第3話

 「紫苑!遊ぼうぜ!」

 「いいよ~遊ぼうぜ~」

 ...ん?なんか、僕の声がするが、

 少し若い気がする。というか、若い。

 ああ、これは中学生の頃か...

 僕は、第三者目線で、若い頃の僕を見ていた。

 「紫苑!同じクラスになれるといいな!」

 グループの中の一人が、僕に言う。

 他のみんなも、同じような言葉を僕に投げかけた。

 「そうだな!」

 月影紫苑は答える。今の僕にはない表情で。

 そして、いきなり場面が切り替わった。

 『2―4』『3ー2』というプレートが映し出されて、その映像は、なんか心が揺れてるみたいに、ザラついている。

 そうだ。僕はこの2年間、仲のよかった友達と同じクラスになれなかったんだ。

 クラス表を見たときのあの絶望感を2年連続味わった。僕は、小学校からの友達以外は、対して親しい奴はいなかったから、その瞬間は、軽くトラウマだった。でも、僕はまだ、関係が残ってると思っていた。

 それが愚問だったと知るのは、3年の6月22日。僕はその日、すれ違いざま勇気を出して、離れたクラスメイトに話しかけた。

 「よお、久しぶり!違うクラスだけど、また遊ぼうな」

 いつもと変わらない感じで、僕は問いかけたはずだった。

 「お、おう」

 だが、返ってくる返事は、いつも通りではない。

 男らが僕の横を通り過ぎ、しばらくして囁き合う。

 「誰?あいつ、遙人の友達?お前、あんな陰キャと喋ってんの?」

 「...」

 「そんなわけねぇじゃん。可愛そうだったから、あいつと遊んでただけだよ」

 ズンッ 遙人の言葉が、月影紫苑の心に刺さったのが分かった。

 そうだ。こっから僕は、一人になった。一人になろうとした。もう、これ以上、こんな思いを感じるのは嫌だから。頭痛がする。気持ち悪い。吐きそうだ。ほんとに、いやだ...

 

 バッ 最悪の寝起きだった。二度寝しようとも思えないほどに、体のすべてが痛かった。

 ゆっくり老体の体を起こして、そばにある目覚ましを見る。

 えっと..今は...

8...30...?えっ?あれ?僕、目も痛いんだっけ?

 目をゴシゴシこすって、もう一回見る。

 830 表示されている数字は、変わらなかった。

 8:30分...終わった。完璧に遅刻だ。僕はのび太君ではない。どちらかというと、出来杉君タイプなのに。とりあえず、食パン食わえて、誰かにぶつかろうかな...

 そんなことを考える僕の脳は、正常に動いてはいなかった。

 

 ガラガラガラ 

 僕は、下を向いて、少し反省をしているかのような姿勢で、『2―1』のプレートが錆び付いている教室のドアを開けた。

 「遅れて、すいません...」

 僕は素直に謝った。もちろん、これから言い訳をするつもりである。

 えっと、僕は、十字路の交差点で、食パン食わえた、活発ショートカットとぶつかって...

 「廊下にでろ」

 ...へ?僕は驚いて、師匠の顔を見た。

 なんで、声が一オクターブ低くなって、顔が羅生門のババアみたいなんですか?そんなに怒る?のび太くんでも、廊下にバケツ持って立たされるくらいですよ?絶対その声は、僕を殺すトーンですよね?ていうか、殺すよね?

 「早くでろ、月影」

 「はい...」

 自然の摂理には、逆らえなかった。

 僕と鬼は、一緒に教室を出た。出るときに、陽ノ日をチラリと見る。

 「(頑張れ~)」

 陽ノ日は、僕に手を合わせて、健闘を祈っていた。でも、あいつは笑っている。というか、ツボっている。

 僕は、そんな陽ノ日に、心の中で舌打ちをして、鬼のもとへ、舌を抜かれに行った。

 

