっていたけど、主人公の心情が多すぎる、これはラノベではないのだからもっと主人公とヒロインのセリフをメインにした方が良い、というごもっともな指摘だった。

 その指摘を受けた俺はその日の夜のうちに、一話だけだが修正をして先輩に転送した。

 先輩は俺が修正している間に主人公とヒロインの立ち絵を完成させていた。やはり先輩の家には外界と時間の流れが異なる空間があるのかもしれない。

 既に一話分の絵は完成して送ってもらったから、その編集を終え、今から俺と和泉いずみでアフレコをするところである。

「んー、夜輝ほたるくん大丈夫?」

「すまんすまん、ちょっと秋貴あきちゃんの事とか考えてて……」

夜輝ほたるくんは年下が好きなの……? それってなんて言うっけ、ロリコ――」

 至って真面目な顔で言おうとしている。変な誤解を生まないように訂正しないと色々とマズイ。

「言っておくが俺はロリコンじゃないぞ」

 何を不思議に思ったのか、首を傾げる。

「じゃあ、あれはなんなのさ」

 指を刺す方向にはロリキャラのタペストリー。だが大丈夫だ。なんと言っても――。

和泉いずみ、お前は少し勘違いをしているようだな」

「どうしたのその喋り方……」

 相変わらずの指摘速度。だが俺はペースを乱さず続けるぞ。

「このキャラ。見た目は幼女だが、実年齢二十六歳! この見た目でこの年齢、これこそギャップ萌えというやつじゃないか!」

 熱烈な紹介にため息をつく和泉いずみ

「つまりは合法ロリってことだよねー。うんうん、自分の性癖暴露しなくていいからさー、早くアフレコしようよー」

 一体全体何があったらその結論に至るのか。……いや、言われてみたらそうなのか……?

 でもここはせっかく和泉いずみが声入れのタイミングを作ってくれたんだから、その機会に乗るか。

「だな、アフレコしていくか。和泉からのアドバイスのおかげで準備万端だぞ!」

「それなら良かったよー。それじゃ早速やろうか」

 部屋のモニターに映像を映し、区切ったシーンごとに声を入れ、所々やり直しをして編集もしたら三時間ちょいでようやく話が完成した。

 約二十一分間のセリフを入れるのにここまで時間がかかるのか。声優の人って大変なんだな。

 一仕事を終えた二人は菓子を用意し、一話を通し見る。ちなみに時計は既に五時を過ぎている。

 親が買い物から帰ってくるのが六時頃と言っていた。家に女子を入れているところを見つかると色々めんどくさそうだ。これを見終わったら早く帰ってもらおう。



 ちょうど十七時半になった頃。一話を見終わった感想、自画自賛ではあるがいいアニメを作れていると思う。

 和泉いずみは相変わらずのなりきり様。改めて映像と合わせてみると完璧以外の何ものでもない。

「やっぱ和泉いずみ、こう言うの向いてるんじゃないのか⁉︎ すっげぇいいぞ!」

「えへへ、そうかなー。でも夜輝ほたるくんもすごーく上手かったと思うよ」

「俺はあくまで和泉いずみのアドバイスあってのアレだからな」

 和泉いずみからのアドバイスというのは、背景キャラのいるアニメを何個も見て、その喋り方を真似るというものだ。

 一話以降の内容作成や先輩から送られて絵を繋げて行く作業、〝トランジション〟をしている合間に俺が知る限りの背景キャラが出るアニメを見まくった甲斐があった。

 その数々のアニメを思い返していると、時計を見、こちらを向く和泉いずみ

「うんうん、なんか力になれたみたいで良かったよー。あとさー、もうこんな時間だけどいいの? 出来れば十七時には終わらせたいって言ってたけど……」

「そうだ、言ってくれて助かった。親が十八時頃には帰ってくるって言ってたから、それまでにはって思ってな」

 和泉いずみが何やら不安そうな顔をしている。さっき食べた菓子で腹でも壊したか?

「もしかして夜輝ほたるくん、私が来ること言ってなかったりする……?」

「ん、言ってないけど、なんかマズイか……?」

「ありゃりゃ、バレたら色々とめんどくさそうだね。それじゃ帰るよー」

 家に友達を呼んだ時、一番困るのは相手を帰らせるタイミングとかなんとか聞いたことあるけど、そのタイミングを自ら切り出してくれるのは助かるな。

 小さなバックを肩にかけ、ドアノブに手をかけた和泉いずみに聞いてみる。

「おう、今日はありがとな。送っていかなくて大丈夫か?」

「家まで五分ちょいだよー? 私の事何歳だと思ってる?」

「……それもそうか、それじゃ二話以降はゴールデンウィーク明けになると思うから、一応台本に目を通しておいてくれ」

「りょーかい。じゃまたゴールデンウィーク明けー」

「おう、じゃーな」

 よし、一話が完成してアニメ全体の完成も見えてきた。そろそろ五話と最終話の内容も完成させないとな。

 パソコン前に座り、話の続きを書こうとした所、何やら下から話し声が――。

「嘘だろっ!」

 焦り、窓の外を見てみるとさっきまで居なかったはずの車が家の駐車場に。

 おいおいおい、鉢合わせてんじゃねぇか。父さんと母さん、いつもなんだかんだ言って帰り遅くなるのに、今日に限って!

