第33話生きるためにタバコを屋を始めました(アリア)


 アリアは子供だった頃に、仕えていた家が没落して解雇された。


 同じように解雇された使用人仲間はいたが、彼らは大人だったので次の就職先には困らなかったようだ。一方で、アリアは唯一の身内の父親をなくしたばかりということもあって、身元を証明してくれるような人がいなかった。


 信用がない子供を雇ってくれる奇特なお屋敷などあるはずもない。このままでは浮浪児の仲間入りだと絶望していたところに、天の助けが舞い降りた。


「俺は、お前の親父さんに取引先を紹介してもらった恩があるんだ。薄給でもいいなら、タバコ売りを一緒にやるか?」


 アリアに声をかけてくれた男がいたのである。中年男性の誘いは、アリアにとっては天の助けだった。


 タバコの葉を紙に巻いて売り歩く商売は、大変なわりに儲けは少ない。その売上も男にだいぶ絞り取られていたが、子供だった当時は本当に感謝していた。仕事があって、まずしいなりに食い扶持に困らないことが幸せだったのだ。


 子供が働けるところというのは、本当に限られている。アリアが屋敷で使用人の見習いをやれていたのは、父の代から働かせてもらっていた縁があったからだ。そうでなければ、子供など使い捨ての雑巾のような扱いをされることがほとんどだった。


「タバコにハーブとかを混ぜ込んだらどうかな。良い香りとかしないか?」


 それは、なんの気無しのアイデアだった。子供であったアリアはタバコを吸ったことがなくて、味なんてものは分からなかった。けぶる煙と共に薫る香りに関しては、正直なところ好きにもなれなかったぐらいだ。


 共に商売をしている男に言わせれば、この香りが良いらしい。しかし、当時のアリアにとっては臭いだけだった。


「この味と香りが、大人の男には大人気なんだよ。これを台無しにしたら、買い手がいなくなる」


 そう言って、男は美味そうにタバコを吹かす。


 けれども、アリアにはとっては苦手な臭いだ。それに小さな店でタバコを吹かしている客がいれば、必ずというほどに咳き込む人間がいたりする。


 これはつまり、タバコの煙が苦手な人間が一定数いるということだ。良い香りのタバコが作れたら、煙が苦手な人間にだって売れるとアリアは考えた。我ながら天才的な閃きだと思ったものである。


 商店で売っている生のハーブを買ってきて、タバコの葉と一緒に紙で巻いたものが一番最初の試作品だった。


 いつもとは違った商品の誕生に、アリアの胸は高鳴った。自分の発想が形になったのは初めての経験で、不思議な万能感に包まれたのだ。もっとも、その万能感はタバコを吸ってみたとたんに飛んで行った。


 試作品のタバコは、想像を絶するほどに苦かった。


 ハーブの香りなどはせずに、タバコの葉の嫌な味と香りがいつまでも口の中に残る。その上、煙がおかしな所に入ったらしく盛大にむせこんだ。吐くまでむせこんだので、商売仲間の男に心配された。


「いいか。タバコっていうのは吸い方があるんだよ。変なふうに煙りを吸い込んだら、咳き込むだけだ」


 男はアリアにタバコのイロハを教えながら、試作品を味見した。こんな不味いものは人生で初めてだとばかりに顔を歪め、タバコの葉を巻いていた紙をほどく。中から零れ落ちた生のハーブは、火の熱で真っ黒になっていた。


「ハーブなんて入れたせいで焦げ臭いな。最悪の味だ。しかも、ローズマリーだなんて……。お前は、タバコを煮込み料理にでもするつもりだったのか」


 男の意見を聞いたアリアは、生のハーブはタバコには合わないと理解した。


 ローズマリーを入れた理由に関しては、大人になった今でもよく覚えている。ローズマリーは肉の臭みけしに使われるから、タバコの嫌な臭いも消してくれると考えたのだ。


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