第30話破滅の結婚式



 レイハードとリシエの挙式は、彼らが婚約を交わすのに助力してもらった教会で行われた。本来ならば、王族は城の中に併設されたチャペルで冠婚葬祭を行う。


 匠が精魂を込めて造った石像や色とりどりのステンドグラス。金と銀で造られた豪華な燭台が並ぶチャペルは、王族が人生の節目に使用する大切な場所である。そして、数々の国家の代表を招待するに相応しい荘厳さを持っていた。


 だが、今日の教会は違った。


 木で新造された教会には、歴史の重みなど感じられない。そして、窓硝子はあれども華やかなステンドグラスは一つもなかった。


 極めつけは、並べられている銀の燭台だ。庶民が普段の祈りに使うようなシンプルな燭台には豪華さの欠片もなくて、あるだけマシだろうという雰囲気をかもしだしている。


 本来ならば、レイハードは城のチャペルで豪華絢爛な挙式を挙げていたはずである。なのに、今日の式は王族のものとは思えないほどの貧しさだ。


 父から渡された式の支度金は、最初こそはそれなりの額だと思った。けれども、父の機嫌を損ねたレイハードは、王族の伝手を使わずに個人的に神父を呼ぶようにと命令されてしまったのだ。


 どんな身分の人間でも結婚式を挙げられるように、身分によって神父への礼金は決まっている。神父の中には貧しい人間からは礼金を取らない者もいたが、その代わりとばかりに身分の高い者からは礼金をたっぷりと搾り取った。 


 結婚式が成立するまで、レイハードの身分は王子である。そのため、神父に払うべき礼金は膨大な額になってしまったのだ。


 さらに、結婚式の警備についても支度金から払えと言われてしまった。


 質素な式になる予定のレイハードの元には、身内以外の高貴な来賓が訪れる予定はない。そんな式には国庫の金を使えないと言われたのだ。


 神父への礼金に警備を用意。


 それだけで、結婚式の準備金はほとんど底をついてしまった。だからと言って、この二つを削るわけにはいかない。神父にはリシエとの婚約を取り付けたときの借りがあるし、曲がりなくとも王族の結婚式に警備をつけないなどありえないことだった。


 良からぬところで出費が増えたせいもあって、リシエのウェディングドレスはハーレン男爵家に眠っていたものだ。身につけるはずの新郎からプレゼントされたアクセサリーは一切無い。そのアクセサリーを売って、レイハードの礼服を新調させたからだ。


 庶民の男だって、自分の身なりを犠牲にしてでも妻になる女の晴れ舞台を整えてやるものだ。だから、どんなに貧相であっても花嫁は花婿の愛の証のアクセサリーを身につける。


 レイハードは、リシエを愛してなどいなかった。だから、わざとリシエからアクセサリーを奪ったのだ。


 彼女と結婚をするのは、ハーレン男爵家の庇護に入るためである。王族を追い出される予定のレイハードには、跡取りになれなくともハーレン男爵家に婿入りするしか生きていく方法はなかった。


 ハーレン男爵家にはすでにリシエの血の繋がらない兄がいるが、商売で忙しいと聞いているのでレイハードが家の実務を押し付けられるかもしれない。


 そうなれば表の華々しい舞台にはリシエの兄が立って、レイハードは一生日陰の身になるしかないだろう。耐えきれないが、生きていくにはこれしか道はなかった。


「くそ。なにより忌々しいのは……」


 レイハードは、客席をちらりと見た。弟のハーデルの隣には、太陽のような眩い美貌の女性がいる。ナダ王女である。


 ハーデルとの挙式を控えたナダ王女は、婚約者から贈られたアクセサリーをこれでもかと身に着けている。富と愛情の印を身につける彼女は、幸福な婚約期間を満喫する愛らしい乙女の顔をしていた。


 ハーデルとナダ王女の式は、城のチャペルで厳かに行われるだろう。夫婦になるハーデルとナダ王女は派手な式ではなく、国民の記憶に残るような結婚式を望んだ。


 結婚式では、王都の住民に菓子を配るという古式ゆかしき伝統を復活させるらしい。砂糖とスパイスをきかせた伝統の菓子の復活を老人たちは懐かしみ。子供たちは初めて食べることになる味を楽しみにしている。