 部屋を飛び出し、階段を駆け降りる夜輝ほたる。降りた先ではやはり和泉が絡まれている。

「ホタちゃんの彼女さん? お友達? 可愛いわね〜」

 母さんが一方的に質問攻めしている……。それもよそ行きの声で。

 やはり世の中の母親は皆、ママ友間や電話の時に声が変わるものなのだろうか。そう思うと普通に引くな。

 ……今はそんなこと考えてる場合じゃないな。早く止めないと。

「ちょっと母さん! 和泉いずみ困ってるから!」

 目の前の見知らぬ女子に夢中だったのか、俺の声を聞いてようやくこちらに気づく。

「ホタちゃんっ、この子はだぁれ? 彼女さん? 珠璃じゅりちゃん以外の子を家に上げるなんて珍しいわねぇ」

 二つほどやめて頂きたいのだが、その喋り方と〝ホタちゃん〟呼び。ただでさえ夜輝ほたるっていう読みずらい名前なんだから、せめて付けた本人くらいはちゃんと呼んでくれ。

 あと父さんはなんで黙ったままニヤニヤしてんだ。普通にキモいぞ。とにかく今は母さんの質問に答えて早く帰そう。

「そいつは和泉。アニメ制作の手伝いをしにきてもらった帰り!」

「そうなのねぇ。ホタちゃん、ちゃんと女の子は家まで送って行くのよ〜?」

 マジでその呼び方と口調やめてくれよ……。人前だとより恥ずかしい。

「分かってるから、行くぞ和泉いずみ

 未だ玄関の手前の廊下で詰まる和泉いずみの手を掴み、玄関へと行く。

「はい、どいてどいて」

 ドアの前の母さんと父さんを退けると、母さんは「あらあら」と、父さんは常にニコニコ顔。不気味だ。

 外に出て早く立ち去ろうとすると母さんが声を送ってくる。

「ちゃんと家まで送るのよ〜? 女の子には優しくねぇ?」

「はいはい、分かってるから! 和泉いずみ、急ぐぞ」

 この状況はめんどくさ過ぎる。一刻も早く家から離れよう。

 和泉いずみの手を引き、家から少し離れた所で手を離すと和泉いずみがプッと笑って言う。

「ホタちゃん……面白いお母さんだねー」

「お願いだからその呼び方、忘れてくれ……」

 結局、和泉いずみを送って帰ると色々と質問攻めにされた。もちろん母さんに。



 この日、珠璃じゅり達の時間も進んでいた。

 珠璃じゅりの家の一部屋。この部屋は演奏スペースと収録ブースに分かれていて、演奏スペースにはギターにドラム、キーボード、そして秋貴あきの持ってきたベースが今は置かれている。

 部屋の奥の収録ブースはガラス張りで防音、音響設備バッチリ。そのブース内で二人は『恋愛シミュレーション!』のインストを流し、それに合わせて声入れをしている。

「いい感じだね!」

「ですねっ」

 歌い終わった二人は演奏スペースの四隅の天井に付いているスピーカーで完成した曲を流しながら話す。

「好きな曲あったら流せるけど、なんかあるっ⁈」

「いえ、せっかく私たちで作った曲が完成したんですから、もう少し聴いていたいです」

「それもそうだね! このまま流しとこ!」

 珠璃じゅり秋貴あきは自分のギターとベースの手入れをしながら互いのオススメバンド曲を話したりしていた最中、秋貴あきが部屋の中を見渡す。

「やっぱり、珠璃じゅりさんの家、すごいですね……」

 あまりの広さと設備の完璧さに言葉が詰まっている。

「よねー。両親共に音楽家だとこうなっちゃうらしい。私が小さい頃はパパのバンドメンバーがここで収録とかしてたんだよ⁉︎」

「それじゃ、結構うるさかったんじゃないですか?」

「それが全然なの! パパも抜かりないよねー。二階の部屋は全部完全防音! ドア開けた時くらいしか演奏の音が聴こえないんだもん」

 そこまで言い終えると、途端に声のトーンが下がる珠璃じゅり

「でも、今はもう……そこにあるドラムもキーボードも、あっちの部屋のピアノも使われてない……。ママはピアノ教室で忙しいし、パパは完全に音楽の世界から離れちゃってるしさ……」

 珠璃じゅりの暗くなった表情を見て、気を利かせて言う。

「なら……珠璃じゅりさんがこの子達を使ってあげたら、いいんじゃないですか、?」

 聞いた途端、一気に元気を取り戻したように顔を嬉々とさせる。

「今、この子達って言った⁈ もしかして秋貴ちゃん、自分の楽器に名前つけるタイプ⁈」

 あまりの勢いに先程よりも声をしぼめながらも、ベースを撫でて言う。

「は、はい……。この子、九万円したので、〝ここのつ〟から名前を取ってココちゃんです……」

「おー! って……可愛いけどなんか……生々しいな」

 ……。一瞬、二人の続いていた会話は途絶える。想定外の名付けセンスに困っていたのだ。

 それ以上の言葉が見つからなかった珠璃じゅりは自分のギターを抱き抱えて語りだす。

「えっとね、私のギターは、私の名前がじゅりで〝ジュエリー〟に繋がって、ジュエリーと言ったらダイヤモンド! だからダイヤって呼んでる!」

「いいですね、呼びやすいし、なんと言っても高級そうです」

「……秋貴あきちゃんって案外お金に目がないのね……」

「はい、もちろんです……。世の中の大抵のことはお金が解決してくれるので。ところで珠璃じゅりさん、珠璃じゅりさんはなんで他の楽器もあったのにギターを選んだんですか?」

