2コマ目 先輩と過去。

 昨日に引き続き、雲一つない晴天せいてん。今の俺の心の中とはまるで真逆の天気だ。

 俺は今日、試合がある。部活創立をかけた試合だ。

 これは本来昨日終わっているべき試合だった。どこかの気合い以外何もない誰かさんのせいで今日に持ち越しとなった。その誰かさんとはもちろん自分のことだ。

 今日こそは部活創立の申し込みをしに行こうと思う。

 俺は昨日の事もあって、二人との関係が少し不安なまま登校していた。

 だが二人は昨日と何ら変わらない態度でいてくれた。

「ね、ねぇ夜輝ほたる? 昨日は何もなかったのよね……?」

 もちろんですとも。俺なんかが女の子とそういう雰囲気になるわけないでしょう? 自分で言ってて悲しいよ。

 てか俺が和泉いずみを家に連れて行った事は言ってないはず……。

「えっと、なんでその事を……。もちろん何もなかったけどさ」

「昨日ギサキに聞いたのよ。入学初日から女の子を家に連れ込むって」

 いや、それだけじゃ色々誤解が生まれるだろ。ただアニメを見てただけだよ?

「で、後輩くん。アニ研の事はどうなったのかしら? まさか入学初日に出会った女の子を早く家に連れて行きたいから忘れてた、とかそんな事言わないわよね?」

 まさにその通りです。先輩、その怖い目辞めてください。

「その通りです……。」

「あら、昨日散々啖呵たんかを切っておいてその有り様とはね。あなたにとってアニ研を作るという事はそんなにもちっぽけなものだったのかしら? 正直興醒きょうざめね」

 そうだよな。せっかく昨日の放課後待ってくれていたのに俺は裏切ったんだ。

「ギサキ、あんた。入る気のない部活の事なんだから、関係ないでしょ? ならそんなに突っ掛からなくてもいいじゃない」

「あら、鈴宮すずみやさんはその男の味方なのね」

「もちろん昨日のことは夜輝ほたるが悪いと思うし……」

 呆れた顔をする沙貴さきと困った顔をする珠璃じゅり

「ごめん」

 小さな声で謝る夜輝ほたる

「本当に二人ともごめん。昨日の事は俺が悪いし、そんなに俺をかばわなくていいぞ珠璃じゅり。今日こそは絶対、何がなんでも先生を説得して先輩も納得させてみせます。なのでアニ研入部の件、もう一度考えてください。お願いします」

 これは断られても仕方がない。

「私は応援してるからね夜輝ほたる。べっ、別に夜輝ほたるの事を考えて言ってる訳じゃなくて、ほらその……」

「ありがとな珠璃じゅり

「昨日も言ったけど、私は何があろうともアニ研に入る気はないわよ。たとえ何があろうとね……」

「なんと言われても俺は先輩の絵を超えるアニメを考え納得させてみせます。絶対に」

 俺が作りたいアニメには先輩の絵は必要不可欠なんだ。

 そう話してるうちに学校に着き、夜輝、珠璃と先輩は別れた。

 


