3コマ目 休日と背景。

 先輩がアニ研に入ってくれる事になった。だがしかし、これでも部員は四人だけ。部活を創立する事は出来ない。

 そこで、無謀だがこの四人で『海夏かいかアニメコンクール』で入賞する方向へと進路を変えた。

 アニコンまで残り116日。正直言って四人で六話のアニメをこの期間で作るのはほぼ不可能だと思う。

 一刻も早くアニメの内容を考えたいところだったんだがな……。

「コラー、夜輝ほたるー! なに遅れてんのよ!」

 まだ五分も集合時間より早いんですけど⁉︎ お前たちが来るのが早すぎるだけじゃないか。

 なんでこうなってるのか。これは先輩を説得した後の話だ。



「よし、みんな。まずはこれを見てくれ」

 言って、俺が見せたのは『海夏かいかアニメコンクール』の応募ページ。

 超が付くほど大手のアニメ制作会社が主催しているアニコン。

 そう、桜坂のアニ研が三年連続で最優秀賞さいゆうしゅうしょうを取っているコンクール。一見、無鉄砲に見える事だが、俺には策があった。

海夏かいかアニメコンクール』は毎年夏に行われていて、中学や高校のアニ研や個人制作者からの応募が殺到する。

 重要なのはここだ。最優秀賞の他に、審査員特別賞。別名『海夏賞かいかしょう』と言うものがある。

 その『海夏賞かいかしょう』は受賞する数が決まっておらず、去年は四つのアニメがその賞をもらっている。

 二十四分、OP、ED曲付きで六話を作らなくてはいけない。四人で作るのならば六話と言うのはまだ都合がいい。

「これに応募するって事よね!」

 そう言って珠璃じゅりはやる気に満ちた顔をした。

「締め切りはいつなのかしら」

 先輩は自分のスマホで調べ始めてこちらを睨めつけた。

「えっと……」

 なんと言われるか。正直怖かったが思っていた答えとは違った。

「大体あと、四ヶ月くらいで締め切り……やり甲斐がありそうね」

 俺をにらめつける先輩の目は、なんだか何かを見つけた様にも思えた。

「ギサキ、そんな短期間でホントに描けんの?」

「私を誰だと思ってるのよ。鈴宮すずみやさん、貴方あなたこそ一人で曲を二曲も作れるのかしらね」

 また始まったよ。なんでこんなにも二人は仲が悪いのか。

和泉いずみも二人を止めてくれよ……」

「えー、私は二人の言い争い見てるの楽しいから止めないよー」

 なんだその理由。

 俺と和泉いずみの会話は聞こえていないのか、珠璃じゅりと先輩はエスカレートしそうになった。

「昔みたいな絵を描けてないくせによく言うわね」

「ちょ、二人とも……!」

 珠璃じゅりの度の過ぎた発言は止めるべきだと思い、止めようとした。

貴方あなたに胸がないのは知っていたけれど、デリカシーまでないとは。一体貴方あなたに何があるのかしらね、ほんと」

 首を横に振り、やれやれとして先輩は言った。

 珠璃じゅりの発言にヒヤヒヤしたが、今の先輩はもう大丈夫そうだな。

 珠璃じゅりは結局、自分が言った事よりもずっと強いカウンターを食らって、顔を真っ赤にさせて黙り込んでしまった。

 そんな珠璃じゅりに向かって和泉いずみが尋ねた。

「あのさー、さっきから気になってたんだけど、鈴宮すずみやさんはなんで如月きさらぎ先輩の事をギサキって呼んでるのー?」

「あ、あーそれはね、キサラギサキの最後の三文字を取ったらギサキになるでしょ」

 まだ声をショボショボさせながら珠璃じゅりは答えた。

「そうなんだー、ネーミングセンスが、うん……って感じだねー」

 珠璃じゅりはまさかの答えに目をパチクリさせていた。和泉いずみのやつ、容赦ようしゃないな。

 話を切り替える様に、先輩は和泉いずみに問いかける。

和泉いずみさん、貴方あなたはどうしてアニ研に入る事にしたのかしら」

 いつものふわついた声で先輩と珠璃じゅりを驚かせた。

「なんとなくー? 五人集めなきゃいけないって聞いたしー」

 じゃ俺も。なんとなくー? コイツの将来が不安になった。まぁ俺に関係ないけどな。

 まさかの答えに唖然あぜんとする先輩。同じく驚いている珠璃じゅりは聞く。

「え、それじゃ和泉いずみさんはアニメが好きとかそういうのはないって事……?」

「そうだねー、この前夜輝ほたるくんに見せてもらったアニメが初めてだったかなー」

 先輩は紅茶をすすり、平常運転に。

「アニメを初めて見る人になにを見せたのか、後輩くんのセンスが問われるわね。一体なにを見せたのかしら」

 ……言えるわけないだろ。ここで先輩と出会った、三人が揃った思い出のアニメを見せたなんて。恥ずかしすぎる。

「え、えーとナンダッタカナー。忘れちゃったなー」

 我ながらあっぱれな棒読み! とりあえず話をずらそうとしたのも束の間、和泉いずみが答えてしまう。

「『二人の恋は放課後に』だよー? 夜輝ほたるくん、思い出のアニメで、すごーく好きなんだって言ってたじゃん」

 グハッ……。今すぐここから立ち去りたい……。

 顔を真っ赤にしている俺に珠璃じゅりと先輩は追い討ちをかけた。

「ギサキがここで見てたアニメじゃん」

「私たちの出会いのアニメって事ね……まぁアナタにしては上出来ね」

 珠璃じゅりはニマニマしてこっちを見てくるし、先輩は上から目線だし。よくも言ってくれたな和泉いずみ……。


 