 この質問に気まずそうにする。

「うーん、秋貴あきちゃん、嫌な顔しないって約束する……?」

「ん、? そんなことしませんよ」

「うん、なら……夜輝ほたるがキッカケでね――」

 この二週間、一度たりとも上がらなかった夜輝ほたるの名前。秋貴あき夜輝ほたるのことを良く思ってないため、珠璃じゅりはあえて名前を出していなかったのだ。

 夜輝ほたるという一単語で一気に不快感を示す。

「ほら! 秋貴あきちゃんやっぱり!」

「……いえ、大、丈夫です。続けてください……」

「ほんとに……?」

 声は発さず、小さくうなず秋貴あきを見て話を続ける。

「小学生の時さ、夜輝ほたるの家でバンドメインの青春もののアニメ見ててさ。夜輝ほたるが言ったの。『ギター弾ける女子ってカッケェし憧れるよな!』って」

 珠璃じゅりが昔の事を思い出し微笑んでいるのを上目に、秋貴あきも顔を上げ、耳を向ける。

「それで私決めたんだ。曲を作れるようになって、夜輝ほたるに聴かせたいって」

「えっと……」

 言いにくそうにする秋貴あき珠璃じゅりは「ん?」と首を傾げる。

「その、珠璃じゅりさん……。もしかして珠璃じゅりさんってオタク先輩のこと…………好き、なんですか?」

 間を挟みながらも言った秋貴あきそっちのけに、珠璃じゅりは顔を真っ赤にさせ両手を横に何度も振る。

「そそそそ、そ、そんなわけ、な、ないじゃん⁈ 私が? 夜輝ほたるを⁉︎ あ、ありえないって!」

珠璃じゅりさん、顔……真っ赤ですよ?」

 指摘され、振りまくっていた両手で顔を隠して右をサッと向く。

「……だって、秋貴あきちゃんが変なこと言うから……」

珠璃じゅりさん、可愛いです」

「もー! と・に・か・く! 私は夜輝ほたるのことなんか好きじゃない! そういう秋貴あきちゃんこそ、なんであんなに夜輝ほたるのことを嫌ってるのよ」

 顔を隠してた両手を下げ、横目に聞いてみる。珠璃じゅりの目に映っていたのは、キョトンと首を傾げた秋貴あき

「あの……前も言った通り私、オタク先輩のこと嫌いではないですよ? ただ……」

「ただ……?」

 ゴクリと息をみ、秋貴あきのセリフを繰り返す。

姉様ねぇさまったら、今学期こんがっきになってから、家に帰るとすぐ夜輝ほたるくん夜輝ほたるくんって言うんですよ!」

 滅多めったに声を張らない秋貴彰人を珍しく思う珠璃じゅり

「え?」

 頭にハテナマークが飛び交う珠璃じゅりをお構いなしに、秋貴あきはさらに声を上げる。

「去年は一度たりとも! 一度たりともですよ⁈ オタク先輩の名前なんて出たことなかったのに、今学期こんがっきになったら中学の頃みたいにずっとですよ、ずっと!」

 そこまでいうと息を切らす。

 右を向いたまま聞いていた珠璃じゅりは立ち上がり、秋貴あきの後ろへと回り込むと、秋貴あきの髪をワシャワシャ。

秋貴あきちゃん、要は夜輝ほたる嫉妬しっとしてるわけだ! あー! 可愛い!」

 先ほどの珠璃じゅり同様、顔を赤く染めて下を向く。

「そ、そうですよ……なんか姉様ねぇさまを取られる感じというか……」

 声を荒げていたのが嘘かのように、いつもの声のボリュームに戻った秋貴あき

「なんなのそれ! 可愛すぎない⁉︎ え、さっき私が夜輝ほたるの名前出した時に嫌な顔してたのは……」

「それは……珠璃じゅりさんも私にとって姉みたいな存在なので……」

 終盤、声のボリュームをさらに下げた秋貴あき。その秋貴あき珠璃じゅりは抱き、頬を擦り付ける。

「うん、秋貴あきちゃん可愛すぎる! ホントに妹にしちゃいたいくらい!」

「ちょ、珠璃じゅりさん、ココちゃんが倒れますって」

 言われて秋貴あきを離す。すると次は秋貴あきの目の前に回り込み、ニコニコ顔の珠璃じゅり

秋貴あきちゃん」

 なぜか改まったように落ち着いた声をして秋貴あきをジッと見つめる。

「なんですか?」

「あの、私のことお姉ちゃんって呼んでみてほしい!」

 まさかの要望。戸惑う秋貴あき

「え、えっと……」

「ホント、一回だけでいいから! お願い!」

 手を合わせて頼み込む。右目をチラッと開けて様子を伺っている珠璃じゅりは追い討ちを。

「ダメ……?」

「うっ、一回、ホント一回だけですよ……」

「やった!」

 ニコニコが止まない珠璃じゅりは今か今かと待つ。

「えっと、その……珠璃じゅり、お姉ちゃん……」

 満足まんぞくげな顔になり、秋貴あきに正面から抱きつく。

「あー! もう! ギサキも幸せね、こんなに可愛い妹がいるんだから! ……もう一回、もう一回でいいからお姉ちゃんって呼んで!」

「一回だけって言ったじゃないですか……恥ずかしいのでもう言いませんっ」

 秋貴あきは言い終えに顔をそっぽ向く。

「もう、ケチ!」

 言うと、秋貴あきを離し雰囲気が変わる。

「あーあ、私も秋貴あきちゃんみたいに素直になれたらな!」

「それってやっぱり……」

「うん、私……夜輝ほたるのことが好き。初めてなんだ、私が歌ってる歌を夜輝ほたるに聴かせるの。だから絶対夜輝ほたるに求めて貰える曲にしたいんだ。……それなのに――」