 四時間目終了のチャイムが鳴ると同時に購買こうばいへと走り出し、買ったパンを教室に戻り速攻で頬張ほおばる。

 よし、戦場に行くか。

 俺が席から立ち上がると、和泉いずみが口一杯にして話しかけてきた。

「んー、ほあうくん、どおにいうの?」

 飲み込んでから喋ったらどうだ? 何一つとして分かんなかったぞ。

「えっと、なんて言った?」

 ゴクリ。飲み込むと再度言い直した。

夜輝ほたるくん、どこ行くのって」

「ホントは昨日の内にやっておくべきだったんだけどな、部活を作るための申請をしに行くところだぞ」

「え、そうなんだー。頑張ってね」

 相変わらず反応が薄い。

 教室を出ようとしたところで珠璃じゅりが急いで俺の方へと駆け寄ってきた。

夜輝ほたる、私も行くよ! 一人より人数が多い方がいいと思うからねっ」

「いや、別に一人で大丈……」

「いやいや、私も職員室に用事があるだけだから! だから一緒に行くだけ! 勘違いしないでよね」

 さっきはっきりと一人より人数が――とか言って気がするけど気のせいなのかな。

「お、おう。じゃ行くか」

「いっへらっはいふあいとお」

 多分『行ってらっしゃい二人とも』だな。なんとか聞き取れたぞ。

 そうして俺と珠璃じゅりは職員室まで行った。

 俺たちを待っていたかの如く、職員室の前に着くと途端にガラガラとドアが開いた。

 するとそこからは顔に曇りを見せる佐々木先生だ。

 何があったのだろうか、そう考えていると珠璃じゅりが真っ先に口を出した。

「みっちゃん先生どうしたの⁉︎」

 みっちゃん先生⁈ 入学二日目でそんなにも親しい仲になったのか。

「……鈴宮すずみやさんとえっと……」

霧雨きりさめです」

「そう、霧雨きりさめくん……」

 今にも泣き出しそうな声だったので俺の名前を覚えていなかったのは許そう。

 だがしかし、何があったのだろうか。

「先生、何があったんですか?」

 鼻をすすり、話しだす。

「ここで話せるような事じゃ……」

 ここで話せないような事を生徒に話して良いのだろうか。

 俺たちは人気ひとけのない、職員室と少し離れた教室で号泣して話す佐々木ささき先生の話を聞い

「――――でね……私ってダメなのかなぁー!」

 要約するとこうだ。

 今年に入ってから付き合っていた彼氏から先ほど別れの連絡が届いた。理由は先生が酒豪しゅごう《しゅごう》だからだそうだ。

 ちなみにこれで四人目らしい。えぇ、俺たちどうすればいいんだ?

「うん、そんなの全部男が悪いのよ! この世界にいる男なんてみんなダメ男ばっかりなんだから! ね! 夜輝ほたるもそう思うでしょ⁉︎」

 いや、俺も男だからなんとも言えんよ……?

