第37話初物食い(カグラ)


 そして、桜妓楼の主人と客とが約束した夜がやってくる。


 主人に手をひかれながら客の待つ座敷に向かう道中では、カグラは心中の約束をしたアリアという男児の事を考えた。悩む素振りもなく共に死ぬと言ってくれたアリアは、この地獄を知らないであろう。


 それに、新たな仕事を得ればカグラとの約束なんてなかったことにされる。あの約束に、期待なんてしていない。


「……お待たせいたしました」


 一人で座敷に入れば、そこでは客が酒を飲みながらカグラを待っていた。アセニシア伯爵家という名門貴族。その当主であるスレトアが、カグラの最初の客だ。


 子どもカグラには一定の年齢以上の大人の年頃を推し量ることは難しかったが、自分の父親であってもおかしくはない歳に思えた。


 着ている物も飲んでいる物も上等なのに、この男は自分のような子供をどうして望んだのだろうか。この男が望みなど言い出さなければ、カグラは仕込みの痛みなど知らずにいれた。


 その瞬間に、カグラは理解した。


 自分は、目の前の客を憎悪しているのだ。


「怖くはないから、こっちにおいで。ほらほら、顔をよく見せて」


 緊張のためにカグラが動けなくなっていると思ったらしく、スレトアはのっそりと立ち上がって近づいてくる。そして、軽い躰を持ち上げた。


「普通の子よりも小さくて細いな。東洋人の血が入っているからか」


 犬の血統でも確認するような口振りだった。


 スレトアはカグラと共に、元の場所まで戻る。そこには布団が敷いてあった。上等な布団の上に放り投げられたカグラは、目を白黒させる。


 驚きを隠せないでいるカグラの頬に、スレトアは舌を這わせる。ぞくりとして、肌が泡立った。仕込みのときには感じなかった感覚は、嫌悪に似ている。


 スレトアの唇は頬から下へと移動していき、首筋を軽い力で噛じる。教えられた通りに小さく振るえてみせれば、上機嫌でスレトアは首筋から離れた。


「おしいな。この顔が女の体に良い付いていたら、王だってたぶらかす事が出来ただろうに。傾国と言われた母親の生き写し……いいや、それ以上か」


 カグラは力強く肩を押されて、柔らかな布団の上に寝そべる。覆い被さってきた客は、カグラの衣装に手をかけた。


「安心しなさい。私が、美しい顔の使い方を教えてあげよう。沢山の男たちに磨いてもらって、早く一人前になってくれ。初物食いは楽しいが、熟れた躰の方が楽しめるというものだ」


 独り言のようにスレトアは呟き、柔い唇に吸い付いた。


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