 泣きつくように再び秋貴あきに抱きつく。

「えっ、どうしたんですか……?」

「それがね、EDエンディング曲が全然思いつかないの! 『恋愛シミュレーション!』は元々作ろうと思ってたボカロをバンド風に変えただけだからサクッと出来たんだけどさ!」

 珠璃じゅりの肩を優しく押し、肩に手を乗せたまま。

「それこそオタク先輩に相談してみたら、いいんじゃないですか……? ゴールデンウィーク中に会えないのも寂しいでしょうし……」

「寂しっ、くないことはないけど……。でも夜輝ほたるだって今忙しいだろうし、断られたらどうしよう……」

「大丈夫ですよ、あの人は姉様ねぇさまがあんなに信頼する人なんです。仲間からの相談を無視するような人だとは……」

 珠璃じゅりは想像とは違う秋貴あきのセリフを妙に思って声の調子を変える。

「な、なんか秋貴あきちゃん……夜輝ほたるに対しての気持ちが分からないわね……。あんまりよく思ってない割にギサキが信用してるからって秋貴あきちゃんも信用してるし……」

「そこが嫌なんですよ、姉様ねぇさまがあんなにもオタク先輩を信用してるのが」

「あぁ、そういうものね……うん」

 自らを言い聞かせるように頷く。

「今からでも送ってみたらどうですか?」

「うん、そうね……」

 そう言ってスマホを取り出す。

 送る内容を考える時間およそ5分。決意の表情。

「それじゃ送るわよ……」

OPオープニング曲が完成したから明日聴いてもらえない?』

珠璃じゅりさん……これは、日和ひよってますね」

「だってしょうがないじゃない! 今まで改まって相談とかした事ないし、OPオープニング曲を聴かせた後にEDエンディング曲の話にもっていくのよ!」

 照れながらも怒る珠璃じゅりは、携帯の振動でピタリと停止する。

「え、どうしたんですか?」

「アイツ、返信早すぎない……?」

 秋貴あき夜輝ほたるからの返信を見せる。

『いつものファミレスでいいか?』

『あ、すまん。親がうるさいから何時集合か送っておいてくれ』

 その時丁度、和泉いずみを送って帰ってきたばかりの夜輝ほたるは、母親に質問攻めにされていたのだ。

 珠璃じゅりが送ってから返信までおよそ10秒足らず。夜輝ほたるの身になにが起こっているのか知る由もない二人は顔を見合わせる。

「とにかく良かったじゃないですか。集合時間を送らないと」

「だ、だね。えっと朝からで大丈夫かな……? 早すぎないかな?」

「いいんじゃないですか。話が早く終われば、その後二人でデートとかしてもいいと思いますし……」

「……秋貴あきちゃん、少女漫画の読みすぎじゃない?」

「確かに姉様ねぇさまのを借りて読んでいますけど、珠璃じゅりさんだってそうなったら良いなと思っていますよね」

「いやっ……まぁない事もないけど……」

 顔を隠すため下を向く珠璃じゅりの方に手を伸ばし、ニヤリとする秋貴あき

「ちょっと貸してください」

 珠璃じゅりの手からスマホを取り、少しいじってから返す。

「ちょっと秋貴あきちゃん!」

 返されたスマホを見ると勝手に返信された文。

『朝の10時に待ってる』

「えー⁈ ちょっと、なにやってるのよ! 自分じゃ送れなかったから助かるけど!」

「なら良かったです。明日、頑張ってくださいね」

「うん、ありがと……って告白とかしないわよ⁈」

 またニヤリと口角を上げる。

「え、私は相談するのを頑張ってと言ったつもりだったんですけど……もしかして告白するつもりだったんですか?」

 少し珠璃じゅりをいじった後、満面の笑みで秋貴あき

「本当にオタク先輩のこと、好きなんですね。頑張ってください、応援してます」

 頬を膨らましながら秋貴あきの肩を叩きまくる。

「なんか秋貴あきちゃん、前と変わったっ! 前はもっと大人しくて可愛かったのに!」

 秋貴あきはショボンとし、上目を珠璃じゅりに向ける。

「今の私、可愛くないんですか……?」

 頭を抱えながら珠璃じゅり

「あー、もう! どっちの秋貴あきちゃんも可愛い! はぁ、なんか私ばっかり恥ずかしい思いしてない?」

珠璃じゅりさんも、ものすごく可愛いですよ。明日の結果教えてくださいね」

「うん、分かったから! 今日はもう遅いんだし送っていくね」

「大丈夫ですよ。あ、それよりベースは置いたままでいいですか?」

「え、うん。いいけど秋貴あきちゃんはいいの?」

「はい、またすぐお邪魔させていただくと思うので、では帰りますね」

 立ち上がった秋貴あき珠璃じゅりはついて行く。

「いいですって」

「玄関までだって。ほらほら」

 見た目より重い防音の扉を開けてあげ、秋貴あきの背中を押す珠璃じゅり

「あ、ありがとうございます」


 秋貴あきを玄関まで送って行き、一階の自分の部屋へと入った珠璃じゅりは、真っ先にベッドに飛び込んで仰向けになる。

「なんか秋貴あきちゃん変わったなー。今も大人しいけど去年より明るくなったな〜」

 誰もいない家で一人、天井に向かって呟いていると途端に立ち上がってクローゼットの前に立つ。

「明日の服どうしよう! あ〜、秋貴あきちゃんにも選んでもらえば良かったな。てか夜輝ほたると二人きりで出かけるのとか中一振りかも⁉︎ ギサキのせいで全然二人きりになれなかったし! んー! 余計に服悩む!」