「お、おう。俺もそう思うぞ……?」

 遠回しに俺のこともダメ男と言っているのだろか。

 てか、このまま先生の話でアニ研の話を出せなかったら本当にダメ男になってしまうぞ。マズイ。

「あ、あのぉ、先生……」

「ぅんー、どうしたの……?」

 う、話し出せない……。

 俺の困った顔を見て珠璃じゅりが察してくれたらしい。

「あ、あのね! みっちゃん先生、私たち部活の事で相談しに来たの! こんな時にごめんね、先生」

 今にも垂れてきそうな涙と鼻水をハンカチでぬぐって話し出す。

「んーん、職場に私情を持ち込んじゃってるのは私だし、話聞いてくれてありがとね二人とも」

 俺じゃ絶対に話し出せなかった。着いてきてくれて助かったな。

「えっと、なんの部活に入りたいの?」

「入部希望じゃなくて、部活を作りたくて……」

 先生の表情が固くなった。

「部活を作るのにはね、最低五人以上の部員を集めるか――」

 え、めっちゃ簡単じゃん。五人集めるだけ……。

「えっ、五人ですか⁈」

 生憎様あいにくさまだが俺は親しい友達が少ない。

「どっ、どうしてもっていうなら私も入ってあげても良いんだからねっ!」

 という事は俺と珠璃じゅり、先輩を説得して三人。

「まぁ和泉いずみも入るとして……」

「なんで入ってくれる前提なのよ」

 どうやら声に出てたみたいだ。

「あと一人なんだけど誰が入ってくれると思う?」

「ギサキは入ってる前提なんでしょ、ならあと……京平きょうへいとかどう?」

「お! それで良さそうだな」

 無事、五人の候補は決まった。あとは頼みに行くだけだな。

「あともう一つ方法が合ってね?」

 え、まだあるのか。一応聞いておくか。

「そのもう一つの方法とは……」

「何かの賞を取る事。実際、サイエンス部は部員は三人だけど、理科オリンピックっていう全国規模の大会で優勝した事が過去にあってね」

 賞を取るという方法もあるのか。五人は決まったが、一応頭に入れておこう。

「それじゃ先生、五人集めてからまた来ます。先生も元気出して頑張ってくださいね」

「みっちゃん先生、私も行くね! 頑張って!」

「うん、ありがとう二人ともー! ところでなんの部活を作りたかったのか聞き忘れたわ……」

 二人はすでに教室を出ていた。

「ところで珠璃じゅり、先生に用事があったんじゃないのか?」

 ヒュー。っと空いていた窓から風が入ってきた廊下でピタリと止まる。

「あっ、あえっと、ナンダッタカナー。忘れちゃったよー。ほ、ほら寒いから早く教室戻ろ!」

「お、おう。もう昼も終わっちゃうしな」

 俺たちが教室に戻るとすぐに授業五分前のチャイムが鳴った。



 そして放課後、夜輝ほたるたちの部員集めは始まった。

 まずは和泉だ。

「おい和泉いずみ、入る部活って決まってるか?」

「んーん。まだ決まってないよー?」

「頼む! 俺たちと一緒にアニ研に入ってくれないか⁈ 部活を作るのに五人必要で……」

「そんなお願いされなくてもいーよ? 昨日みたいにアニメ見たりして過ごすだけでしょ?」

 え、あっさり過ぎないか……。

「もちろんアニメを見たりするっていうのもあるんだが、最終目標としてはアニメを作る事だ」

「んー、私に何が出来るか分からないけどいいよー」

「他に入りたい部活とかなかったのか?」

「うんー。元々部活に入る予定はなかったけど、五人必要なんだもんね」

「ありがとな、和泉いずみ

 これで三人だな。次は京平きょうへいのところに行くか。

 俺は珠璃じゅりを連れて京平きょうへいの居る四組へと行った。



「お、居た! 京平きょうへいー!」

 紹介がまだだったな。

 コイツは宮野京平みやのきょうへい珠璃じゅりと同じく幼稚園ようちえんの頃からの幼馴染おさななじみで俺のただ一人の親友しんゆうだ。

 京平きょうへいならきっとアニ研に入ってくれる。そう思っていた。

「お前もアニ研に入ってくれないか⁈ 部員が五人必要で……!」

「あぁー、もう中学の頃からの先輩にバスケ部に誘われててよ。悪い! そっちに入るって言っちまってて……」

 マジか……。京平きょうせいがダメだったら仮に沙貴さき先輩を説得出来ても四人しか集まらない……。

「そうか……。もう決まってるなら仕方ないな……」

珠璃じゅり、他に入ってくれそうな人は考えつかないか?」

 うーん、と首を傾げ、考えている様だがどうやら居ないらしい。

桜子さくらこちゃんも恵美えみちゃんもどの部活に入るか決めたって言ってたし……」

「そうか……」

「悪いな、夜輝ほたる

 京平きょうへいが悪いわけじゃない。責めるなら人脈の少ない俺を責めるべきだろうな。

「よし、珠璃じゅり。次は沙貴さき先輩のところに行くぞ」

「うん」

「二人とも、力になれなくてすまんな。頑張れよ!」



 二年生のフロアへと行った夜輝ほたるたち。

 沙貴さきの居る教室を覗くとどうやら一人で勉強してる様だ。流石は中学の頃からの学年一位。天才は陰で努力してるというのは本当なんだな。

「先輩、アニ研の事について良いですか」

 二人の姿を見ると、今まで机の上に置いていたものをサッと机の中に直した。

 ……ん、今のは。

「何も見てないわよね?」

 え、怖い怖い。誤魔化した方が良さそうだな。

「えっと、なんか勉強してたのかな……と」

「それなら良いわ。ところでその顔色を見るとアニ研を作るのは厳しい様子ね」

 先輩が何をしていたのかはさておこう。

「ギサキ、アンタもアニ研に入りなさい」

「あらあら鈴宮さん、頼む人の態度とは思えないわね」

 待て待て、なぜ二人はすぐに喧嘩しようとするんだ。

「先輩、今ですね――」

 現状を伝えた。部活を作る条件、まだ三人しか入る人がいない事などなど。

「そう、あなた達が頑張って部活を作ろうとしてるのは分かったわ。でも私がアニ研に入る事はないわ」

 なぜそこまで頑なに入ろうとしないんですか。そう聞きたかったが逆効果になる事は分かっていた。

「俺は先輩の描く絵が好きで、先輩の絵なら誰もが目を奪われる様なアニメを作れる気がするんです。だから、すぐに決めてくださいとは言いません……考えておいてくれませんか?」

