第39話結婚式には、あなたが必要


「待たせたみたいだな。色々と手間取ることがあって……悪いが立て込んでいるところだ」


 桜妓楼の主の部屋に戻ってきたカグラは、すっかり疲れきっていた。


ティアは慣れた様子で茶の準備をして、カグラは何も言わずにそれを飲み干す。よっぽど喉が渇いていたのだろう。頼まれる前にティアが茶のおかわりを注げば、それにも手を付ける。


 伯爵令嬢が入れてくれた茶を飲んでいるのに、恐ろしいほどに感謝を感じない態度である。そもそもティアが客なのだから、本来ならばカグラの方がもてなすべきだろうに。


「レイハード元王子は桜妓楼が預かって、男娼に仕込むことが正式に決定した。仕込んだあとは、パダンが蝶で扱う。ここで働いている人間には、明日の朝にでも発表するか」


 客人に話すべきことではないが、アリアとティアは客ではないとカグラは考えているのだろう。


アリアは桜妓楼の娼婦を買った経験はないし、店にやってきても真っ直ぐにカグラの元に向かうような人間だ。ティアもつい最近まで桜妓楼に匿われていたので、身内のような感覚でいるのかもしれない。


「問題は……仕込みを行う担当者なんだが」


 カグラは、しばし黙り込む。


桜妓楼にはがカグラ以外の男娼も所属しており、新人の仕込み役は彼らの中から選ばれることになっている。


「経験や客のあしらいは問題ない人間なんだが、少し……色々と雑で。レイハード元王子には、同情を禁じえない」


 仕込む人間が雑だと何が困るのかは分からないが、アリアとティアは聞かないことにした。知らないほうがいいことは、人生においてたくさんある。


「いっそのこと天使の休憩所のフーチスに頼んだら……。だめだ、一日で破壊される」


 レイハードのどこが壊されるというのだろうか。カグラが言わなかったので、これに対しても聞かないことにした。


断片的な情報しかないが、レイハードの男娼修行は始まる前から暗雲が漂っているようである。同情すべき点は一つもないのだが、アリアはレイハードに憐みを抱いてしまった。


仕込みは数か月にわたって行われるというが、その時までレイハードは五体満足でいられるのだろうか。そして、身体の何処が危機にさらされるのだろうか。


「カグラ様。忙しいとは分かっていますけど、お願いがあります」


 放っておくとレイハードの愚痴ばかりになりそうなカグラに、ティアは勇気をもって声をかける。


「私とサーリスと結婚式に出て欲しいの」


 ティアの申し出に、カグラは目を丸くした。ティアの要望はすでにサーリスの許可を得ており、アリアも知っていることだ。


「……正気なのか。伯爵家の結婚式だぞ。娼館の主が顔を出す場所ではない」


 カグラは、自分を日陰者だと自覚している。他人のハレの日を共に祝うべきではないし、結婚式という男女の特別な式典ならば余計に参加するべきではないと考えていた。


「本当は父親代わりにバージンロードを歩いて欲しいくらいよ。さすがに、それはあきらめた。だから、招待客としては来て欲しいの。カグラ様は恩人だし、今回のこともあって私の親族は結婚式に参加してもらえないから……」


寂しそうなティアの様子に、カグラは困った顔をする。側に置いていたティアの望みを無下にするのは、気が引けているのだろう。結婚式は女の夢であるし、立場が許せば出席ぐらいはしてやりたいとカグラは思っているはずだ。


「断ったら、桜妓楼にウェディングドレスで突撃するわよ。参列者も巻き込んで」


 とんでもない脅しだった。そんなことは不可能であると思うのだが、ティアが単身で乗り込んでくる可能性はある。


ウェディングドレス姿で歓楽街に突撃する令嬢の姿を想像したらしく、カグラの顔が引きつっていた。外聞が悪いを通り越している珍妙な光景は、きっと後世に語り継がれるだろう。


 その脅しを聞いたカグラは、アリアに無言で助けを求めた。だが、アリアは主の婚約者には逆らうことができない。


そもそもカグラを結婚式に招待することについては、すでに決定していることだ。後は本人の了承を無理やり取ってくるという仕事だけなのである。


「……結婚式前に、服を買うのを手伝え。僕はベリツナ歓楽街から出ないから、結婚式に着ていくような正装なんて持っていないんだ。それと服代は、そっちに請求するからな」


 カグラの不機嫌そうな言葉に、ティアは大満足だったようだ。


「なら、一級品の服を用意しないと。殿方の服を見繕うから、アリアも手伝ってちょうだいね」


買い物の予定を考えるティアは、とても楽しそうだった。


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