 その後も他愛たあいのない会話やアニメの今後の方針を話し合ったりもした。

 もうそろそろ帰るかとした時、珠璃じゅりは言った。

「今更なんだけどさ、和泉いずみさんのその格好……」

 よくぞ聞いてくれた! 俺も気になっていた。上下ともにジャージ姿。まるで……。

「まるで夜中にコンビニ行く時の格好みたいね」

 先輩が代弁してくれた。この見た目は完全に、日本全国誰に聞いても同じ意見が聞けそうだもんな。

「他に服持ってないのか……?」

「女子に向かってデリカシーないねー、夜輝ほたるくん。まぁ服はこんなのばっかりだけどさー?」

 いや! 持ってないのかよ! デリカシーなかったのは認めるけどさ。

 珠璃じゅりは立ち上がると胸元に手を当てて得意げに言った。

「いいわ! アタシに任せなさい! アンタにいい服を選んであげる。明日時間空いてるわよね?」

 悩む様子もなく、即座に和泉いずみは答えた。

「全然空いてるよー。でもなんか申し訳ないよー」

 せめて少しは悩んでから答えたらどうだ……? フッかるにも程があるだろ。

 ここで珠璃じゅりのいつもの悪い癖が出た。

「ア、アンタみたいな服装の人と一緒に居たくないだけよ!」

 あーあ、素直にもっと仲良くなりたいとか言えばいいのに、流石の和泉いずみでも気悪くするだろうな。

 夜輝ほたるの考えとは裏腹に、和泉は淡々と返した。

「そっかー、なら鈴宮すずみやさんに甘えさせてもらって、明日は服を選んで貰おうかなー」

 コイツ、スルースキルが異常すぎる……。

 まぁともかく、アニ研メンバーで仲を深める事はいい事だ。うんうん。明日俺は家にこもってアニメの内容を考えるとするか……。

「アンタ達もよ、夜輝ほたる、ギサキ」

「えっ、」

 まさか俺まで呼ばれるとは。正直言って断りたい。

 俺が返事に困っていると先輩が先に答えてしまった。

「せっかくのお誘いだけれど、私は今ならキャラを描ける気がするのよ。だから遠慮させてもらうわ」

 この流れに合わせて俺も断れば!

「なら夜輝ほたるは強制ね」

「なんで!」

 なら、の意味が分からんが俺は強制連行という事になった。


 そして日曜の朝早く、こうなっているわけだ。

「そうだよー? 夜輝ほたるくん。私たちは十五分前くらいから集合してたんだから」

 十時集合だよな? まだ五分前だよ? お二人さんがおかしいだろ?

 俺が不服そうにしていると珠璃じゅりは椅子を立ち上がった。

「まぁいいわ。早く買いに行きましょ!」

「あ、あぁ。そうだな」

 

 こうして俺は、興味のない女子の洋服選びに付き合わされた。

「二人ともな、主に珠璃じゅり! 俺は荷物持ちか⁉︎」

 俺の姿を三人称視点で見てくれよ。

 右手には珠璃じゅりの、左手には和泉いずみの買った服の袋が。

 そして右手に注目してくれ。和泉いずみの服を選びに来たはずなのに、珠璃じゅりのものばっかりだぞ?

 右手には四つの袋。完全に塞がってて何も出来ないぞ。

 自分の荷物を持たせているくせに、珠璃じゅりは俺を突っつくように言う。

「今日はいいアッシー君に来てもらえて良かったわね、和泉いずみさん」

「ねー、ほんと。私たちは何も持たなくていいんだもん」

 コイツら……。まだ買うとか言うんじゃないだろうな。

 俺の先を歩いている珠璃じゅりはこちらを振り返る。

「じゃ、もう昼だし、なんか食べよっか」

「そうだねー」

 お、という事はこれで服は終わり……!

 俺の願望むなしく、珠璃じゅりは勢いよく言う。

「食べ終わったら次は上の階よ!」

 やっぱり珠璃じゅりの買い物メインかよ……!