「私の絵を褒めてくれるのは嬉しいわ。でもいくら考える時間を貰ってもあなたの期待する答えは出ないと思うわよ」

 …………。

 俺と珠璃じゅりはここまで拒否する今の先輩を説得する言葉は見つからなかった。

「分かりました、しつこく言ってしまってすみませんでした……」

「えと……夜輝ほたる……」

 珠璃じゅりももう何も言わなくていいぞ……。

「いいんだ、珠璃じゅり。俺たちに説得する力がなかったんだ」

 外の風の音と鳥のさえずりが聞こえる中、俺たちの時間は止まっていた。

「帰ろう、珠璃じゅり。先輩も勉強頑張ってくださいね……」

「二人も頑張ってちょうだい」

 先輩と目も合わせられないまま立ち去る俺と再び勉強に戻った先輩をキョロキョロと交互に見ていた。

「ちょ、待ってよ夜輝ほたる……!」

 夜輝ほたると共に教室を珠璃じゅりも出て行った。

 二人が帰ってから少しすると沙貴さきは、先ほど机の中に入れたモノを取り出して呟いた。

「私だってやれるものならやりたいわよ……」



 他に当ての無かった夜輝ほたるたちは何も出来ずに三日が経った。

 その間何もしてなかった訳ではなく、珠璃じゅりは友達に入ってくれる人は居ないか聞いてくれていた様だが、やはりアニ研に入ってくれる人はいなかった。

 和泉いずみも一応友人に聞いてくれていた様だが――。

「この学校に夜輝ほたるくんたちの他に友達いないんだよねー」

 こう言われた。気まずさレベルマックスだ。

 そして俺は先輩を説得する為にアニメのストーリーを考えていた。

 だが、今の俺に創作意欲そうさくいよくは無く、いつも通りKwitterで絵師のイラストを見ていた。

 明らかに見覚えのある絵だ。俺が先輩の絵を間違えるわけがない。

 確信へと変わった俺は先輩に一通のメールを送った。

沙貴さき先輩、今回が最後です。明日の十三時、あのファミレスで待っています』

 あのファミレスとは、俺と先輩と珠璃じゅりが中学時代によく行っていた、近所にあるファミレスの事だ。

『最後に話を聞いてあげるだけよ』

 先輩からの返信は案外早く来た。

 


