1コマ目 オタクとヒロイン。

 桜の花びらが舞う季節。俺はある光に照らされていた。そう、期待と希望の光だ。その光をわざとらしく右手で覆い、掴んでみせた。

 俺の名前は霧雨夜輝きりさめほたる。ごくごく一般的なオタクだ。

 今日は高校入学式。そう、俺は、俺は! ついに、あの夢だった桜坂さくらざか高校にっ……!

「ちょっと、なに一人でニヤニヤしてんのよ、キモイわよ?」

 コイツは鈴宮珠璃すずみやじゅり。幼稚園の頃からの俺の幼馴染おさななじみだ。幼い頃から何かと俺に突っかかってくる。

「ふふふ、なんせ俺は夢だった桜坂に!」

「何を言ってんのよ? まーた妄想ね。流石にもう現実を見なさいよ、夜輝ほたる

 そうだ。俺は桜坂高校の受験に落ちたんだ。

 どうやら先ほど俺が掴んだはずの光は雲に隠れてしまったようだ。

「なんとでも言うがいい。俺は夢を叶えてみせる」

 ……いや自分で言ったが分かっている。本来の俺の夢は日本一、いや世界一と言っても過言ではない、あの桜坂アニメ研究部に入る事が夢だったんだ。それが叶わない今、俺の夢は完全に消えてしまったと言えるだろう。

「ちょ、なにいきなり死んだ顔してんのよ? 時ヶ丘ときがおかにだってアニ研くらいあるでしょ? ギサキが作ってくれてるって」

珠璃じゅり、お前は分かっていない、あの桜坂のアニ研とそんじょそこらのアニ研を比べないでもらいたい」

 桜坂アニメ研究部では毎年夏に行われている全国規模の大会『海夏かいかアニメコンクール』で三年連続最優秀賞さいゆうしゅうしょうを取っている。つまり天才、そしてアニメ好きの集まりなんだ。

 世の中のオタクは最終的に制作側に周る事が多々ある。桜坂アニメ研究部に入る事が出来れば、名のあるアニメ制作会社に入るための切符は切られたと言ってもいいだろう。

 ん? あの懐かしい姿は……。

「先輩! お久しぶりです!」

「入学初日から騒々しいわね。後輩くん、鈴宮さん」

 この人は如月沙貴きさらぎさき先輩。久しぶりと言っても、中学の頃の一つ上の先輩なので一年ぶりだ。

 そんな事よりなんで俺は抱き付かれているんだ?

「ちょっとギサキ、近いわよ。なに出会い頭にその贅肉ぜいにくの塊を夜輝ほたるの腕に擦り付けんの! 夜輝ほたるも何か言ったら?」

「せっ、先輩、近いです……」

 中学の頃もこんな感じで胸を押し付けられていたから慣れてはいる。だが心臓に悪い。

「別にいいじゃない。それとも興味のない三次元の女子に魅力を感じているのかしら?」

 誰だってこの状況でドキドキしない男はいない。この話の流れになると毎回言い負けていた。しょうがない、話を変えよう。

「ところで先輩、時ヶ丘のアニ研はどうなってますか?」

 俺はこの腕に押し付けられている胸の事よりもアニ研の事が気になっていた。。

「ないわよそんなもの。あと、図星だから話を変えたのね」

 そう、図星だ。いや待てよ、そんな事を言い当てられたよりも……。

「え、今、なんて言いました……?」

 もちろん聞こえなかった訳ではない。その現実を受け入れたくなかったんだ。

「だから、時ヶ丘にアニ研はないわよ」

 ……いや嘘だろ? 

「それじゃ、先輩は美術部に……?」

 あの絵を描くのが大好きだった先輩の事だ。きっと美術部の人に頼まれたからそっちに入ったに違いない。

「いいえ、もう絵すら描いていないわよ。私はオタクを卒業したの。だから絵を描くのも辞めたのよ」

 先輩は前から俺たちに絵を描いて見せてくれていた。その絵はどれもアニメ、漫画やゲームのキャラだけだった。

 確かにオタクを辞めてしまった〝如月沙貴きさらぎさき〟ならば本当に絵を描くのを辞めてしまったというのも理解が出来る。でも……。

「俺、入学式が終わったら先生にじか談判だんぱんしに行きます。なんとしてもアニ研を作ってみせます。そして先輩を何としても説得させてみせます」

 もちろんそれが簡単じゃない事は百も承知だ。

 俺が深刻な表情をしていると珠璃じゅりは頬を膨らまして怒った。

「ギサキ⁉︎ さっきも言ったけどいつまでその贅肉ぜいにくかたまりを擦り付けてんのよっ!」

「あら、居たのかしら。全然会話に入ってこないからあなたの存在を忘れていたわ。ごめんなさいね。あと、胸を擦り付けるなんてしていないわ。押し付けてしかいないわよ。全くもう」