 俺たちはフードコートで、三人バラバラなものを食べた。

 ちなみに三人で座れる場所がなかったので、俺だけ二人の荷物を持ったまま他の席で食べたんだけどな。

 心から最低という言葉をお前ら二人に渡したい。

 三階へとエスカレーターに乗っていた時、和泉いずみが珍しく興味を示した。

「服を見る前にさー、私、ゲームセンター行ってみたいんだよねー」

竹姫かぐや、ゲーセン行った事ないんだ! 行こ行こ!」

 胸を躍らせる珠璃じゅりだが、俺には三つほど驚いたことがある。

 一つ目は和泉いずみがゲーセンに行ったことがないという事。

 二つ目は和泉いずみに対しての呼び方が名前呼びに変わっている事。

 そして最後は、この荷物のまま俺も行かなくてはいけないという事だ。

 そう思いながらも二人の後を着いていき、三階の一番奥にあるゲーセンに入った。

「どれかしてみてもいいかな?」

 目を輝かせながら、和泉いずみは色んなクレーンゲームを見て回っている。

 そして和泉いずみは大きな猫のぬいぐるみのクレーンゲームの前に立ち、財布を取り出した。

 おいおい、確率機はなかなか取れないぞ……。

 案の定、和泉いずみの五百円は機械の中へと吸い込まれてしまった。

「やっぱり取れないよねー」

 そう言い、諦めた和泉いずみだった。が、ここは俺が取ってやろう。珠璃じゅりに遠慮して全然服も買えてなさそうだしな。

「よし、俺に任せろ」

「え、でもその荷物じゃ……」

 盲点だった。俺の両手には紙袋、これじゃ出来ないじゃないか。

「はいはい、しょうがないわね。持ってあげるわよ」

 いや、ほとんどお前の荷物な⁈

 珠璃じゅりはため息を吐きながらも自分の荷物を全部持ってから言った。

「うっ、案外重いわね……」

 そりゃそうだ。現段階で紙袋が二人合わせて五つあるもんな。それをずっと持ってた俺に高評価押してくれたって良いんだぞ。てか押せ。

 不満はあったものの、とりあえず俺は百円を投入した。

「見とけよ」

 アームはぬいぐるみの頭をがっしりと掴むと、そのまま獲得口へと動き、ゲット出来てしまった。

 あれ……なんか思ってたのと違う。ホントは噛ませ犬みたいな感じになってしまう予想だったんだけどな。

 まぁ取れたんだから、ここはひとまず喜ぼう。

「よっ、よっしゃ。ほい、和泉いずみ

 和泉いずみに取れたぬいぐるみを渡すと嬉しそうに言った。

「ありがとー、なんかコツとかあるの⁉︎」

 好奇心こうきしんを抱いてくれているところ申し訳ないが、おそらく確率が来ただけだ。

 ほんとの事を言っても良いけど、ここは少し見栄みえを張るとでもするか。

「えっとな、上級者にしか出来ないテクニックがあってな」

「ただ確率が来ただけでしょ。良かったわね、竹姫かぐや

 珠璃じゅりに言われ、俺の見栄も一発KOだ。

「あぁ、そうだな……。ただ確率が来ただけだ。コツとかない……」

 気弱になった俺をなぐさめるかの様に、和泉いずみは言う。

「ん? 確率……? よく分かんないけど、夜輝ほたるくんが取ってくれたのには変わらないんだから、ほんとにありがとねー」

 こんなに素直に感謝されたら照れてしまう。なんとか誤魔化さないと。

「あ、あぁ。こちらこそ……」

 おそらく全然誤魔化せていないな。

 猫のぬいぐるみを抱える和泉いずみ珠璃じゅりは問う。

竹姫かぐやは猫好きなの?」

「うん、好き好き。なんか猫を見てると元気出るって言うか」

 猫に対しての愛を語っている和泉いずみ逆撫さかなでするかのごとく、珠璃じゅりは言う。

「でも、猫のあくびって、凄く臭いらしいよ?」

 悪気わるぎがある訳ではないんだろうけど、今それを言うのか?

 和泉いずみ何気なにげない顔で言う。

「あくびが臭いのは人も同じでしょー、多分だけど、私も珠璃じゅり夜輝ほたるくんだって臭いと思うよ?」

『受け流しレベル999の和泉いずみさんは論破ろんぱする』

 なろう系が頭の中をよぎる。一つのアニメにあってもおかしくないタイトルだな。

「た、確かにそうね……。竹姫かぐやは受け答えが鋭いわよね……」

「えへへ、そうかな、ありがとー」

 おそらく褒めてるわけではないと思うぞ?

 浮かれる和泉いずみはさらに言う。

「それじゃ、他の台も見て回ろー」

 俺と珠璃じゅりは声を重ねて応える。

「だな」

「そうね!」



「う、まさかあの後に何も取れないとは……」

 俺たちはトコトン惨敗ざんぱいしたが、何よりも三人とも楽しめたから良かった。

 これがなければ。だがな。

「はい、夜輝ほたる。持ってね」

 なんとなく予想はしてたけど、俺の扱い酷くないか?