 次の日の昼、俺たちはファミレスに集まった。

 ほんの少し遅れて沙貴さきは到着した。

「ところで夜輝ほたるくん、なぜ鈴宮すずみやさんと……和泉いずみさん、だったかしら? 二人が来ているのかまず説明してもらえる?」

「そうよ、私もギサキが来るとしか聞いてないし」」

「今のところ、アニ研に入ってくれる二人と先輩にこれを読んでもらいたくて」

 三人に夜輝ほたるは資料を渡した。

 夜輝ほたるが息をむ中、三十分ほどで三人とも読み終わった。

「後輩くん、これは貴方あなたが一から考えた物語なのかしら?」

「そうです。先輩に断られた日から考えて書きました」

 本当は昨日の夜から徹夜で終わらせたんだがな。

「うんー、凄く面白いと思う」

「この数日で夜輝ほたるが書いたの……。凄いわね」

 和泉も珠璃じゅりからもいい反応だ。徹夜で頑張った甲斐が……。

「全然ダメね。ストーリーに現実味が無さすぎる点と、もしこのアニメを作ると言うのなら登場人物が多すぎるわ」

 確かに一晩で必死に作ったものだから声役こえやくが足りない事までは考えていなかった。

「後輩くん、あなたはこの資料を見せれば私がアニ研に入ると思ったのかしら」

「ギサキ、アンタねこの前からなんなのその態度は! 夜輝ほたるだって頑張って考えたものをそんなに言わなくてもいいじゃない!」

「確かに内容は面白いわよ。ですけれど、これが私を説得出来るものにはならないわよ」

 俺もこれだけでは先輩を説得出来る材料になるとは思っていなかった。

「先輩、本当は絵を描くのを辞めたっていうのは嘘ですよね」

 ファミレス店内は土曜の昼ということもあって賑わっていた。

 それなのにも関わらず、夜輝ほたるたちは静けさに覆われていた。まるで四人だけ別の空間に閉じ込められたかのように。

 その空間を脱出する糸口は珠璃じゅりが開いた。

「ちょ、夜輝ほたる。それはいくらなんでも……」

「いいえ、別にいいわ鈴宮すずみやさん。どういった経緯でそう言ったのか教えてもらおうかしら、霧雨夜輝きりさめほたるくん」

 夜輝ほたるはスマホを開き先輩に見せた。

「これ、先輩のアカウントですよね?」

 ……。今回の間はすぐに終わった。

貴方あなた、なぜそれを……」

 夜輝ほたるの手には昨日の夜見つけた『皐月さつきサラ』という名のアカウントだった。

「俺が昨日、偶然見つけたんです。その反応は正解って事でいいんですよね」

「……そうよ。でもなぜ分かったのかしら?」

 珠璃じゅり夜輝ほたるのスマホを奪った。

「この絵は……」

珠璃じゅりにも分かるだろ? 俺と珠璃じゅりが世界で誰よりも先輩の絵を見てきてるんです。そりゃ分かりますよ」

 今まで黙っていた竹姫かぐや突如とつじょ発言した。いや、してしまったと言った方がいいか。

「誰よりもって、二人いたら誰よりもじゃなくない?」

 え……? おいおい、いつもの鋭いツッコミをする場面じゃないだろ。

和泉いずみさん……貴方あなた面白いわね」

 この緊迫した空気が一変したかのように、先輩は上品に笑いながら言った。

 俺たち三人、いや二人か。和泉いずみだけはなぜか嬉しそうにしているからな。俺と珠璃じゅりはどういう反応をするべきか分からなかった。

 コホン。先輩は咳払いをし場を改めた。

「ごめんなさいね、あまりにもKY発言過ぎて乱してしまったわ。話を戻すけど後輩くん、そのアカウントの最終投稿日を見た上で私がまだ絵を描いてると思ってるのかしら」

 まだ夜輝ほたるのスマホを奪っている珠璃じゅりが見た。

夜輝ほたるこれ……去年の三月だよ?」

 先輩が高校に入学する前の春休みだ。もちろんそのくらいは把握済みだ。

「もちろん知ってるさ」

「じゃあ、なんで……」

「理由は二つある。一つ目はこのアカウントが最後にした、いいねが二日前だったことだ」

「あら、そんなところまでしっかり見ているのね。でもそれだけじゃただアカウントを残しているだけ、私がまだ絵を描いているという答えにはならないわよ」

「二つ目の理由が大切なのよね、夜輝ほたる?」

 あぁそうだ。もちろんこれだけではフォロワー二万人超えのアカウントを手放したくなかっただけ。そう捉えられるだろうな。

「二つ目の理由は――」

 俺と珠璃じゅりが先輩を説得しに行き完敗した放課後。

 先輩は一見誰もいない教室で一人、勉強をしていた優等生。そう見えていただろう。

 でも俺は見てしまったんだ。先輩が机の中に直したものを。