 キーンコーンカンコーンキンコンカンコンキン

 頭痛がする。ズキズキする。

 これは、今日見た夢の後遺症だろうか。今日怒鳴られたせいなのか。

 もしくは、僕の前でなぜかとてもテンションが高く、声が閑古鳥みたいにうるさいこいつのせいだろうか。

 「君って、桜先生にほんとに好かれてるよね~。あんなに怒るの、私去年見たことないよ?!」

 「好かれてる?君は馬鹿なのか?あれは愛の鞭なんかじゃない。サンドバッグに鬱憤を晴らしているゴリラだよ。」

 「え、い、いや、そんなことはないと、思うけど、なあ」

 「いや、あれはそんなことあるね。ってか、急にどうした?」

 僕が陽ノ日に尋ねると、

 陽ノ日の顔は気まずそうな表情になり、笑みがこぼれ落ちていった。そして、その顔は僕の後ろにいる何かに、怯えた表情になった。

 ?...あっ。

 僕はいつもの野生本能が働くのが分かった。

 これは、もしかして...

 小刻みに体が震えるのを感じながら、ゆっくりと後ろを振り返る。

 そこにいたのは、ししょ...

 バッ 全体像を確認する前に、僕はそいつに胸ぐらを掴まれた。

 「だあれえが、ゴリラだって~?悪いのはお前だよなあ。なあ?」

 「はい、本当にすみません...」

 僕は今日、99回目の謝罪の言葉を出した。

 陽ノ日がガチで怯えている。僕なんて、しょんべんがちびりそうだ。

 いかなる制裁を僕が覚悟したとき、師匠の顔は、いつもの顔に変わった。

 「はあ~、もう、いいよ。疲れた。微生物に付き合ってる暇はないんだ。」

 「あ、あの~、微生物は言い過ぎじゃ...」

 ギロッ 師匠の目つきがまた戻った。

 はい、僕は微生物です。微生物より、原子です。目に見えない、原子です。僕は。

 「そんなことよりお前ら、話し合いは出来てるか?」

 「い、いや、まだ...」

 陽ノ日の声はまだ震えている。

 「やっぱりそうだよなあ。うんうん、やっぱりそうか。」

 ダンッ 師匠が机の大きな音を響かせる。

 机の上には、『文化祭プロット』と書かれたものが置かれていた。

 「私が、考えておいたぞ!」

 は?え?僕らの今までの意味は?

 三分クッキングかなんかですか?

 文句を言う前に、半ば強引に、僕たちは計画の説明を受けた。

 

 「却下です」

 「え?!何で?!」

 師匠のなぜ却下されたか分からない表情に、僕だけではなく、陽ノ日はられも苦笑いをしていた。

 机にべちゃべちゃに広がっているプロットに、再び目を落とす。

 何度見ても馬鹿みたいなプロットだ。

 《文化祭クラス発表案》

 ・海の見えるカフェ☕

 『シーサイドカフェ六本木』

 教室に海の装飾をして近くに海がないこの町の人たちに、海を味わってもらう。

 メニューも海系。

...少しおかしな気がするが、ここまでは別にいい。

 【配役】

 ...配役?

 浦島太郎→陽ノ日はられ

 ワカメ→月影紫苑 他

 乙姫様→山之内桜

 「師匠。さすがにこれは冗談ですよね...」

 「どこがだ?」

 やべえ、こいつ本気で言ってる。僕はめったにしない呆れ顔を、はじめて見せた。

 浦島太郎が陽ノ日?ワカメが僕?...何で僕は、亀じゃないの?なんて、そんなことではなく...

 「何で師匠が乙姫なんですか...」

 「実は私、一度でいいから主役がやってみたかったのだよ。」

 「学校生活充実して無かったんですね...」

 「おおん?」

 師匠はまた僕を睨め付けたが、この逆ギレは1,2を争うほどおかしいだろう。師匠の方がおかしいじゃないか。

 1対1じゃ、この人に話のつけようがないので、僕は陽ノ日をチラリと、いや、けっこう見た。

 僕からの視線を受けた陽ノ日が、少し気まずそうに言う。

 「...シーサイドカフェは難しいかもだけど、メイド喫茶はどうですか?逆メイド喫茶!

