第47話彼は這いつくばって生きる選択をしなかった


「俺は王子……だ。王子なんだ……」


 レイハードは、桜妓楼の裏口から引きずりだされた。身体も精神すらもすり切れたレイハードに応じる人間はいないし、彼が元王子だと言って信じる人間もいないだろう。それぐらいに酷いありさまだった。


 自慢の顔は晴れ上がり、身体のいたるところに痣が付けられている。一人では歩くことも出来なくて、ゴミのように引きずられていた。


 最後の客は、なんの気づかいもなくレイハードを家畜より酷く扱った。拷問に近い暴力に、レイハードの身体はもはや動かない。


 かつては美貌の王子と持て囃された面影も消えていて、彼は仕事が出来なくなった憐れな男娼でしかなかった。


「王子だ……。こんなことをして……許されると思うなよ」


 レイハードの頭にあるのは、怨みとプライドだけだった。


 男娼として扱われていたとしてもレイハードの心には、王子としてのプライドがあったのだ。だからこそ、自分が堕ちたことを受け入れられなかった。


 その高すぎるプライドが、レイハードの生き残る唯一の道を閉ざした。


 あらゆる場所と人から怨みをかった彼が生き残るには、全てを捨て去って身体一つになるしか方法はなかった。その方法を拒否した時点で、レイハードの未来は決定したのだ。


「じゃあな。言っておくけど誰も怨むなよ。地面を這いつくばっても生きる選択をするヤツだっているんだ。ここで野垂れ死ぬことを選んだのは、お前自身だよ」


 レイハードを王都の外まで運んだのは、桜妓楼の男娼の一人だった。仕込みを担当した丸顔の男は、無残な最期を遂げるだろうレイハードを見ないように速足で去っていく。



 その後ろ姿を見たときに、レイハードは安堵した。動かないほどに酷使された躰では、もはや死を待つのみである。それでも、肌をゆるしてまで無様に生きる者たちとは決別できた。


 レイハードの脳裏には、カグラが客に身をゆだねていた夜が蘇る。かつては自分の我儘を聞くだけだった大臣に躊躇いもなく自身を与えるカグラが、レイハードには滑稽に見えてならなかった。


 あんなことをしなければ生きていけない人間になんて醜いと思ったし、王子である自分には相応しくないと思った。


「俺は……王子だ……。王子なんだ」


 レイハードは力尽きるまで、失った身分を呟き続けた。


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婚約破棄された令嬢は知り合いの娼館に匿われていました 落花生 @rakkasei

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