「この前の放課後、俺たちが来る前に先輩は絵を描いていた。そうじゃないですか?」

 俺が見たのはノートを直すのではなく、スケッチブックを直す先輩の姿だった。

「確かにギサキ、あの時焦っていたわよね」

「絵を描くのを辞めた人が学校にスケッチブックを持ってこないですよね」

「そう、見ていたのね。……それじゃ、これを見ても私の絵をアニメに使いたいって思うかしら」

 そう言うとバックからスケッチブックを出し、一枚のページをめくって見せた。

「これがあの日描いてた絵よ」

 俺と珠璃は呆気あっけにとられた。これは先輩の絵じゃない、俺たちが好きだったあの絵じゃ……。

「その反応、やはり失望したのね。無理もないわ」

「え、凄くいい絵だと私は思うんだけど……」

 和泉いずみが言うことは正しい。確かに先輩の絵はどんなプロの画家と見比べても引けを取らないと思う。でも、でも違うんだ……。

「ギサキ、なんで……」

 俺たちが好きだった先輩の絵はこんな風景だけの絵じゃない。昔の先輩の絵描くキャラは誰もが心を奪われるようなものだった。

 背景はいけいはあくまでも〝背景はいけい〟であってメインではない、こんなにも綺麗な背景はいけいがオマケになってしまうくらい先輩の描くキャラは輝いていた。

「私は貴方あなたたちの作るアニメの絵を描きたくないんじゃないの。描くことが出来ないのよ……」

「でも、それでも…………」

 ダメだ、これ以上喋ると俺から出る言葉は全てが嘘偽りになってしまう。

「あの日と同じで何も言ってくれないのね……」

 そう言うと先輩はスケッチブックをバックに直し立ち上がった。

「ごめんなさいね、貴方たちの期待に応えられなくて」

 あの日の先輩の立ち去る姿と重なった。あの時と何も変わってない、変わることが出来ない自分が情けない。

「ちょっ、ギサキ。ねぇ夜輝ほたる止めないの⁉︎」

 …………。待ってくれ、考えてるんだ、この状況を打破出来る策を。

 いや、そうか。そもそも桜坂に落ちた時点で俺の夢が終わっていた。俺が諦めればいいだけなんだ……。

「ねぇ、夜輝ほたるくん!」

 珠璃じゅりだけじゃなく和泉いずみまで。もういいんだよ。もう……。

夜輝ほたるくん! 私にアニメ見せてくれた時言ってたじゃん、このアニメは俺たち三人の思い出のアニメなんだって!」

 ……っ。

鈴宮すずみやさんのことも、沙貴さき先輩の事もすごーく自慢げに話してたじゃん!」

 忘れるところだった。



 三年前の出来事だ。

 中学入学から数日後、夜輝ほたる珠璃じゅりはこのファミレスで放課後の時間を潰していた。すると後ろの席で女の人が一人で喋っていた。

 夜輝ほたるは後ろをチラ見して珠璃じゅりと小声で話した。

「あれってうちの学校の制服だよな……?」

「そうね、紺色のリボンだから多分中二の先輩だと思うわ」

 俺たちは暗黙の了解でこの人とは関わらない方がいいと悟った。

「なんでそこでやめるのよ! あー、ほんとに煩わしいわ。ホントヘタレね」

 あまりにも気になって、ダメだと分かっていたのにもう一度振り返って見てしまった。

 これはっ。『二人の恋は放課後に』ではないか⁉︎ 俺がここ最近ハマっている純愛アニメだ。

「それいいですよね!」

 あっ。フタ恋を見ている同士を見つけてしまった喜びからつい声をかけてしまった。

「ちょっ、何やってるのよ夜輝ほたるっ!」

「すまん、気づいたら話しかけてた……」

「お二人とも聞こえているわよ。なに、ヤバイやつに話かけてしまったみたいになってるのかしら」

 ……いや、一人でアニメを見ながら喋ってるやつは充分ヤバイだろ。

「一人でアニメ見ながら騒いでるのは結構ヤバイと思うわよ……?」

 まさか本人にそう言ってしまうとは、珠璃じゅりも相当ヤバいな。

「えっ、声に出てたかしら……」

 こちらも無意識のうちに声が出てしまっていたとは。

 恥ずかしそうにしながら上品に咳払いをした。

「そちらの金髪の子のリボンの色を見るに、二人ともうちの学校の一年生かしら。席越しに話すのもなんだからこちらに来たらどう?」

 俺と珠璃じゅりはドリンクバーのコップを持って先輩の方の席へと移動した。

「私は如月沙貴きさらぎさき、二年生よ」

 そうだな、まだ名前も聞いていなかった。

「俺は霧雨夜輝きりさめほたるです」

「私は鈴宮珠璃すずみやじゅりよ」

 名前を紹介し合ったのはいいが、こっちの席に来て何を話すんだ……?