「お前な……少しくらいは自分で持てよ」

「よし! 行きましょ、竹姫かぐや!」

 完全に俺の声は聞こえてない、て言うか聞こえないフリをしてるな……。



 それから三時間ほど二人の買い物は続いた。その結果――。

 なんだこれは。珠璃じゅりの袋は九つ、和泉いずみは三つ。

 しかも、珠璃じゅりの袋はどれもパンパンだ。ちなみに、全部俺が持たされている。

「じゅ、珠璃じゅり……もう勘弁してくれ……」

 俺は今にも死にそうな声で訴えかける。

「まぁそうね。相当買ったからもう帰ろっか」

 しょんぼり気な珠璃じゅり。そんな珠璃じゅり和泉いずみが声をかける。

「そうだねー、結構買っちゃったもんね。夜輝ほたるくんも、持ってくれてありがとねー」

 和泉いずみはあんまり買ってないだろ、多分。あと、珠璃じゅり和泉いずみを習って感謝の心をつけて欲しい。

 和泉いずみ珠璃じゅひは自分の袋を持った。はずなのだが、なぜかあと一つ残ってるぞ、珠璃じゅり

珠璃じゅり、あと一つ持てよ」

 珠璃じゅりは反対側をフンッと向き、和泉じゅりが耳打ちで俺に。

「それねー、荷物持ってくれたからって、珠璃じゅり夜輝ほたるくんにお礼だってー」

 まさかそんな事が。俺は涙腺るいせんが緩んでしまった。

珠璃じゅり、お前には感謝の心がないと思っていて――」

「ちょ、なに泣いてんのよ! 竹姫かぐや夜輝ほたるに何言ったのよ⁈」

「別にー? 珠璃じゅり、結構真剣に選んでたもんねー」

 はにかむ珠璃じゅり

「ちょっと、竹姫かぐや……! べっ、別に夜輝ほたるの事を思ってじゃなくて、ダサい服装で遊びに来られても嫌だからよ! うん、そうよ」

 なぜか自分に言い聞かせている。理由はなんであろうとほんとに感謝してる。

「ありがとな、珠璃じゅり!」


 帰り道、二人の買い物エピソードやら、和泉いずみの猫に対する情熱を聞いたりした。

「でねでねー、猫の肉球ってね前足と後ろ足で違って――」

 和泉いずみ猫雑学ねこざつがく披露会ひろうかいの最中、俺の携帯の着信音が鳴った。最近設定したばっかりのアニソン、もう少し聴いていてもいいかな。

夜輝ほたる、出ないの?」

 珠璃じゅりに指摘され、やっと携帯の画面を見た。危ないところだった。

 スマホに映る電話の主は〝如月沙貴きさらぎさき先輩〟だ。先輩から電話をかけてくるなんて珍しいな。

「もしも……」

 俺が喋ろうとすると、すごい勢いで先輩が話し出した。

「早くっ、早くグループマインを見てくれるかしら!」

 猛烈な勢いに思わずスマホを遠ざける。耳が壊れるところだった。

「先輩、落ち着いてください! すぐ見ますから!」

 先輩をしずめ、グループマインを開く。昨日作った、俺たち四人のグループだ。

 何事かと思い、即座に見てみるとそこには一枚の絵が。昨日見せてもらった、先輩がスケッチブックに描いていた教室の背景をバックに、四人の人物が。

珠璃じゅり和泉いずみ。見てくれ」

「そこに二人とも居るのね。ならちょうどいいわ」

 ちょうどいいとはどういう意味なのか。答えは和泉いずみがすぐに気づいた。

「この描かれてる人達って、もしかして私たちじゃない?」

 俺と珠璃じゅりはもう一度、見入ってみた。確かに、言われてみるとそんな気がする。

「今の声は和泉いずみさんかしら。流石、鋭いわね。その通りよ」

 ほんとに、凄いという言葉以外出てこない。で終わりたいんだけど。

「この転びそうになってるのが夜輝ほたるよね」

 やはりそうだよな。相変わらず、俺の扱い方が酷い。

 いや、今は俺の異議いぎを唱えてる場合じゃない。

 今まで、キャラを引き立たせるための背景はいけいしか描いていなかった先輩の絵が、キャラと背景はいけいが両立している。

「今までの絵よりも好きだ……」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」

 思わず心の声がスマホ越しに漏れてしまったようだ。

「ギサキ、アンタやれば出来るじゃない」

「なぜ鈴宮すずみやさんは上から目線なのかしら……まぁいいわ。他にもあるから送るわね」

 え、この絵を描くのにも相当時間がかかっただろうに。この他にも描いたのか。

 すると、何件もの着信ブザーが。一件、二件、三件。次々と送られてくる絵が止まったのは百十三件目。

 昨日からの数時間で……? 先輩の技術はどうなってるんだ。多分人間じゃない事だけは確かだな。うん。

 俺の中での結論は決まったところで、ふと頭の中に創作の嵐が吹いた。

 背景は背景であって、キャラの引き立てだった……。その背景がキャラと両立、それどころかスポットライトは背景に当たっている……。

 何かがまとまった夜輝ほたるは、ポカーンと口を広げて先輩の何枚もの絵を見ている和泉いずみ珠璃じゅり、そして繋ぎっぱなしの電話相手、先輩に言う。

「三日後、みんな予定は空いてるか?」

「私は空いてるよー」

「アタシも」

「私もよ」

 三人は次々と答え、夜輝ほたるはさらに言う。

「スッゲェ良いのが思いついた。楽しみにしといてくれ、三人とも」



 約束の三日後の水曜日、四人は再びファミレスへと集まった。

「すまん、せっかく集まって貰ったんだけど、まだ全部は完成してなくて……」

 この三日間、学校の空き時間や家に帰ってからの時間を使っていたんだけどな。今回作るアニメはちょっとした考えで作れるようなものじゃない。

 謝る俺を和泉いずみなごめる。

夜輝ほたるくん、学校でも頑張って考えてたもんねー。なんか『好きなんだっ……。いや違うな……』とか言ってー」

 おそらく、最終話の主人公がヒロインに告白するシーン。待て待て、教室でそんなんだったのか俺。完全に異常者じゃねぇか……。

 自分のおかしさを認識した俺に言う珠璃じゅり

「控えめに言ってヤバいっていうか、キモかったわよ」

 オーバーキルです。心が保たない。

 やれやれ、と先輩は首を振り、いつものように紅茶をすすってから手を出す。

「終わってないとはいえ、ある程度は作ってきたのでしょう? 早く見せてちょうだい」


 三人は、夜輝ほたるが息をむ中、夜輝ほたるが作ってきた資料に目を通した

 今回は完成していないのと、あくまで六話分の内容構成と一話の出だしのみだったので、すぐに三人は見終わった。

 一番最後まで見ていた珠璃じゅりが終わるのを確認すると、まず先輩が口を開く。

「うん、今回は前回のと違って主要キャラ、内容の無駄もはぶけていると思うわ。素直にこのストーリーなら、キャラの絵も描きやすい、描きたいと思うわ」

 先輩からのこのまでの評価とは……。

 素直な先輩の評価に夜輝ほたるは胸を躍らせながら言う。

「本当ですか! 今回のは自分でも凄い自信作なので嬉しいです!」

 渾身こんしんの一作を褒められ、浮かれている夜輝ほたる珠璃じゅりが問う。

「このさ、〝背景はいけい〟を主人公にしようと思ったのはなんでなの? 主人公が明るい方が作りやすいと思ったんだけど」

 話について行こうと、和泉いずみも合わせる。

「うんうん。私も珠璃じゅりと同じ事思ったよ」

 その質問を待っていた。

 