「あー! もう!」

 会話に入れない俺となぜか呆れている先輩を珠璃じゅりは遠ざける。

「何をするのよ鈴宮珠璃すずみやじゅり。そんなに羨ましいならあなたも同じ事をすればいいじゃない。〝同じ事〟が出来れば、の話ですけれど」

 顔を赤らめて自分の胸元を見る珠璃すずみやじゅり

「ギサキ、アンタ……分かってて言ってるわよね? このーっ!」

 先輩の胸元をペチペチと珠璃じゅりは叩きまくる。

 この二人は中学校の時から変わらないな……。

「二人とも、いつまで喧嘩してるんだ? もうすぐ学校着くぞ?」

 悩んでても仕方ない。とにかく前に進む以外に手段はない。

「……そうね、今は後輩くんの顔に免じて許してあげるわよ」

 俺の顔になにがあるんだよ

「フンッ、私は許してないんだからね」

 結局、二人の喧嘩が収まらないまま夜輝ほたるたちは学校へと着いた。

 三階建ての校舎に向かって生徒達が群をなしている。

「じゃ、二人とも私はここで失礼するわね」

 満足のいかない顔をする珠璃じゅり

「ちょ、ギサキ! 勝ち逃げする気か!」

 なんで自分から負けを認めているんだ?

「はい、ではまた放課後。アニ研の事も考えておいてくださいねー!」

 先輩は立ち止まり少し間が空いた後、長い髪をなびかせ夜輝ほたるたちの方を振り返った。

「アニ研を作る事に何も否定はしないわ。でもなんと言われようとも私は入らないわよ」

 そう言うと沙貴さきは再び髪をなびかせ、自分の下駄箱げたばこへと歩いて行った。

 俺たちと先輩を断ち切るかの様に桜の花びらが風に舞い、前を横切った。

 この時の沙貴の紫がかった髪が桜と共に舞う姿は綺麗という言葉以外に表すものがなかったのだが夜輝ほたるはそんな美しい光景を見ることはなかった。

 その時夜輝ほたるは疑問と願望が頭の中で飛び交っていた。

 ほんとに先輩はオタクを、絵を描くのを辞めてしまったのか? そんなはずない。そうあって欲しくないんだ。

 夜輝ほたるの袖を珠璃じゅりは引っ張った。

夜輝ほたる……ほら、早くクラス見に行こ?」

 なんだコイツは。さっきまでの怒りはどこにいった。俺みたいな恋愛経験ゼロの男にいきなり乙女おとめっぽくしたら勘違いしてしまうだろ? おいおい、そんなに顔を真っ赤にさせて俺の袖を引っ張るなよ。本当に勘違いするだろ。