「ちょっといいかしら」

「「……はい」」

 すると先輩はナプキンとペンを一本取り出して何かを描き始めた。

 俺と珠璃じゅりは何をしているんだろうかと目で会話したが、先輩が何かを書き終わるのを待っていた。

 先輩は五分もしないうちに描き終わった。

「完成よ」

 そう言って俺と珠璃じゅりに見せたのは、フタ恋のヒロインではないか。

 この時、俺が先輩の絵に惚れた瞬間だった。

「す、凄いです。こんな短時間で!」

「ただのヤバイオタクかと思ったけど、ものすごく上手いじゃない……」

 俺と珠璃じゅりは先輩の絵に驚愕きょうがくさせられた。

 それからというもの三人で放課後にこのファミレスに来る事が多くなった。

 アニメ、漫画やゲームの話をしていく最中で先輩が即座に描く絵には何度も見惚みほれたものだ。

 俺はただ絵が上手い先輩にアニ研に入ってもらいたいわけじゃない。

 あの日見た感動を、胸の高鳴りを、今までの世界をさらに色つける先輩の絵を。俺と珠璃じゅり以外の人たちにも見せたい。ようやく目が覚めたぞ。

 和泉いずみ珠璃じゅりもありがとな。先輩を説得出来る特策なんて思いつかない。でもこの思いだけは伝えたい。

 そう思うと気付いた頃には俺もファミレスを出て先輩を追いかけていた。

「はぁはぁ。先輩、待ってくださいっ!」

 あの日はただ見ていることしか出来なかった先輩の姿が、今日は違った。

 驚きの中にもどこか嬉しそうにも見えた。

「なんで追いかけてきたのよ……」


 私は寂しがりの一匹狼だったわ。

 全国模試は毎回五位以内、中学の頃は運動部のほとんどのところから勧誘されたわね。

 周りからは『才色兼備さいしょくけんびの女王』なんていう呼び方をされた事もあったかしら。決していい意味ではなく……。

 その周りの人達は私が最初から持ち合わせていた才能だと思ってた人もいるかもしれないけれど、最初から才能だけで生きていける人なんて居ないのよ。

 小さい頃の私は勉強もスポーツも出来れば周りから好かれる、そんな淡い期待を抱いて必死に頑張っていた。

 でもそんなことはなかったのよ。

沙貴さきちゃんはなんでも出来ちゃうからみんなの事見下してるんだよ』

 仲の良いと思っていた子たちから突然突き放された。

 小学生のイジメとは無知で幼稚で、当時の私には到底理解できるものではなかった。何が楽しくてそんなことをするのか。

 今となっては分かる気がするわ。小学生だけでなく全ての人に共通すると思うのだけれど、少数派の弱者を大人数で寄ってたかる、それに安心感を抱いているのだろうと。

 それからというものずっと一人だった私にある出会いがあったわ。それがアニメよ。

 二次元にじげんの世界は私を誰も突き放したりなんてしない、否定なんてしてこない。

 いつの日か私の友達はみんな心の中にしかいなかった。

 中二の最初の頃まではそうだったわ。でもあの日、私は二人に出会った。

『それいいですよね!』

 自分の利益のために話してくる人間とは違う、久しぶりに人と話せた気がした。

『す、凄いです!』

『ただのヤバイオタクかと思ったけど、ものすごく上手いじゃない……』

 私の絵を見せた時の二人の反応は嬉しかったわね。

 心の雨模様あめもよう曇模様くもりもようにしてくれるだけだった私の絵が、人の心を晴模様はれもようにする事が出来ると知ったのだから。

 二次元にじけんのキャラは皆、私のことを否定することはなかった。それと同時に肯定してくれる事もなかった。

 夜輝ほたるくんと鈴宮すずみやさんはこんな私を肯定してくれた。

『あの子たち可哀想だよねー』

『ホントそれなー? 沙貴さきの話し相手とかキツー。IQ違い過ぎて無理だわ』

『見下しながら話してきそうー』

 同級生の女子が笑いながら愚痴話をしているのが耳に入ってしまった。

 私と一緒にいるとあの二人に迷惑をかけてしまう。

 二人とも桜坂高校に行きたいと言っていた。私の学力ならもちろん合格するだろうけれど、二人の側に居ていい自信がなかった。

『嘘をついていてごめんなさいね。私は桜坂には行けない、受験すら受けていないのよ』

『なんで……』

 高校入学前の春休み、その事を夜輝ほたるくんに伝えたら何も言ってくれなかった。

鈴宮すずみやさんにも伝えておいてちょうだい、二人とも頑張って桜坂に合格するように。……バイバイ夜輝ほたるくん』

 呼び止めて欲しかった、俺たちも時ヶ丘に行くよと言って欲しかった。

 でも一人の私を呼び戻す声はなかった。それでも、これでいい、昔の生活に戻るだけ。

 二人と再会してからというもの、久しぶりにこんなことを考えてしまったわ。

 もしあの日、呼び戻してくれていたなら……と。


 そして今、息を切らした貴方あなたが。

「先輩、待ってくださいっ!」

 あの日求めてた言葉。

「なんで追いかけてきたのよ……」

 夜輝ほたるくんたちと離れてからというもの、今まで否定も肯定もしてこなかった心の中のキャラたちが描けなくなっていたの。これが本当の孤独なんだって初めて実感させられたわ。