「――――――という訳だ!」

 その時間、およそ十分弱。先輩から送られてきた一枚の絵を見て、背景にスポットライトを当てたいと思った事、主人公とヒロインに対しての熱い想い。その他諸々もろもろ

 あまりの夜輝ほたるの長い熱弁に和泉いずみは眠たそうにしていた。

「い、和泉いずみ……? 聞いてたか……?」

 フワーとあくびを両手で隠しながら和泉いずみ

「ひひてたよぉ、続きどうぞー?」

 いや、話終わったんだよな。和泉いずみのやつ、さては何も聞いてなかったな。

 俺の表情を見て和泉はムッとする。

夜輝ほたるくん今、コイツ何も聞いてなかったな……とか思ってたでしょー!」

 ……和泉いずみはエスパーなのか? なんらかの超能力使いなのか?

「そそそそ、そんな事思ってないよ……」

 動揺を隠せない俺を珠璃じゅりはジッと見つめる。

「えっと、どうした珠璃じゅり……?」

「いや、なんでも」

 え、なんでご機嫌きげん斜めなんだ。一体何が。

 困る俺をため息ながら見る先輩が小声で珠璃じゅりに言う。

「アナタ……嫉妬心しっとしんの強い女は面倒臭がられるわよ」

「べべ、別に嫉妬しっととかじゃ!」

 先輩の気遣いを無視して、珠璃じゅり夜輝ほたるに聞こえてしまう声で言い返してしまう。

 その声量に合わせて先輩も。

「もっとこう、『他の女じゃなくて、私だけを見てよ!』みたいに顔を真っ赤にさせて言えば男なんてイチコロよ」

 なんの話をしているのだろうかと不思議に思っている夜輝ほたると、なんとなく察した和泉いずみ

「あのー、もうそろそろ主人公とヒロインの声を決めたいんだけど……」

 しびれを切らした夜輝ほたるが切り出す。そして再び、話を合わせるため相槌あいずち和泉いずみは入れる。

「うん、だよねー」

鈴宮すずみやさん、そんなにムキにならなくていいじゃない、アニメ作りの続きを話しましょ」

「ギサキが先に!」

 立ち上がってキレる珠璃じゅりに、周りの客の視線が一気に集まる。

 珠璃じゅりは周りを見ながらペコペコとお辞儀をして、冷静に座る。

「あーもういいわ。とにかく、声を決めなきゃいけないのよね」

「あぁ。主人公〝影山孤依かげやまこい〟とヒロイン〝佐藤華恋さとうかれん〟の声だけでも。あ、あと担任も必要か」

 俺は三人の顔を見て、とりあえず聞いてみる。

「したい役はあるか?」

 苦い表情の先輩がまず言う。

「何かしらの役をしたいところだけれど、正直なところ、作画担当ってだけでも時間が足りるか分からないのよね。だから私はパスさせて頂くわ」

 それに続いて珠璃じゅり

「うーん、私もヒロイン役やりたいところだけど、二曲作るのは時間がかかりそうなのよね。だから私も無理かな」

 早速のピンチ。少なくとも声役こえやくに三人は必要で、残ってるのは俺と和泉いずみだけ……。マズいぞ。

 苦悩する俺に和泉いずみが提案をする。

「それじゃ、美月みつき先生にお願いしてみるのはどうかなー。見た感じ、セリフ数も少ないから引き受けてくれるんじゃないかなー」

 あの人はただいま絶賛失恋中……。なんだから頼みづらいけど、頼んでみるしかないか。

「てことは自動的に孤依こい役は俺で、華恋かれん役が和泉いずみになるのか」

「二人とも一回、一話の冒頭だけ読んでもらえるかしら」

 先輩に言われた通り、一話の冒頭を開き読んでみせる。

「く、九月ツイタチー、夏休みあけのぉ」

 俺の読みを遮るように珠璃じゅり

「ちょっと夜輝ほたる、真面目にやってるの……? 小学生の音読発表会じゃないんだから、しっかりやってよ」

 えっと……俺は至って真面目なんだけど。

「それじゃもう一回……。九月ツイタチー」

 読み始めたばかりで珠璃じゅり沙貴さきは止める。

「うん、ダメだね」

夜輝ほたるくん、貴方あなた背景はいけいを演じるだけなのよ? つまり、普段通りの喋り方をすればいいの」

 ん? 珠璃じゅりはともかく、先輩は酷いことを言ってるよな。

 俺をそっちのけに、和泉いずみが資料の全体を見渡し、よし、と気合を入れて言う。

「それじゃ、私もよんでみていいかな? 孤依こいくん役は先輩がとりあえず読んでくれますか?」

「いいわよ、夜輝ほたるくんじゃやりずらいものね」

 ヒロインの華恋かれんはもの凄く明るくてクラスの中心的人物である陽キャ。和泉いずみがそんな役出来るのか……?

