第8話
昨日の明日、つまり今日は僕はいなくならず、僕は明日にいなくなる予定だ。
ふざけた笑い声、他愛もない会話。
その学校に来ていることが、僕の何よりの存在証明になった。
ただ一つ、違和感があるとするならば、
今日の僕の周りは、やけに静かだ。
何故だろう、こう感じるのは。ずっと前までは、このうるさい教室が、こんな静かに感じることはなかった。まあ、どうでもいいか...
僕は気付かない振りをした。いつも僕の元へやってくるあいつが、今日はやってこなかったことを、いつも一人であり続けていたように。
キーンコーンカーンコーンキンコンカンコンキン
ファミマのチャイムが鳴った。
こう考えてみると、この学校はファミマがスポンサーなのではないのか?と思う。
「はい、じゃあ今から朝の会始めまーす」
師匠が朝からやる気のない声を出した。
「せんせー、今日の6時間目の学活って、何をやるんですかあ」
「ア?」
師匠の若干寝起きみたいな感じの、機嫌が悪そうな返答に、質問の当事者(新名)は、少しビクッとした。
師匠...昔の族の雰囲気がでてまっせ...
「...ああ、6時間目な。6時間目は、席替えをしたいと思ってる」
「え?まじ!?」
「まじだ」
師匠が、“ま”という言葉を発した時点で、クラスは歓喜の嵐に包まれた。踊りだすやつもいれば、廊下に飛び出て奇声を発するやつもいたり、泣き出すやつも現れた。...僕の横の席で。
え、泣いちゃうほど僕との別れが寂しいっていう解釈でその涙はオッケーだよね?だよね?だよね?そうだよね?
...コホン、まあそんなことはどうでもいい。
おまえら、浮かれる前に先生の顔を見てみろ。鬼だぞ。鬼の形相してるぞ、師匠は。
バン
その時、山之内先生が、出席簿を机にバンとぶつけた。その瞬間、歓喜の嵐に包まれていた空気は、一瞬で凍りつき、僕の隣の席のやつも、涙を流さなくなった。師匠の手が、プルプルと震えている。
あーあ、やっちゃったなお前ら。あの雰囲気は雷撃を落とすやつだよ。ご愁傷様。
「...影」
ん?今、何か“影”っていうのが聞こえたような...
「月影。お前、ちょっとこい」
「え...僕、ですか...」
思わず声がでてしまった。
「ああ、僕だよ。僕。」
ええ...僕何もしてないですよね...。それはあまりにも理不尽じゃ...
「おい、早く来い。」
ガタン
その瞬間、僕は素早く席を立ち、教室のドアを自分で開けた。
怖い怖い怖い怖い怖い
あれが、女教師の出す声かよ。完璧に裏社会系の、右腕の声だったぞ、あれ。
「ヨシ、いい子だ」
師匠に、肩を掴まれて、僕のボルテージは最高潮に膨れ上がった。
トントントンカッカットントントンカッカッ
僕は今、屋上に通じる階段を鬼と一緒に登っている。登っていくのに、僕は天国ではなく、地獄に向かっている気がした。
僕今日、繰り上げで消えるのかな?
ガチャ
屋上の扉が開く。
僕がこれから何をされるかビクビクしていると、山之内桜先生は、タバコを吸いながら話し始めた。
「なあ、紫苑。」
いきなり下の名前を呼ばれてびっくりする。師匠が僕のことを呼び捨てにするのは、あのとき以来だろうか。
一呼吸を入れて、山之内先生はまた語り始める。
「お前ってさあ、はられと何かあったのか?」
......え。
タバコの煙が風に乗って、僕の呼吸器官へ入ってくる。その匂いに気分が悪くなって、返答が雑になる。
「なんもないですよ、別に...」
「何もなかったら、おかしいなあ。はられは今日、私のところへ来て、自ら頼んで来たんだぞ。
『私を、文化祭実行委員から外してください』
って。」
「え?」
...結構衝撃的だった。陽ノ日が自分からそんなことを言うなんて。
自分だけこっそり抜けてやろうって魂胆か?あっ、だからあいつ、今日話しかけてこなかったんだ。なるほど、あいつにも一応、倫理観ってものはあるんだな。
なんだかアホらしくなって、適当に答える。
「だから何ですか。ただあいつが、面倒くさくなっただけでしょ?」
「あいつはそんなやつじゃない!はられは、一度決めたことは何があってもやり通す、芯の強い子なんだ。はられが、面倒くさいとかいう簡単な理由で、辞めたいなんて、言うはずがない...」
師匠が、久々に大きな声を出した。
「...でも結局辞めて、やり通しきれてないじゃないですか」
その声に呼応するように、小さな正論を挟む。
「...ああ、だからはられは撤回したよ。
『ごめんなさい、やっぱ辞めません』って。」
...芯の強い子じゃなかったのか?