 伝統を復活させた二人の式は、間違いなく後年に語り継がれるはずだ。レイハードとリシエの惨めな式とは違って。


「失礼します!」


 教会に入ってきたのは、役人だった。しかも、街にいるような小役人ではない。貴族の不正を取り締まるための高位の役人である。


「救出されたティア嬢の証言から、有力な証言がとれました。アセニシア伯爵家のスレトア伯爵は、レイハード第一王子の婚約者であったティア嬢の殺害を計画。ハーレン男爵家のリシエ嬢を新たな婚約者にすげ替えようとしたものと思われます。王子の婚約者の殺害未遂は国家転覆罪に問われますので、裁判までハーレン男爵家のハウリエル男爵を拘束させていただきます」


 ハウリエルは真っ青になっていた。ティアが生きているとは考えておらず、ましてや国家転覆罪なんて大きな罪に問われるとは思わなかったのであろう。


 第一王子にリシエを近づけたことに関しては、レイハードに問題があったと判断されて不問となった。しかし、婚約者の殺人に関しては、王の御目溢しは期待できない。


「待ってくれ!私は、伯爵に利用されただけなんだ!!あの男が、馬鹿な第一王子の派閥から抜け出すたいと話を持ちかけてきて……!商会はっ。息子の商会だけは、潰さないでくれ!!」


 ハウリエルは、取り潰されるであろう男爵家のついては一言も明言しなかった。ここまで大きな事件を起こした男爵家など王命によって潰されるに決まっている。


 それでも、普通の貴族ならばなくなってしまう家名に涙を流すはずだ。しかし、ハウリエルが男爵家のことを口にすることは終ぞなかった。


 ハウリエルとっては、息子に譲った商会の方が大事だったのだ。もしかしたら、アセニシア伯爵家のスレトアから受け取った金もそちらに流れていたのかもしれない。そうだとすれば、ハーレン男爵家に残っているものなど何もないであろう。


 だが、今となってはレイハードがハーレン男爵家の行く末など気にする必要もない。


「たっ……。助かった」


 腰の抜けたレイハードは、白い正装姿のままで座り込む。


 ハーレン男爵家の罪が明らかになれば、自分がリシエとハウリエルに騙されていたことも明るみにでる。いくら父の怒りを買ったといっても、罪を犯して取り潰しになった家に王家の人間を送ることは出来ないだろう。そうなれば自分は王家に戻れるとレイハードは考えたのだ。


「なにを呆けているんだ。式を再開しろ」


 そのように神父に命令したのは、国王であった。


 結婚式の最中に花嫁の父が拘束されるという珍事に戸惑っていた神父だが、王が命じるならば間違いはないのだろうと中断されていた式を再開させようとする。レイハードは、その命令に目を剥いた。


「すでに次期国王は、ハーデルに決まっている。なのに、王族に長男のお前を残しておけば、いらない混乱を招く恐れがあるからな。愛を貫いて、男爵家の令嬢でも何者でもないリシエ嬢と結婚しなさい」


 ハーレン男爵家は、ほぼ間違いなく取り潰しになるだろう。ハウリエルの言っていた商会の方は分からないが、計画のためだけに養子にしたリシエを彼が引き取るわけもない。


 そして、レイハードは結婚をした瞬間に王族ではなくなることが確約されていた。つまりは、リシエが平民のなるならレイハードもそれに続くのだ。


「嘘だ……。嘘だろ。この俺が、平民なんて」


 震えが止まらず、レイハードは己を抱きしめた。


 平民の生活など知らないし、金の稼ぎ方もしらない。男爵家に堕ちることが悪夢だと思っていたのに、その先に地獄があっただなんてレイハードは想像もしていなかった。


「レイハード様は、失うことばかり怖がっていますね」


 夫となる男の顔を覗き込むリシエは、どうしてだか微笑んでいた。これから、何もかもを失う女の顔をではない。


「産まれたときには何も持っていないのだから、手に入れたものを悔やんでもしょうがないですよ。それに二人共まだ若いから、ベリツナ歓楽街でいくらでも稼げます。レイハード様は美しいから、今からでも人気の男娼になれるかもしれないですし」


 リシエは、娼婦に戻ることを何とも思っていなかった。いいや、今このときだって自分は金で買われた娼婦でしかないと思っていたのだ。


 だから、結婚式で愛の証であるアクセサリーがなくとも悲しくはなかった。この結婚に愛など最初からないのだ。リシエは愛の証など身に着ける必要はない。


「俺に……だっ、男娼になれというのか。俺は、王子なんだぞ!そんな穢らわしいものになれるか!!」


 泣き叫ぶレイハードだったが、転落が決まった彼に手を差し伸べる者はいなかった。リシエを除いては。


「痛いのは最初だけです。後は、気持ちが良い演技も出来るようになりますから」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る