 あまり期待を持てない俺だったが、和泉いずみが演じ始めた途端、空気は一変した。

「それじゃ、このセリフの直前から読むわね。『想定外の展開に頭がついていかない。なぜこの〝佐藤華恋さとうかれん〟は僕なんかに話しかけてきたんだ……。なんて返せば……』」

 和泉いずみの目に光が宿り、声に勢いがついたのが分かった。

「『下ばっかり見てても、幸せなんて落ちてないよ?』」

 俺たちの目の前にいるのは完全に佐藤華恋さとうかれんという、和泉竹姫いずみかぐやとは全くの別人であった。

 その演技力に、〝佐藤華恋さとうかれん〟の声に、俺たちは驚きと感動のあまり、何一つとして言葉が出なかった。

「えっと、沙貴さき先輩……? 続きもお願い出来るかな?」

「あっ……そうね。ごめんなさい、次読むわね。『でっ、でもこの前、前見て歩いてたら犬のふん踏んだ……』」

「えっと、次は面白がりながら言うからー……」

 いつもの和泉いずみの声で確認する。

「『ぷぷっ、影山かげやまくんって面白いんだね! 今まで全然知らなかったよー!』……えっとどうかな?」

 先輩はもちろんながらセオリー通りって感じで上手かった。

 だか和泉いずみは先輩とは違い、キャラそのものになっていた。どこからそんな声が、表情、感情がすぐに出てきたのか、とにかく凄すぎる……。

 読み相手の先輩も一驚いっきょうしながら和泉に聞く。

「アナタ……何かしらの演技とかやっていたの……?」

「んー、いや全然。強いて言うなら、お母さんとお父さんがドラマ観るの好きだから、一緒に見てたくらいー」

 俺と同じく余韻に浸っていた珠璃じゅりが目を輝かせながらやっと口を開く。

竹姫かぐや……! 凄いよ! なんかこう、キャラ本人がここに居たって言うか、竹姫にキャラ自体が憑依ひょういしたみたいって言うか! もうとにかく凄すぎ!」

「私も同じ意見よ。夜輝ほたるくんも見習ってほしいものね」

 うん確かに。さっきまでは自分の悪いところが分からなかったけど、和泉いずみのを見た後なら分かる。自分のあまりの下手さに。

 無理やりキャラを演じるんじゃなくて、キャラの性格や表情、感情全てを理解し、そのキャラに自然となるんだ、って。

 っていやいや!

「分かってても無理だろそれは!」

 先ほどの珠璃じゅりのように立ち上がって言う俺に集まる視線がヒシヒシと感じる。すげぇ恥ずかしい。

 珠璃じゅりならい、ペコペコとして座る。

夜輝ほたるくん、ファミレス内ではお静かに! だよー?」

「う、すまん……。てか気になってたんだけど、和泉いずみって珠璃じゅりには甘くて俺に厳しくないか?」

 不可解な面持ちで和泉いずみは俺を見てくる。

「だって珠璃じゅり珠璃じゅりで、夜輝ほたるくんは夜輝ほたるくんだからねー」

「な、なるほど」

 ひとまず分かったことは何一つとして分からなかった、と言うことだけだな。謎理論、理解不能だ……。

 うんうん、と首を小さく何度も振りながら自分を納得させる。

「何それ竹姫かぐや! 面白すぎー!」

 何やらもの凄く嬉しそうに珠璃じゅりは笑っているが、コイツは理解出来たのか? 女子トークとやらは分からんな。

「……まぁともかく役割は決まったわけだから、先輩は作画、珠璃じゅりは楽曲制作、俺と和泉いずみは先輩が出来次第編集で繋げてから声を入れて行くぞ!」

 威勢いせいのよい俺の声と同時に、店内に入店音が響く。

秋貴あき、こっちよ」

 先輩の声の先には妹の秋貴あきちゃん。先輩によく似た容姿でお姉ちゃんっ子で大人しめの性格。そして珠璃じゅりには丁寧で懐いているのだが、なぜか俺にだけヤケに嫌悪感を表に出す。

 先輩からの呼び声にこちらを向き、スタスタと歩いてきて、先輩の隣に座った。

秋貴あきちゃん、久しぶり」

 こちらをジロッとにらむ。

「オタク先輩久しぶりですね。あと、秋貴あき〝ちゃん〟じゃなくて秋貴あき〝さん〟です。一つ下の女の子に向かってちゃん付けはキモいですよ」

 小声で傷つく事を言っている。俺、この子に何をしたんだ……。

秋貴あきちゃん久しぶりー! ホント一年振りくらい⁈ 今日はどしたの⁉︎」

 つい先ほどまでの小声から一変、静かながらもなごやかに話す。

「あっ、珠璃じゅりさんもお久しぶりです。姉様ねぇさまに呼ばれてきたので……」

 そういや秋貴あきちゃんは先輩のことを〝ねぇさま〟と呼んでいたんだった。リアルでその呼び方する人居るんだな。

「あのー、えっと、この子は沙貴さき先輩の妹って認識で大丈夫そう?」

 勇逸面識のない和泉いずみが首を傾げながら言う。秋貴あきちゃんの事は話題に出て来なかったから知らないのも当然か。

「そうそう、この子は先輩の妹で」

「オタク先輩は紹介しなくていいです。自分で出来ます……」

 ……やっぱこの子苦手。

「コラ、秋貴あき夜輝ほたるくんに向かってそんな事言っちゃダメでしょ?」

 お、ここで先輩の姉姿あねすがたを見ることが出来るのか!