 バタン。ベッドに倒れ込んで両手を広げる。

「はぁ……ほんと、どうしよ」

 気の抜けた声で寝返りを打つ先のクローゼットを見ると大量の洋服。普段から着る服を悩んでいる珠璃じゅりは、この久しぶりの二人きりの機会という事で、さらに悩んでいた。

 散々悩んだ挙句、クローゼットの横にかかっている一着を見る珠璃。

「もうこれでいっかな」



 次の日の朝十時前。先に着いていた珠璃じゅり夜輝ほたるを待っていた。

 休日の朝のファミレスは比較的人が多い。席もほぼ埋まっている状態だ。

 いつもは三人以上で来る夜輝ほたるたちは窓側のソファ席に座っていたが、二人きりしか居ない今日は違う。

 店内の中央、入り口から一番奥の二人席。ソファと椅子になっているテーブルだ。

 店内に入店音が響き、椅子側に座っている珠璃の背中を見つけた夜輝はテーブルへと向かい珠璃じゅりに声をかける。

「よう、そっち側でいいのか? 昔はソファがいいって駄々ただねてたのに」

「い、いつの話よ。私がそんなお子ちゃまな訳ないでしょ? アンタの方が精神年齢低いんだからそっちがお似合いよ」

 どうしていつもこう言ってしまうんだろ、何やってんだ私! しかも昔の事も覚えててくれてるし!

 言われるがままソファ席に座った夜輝ほたるが私の方をジロジロ見てくるんだけど、なになに⁈

「な、なにジロジロ見てんのよ、キモいわよ」

「お前……あんなに服買ってんのに、なんで休日に制服なんだ……?」

 しょうがないじゃない! 色々悩んだ結果これがベストだったのよ!

「うるさいわね、アンタこそなによ。オシャレしちゃって。もしかしてこれからデートでも行くのかしら」

 はわわわわっ……。私がこの前買ってあげた服じゃない! ちゃんと着てくれてるのね、なのに私はなんでこんな事言っちゃってるの〜!

 夜輝ほたるが服を摘んでから見てくる。

「これ、この前珠璃じゅりが買ってくれたやつだろ。今日の珠璃じゅり、いつもより当たり強くないか?」

「私より遅く来た夜輝ほたるが悪いじゃない。そもそもいつもこんな感じでしょ」

 昨日の秋貴あきちゃんとの会話もあって、いつもより意識しちゃうのよ!

 珠璃じゅりに言われ、に落ちない顔をしながらも納得しようとする夜輝ほたる

「まぁそうか、珠璃じゅりはいつも集合早いんだよなー」

 喋りの後半、メニューを手に取って開く。

「朝食べてないからなんか頼んでいいか?」

「それなら私も食べてないから頼もっかな」

 二人は各々おのおのメニューを見て、お互いが決まったのを確認すると呼び出しベルで店員を呼ぶ。

「先に頼んでいいぞ」

 夜輝ほたるに言われ、メニューを指差しながら頼む珠璃じゅり

「このデミグラスハンバーグ定食と……」

 メニューをめくり、最後のデザートのページを開きパフェも指を刺す。

「あとこれで!」

「お前、結構食べるな……。あ、俺はプライドポテトとドリンクバーでお願いします」

 え、夜輝ほたる全然食べないじゃん。それなら先に言ってくれないと!

 店員が戻って、珠璃じゅり

「ちょっと夜輝ほたる、なんか私が食いしん坊みたいじゃん。言っとくけど昨日からなにも食べてないから定食を頼んだだけだからね?」

「でもパフェまでは要らなくないか?」

「しょうがないじゃない、目に入っちゃったんだから」



 その後、大した会話もなく、運ばれた食事を楽しんだ。

 そして珠璃じゅりの食後のパフェが来たタイミングで夜輝ほたるが話をふる。

珠璃じゅり、そろそろ聴かせてくれよ」

 一口目のパフェをすくって頬張ったばかりの珠璃じゅりは咳き込む。

「おいおい、大丈夫か」

 聞かせてってなに⁈ 私が夜輝ほたるのことをどう思ってるか? なになに⁈

 夜輝ほたるはナフキンを一枚取り、珠璃じゅりに渡す。咳き込んでいたのが治り、平常心に戻る珠璃じゅり

「えっと、なにを聞かせればいいのよ」

「ん? 『恋愛シミュレーション!』だろ。完成したから聴いてほしいって」

「あ、うん……もちろんそうよね」

 なんて事考えてんだ、私のバカー! とにかくここは曲を聴かせてる間に落ち着きましょう、うん。

 スマホを取り出し、曲を夜輝ほたるのスマホに共有する。

 夜輝ほたるが聴き終えるまでの一分半。ソワソワな珠璃じゅりに曲を聴き終えたばかりの興奮を隠しきれない夜輝ほたる

「うん、いいぞ……めっちゃいいぞ珠璃じゅり! アニメのヒロイン、華恋かれんの明るい性格を表したみたいな曲で!」

 夜輝がすっごく褒めてくれてる⁉︎ やった! やったやった!