「あぁ、だな。見に行くか。あとそんなに引っ張るな?」

 そう言われると珠璃じゅりは袖を離し思わず言った。

「私は夜輝ほたると一緒の組じゃなくても良いもんねっ」

 前言撤回だ。やはりこいつに乙女っぽい状況は向いていない。

「俺だって別になんだって良いさ」

 頬を膨らませながらも珠璃じゅりは嬉しそうにしていた。

 そうして俺たちも下駄箱へと行きクラス表を見た。

「私、二組。そっちは?」

「おぉ、俺も二組だ」

 少し下を向いたあと小さくガッツポーズをした珠璃じゅり

「ふっ、アンタさっきなんでも良いって言ってたわよね? やっぱり私と同じクラスなのが嬉しいのねっ」

 うっ、お前だって嬉しそうにしているじゃないか。

「知ってる人が居るのと居ないのとでは居たほうが楽だからな」

 そういや中学入学の日にも同じような会話をしていたのを思い出したが、これはまた別の話だ。



 三階にある一年二組の教室へと行った二人。

 まだ入学初日というのもあって、教室は物静かなものであった。

 ドアに貼られている座席表を見てみると、どうやら俺の席は窓側から二列目の一番後ろ。

「私は一番前の席だったわ」

「俺は一番後ろの窓側から二番目の席だ」

 俺は後ろ、珠璃じゅりは前のドアから教室へと入った。

 席につくと即座に夜輝ほたるの妄想フィールドが展開された。

 おっと? これは隣の席に超絶可愛い女子が来るんじゃないのか? うんうん。そんな予感がするな。

 俺の妄想はすぐに的中した。茶髪ショート、綺麗な目鼻立ち、胸は少し控えめだが凄くいい。

「ハァー」

 そう疲れたような声を出して席に座ると、いきなり机にうつ伏せになった途端、寝息が聞こえてきた。

 え、コイツもう寝たのか? 今日は入学初日。そしてこれからが入学式だ。まだ疲れるところなんて無いはずだそ?

「お、オハヨウ」

 ……おいおい、俺史上最大の棒読み挨拶を無視するとは良い度胸じゃないか。二次元にしか興味のない俺とはいえ無視は辛いぞ。

「あのー、おはよう……」

 ……。

 あーダメだ。この隣のやつの脳内辞書には『睡眠睡眠睡眠』と、おそらく睡眠以外の言葉がないのだろう。ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

 それから俺は先生が来るまでスマホでアニメや漫画の新作情報、絵師のイラストなどをいつものように漁っていた。

 一方その頃、珠璃じゅりは。

 あー! 夜輝ほたると席が遠い! さっきはあんなこと言っちゃったけど、同じ組で嬉しかったし、なんなら席は隣が良かったよ⁉︎ なんで夜輝、一番後ろの席なのよ!

 一番前の席の珠璃じゅりは一人悔いていた。

 そこから十分としないうちに先生は教室に来た。

 ガラガラ。扉を開け教卓の前に立った。

「おはようございます。皆さん、入学おめでとうございます。私がこのクラスの担任をさせて頂きます、佐々木美月ささきみつきといいます。。まだこの学校に来てから二年目なので――」

 ほうほう、まだ二年目の教師か……。俺はこれからこの人に部活創立の申し込みをしに行くのだ。ここで大切なのは第一印象。第一印象が良ければこちらの話もスムーズに行きそうだからな。

「……夜輝ほたるくん? 霧雨夜輝きりさめほたるくんっ!」

「はっ、はい。すみません……」

 あれ、呼ばれていたのか……? どうやら出席確認をしていたようだ。第一印象は名前が呼ばれても反応しない男子生徒。終わったな。『第一印象で話スムーズ大作戦』という安易な名前の作戦はこれにて終了だ。

 しかも、この隣の失礼な女の名前を聞くのを忘れた。こっちも大きな失態だ。ん? なんだ、隣から凄い視線が……。

 ピシッ。指を立てて言った。

夜輝ほたるくんって言うんだね。先生の話はちゃんと聞いとこうね」

 それお前が言うか? 俺、さっき結構勇気振り絞ったんだけどな。その二回の勇気を聞いていなかった君にだけは言われたくない。

「あ、あぁ。そうだな……」

 コイツの事は一旦忘れよう。

「はーい。皆さん居ますね。入学式は九時半からあるので……一旦隣同士で自己紹介でもしますかね!」

 先生、嫌です。隣の名前の知らないコイツのことを忘れようって思ったところなんですけどー。

 そうだ、珠璃じゅり珠璃じゅりに助け舟を出そう。

 珠璃じゅりの方を見ると既に隣の席の女子だけじゃなく、周りの席のみんなと仲良くしている。

鈴宮すずみやさん、その髪可愛いー!」

「ねね! 鈴宮すずみやさん、珠璃じゅりちゃんって呼んで良い⁉︎」

「うん! 私もみんなのこと名前で呼んでいいかなっ?」

 そうだ、珠璃じゅりはコミュ力が高くて俺とは真逆の世界の住人だった。

 このままじゃダメだ。俺もこの隣のヤツに話しかけるんだ。

 え…………コイツ、あんな事言っておいてまた寝てんのかよ!