「そんな優しい言葉じゃなくてもっと罵倒してあげないと」

 なんとなくそんな事だろうなって分かってたけど、改めて俺の扱い酷いな。

 ポンっと手を叩く秋貴あきちゃん。

姉様ねぇさま、確かにそうですね……あ、でも、もしかしたら年下に罵倒されて喜ぶタイプの変態へんたいさんかもしれないですよ……?」

「そうね、なら無視するのが一番いいかもしれないわね」

 何やら結論が出たようだけど、この姉妹しまいは俺の事をおもちゃと思ってるらしいな。いつからおもちゃに転生したんだろう。

「えっとさ、結局のところ秋貴あきちゃんはなんで今日来たのー?」

 俺いじりの姉妹しまいループに和泉いずみが割って入った。助かる。

秋貴あきは中学の軽音部けいおんぶでベースをやってるのよね。だから鈴宮すずみやさんと一緒に曲作りをしたらいいんじゃないないかと思って呼んだのよ」

珠璃じゅりさんと曲作り……したいです……!」

 珍しく声に張りがある。そんなに嬉しいのか。

「え、アタシも秋貴あきちゃんとやりたい! やろやろ!」

 思いっきりテンションの上がる珠璃じゅり。どっちが年下か分からん。

「はい、ぜひぜひ。……えっとなんで曲を作ることになったんでしょうか?」

 抜け目のない質問。流石は先輩の妹、しっかりしてるな。

「それはね、俺たちが作るアニメのOP、ED曲を珠璃じゅりが担当することになっててな」

「……だから姉様ねぇさまはまた絵を……。もしかしてそのアニメの発案者はオタク先輩ですか……?」

 不穏な空気が漂う。もしかして俺が発案者だと正直に言えば「やっぱりやめておきます」とか言うんじゃないだろうな。

 もしそうなら嘘ついた方が――。

「そそ! 夜輝ほたるが発案者だよ! それがどうかしたの?」

 真っ先に答える珠璃じゅり

 おいおい珠璃じゅり……少しは考えて話したらどうだ……?