「俺っ、桜坂に落ちてなぜか嬉しかったんです。時ヶ丘に行けば先輩がいる、また三人で居られるって」

 アナタたちが入学式の日、時ヶ丘の制服を着ているのを見て安心と不安が同時に私を襲ったのよ。

 けれど、アナタは一年前と変わらない声で呼びかけてくれたわ。

貴方あなたがあの日、私を呼び止めてくれていたら、手を掴んでくれてたらこんな事にはなっていないのよ!」

 なんで私はこんな事を言っているのかしら。素直に私も再会できて嬉しかったと言えばいいのに。

「それはもちろん悪かったって思ってます。あの日の先輩の後ろ姿は絶対忘れない、だから今回こそは絶対に先輩を一人にさせない」

 一人にさせない……? 私が学年の人たちと馴染めていないということはやはり知っていたのね。

「私は一人のままでいいのよ……。私と関わるとアナタたちに迷惑がかかるのよ」

「迷惑なんてかかって来いですよ。その迷惑以上の感動を、夢を、俺は先輩から貰ってたんですから」

 違うわよ。私がアナタたちにに感動を、夢を与えたんじゃないわ。逆よ、寂しがりの一匹狼だった私にアナタたちが与えてくれたの。

「先輩は絵を描かなくたっていい、俺たちと一緒にいるだけで、それだけでいいんです。だから、これからも俺たちと一緒に居てください」

 あの日から一人でいることは平気な事だと思っていた。でもやはり違うのね。こんなにも夜輝ほたるくんと鈴宮すずみやさんとまた一緒に居たいと思ってしまう。

 また二人の為に絵を描きたいと思っている私がいる。

「もう、呼びに来るのが遅いのよ」


 先輩は涙を流していた。一年越しに先輩との距離が元に戻った、そう思えた。

「アナタたちと一緒にアニ研、入るわよ。ただし、私が絵を描くんだから中途半端なものにはさせないわよ」

「えっ、絵も描いてくれるんですか……⁈」

「私以外に誰が描くのよ」

「俺が気合いで描くしかないかなって」

 目を潤ませながらも先輩は笑ってくれた。

「アナタじゃ無理でしょ」

「ちょ、そんな事ないですって!」

鈴宮すずみやさんと和泉いずみさんを待たせているのだから戻りましょ」

「ですね!」


「二人とも遅いわね、私もやっぱり行った方が……」

「大丈夫だよ。夜輝ほたるくんの顔、なんか本気だったし」

 珠璃じゅり竹姫かぐやが二人の帰りを待っているとファミレスの入店音が店内に響いた。

「待たせてしまったわね」

 先輩を連れ戻す事が出来た夜輝ほたるに向け、好奇の眼差まなざしを珠璃じゅりは向ける。

 すると夜輝ほたるは顔をほころばばせ右手でグーとしてみせた。

珠璃じゅり和泉いずみありがとな。二人がいなかったら一年前のようになってた」

「ん? 一年前ってなんの話?」

 和泉いずみに俺たち三人の事を話すのはまた別の機会だ。

「今度話すさ」

 夜輝ほたる沙貴さきは先ほどの席についた。

「なんか一見落着みたいな顔をしているけれど、部員は五人必要なのよね?」

 ……あ。確かにそうだ。先輩が入ってくれる事によって四人。全然一見落着じゃない。

「なんかの賞に入賞しても部活創立の条件は満たすって言ってなかったけー?」

「確かにそうだったわね。でもこの四人でどうやってするのかしら」

「最低限必要なのは主要人物の声、それと絵を描く人と楽曲作成、それらの編集出来る人さえ居れば作れます」

鈴宮すずみやさん、そういえばギターとかドラムとかを幼い頃からやってたって昔言ってなかったかしら」

「そうだけど……。って私が曲作るの⁉︎」

「それ以外何があるのよ。やりなさい、これは命令よ」

「アンタ、いきなり乗り気じゃない。夜輝ほたるに何言われたのか知らないけどやってやろうじゃない」

「あと編集出来る人がいなきゃなんだよねー。夜輝ほたるくんどうなの?」

 こんな事もあろうかとノートパソコンも持ち歩いていて正解だったな。

「これを見てくれ」

 夜輝ほたるはパソコンを開いて三人に見せた。

「ゲッ、何これ」

「この棒人間はアナタが描いたのかしら……?」

「わ、私はすごく良いと思うよ、うん、すごく」

 待て待て、俺が見て欲しいのはそこじゃない。

「見ててくれ、これをこうしてだな――」

 あらかじめ編集してた動画を再生した。

「えー、なんか本当にすごいね」

夜輝ほたる、アンタホント機械には強いわよね」

「だろ! ん? 機械にはってどういう事だよ」

「よくこの絵で『俺が気合いで描くしかない』よ」

 あの、俺の絵心のなさにはもう触れないでください。

「あと、内容はさっきのこれ以外を考えようー」

 和泉いずみはいいって言ってなかったっけ……。

和泉いずみさんの言う通りよ」

「明らかに四人で作れるものじゃなかったからね」

 三人ともやっぱりいいと思ってなかったんじゃないか……。

「そ、そうだな。考えるよ」

 俺には考えがあった。今なら最高のアニメを考えられそうだ!

 

 こうして俺たちのアニメ制作の夏は始まった。


海夏かいかアニメコンクール』まで残り117日。

 

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