「なぁ、おい。起きろよ。えっと名前は……なんだっけ……?」

「ンー、ごめんごめん」

 今すぐにでも寝てしまうんじゃないのか? そう思わせる声であった。

「だって、夜輝ほたるくん、あの金髪の子をずっと見てるからさ? 初恋はつこいの邪魔をするのは申し訳ないなって」

 コイツ、勘違いもはなはだしいな。俺の初恋をなんだと思っている。初恋の話(二次元)を永遠と聞かせてやろうか?

「アイツは幼馴染おさななじみ鈴宮珠璃すずみやじゅりだよ」

「そうなんだ。鈴宮すずみやさん可愛いね」

 相変わらず眠そうな声だな。てか俺、さっき名前聞いたよな? まずはそっちを答えてくれよ。

「えっと、名前なんて言うんだ?」

和泉竹姫いずみかぐや。竹に姫って書いてかぐや。誕生日が七月七日、綺麗な満月の日だったらしいよー。夜輝ほたるくんはどんな字なの?」

 コイツ、自己紹介の時は少し声を低くしてハッキリと喋ったぞ。やれば出来るじゃないか。あとそこまで詳しい事は聞いていない。俺まで言わないといけなくなるだろ。

「じゃ、改めて。俺の名前は霧雨夜輝きりさめほたる。夜に輝くと書いてほたる。誕生日は六月八日。父さんと母さんが地元で見た夜の蛍が輝いていたからこの名前にしたそうだ。俺の名前も大概だか、和泉いずみの名前も変わってるな」

 俺は生まれてこの方、初見で〝ほたる〟と読んでもらったことがない。おそらくコイツもそうなんだろう。

「でしょー。でも案外この名前、みんな読めちゃうんだよねー」

 また先ほどのフワついた声に戻った。

「確かに竹に姫だとかぐや姫のイメージあるな」

「ねー。でもそんな大層な名前付けられちゃったら困っちゃうよねーほんと」

 ほんとに思っているのか……? ほんと眠そうな話し方だな。

 あとなんだ、さっきから眠そうな話し方って。

夜輝ほたるくんは趣味とかあるのー?」

 よくぞ聞いてくれた。

「ふふん。教えてやろう。俺の趣味はアニメ鑑賞、。そしてコイツが俺の一番の嫁のセシリアたんだ!」

 そのセシリアの描かれているスマホケースを見せつける。

「あ、オタクなのね。あと漫画の読書って日本語おかしくない?」

 鋭いな。あと今のハッキリした声のままで話してくれると良いんだが。

和泉いずみ。お前、オタクだなんて一言でまとめようとするな。俺はな――――」

 ヤバい。俺の話をしすぎた。長すぎたか?

「やっぱりオタクじゃんッ」

 ……さっきまでこんな明るい声だったか?

「確かにそうだけどな……」

「あ、認めちゃうのねー」

 別にオタクだという事を認めたくないわけでも、自ら否定してるわけじゃないからいいんだけどな。

 それにしても、変わったやつだがあんなに長々と話した俺に対して嫌な顔一つせずに反応してくれている。最初は嫌なやつだと思っていたがいいやつらしい。

 でもやっぱり引っかかる事がある。本質的な喋り方は変わらないものの、声質が変化している。感情を声質で表現してるって言う感じなのか?

「でもやっぱりオタクの人って『俺の嫁!』っていうのが複数いる感じなの?」

「良くぞ聞いてくれたな、和泉。特別に俺の〝嫁達よめたち〟を紹介してやろう。まずはさっき見せたセシリアたんから」

 俺が〝嫁達よめたち〟を説明しようとしたところでどうやら時間のようだ。

「はーい、皆さん、もうそろそろ入学式も始まるので一旦話を辞めてください」

 時計を見るともう20分経っていた。

 え、もうそんなに時間が経っていたのか?