 それを聞いた秋貴あきちゃんはしかめっ面になる。

「やっぱりそうですよね、珠璃じゅりさんすみません。やはりやめておきます、ほんとごめんなさい」

 うん、予想的中。帰りがけに宝くじを買って帰るとでもするか。

秋貴あき、そんなこと言わないで。確かに発案者は夜輝ほたるくんだけど、これは私もやりたいことなのよ。だからお願い、ね?」

 両手の人差し指をモジモジとさせながら言う。

姉様ねぇさまがそういうなら……珠璃じゅりさんとも曲作りしてみたいし……分かりました、やります」

 間を挟みながら言い終わる。姉のパワー、恐るべし。

「ありがとう、秋貴あきちゃん」

「ちゃんじゃなくてさんです……」

「ご、ごめん秋貴あきさん」

 それにしても本当に俺のことが嫌いなようだ。俺が一体何をしたと言うんだ。マジで心当たりがない。

 考える俺に隣の和泉いずみが耳越しに小声で言ってくる。

「ねね、夜輝ほたるくん。秋貴あきちゃんに何かしたの……? すごーく夜輝ほたるくんのこと嫌ってるじゃん」

「いや、ほんとに何もしてない。……と思う多分……」

 ここまで嫌われていたら何もしてないと言うのも自信がない。

 聞いた和泉いずみ秋貴あきさんの方を向き、たずねてみる。

秋貴あきちゃんはさ、なんで夜輝ほたるくんの事が嫌いなのー?」

 そっぽ向いて答えようとしない。この空気……なんかすんません。

 秋貴あきの代わりと言ってはなんだが、先輩が「ごめんなさいね」と謝り、秋貴あきさんの頭をでている。

 すると、ほんの少し機嫌を直し、和泉いずみの質問に答える。

「別に……嫌いって訳じゃないんです……。だから、気にしなくて大丈夫です……」

 ギリギリ聞こえる声量でそう言った後下を向き、先輩の袖をクイクイと引っ張る。

姉様ねぇさま……今日はもう、帰りたいです……」

「えぇ、そうね。今日は帰りましょう」

「だ、だね! 秋貴あきちゃん、人多いところ苦手だし! うん……」

 場を収めるように言い、珠璃じゅりと先輩はテーブルの上にお金だけ置いて、秋貴あきさんの手を握り帰ろうとし、珠璃じゅりだけ一旦止まる。

夜輝ほたる、ごめん! あとはこっちでなんとかするから! 竹姫かぐやもまた明日! じゃねじゃねー」

「うん、またねー珠璃じゅり

 俺もうなずきだけして、それ以上は何もしなかった。

 三人が出て行った後、俺たちも支払いを済まして店を出た。

 秋貴あきちゃんの事について話しながら帰る帰り道、手を後ろで組み、バッグを左右にさせる和泉は、俺をなぐさめるように言った。

「まぁ見た感じ人見知りっぽいし、男の人が苦手なだけかもしれないんだからさー、そんなに気に病む事ないってー」

「でもなー、あんな露骨に嫌いオーラを出されたら気にしちゃうもんだろ。理由も分からんし」

珠璃じゅりと仲良いみたいだし、そのうち聞いてくれるんじゃないー? とにかく今は、目の前の夜輝ほたるくんがすべき事をやっておこうよ、アニメの続き考えるとかさー」

 確かにそうだな。前にもこんな感じで励まされた事あったっけ。あれっきりあの人とは会ってないな、名前とか聞いときゃ良かった。

 記憶に浸っていた俺を見つめてくる。

「ん? どうかしたのー?」

「まぁちょっとな。なんでもない……と思う」

 言い、和泉の方を向いてみる。宝くじ売り場……そういや買って帰ろうとか思ってたな。

「ちょっといいか?」

「いきなりどうしたのさ」

 戸惑いながらも俺の後を着いてきてくれる。

 俺は1番窓口の前に立ち、どれを買おうか悩んでいると、和泉いずみは2番窓口に立ちコチラを向いてきた。

「どれ買うのー?」

「え、別に一緒に買わなくてもいいんだぞ?」

「まぁまぁせっかくだからさー」

 もしかしたら和泉いずみ家は懐が寂しいのかもしれん。宝くじに全てを賭けるギャンブラーになってしまうのか……? よし、止めてやろう。

夜輝ほたるくん、なんか変な妄想してたでしょー? 多分……っていうか絶対違うからね、それ」

 え、やっぱり和泉いずみさんって人の心読む能力をお持ちで? もはや怖いよ、いやなんならこの展開に燃えてきたかもしれん。

 俺は動揺を隠そうと、咄嗟とっさに宝くじの話に戻す。

「なななな、何のことかさっぱり……。あっ、ソウダーオレはコレをカオッカナー」

夜輝ほたるくんって、嘘つくの下手だよねー、バレバレだよ? まぁ別にいいけどさー」

 和泉いずみは言い、俺と同じ『春のジャンボ10億円!!』を一枚だけ買う。大きな広告で目に入ったからという安易な理由だ。

 売り場から少し離れて、再び帰り道に復帰した俺たち。和泉いずみはニヤニヤ顔で俺を見てくる。

「どうして突然買おうと思ったの?」

 この顔、なんとなく予想はついてるんだろうな。俺の心の中はお見通しってか。

 待てよ、ホントに分かんなくて聞いてる可能性もなきにしもだ。とりあえず適当な嘘でもつくか。

「今日がだな……推しの声優の誕生日でだなー、その番号を買っておこうかなーって」

「えーそうなんだー」

 お、納得したか⁉︎

 スマホを取り出し、もう一度ニヤニヤ顔になる和泉いずみ。なんだか嫌な予感しかしない。

「その推しの声優って誰なのー? ちょっと調べてみる」

 予想的中。俺は今日何個の予想を的中させたのだろうか。もしかして俺も超能力使い⁉︎ 異世界転生するのも遠くはないな。

夜輝ほたるくん、にやけ過ぎだよ……? 周りに人が居たら不審者認定だよー」

「……すみませんでした」

 ごもっともなのでしっかり謝っておこう。

「宝くじを買った理由はどうせまた、妄想とかだろうけどさー」

 前言撤回。やっぱりこの展開は燃えない。シンプルに怖い。

 にしても和泉いずみが宝くじを買った理由も気になるな。聞いてみるか。

「なぁ和泉いずみ和泉いずみはどうして宝くじ買ったんだ?」

「うーん、興味本位っていうのもあるけど、一言でいうなら夢? かなー」

 うんうん、なるほど分からん。

 困惑の俺に和泉いずみ捕捉ほそくする。

「ほら、なんか宝くじはお金目当てじゃなくて、夢を買ってるんだって言う人いるじゃん。それだよ」

 そう言うことか。何処どこぞの勝ち目当てで買った人とは大違いだな。

「そういう人ほど当たるっても言われてるもんな」

「うんうんー。夜輝ほたるくんはさ、コレが当たったら何を買いたいとか決めてるー?」

 買った一枚の券をポケットから取り出して言う。

「そうだなー、フィギュアとか漫画全巻、声優のライブのチケットも良さそうだな! 和泉いずみは欲しいものとかあるのか?」

 深く考え込む和泉いずみ。あれ、ホントに欲しいものとかなくて、夢を買ったのか?

「うーん、十億円も当たったら何に使うか困っちゃうなー」

 あれ、聞き間違いかな? 俺には今「十億円も当たったら」って聞こえたぞ。てっきり四等、五等の一万、十万の話とばかり思っていたぞ。

 和泉いずみのやつ……もしかして誰よりも欲深いのかもしれん……。

 そうこう話しているうちに和泉いずみの家の前に着いた二人。

 家の門を開けようとした和泉いずみが振り向き、元気な声になる。

「夢を買ったとか言っちゃったけどさ、やっぱり当てたいよね、十億円!」

 なんだか俺の目の前で話したのは和泉いずみではなく、まるで――。

「どう? 華恋かれんちゃんみたいに話してみたんだけどさー、本当に私がヒロインの声やっちゃっていいのかな? 珠璃じゅりとか先輩の方が上手いと思うんだけど」

 今更何を言っているのんだ。

 和泉いずみの発言に、なんの迷いもなく夜輝ほたるは答える。

和泉いずみは俺が見てきた、聞いてきた声優と同じくらい、それ以上かもしれない。珠璃じゅりも先輩も俺も、満場一致で和泉いずみで納得だと思うぞ!」

 クスッと笑いながらも、喜びの表情を浮かべる。

大袈裟おおげさだよー。……うん、私頑張ってみるよ! だから夜輝ほたるくんも足を引っ張らないように! それじゃまた明日ー」

「おう、また明日」

 手を振ると、家の扉に向かって小走りして家の中に入っていく。

 それを見送った夜輝ほたるは一人、歩き始める。

 足を引っ張らないようにって、上から目線だなっていつもはツッコむところだけど、今回ばかりはぐうの音も出ない。それくらい和泉いずみはキャラ本人になりきれていた。

 なんか希望が見えてきたな! よし、帰ってから早速二話の構成を考えるか!

 グゥ。夜輝ほたるのお腹の音。俺もさっきなんか食べとけば良かったな……。帰ったらまずはなんか食べるか。


海夏かいかアニメコンクール』まで残り112日。

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