 私、紫苑君のメイド姿見てみたいなあ。」

 「は?何でいきなりメイド喫茶なんか...」

 「いいじゃん!面白そうじゃん!」

 そう言って、陽ノ日はぴょんぴょん跳ねた。

 陽ノ日は気を遣って話をずらしたようだが、僕にとってこのずらし方は望んでいないものだ。

 「きっと君は頭がおかしくなってるんだよ。」

 必死にこの案を撤廃しようとする。

 「髭が生え始め、髪も薄れはじめ、垢が抜け始めるかと思えば、顔の垢は落ちない。そんな僕ら高校生男子の女装なんか、嘔吐寸前の寒気を覚えさせること必死だよ。」

 「君は少なくとも他の男子とは違うと思うけどなあ」

 ドクン 少し胸がドキッとする。不意打ちは卑怯だ。不意打ちは...

 「女の子みたいな体してるじゃん?君!」

 ズキン 少し胸がチクッとする。天然口撃は卑怯だ。天然口撃は...

 「あははは!」

 ビクッ いきなりの笑い声に、僕と陽ノ日はびっくりして、思わず目を合わせた。

 「何だ、私の手助けはいらなかったな。」

 そう言って、悪魔の笑い声を持つ師匠は、イスのギッーという、少し不快感を与える音とともに立ち上がって、机の上のプリントを直し始めた。

 師匠は何か僕たちを助けたとか言ってたけど、何を助けたんですか?...あっ、却下ですよ?シーサイドカフェの案は。

 僕がそんなことを思いながら師匠を見つめていると、師匠がそうじゃないと言うように笑って言った。

 「君と陽ノ日の関係だよ。いきなり、2人で実行委員をやれって言ったけど、大丈夫かどうか心配だったのさ。もし大丈夫じゃないなら、月影のサッカー部参加用紙を偽装して、コミュ力を鍛えてやろうと思ったんだが...」

 「心配なさそうだな!」

 山之内桜先生は、僕ら2人を見てそう言った。僕は、今、身の危険を感じて震え始める。

 この人なら本当にやりかねない。

 師匠が肩にバックを担いだときに見えたプリントを確認してギョッとする。月影のハンコまで押されていた...

 「月影」

 「ヒエッ」

 後ろからいきなり声をかけられて、思わず変な声が出た。声の主は山之内先生。僕は今このヤクザに怯えている。

 震えている僕を尻目に、師匠は顔を近づけて、僕に囁いた。

 「~~~~」

 グッ 囁かれた言葉に、目をまん丸にして、振り返る。ヤクザは不適に笑っていた。

 「じゃあ、頑張れよ。真中くん?」

 ガラガラガラガラ

 高らかに笑いながら、彼女は教室を出て行った。

 「ねえねえ、真中くん。なんて囁かれたの?あと、何で真中なの?」

 陽ノ日の無邪気な問いに、僕は振り返ることが出来なかった。

 少し顔が熱い。熱中症かな?夏の伝達かな?

 『君は、太陽に特別な感情を抱いているだろう?』

 師匠の言葉が、僕の脳にフラッシュバックする。

 この問いは断じて違う。決して合ってない。テストの4拓の問題だと、真っ先に外すものだ。特別な感情について考えるとすれば、それは、『一緒にいて楽しい』だとか、『話していると笑顔になれる』とか、『誰かを好きになる』とか...

 誰かにそんな感情を抱いたって、意味は無いことは分かっている。今日の夢がフラッシュバックしてくるようで、少し頭を抱える。

 痛い、痛い痛い痛い。

 ...ちょっと落ち着いた。

 話を戻すけど、意味ないことだと知っているのが僕なんだから、そんなことはあり得ない。

 しかも僕と君は...

 「僕と君は、“月”と“太陽”で正反対。僕たちは似合わないねって言われただけさ」

 決めゼリフみたいについた嘘は、君を困らせてしまっただろう。顔を見らず、下を向いて、ただ僕は、2人きりの教室で、チャイムが鳴るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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