 ほんの少しざわつきが残っていたため、俺も口を開いた。

「なぁ和泉いずみ。今日、学校が終わったら少しいいか?」

 ……おいおい。俺が話し出した瞬間、ちょうど静かになるのはなんでだ。

夜輝ほたるくん、ちょっと声が大きいよ? うんうん、全然いいけど」



 入学式は体育館で、長い校長の話と聞こえてくる沢山の寝息によって無事終了した。

 もちろん俺も寝てしまっていたから沢山の寝息というのは俺の願望だ。

 既に帰り始めてる生徒もいる中、俺は和泉の方を向き驚いた。

和泉いずみ……ってまた寝てんのかよ!」

 コイツはまた寝てるのか……。

 だが和泉いずみも入学式中は寝ていただろうと思い俺はホッとした。

「帰るぞ? おい」

 竹姫かぐやは小さいあくびを右手で隠しながら言った。

「えっと、話があるんじゃ無かったっけ」

「あぁ、そうだとも。俺の家でアニメを見てもらう」

 和泉いずみにはまだ俺の嫁の紹介を出来ていないからな。とりあえず初心者でも見やすいアニメでも見せながら嫁の紹介でもするか。

「え、夜輝ほたるくん……? それって大丈夫なの?」

「もちろんだ。なんせ今日は両親共に家に居ないからな! 思う存分アニメを見せることが出来るぞ」

 今にも帰りたさそうにする夜輝ほたるとは裏腹に竹姫かぐやはポカン開いた口を閉じて言った。

「えぇ、それって全然大丈夫じゃ無いじゃん」

「あ、あぁもちろん、親が居ないって言うのは夕方までだ。仕事から帰って来るまでの話だぞ……」

「もー、紛らわしい事は言わないっ。夕方までアニメを見るだけなんだよね。なら行っても大丈夫だよー」

 え、いやいや和泉いずみさん? いくら二次元オタクでも俺って男子高校生ですよ? 誘った俺が言うのもなんだが、ホントに大丈夫か……?

「お、おう。じゃ帰るぞ」

 教室を出ようとする俺と竹姫かぐや珠璃じゅりは言う。

「ちょっ、夜輝ほたる、もう帰んの? なら私も……」

 あー、マズイ、忘れてた。珠璃じゅり和泉いずみを家に連れて行くなんて言ったらきっと……

『はぁー? 何言ってんのよ。同級生の、しかも出会ったばかりの女子を家に連れ込むなんて、。ほんと頭どうかしてんじゃないの? キモい、死んで!』

 大体想像は出来ている。

「す、すまんっ!」

 竹姫かぐやの手を取ると教室を飛び出す夜輝ほたる。それを止めようと珠璃じゅりはしたが時既に遅しであった。

「え、ちょっ」

 別に家に女子を連れ込んでなにか如何わしい事をしようという訳ではない。なに申し訳なくなってるんだ自分よ。

「ねぇねぇ夜輝ほたるくん? ホントに鈴宮すずみやさんいいの?」

「だ、大丈夫だよ。珠璃じゅりにはちゃんと謝っておくよ」

 また首を傾げる竹姫かぐや

「うーん。夜輝ほたるくんがそう言うなら良いんだけど」

 俺たちは下駄箱げたばこで靴を履き正門へ行こうとすると、腕を組んだ先輩が待っていた。

「あら、後輩くん。入学初日からいきなり彼女かしら? もう昔の女のことなんてどうでも良いのね」

 あ、完全に忘れてた。そういや俺『また放課後』って言っちゃったよな? やべ……。

「先輩、すみません急用が出来てしまって。あと彼女じゃありませんよ。今日は和泉にアニメをとことん見せるんです」

「えっ夜輝ほたるくん、昔の女って……」

 ほらね。先輩が紛らわしい事言うから、鋭い和泉いずみさんはツッコんじゃうよ? 俺もさっき紛らわしい事言ったけどさ?