 緊張が解け、脳内ではしゃぐ珠璃は自慢げに腕を組み、ニマニマ顔になる。

「そりゃ私が作った曲なんだからいいのは当たり前でしょ! なんならもっと褒めてくれたっていいんだからね!」

「少しは遠慮しろよ……って言いたいところだけどマジでいい! CD化されても買うレベルだぞ!」

「ふふん、そうでしょ。私の手に掛かればこのくらい余裕よ!」

 ってまだEDエンディングは全然イメージすら思いついてないんだけど……。

 テンション爆上がりも束の間、今まで夜輝ほたるに相談をしたことのなかった珠璃じゅりは話を切り出せずにいた。

 黙り込んだ珠璃じゅりをお構いなしに、テンションを保ったままの夜輝ほたる

「にしても凄いよな。こんな短期間でこんないい曲、秋貴あきちゃんもめっちゃ協力してくれてるみたいだし!」

 自ら秋貴あきの名を出し、思い出したように話し出す。

「てか、秋貴あきちゃんはなんか俺のこと言ってなかったか? あの態度だと結構気になっちゃうからさ、なんかあったら教えて欲しいんだけど」

 そういえば秋貴あきちゃんのことは何も話してなかったわね……。でも夜輝ほたる嫉妬しっとしてあの態度になってるだなんて言ったら、きっと秋貴あきちゃんは恥ずかしいわよね。

「う〜ん、秋貴あきちゃんの事は大丈夫よ。別に夜輝ほたるのこと嫌いっても言ってなかったし、なんかあっても私がなんとかするし!」

「んー、そうか? マジで俺、心当たりがないから、知らないうちに秋貴あきちゃんを傷つけたんじゃないかって」

 夜輝ほたるの悩みをコクコク頷きながら聞いて、共感するように言う。

「うんうん、夜輝ほたるは何もしてないから大丈夫よ、心配することない……あとそれよりもさ……」

 ようやくEDエンディング曲の相談を切り出そうとする。

「ん? どうした」

「あのさ、ごめん! EDエンディング曲の案が何も思いつかなくって……OPオープニング作ってる時から考えてはいたんだけど全くで……」

 珠璃じゅりの謝罪にキョトン顔で首を傾げる。

「何言ってんだ? 普通俺が謝る側だろ。こんな短い期間で二曲作って欲しいって頼んでんだから」

「でも、夜輝ほたるだって時間がないのは一緒だしっ……」

 わびしい珠璃じゅりの声に、フッと笑って夜輝ほたるは言葉を返す。

「俺がこのアニメの発案者なんだぞ? 俺がほんとは他の四人よりも頑張らねーといけないだろ。俺の夢に付き合って貰ってんだから。珠璃じゅり先輩せんぱい和泉いずみも、もちろん秋貴あきちゃんも、俺以上に頑張ってくれてるし。マジで俺が謝らねぇといけないだろ」

 夜輝ほたるは昔からこうだ。自分のやりたい事には真っ直ぐで、人の事は責めたりなんかしない、絶対に寄り添ってくれる。

 自分のプライドばっかり気にして、ちゃんと相談に乗って欲しいって言えないのはダメだ。今日は真剣に相談するために呼んだんだから。こんな中途半端な気持ちじゃ、夜輝ほたるが求める曲は作れない。

