第34話男は破滅の道を歩んでいた(アリア)



 幼いアリアの試行錯誤は、こうして始まった。


 それに伴って、タバコの味にも慣れるようにアリアは頑張ったものだ。新作の味見をするにも、タバコを吸えなければ話にならない。


 子供でタバコを吸うような者は滅多にいなかったが、それは金を持っていないからである。アリアよりも年嵩の少年たちのなかには、タバコをふかして悪ぶっている者たちもいた。


「まっず……」


 一日一本を吸うようにしていたが、いつまでもアリアの舌はタバコの味に慣れなかった。そのためアリアが生み出した数々のタバコの新作の味見は、共に商売をしていた男の担当になった。


「おぅ……。これも酷い味だな。げほ、げほ、げほぉ!!」


 砕いた胡椒を入れてみたタバコを味見させられ男は、今までにないほどに咳き込んだ。あまりにも酷い咳だったので、アリアは背中を擦る。なお、男は咳き込み過ぎて吐いた。


 この時に関しては、さすがに悪いことをしたと思った。だが、タバコの試作品を作ることをアリアは止めなかった。


 この頃になるとタバコに何を混ぜるのを考えることが楽しくなってきたのだ。次々に材料を見つけてきては、試作品を作っていた。


「本当に勘弁してくれよ。……子供が、こういうものに一生懸命になるのは分るけどな」


 男は何度も咳き込み、何度も不味い思いをした。男の犠牲のおかげもあり、ついにアリアは新しいタバコを発明した。


 数種類のスパイスと砂糖。それが、新しいタバコの材料であった。砂糖を多めに入れることがポイントで、スパイスの配合についてはアリアしか知らない秘密だった。男によるとタバコはカラメルのような風味がして、後味がぴりっとするらしい。


 タバコの旨みが分からないアリアは、自作の商品の良さが全く分からなかった。それでも共に商売をしていた男のお墨付きはもらったので、タバコ愛用者には美味く感じるのだろう。


 アリア特製のタバコは、それなりには売れた。普段のタバコに飽きた人間が最初は気まぐれに買っていき、物珍しい味を気にいって常連になる客が何人かいた。


 タバコの愛飲者というのは、独特の連絡網でも持っているらしい。顧客の一人に話を聞いて、新しい客がやってくるということもままにあった。


 自分が思いついたものが売れていくのは嬉しくて、それを買っていってくれる客にも親しみが沸いていた。タバコを売り歩く商売では得られる給金は少ないままだったが、慣れてきたせいもあってアリアは自分の人生を「これでもいいか」と考え始めるようになっていた。


 貧しくとも変化のない生活を送り、ささやかな楽しみのなかで生きる。それだけで良いのではないかと子供らしくない停滞の思考に囚われていたのである。


 そんな生活のなかで、常連の一人がおかしなことを提案してきた。


「たまには、いつもと違うところでも商売をやってみたらどうだ。別の地域の顧客が出来ると生活が楽になるぞ」


 子供だったアリアは、そういう手もあったのかと客の考えに感心したものだ。言われてみれば、いつまでも同じところで商売をしていても客は増えない。他の店とは違う商品があるのだから、その味を広めるというのも手段なのだ。


「あとさ、お前は少し欲を持て。お前のタバコは、ここで売っている普通のタバコより売れているんだぞ。相手が大人だからって、あんまり相棒に楽をして儲けさせていたら本人のためにならないからな」


 客の忠告の意味が、アリアには分からなかった。タバコの売り上げは増えていたが、アリアの分け前は増えてはいない。それはつまり、相棒の男が稼ぎの大部分を持っていっているということだ。


 アリアは、それに不満を抱いていなかった。生きていける分だけがあれば、それで良かったのだ。むしろ、それ以上を望む気持ちが分からずにいた。


 アリアは顧客の話を聞きながら、新しい商売先を探した。この頃になると相棒のはずだった男は、段々と商売から離れていっていた。


 アリアが生み出したタバコの販売は、軌道に乗っている。しかも、製作も販売も全てアリアが行っていた。そうなれば、男が働くまでもなく金が入ってくる。しかも、アリアはわずかな給金でも文句を言わずに働き続けた。


 男が堕落するには、十分な要素がそろっていた。その内、男はベリツナ歓楽街という場所に通うようになった。女を買うために男の客が足しげく通っている場所だとアリアは耳に挟んで、今度の商売先はそこだと考え付く。


 タバコは男性に好まれる。だから、ベリツナ歓楽街はアリアにとっては非常に都合が良かった。


 新たな場所で商売を始めたアリアであったが、意外なことに娼婦たちも顧客となった。ベリツナ歓楽街の女たちは、自分で吸うためにはタバコを買わない。


 女たちは、客のためにタバコを購入する。普通とは違った味のタバコは、客の男を引き止めるために使われたらしい。


 仕事の場を歓楽街に変えたせいもあって、商売の相棒であったはずの男の娼館通いは益々酷くなっていた。


 女に溺れていく男の姿には不安を煽るものがあったが、アリアは見ないふりをする。生活に満足していたからこそ、男の崩壊という変化を知ることが怖かったのだ。


 男が女に入れ込むという話は、珍しいことではない。ベリツナ歓楽街の女たちは百戦錬磨で、商売にやってきた男が顧客になってしまうことは多々あった。


 いいや、相棒の男はもはや商人ではなかった。金を儲けずに消費するだけの何かになっていたのだ。 


 女に入れあげた男の金遣いは、日増しに荒くなっていった。幸いなことにベリツナ歓楽街に特製のタバコは受け入れられて、売り上げは上がっている。けれども、男の様子を見ていれば、生活も商売もいつかは破綻することが目に見えていた。


 タバコの売り上げの管理だけは男がやっていて、その大部分を入れ挙げた女に使っているのだ。アリアの給金だけは払われている状態だが、それも叶わなくなったら生活はあっという間に貧窮するだろう。


 少ない給金しかもらっていなかったアリアには、蓄えなどなかったのだ。


 だからと言って、一人でタバコ屋をやるのも難しい。子供のアリアだけでは、タバコの材料の取引ができない。大人である男の存在があるからこそ、店はアリアと商品の取引をしてくれていた。


 このままでいいと思っていたのに、このままではいつか行き詰まる。少し前までは考えていなかった状態に、アリアはすっかり困ってしまっていた。


 女の色香というものが、幼いアリアには未だに分からない。娼婦たちは花ように美しいと思うが、所詮はそれだけだ。女につくし、できるならば独占したいという気持が分からない。



 大人の味であるタバコにも馴れたら、女にのめり込む気持ちも分るだろうか。そんなことを考えながら、アリアは自分で作ったタバコを吹かす。相変わらず不味い。


「タバコは、躰を駄目にするだけだ」


 子供の声が聞こえた。


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