「おかしいだろ?一回でも、はられが辞めたいだなんて言ったこと!なあ、紫苑。お前が何かしたんじゃないか?言ったんじゃないか?陽ノ日が嫌と思うことを」
あながち否定できない自分に、ドキリとする。
確かにあれは少しやり過ぎたかもしれない。反省している。だが、だが...。だがの続きが、いつも通りに出てこなかった。いつも通りじゃない自分にむしゃくしゃする。
「なあ、何か心当たりがあるのか?」
うるさい。
「なあ、紫苑。」
うるさい。
「なあ、なんでもいいから」
うるさい。
「おい、紫苑!」
「うるせえよ!」 ダーン!
僕は怒号とともに、靴を屋上のポールめがけて蹴飛ばした。
それからはもう、沸々と煮えたぎる思いを、止められなかった。
「ああ、あるよ、心当たりは!だかな、これもあれもそれも全部、全部!お前と陽ノ日のせいなんだよ!は?何がいきなり実行委員になって、友達を作るだあ?ふざけてんじゃねえよ!僕は、お前らみたいな奴らにはなれない!その感情はもう捨てたんだ!誰かと友達になることも、誰かと学校で騒ぐことも!意味ないんだよ!全部!」
はっー、はっー、はっー、はっー。
まだ言い足りなかったが、息を整え、自分の靴の行方を探す。
今日はもう、帰ろう。何かに何癖つけて、今日は帰ろう。そう思ったとき、僕の視線の先に、陽ノ日の姿が見えた。
なんで、ここに...
「月影くんはほんと、馬鹿だよ。」
陽ノ日とは思えない、あの馬鹿とは思えない、冷たい声だった。馬鹿に馬鹿と言われても、言い返せない自分が、そこには立っていた。
「結局君は、あの頃からずっと逃げつづけるんだ。変わろうともせず、トラウマを抱えた悲劇な少年を演じて。誰かのせいや、ためにして、自分は関わりたくないって、世の中の変化を求めて。」
冷徹な声の針が、グサリと刺さる
「一人でいい。僕は一人でいいって言うんならさ。ほんとにずっと一人でいればいい。」
「ずっと一人で生きればいい!!!!」
陽ノ日は僕をしっかりと見ながら、言った。
...驚いた。ほんとに、驚いた。陽ノ日が出した、透き通るような声ではなく、針のような尖った声に。大きく響く、サイレンのような声に。
その声よりも驚いたのは、陽ノ日の見たこともないような、冷徹で目つきが悪くて、僕を睨み付けてくる顔だった。こんな表情、初めてだった。いつもニコニコわざとらしくしてたやつが、こんな顔をするなんて。
...そのせいだろうか、唐突に何も言えなくなった僕は、ポール際の横になった革靴を取り、その靴を履かないまま、屋上の扉を開けた。
...校内と外との温度の差で生じる風が、いつもより強く感じた気がする...
階段を下り、一番下の踊り場に出たところで、ストンとそこに座りつく。
...本当に僕は、あいつのことが嫌いだ。
僕のことを何も知らないくせに、勝手に怒鳴って、わめき散らかして、本気になって。
嫌いだ。山之内も嫌いだ。陽キャが嫌いだ。この学校の奴らも、嫌いだ。この世界中の奴らも嫌いだ。そして何より、
僕が一番嫌いだ。
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