 気持ちがまとまり決意の表情。

夜輝ほたる

「ど、どうした。いきなり真剣な顔して」

 初めて見る珠璃じゅりの表情に困惑の夜輝ほたる

「ホントは今日、曲を聴いてもらうために呼んだんじゃないの。EDエンディングの相談がしたくて呼んだの」

「……珠璃じゅりから相談に乗って欲しいって言ってくるの、初めてじゃないか……?」

「うん、私、本気で夜輝ほたるのアニメ制作に協力したい。だから一緒に考えて欲しい」

 珠璃じゅりの素直な頼みに、清々すがすがしいほどの笑みを見せる。

「あぁ、もちろんだ! その代わり、ヒロインの心情とか、男の俺に分かんないことあったら相談させてもらうからな!」

 あぁ、どうしよう……。曲に集中しなきゃいけない、夜輝ほたるのことを意識しちゃいけないって分かってるのに、そんな顔見せられたら余計意識しちゃうじゃないっ……。

 夜輝ほたるは誰にでも優しい。そんな顔をみんなにしてるなんて嫌……。

 え、私、秋貴あきちゃんに嫉妬しっとしてるなんて言っちゃったけど、一番嫉妬してるのは……私じゃない……。

 なんとか想いを抑えようとする珠璃じゅり夜輝ほたるはスマホで四話までの脚本を見ていて、うつむ珠璃じゅりに気づいていない。

 スマホをスクロールしながら話し出す夜輝ほたる

「えっとそうだな……OPオープニングはヒロインの性格に寄ってるから、EDエンディングは主人公の孤依こいに寄せてみたらいいんじゃないか?」

 夜輝ほたるは真面目に相談に乗ってくれてるんだから、私がずっとこんなでいて良いわけがない。ちゃんとしないと。

 悩む顔を上げ、面と向かって夜輝ほたるの提案に返す。

「うん、それいいわね。主人公に寄せるならやっぱり落ち着いた曲よね」

「うんうん、そうだな。予定では六話では一話の時よりも明るくなってるから、曲の終盤で明るくしてみてもいいかもしれないな」

 ようやく気持ちが落ち着いたのか、バッグからスマホを取り出し、メモり始める。

「りょーかい……あと、まだ孤依こいの性格が把握しきれてないから、まとめてたら教えてちょうだい」

「あーっと、そうだな〜」

 言いながら、スマホをいじり、キャラのメモ画面を開き、ゆっくりと読み上げる。

背景はいけいキャラ。華恋かれんのことが前から気になっていたが、夏休み明けの席替えで隣同士に。そこで、今まで知らなかった裏の顔を知る。そして、だんだんと華恋かれんの事を好きになっていくが、中々その気持ちを伝えられない……。っと、まぁ今はこんな感じだな」

 メモリながら珠璃じゅり

「つまり、曲のコンセプトとしては〝背景はいけい〟と〝好きな気持ちを伝えられない〟って感じで、終盤にかけて明るくしていけばいいのね……分かったわ」

 意見がまとまり、スマホを閉じる。

 すると突然、夜輝ほたるがサラッと口を開く。

珠璃じゅりは好きなやつとかいないのか? いるならそいつの事を考えて曲を作ってみてもいいかもしらんぞ、もちろんなんかのキャラでもいいけど」

 夜輝ほたるの爆弾投下により、気持ちを抑えていた珠璃じゅりの顔が真っ赤に爆発。沸騰ふっとう状態の珠璃じゅりは、せっかくの冷静さを失う。

「すっ、すすすす好きな人⁈ いるわけないじゃない! そう言うアンタはどうなのよ!」

 なんでこのタイミングでそんな事聞いてくるのよ、バカ夜輝ほたる〜!

 というか、今変な事聞いちゃったよね⁈ 反射的に絶対言っちゃったわよね⁉︎

 好きな人を聞かれ動揺する珠璃じゅりとは正反対。夜輝ほたるは堂々と答え始める。

「実はな、最近めっちゃ気になる女子がいてな……」

 ……え、どういう事……? 夜輝ほたふが気になる女子? え、え〜⁉︎

 息を呑み込み、恐る恐る尋ねてみる。

「それって誰のことなの……?」

「ふふ、気になるよな! 金髪ツインテ、幼馴染! そしてだな――」

 自分の髪を確認して動揺Lv.MAX状態の珠璃じゅり

 金髪ツインテ、幼馴染……それってもしかして、え⁈

 パニック状態の珠璃じゅりと熱弁している夜輝ほたる

「あのツンデレ! あれは全読者が惚れ込むな……」

 ん、読者? なんの話……?

「主人公に最後、告白されるシーン……すっげぇ感動したな……」

 主人公。シーン。感動。

 自分のことだと勘違いしていた珠璃じゅりは、やっと事の真相に気づく。

夜輝ほたる、それって……」

凛梨莉りりりリリ先生の『薔薇ばらさきめぐりは素直になれない』、通称〝バラない〟っていう漫画だ! 主人公が背景キャラというのもあって読んでみたんだ!」

「あ、そう……漫画、ね、うん……。私のときめきを返して欲しいわ……」

「ときめき? なんの話してんだ」

 小声の珠璃じゅりを不思議がる。珠璃じゅりの顔を見て、ふと下の方に視線を夜輝ほたるは向けると慌て出す。

「おいおい珠璃じゅり! パフェのアイス溶けてんぞ!」

 バニラアイスの部分が全て溶けきっていて、下のチョコスナックとスポンジケーキの部分に染み込んでいる容器。もはやパフェの原型はない。

 ドロドロの元パフェを見て、夜輝ほたる同様慌て出すと、途端に容器を掴んで一気に口へとき込む。

「それって美味しいのか、?」

 き込み終わり珠璃じゅり

「いいのよ。この液体と、もはや原型を留めていないスナックだって、元を辿ればパフェだったんだから! 胃に入れてしまえば同じよ」



 パフェドロドロ騒動の後、二人は会計を終わらせ店を出た。

 そこからどこかに寄る様子もなく、いつもの帰り道。

 結局、夜輝ほたるがこの数週間で見たり読んだりしたアニメ、漫画の話で家の前に着いてしまうと立ち止まる夜輝ほたる

「そういや珠璃じゅり、これからファミレスで集まるの控えていいか? 動画の編集ソフトとかマイクとか買ったせいで金欠きんけつでな」

「あ、だからフライドポテトしか頼まなかったのね……。それじゃこれからはどこで集まるのよ」

「俺の家で良くねぇか? 俺と珠璃じゅりは隣なんだし、和泉いずみも先輩も近いんだから」

 位置関係としては、学校→ファミレス。そしてファミレスから徒歩二分ほどの高級マンションの最上階が如月きさらぎ。またそこから徒歩三分ほどの住宅街に入り、和泉いずみ鈴宮すずみや霧雨きりさめとなっている。

 徒歩十分圏内にみんな住んでいるのだが、その中でも夜輝ほたる珠璃じゅりの家は隣同士なのである。

「まぁ確かにそうね、これからアニメの話を休日する時とかは夜輝ほたるの家に集合って事で」

「おう、先輩たちには俺から伝えとく。それじゃまたゴールデンウィーク明け。それまでにまた相談があったらいつでも来てくれ! 珠璃じゅりから相談されたの、嬉しかったぞ!」