「先輩の冗談だよ。先輩、ホントにすみません。明日でお願いします」

 そう言って竹姫かぐやと正門を出る。

「何がアニ研を作るよ……」

 本当に昔の男を見るかのような目をする沙貴さきの元へと走ってくる珠璃じゅり

「もうギサキ! なんで逃しちゃうのよ!」

「あら、鈴宮すずみやさん。あなたも振られた側なのよ。私たちも大人しく帰りましょ」

「何よっ! 振られたって!」



 夜輝ほたるの家まで徒歩二十分。その間、俺たちは他愛たあいのない会話をしながら帰った。

「ホントにお邪魔しちゃって大丈夫なのかな?」

「普段から珠璃じゅりも来てからアニメ見たりゲームしてるからな。大丈夫だよ」

鈴宮すずみやさんも来てるんだねー。もしかして夜輝ほたるくんと鈴宮すずみやさんっていわゆるカップルっていうやつ?」

 まさか、俺と珠璃じゅりは別世界の住人なんだからそんなわけないだろ。

「違う違う。珠璃じゅりの家にはゲーム機が無いから俺の家に来て来てるだけだよ」

「へー、そうなんだね」

 自分から聞いておいて本当に感情がこもってないな。

 家のドアを開け、靴を脱ぎ捨て、それを和泉が綺麗に並べてくれた。

「靴はちゃんと並べようよ?」

「あ、すまん……」

 二階に行き、一番奥の部屋のドアノブに手を掛けた。

「そしてここが俺の部屋だ」

 扉を開けるとそこには沢山の漫画、ゲーム機、そして棚いっぱいに置かれている夜輝の〝嫁達よめたち〟のフィギュアが。

「……」

 和泉いずみは黙り込んだ。

「どうした、和泉いずみ?」

「いやね、オタクの人の部屋ってある程度想像は出来ていたんだけど、その想像の遥か上を行っててねー?」

 その割には全然驚いた喋り方じゃ無いな。まぁいい。

「好きなとこに座っててくれ。俺は飲み物を取ってくる。飲めないジュースとかあるか?」

「ないよー、夜輝ほたるくんの好きな飲み物でいいよー」

 夜輝ほたるは一階のキッチンへと向かった。

 竹姫かぐやはオタク棚に囲まれた夜輝ほたるの机、部屋の真ん中に置かれている丸机、そして最後に丸机の隣にあるベッドを見ると顔を赤くして丸机の前に正座した。

 夜輝ほたるがおぼんの上にジュースとコップ二つを持って部屋へと入ると顔の赤い竹姫かぐやに気づいた。

「暑かったか?」

「いやー、全然大丈夫だよ?」

 男子の部屋に初めて入った竹姫かぐやは、表情とは裏腹に緊張していた。

 普段から珠璃じゅりが部屋に来ているため、そんな竹姫かぐやの気持ちを知らない夜輝ほたるは平然と丸机におぼんを置き、自分の机からタブレットを手に取った。

「なぁ和泉いずみ、どんなアニメを見たいとかあるか?」

「うーん、私良くわかんないから夜輝ほたるくんのオススメでいいよー?」

 オススメなんてたくさんあり過ぎて選べるわけないだろ。とりあえず初心者でも見やすいアニメを見せるか。

 タブレットでアニメを漁り、あるアニメをテレビに映した。

「おい和泉いずみ、脱げよ」

「え……?」

 ポカンとする竹姫かぐや

「ん? 靴下を脱いだ方がゆっくり出来るかなって」

「あ、うんうんそうだよね。ごめんごめん」

 何を勘違いしていたのだろうか。自分で言った台詞セリフを思い返してみた。……すぐに分かったが顔には出さないようにした。

 竹姫かぐやが靴下を脱いだのを見て夜輝ほたるは目を逸らした。

「うっ、」

 ……JKの生足は俺には眩し過ぎる。

「どうしたの、夜輝ほたるくん?」

「別になんでもない……」



 全十二話のアニメを夜輝ほたるの解説付きで見終わった二人。時間は七時を過ぎている。

「どうだった⁉︎」

 目を輝かせて聞く夜輝ほたる

「うーん。すごく感動したよ。夜輝ほたるくんの解説なしで一人で見てたら泣けてたかもねー」

「…………すまん」

「それじゃ夜輝ほたるくんの親ももうすぐ帰って来るんだろうし、私はここで帰るね。じゃまた明日学校でー」

「おう。それじゃまた明日。今日はありがとな。どっかまで送って行かなくて大丈夫か?」

「えー、全然大丈夫だよ、うんうんホントに」

 取り敢えず玄関の外までは見送った。

 

 今日は充実した一日だった。とは言えないだろうな。

 珠璃じゅりのことも先輩のことも無視する形になってしまったんだ。

 ……あれ、なんかもう一つ忘れてないか。

 …………アニ研だ。すっかり忘れていた。一番の目的であったものを忘れてしまうのは如何いかがなものかと思う。

 まだ今日は高校初日だ。そんなに急ぐことはない。明日こそは部活を創立する、そして先輩も説得する。やるべき事はまだまだ沢山ある。

 明日こそは部活創立の申し込みをしに行くぞ、よし。

 

 夜輝ほたるたちの物語はまだ始まったばかりである。

 

海夏かいかアニメコンクール』まで残り122日。

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