第38話客より心中相手がいい(カグラ)


 スレトアの相手をしてから、数日後のことだった。スレトアの友人だと名乗る客が、桜妓楼にやってきたのだ。その客はスレトアからカグラの事を聞いたと話し、幼すぎる男娼を買いたがった。


 桜妓楼の主人はカグラを守ろうとしたが、伯爵家が付いている相手には強くは出れない。カグラは、二人目の客を取った。


 それからは、同じことが何度も続いた。スレトアの紹介だと言って、客たちは次々と現れる。


 そのなかには傲慢な客もいて、何が気に入らないのかカグラの叩いたり蹴ったりする者もいた。下から酒を飲んでみせろ、異物を躰に入れてみせろと命じる客もいた。手足を縛った状態で、己に奉仕させる客だっていた。


 客がやり過ぎれば用心棒が駆けつけて、問題を解決する手はずになっている。しかし、異常な客というもの心得ていて、用心棒の目が届かないところで暴行に及ぶのだ。


 スレトアは、カグラに「沢山の男に磨いてもらって一人前になれ」と言っていた。ならば、これは沢山の一部なのだろうか。何時まで、続くのだろうか。


 そんなときに、カグラの元にやってきたのはアリアだった。無事に使用人として雇ってもらえることになり、礼を言いにきたらしい。


 さすがは使用人として躾けられた子供だ。わざわざ娼館にまで足を運んで礼を言うなんて、真面目すぎる。


 勤め先の世話をしたのは先輩娼婦だったが、同じ年頃の子供ということでカグラがアリアの話し相手になった。精神的にも肉体的にも疲弊するカグラの気晴らしができればと店の人間は考えたのだ。


「……なぁ、この間の約束を覚えているか?」


 知り合って日が浅いアリアに微笑みかけようとしたのに、カグラはそれすら失敗した。それぐらいに憔悴していた。


「心中してくれ。……もう、駄目だ」


 耐えきれなかった。けれども、一人では怖い。だから、断られることが分かっていても心中の約束にすがりついた。


「カグラ……」


 断られるだろうと思った。アリアの人生は、上向き始めたのだ。


 誰が好きこのんで、二回しか会ったことのない相手と死ぬものか。日陰の存在を人のように扱ってくれる人間などいないというのに。


「分かった。心中しよう」


 アリアは、あっさりと承諾する。カグラの方が驚いて、呆けた顔でアリアを見ていた。


「馬鹿なのか……。人生これからってときに、たかが男娼の弱気に付き合うのか。この……大ばかもの!!」


 カグラに怒鳴られたアリアの表情は、「こいつ、面倒くさい」と語っていた。


「俺だって、孤児だ。野垂れ死ぬ怖さとか、そういうものはよく分かる。死にたいと思うほどに追い詰められた経験はないから、カグラの気持ちは分からないかもしれないけどな」


 それでも、とアリアは続けた。


「お前は、俺が心中してやると言ったら馬鹿扱いしただろ。俺を殺したくなかったら……いいや、俺を殺す決心をするまでは生きていろよ」


 優しくない返答だとカグラは思った。


 けれども、アリアは一度は心中を了承している。殺す覚悟も殺される覚悟もなかったのは、カグラの方だった。アリアは、どちらの覚悟もある。


「バカ、アホ、将来ハゲろ。ハゲろ」


 ぶつぶつと呪文を唱え始めたカグラに、アリアはぎょっとする。


「お前の情緒って、どうなっているんだよ。さっきまで死にたいって言ってたくせに……」


 うるさい、とカグラは一喝する。


「お前を殺す覚悟が出来たら、心中してやる。それまで、首洗ってまっておけ!」


 自分は、アリアを殺したくないのだ。殺したくないから、この瞬間に心中をあきらめた。


「事情はよく分からないけど……また来るからな。そうだ、今度で良いから髪を触らせてくれ。お前の髪って、喩える言葉が見つからないぐらいに綺麗だったから」


 何の欲も向けられずに、容姿を褒められたのは久々のような気がした。アリアは客たちが持つねっとりとした欲などなく、美しいものに対する憧れの気持ちでカグラを見ている。


 それだけで、自分が人間だと実感できた。


「おい、どうしたんだよ!」


 カグラは、幼子のように声を上げて泣く。泣き続けて声が枯れる頃には桜妓楼で働く人間が集まってきていて、その温もりを感じながらカグラは死んだように眠り始めた。


 この事件が原因だったのだろう。


 カグラの客の数は、如実減った。スレトアは遊びに来るたびに自分はカグラの味方だという顔をするので、笑顔で料金分の夢だけを見せている。


 客の来訪など待ち望んでいない。


 カグラが心待ちにしているのは、一人だけだった。


「おー、いたんだな」


 目の前で泣き崩れたことを心配して、顔を見に来てくれるようになった心中の相手。殺したくない相手だけが、カグラが待ち望む人間になった。


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