 珠璃じゅりの家の前で別れを告げ、自分の家へと歩き出す夜輝ほたるの背中を見て珠璃じゅりは思い返す。

 

 

『一緒に家でゲームしないか⁉︎ 一人より二人でした方が楽しいからさ!』

 始まりは夜輝ほたるがここに引っ越してきた時だった。

 幼稚園の頃の私は、今の面影は全くなかった。友達は居なくて、人に喋りかけることが出来なくて。秋貴あきちゃんよりも人見知りだったと思う。

 でも、そんな私を変えてくれたのが夜輝ほたるだった。

『えっと、あの……私……』

『ほら! 早く行こーぜ!』

 あの日、夜輝ほたると出会っていなかったら、私の手を引っ張ってくれてなかったら、今の私は私じゃない。

『お、初めて同じクラスになったな! 今までトコトン違う組だったもんな』

 幼稚園の頃は一回も同じクラスになった事はなく、小一で初めて同じクラスになった。

 内心不安だった小学校も、夜輝ほたると同じ組ならなんとかなると思ってた。

 でも現実はそう甘くなくて、人見知りだった私とは相対して夜輝ほたるはみんなと仲良くしてた。

『なんで一人なんだよ? みんなで遊んだ方が楽しくないか?』

『でも……私、みんなと喋れない、から……』

『またその喋り方かよ、俺と家でゲームしてる時みたいにすればいいんだって! ほら、行くぞ!』

 夜輝ほたるに手を引っ張られて、クラスの輪に初めて入った。

『あの、えっと……す、ずみやじゅりです……』

『コイツも一緒に遊んでいいよな⁈』

『うん!』

珠璃じゅりちゃん……? だっけ! 遊んでみたかったんだよね!』

 夜輝ほたる手招てまねいてくれた先には、私が想像してた世界とは違って、みんな優しく受け入れてくれた。

 あの時も夜輝ほたるが手を引っ張ってくれた。夜輝ほたるに助けられてばっかりだ。

珠璃じゅり、小学校ってずっと一緒のクラスだったよな……? また一緒だぞ』

『ふんっ、アンタと同じクラスとかもう飽きたわ。七年連続一緒とか終わってるわね』

 ホントは嬉しいのに、思ってもない事を言ってしまうようになったのはいつからだろう。それは考えなくても分かってる。

 小四の頃。人見知りする事もなくなり、私が学級長になった。

 それからというもの、学校で夜輝ほたると話す事がなくなった。

『なんで学校では話しかけてきてくれないのよ、京平きょうへいとばっかり話して……』

『今の珠璃じゅり、めっちゃ友達もいるし、俺みたいなオタクが近くにいると迷惑だろ』

 夜輝ほたるの家でこうしてゲームして、アニメを見るだけじゃ物足りなかった。なのに、その時初めて嘘をついてしまった。

『うん、確かにそうね。オタクのアンタが居ない方がいいかもね』

 ここで本当の事を言ってしまったら、私の夜輝ほたるへの気持ちが伝わってしまう、そんな気がした。

 私が夜輝ほたるのことを好きって知っちゃったら、今のこの時間すらなくなってしまう、変わりたくない。

 別に登下校と、家でゲームをしてアニメを見てる時間さえあればいい。この関係のままでいいんだって。

 ……私って夜輝ほたるのこと、ホントに好きなのかな……。

 ふと珠璃じゅりの脳内に昨日の秋貴あきの表情が浮かび上がる。

『本当にオタク先輩のこと、好きなんですね。頑張ってください、応援してます』

 そうだ、私は夜輝ほたるのことが好き。今も昔もこれからもずっと好き。このまま、だだの幼馴染で終わりたくない。変わらないといけないんだ。

 ……でも、でも夜輝ほたるは今、アニメ制作に必死だし、告白なんてしたら迷惑だ……。

『つまり、曲のコンセプトとしては〝背景〟と〝好きな気持ちを伝えられない〟って感じで、終盤にかけて明るくしていけばいいのね……分かったわ』

 好きな気持ちを伝えられない……か、似てるわね。私のこの気持ちも背景のままでいちゃダメなんだ。

 うん、これだ……。これなら伝えられる。

夜輝ほたる!」

 夜輝ほたるの背中目掛けて思いっきり呼び止める。

 昼の二時、住宅街に響き渡る珠璃じゅりの声。家の門に入ろうとしていた夜輝ほたるが足を止め、ふり返る。

「私、決めたわ! これから作るEDエンディング、アンタに向けて作るわ! 私の気持ち、ちゃんと伝わるように!」

「え、それってどういう――」

 遠回りの告白をした珠璃じゅり夜輝ほたるが聞き返そうとするが、自分の家へと走る。

 ドアの前で振り返り、棒立ちの夜輝にもう一度。

「覚悟してなさいよ!」

 夜輝ほたるの返しも待たず、急いでドアを開け家の中に入る。

 ドアに背中を合わせ、その場で座り込みささやく珠璃。

「うん、言ったわ……私、言えたわ……」

 珠璃の入ったドアをただ棒立ちで見つめて、状況を理解した夜輝ほたる

「今のって……まさか、な……」


海夏かいかアニメコンクール』まで残り95日。

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