第16話隠されていた家族の秘密
「でも、母上。リシエは、すでに私の子供を妊娠している。彼女こそ、その指輪に相応しい。彼女のためにも一刻も早く挙式を挙げないと。挙式前に子供が生まれたら、さすがに色々と問題があるから……」
レイハードの話を聞いていた母の瞳が、怒りで燃え上がる。その表情は、地獄からやってきた悪魔のようだった。
気が付けば、レイハードは頬に痛みを感じていた。痛みを感じた理由を理解しきれなかったが、母の側に控えていた使用人たちの慌てようから頬を打たれたのだと分かった。
「なんてこと。あの女は、お腹の子供まで利用して、王子である貴方に取り入ったなんて!殺してやる……あんな女は、絶対に殺してやる!!」
母は半狂乱になって、レイハードに掴みかかろうとする。使用人たちは、暴れる王妃を必死に止めようとした。けれども、王妃は狂ったように暴れ続けている。
「誰かっ!!誰か、あの女を殺しなさい!あの女は、自分の血で王家を汚す気よ!!」
叫ぶ王妃の姿は、いつものものとはかけ離れている。
王妃はいつだって王の隣で笑っていて、息子のレイハードにだって優しかった。なのに、今の王妃は狂気に支配されている。
「母上!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたのは、弟のハーデルであった。ハーデルは王妃にしがみつき、その動きを止めようとする。
だが、王妃はハーデルを弾き飛ばした。尻もちをついた王子に使用人たちは悲鳴をあげるが、突き飛ばされたハーデル本人は悲しげな表情を浮かべるだけである。
「レイハードに王位を継がせて、あの女の血を絶やすはずだった!だから、あの女の子供には婚約者が出来ないように画策していたのに……。まさか、レイハードが商人あがりの娘を王妃にしたいだなんて」
遅まきながらやって来た古株の使用人が、息を荒くする王妃をなだめる。王妃はぶつぶつと独り言を言いながら、二人の王子の元から去っていった。
「兄上……これは秘密でしたが、私は父の愛人の子供です。本来は愛人の子供に王位継承権はありませんが、当時から跡継ぎが兄上しかいないことは危惧されていた。そのため、例外として私は実弟として王家に迎え入れられたんです」
それは、レイハードにとっては初耳の話であった。弟と半分しか血が繋がっていないだなんて考えたこともない。今は難しい関係になってしまったと思うが、子供の頃は仲も良かったのだ。側近たちの子供と一緒になって、弟と遊んだことだってあったはずだ。
なのに、弟はレイハードの知らない家族の秘密を抱えていた。
改めて考えれば、母の愛情は自分に傾いていた。自分だけが、母の子供であったせいだ。だから、母は弟を愛せなかった。
「私を産んだ人は、地位の高い人ではなかったそうです。母上にとって、リシエ嬢は夫の愛を横取りした憎い女を思い出させるのでしょう」
ハーデルは、兄を睨んだ。影は薄いが穏やかなハーデルが、レイハードに反抗的な態度をとったのはこれが初めてのことだった。
「私にとっては、母上は一人だけです。そして、彼女を笑わせることが出来たのも一人だけ。兄上だけだった。私は、あなたがずっと羨ましくてたまらなかったのに」
母と慕う人の実子のレイハードが、ハーデルは羨ましくてたまらなかった。母に愛され続ける兄が――母を笑わせられる兄が――ハーデルはずっと羨ましかったのだ。
「……兄上、私はあなたを軽蔑します。今までは、王になる兄上を支えることだけを考えていました。けれども、此時から私も王を目指します」
立ちすくむレイハードを振り払うかのように、ハーデルは兄とは反対方向に進んだ。レイハードは、ハーデルに声をかけようとしたが言葉が見つからない。
ハーデルが足を止めたとき、レイハードは安堵した。弟が考え直して、自分の元に戻って来てくれるのだと思ったのだ。だが、ハーデルから発せられたのは決別の言葉であった。
「次男である私が王位を狙うのだから、正攻法だけだとは思わない方が良いですよ」
レイハードは混乱していた。
弟とは血が半分しか繋がっておらず、その生まれのせいで母とも遺恨があるらしい。レイハードが全く知らない話だったので、何事もなければ父や母たちは秘密を墓場まで持っていくつもりだったのだろう。
代々続く王家では、血で血を洗うような後継者争いが起きたことだってあった。それに比べたら、レイハードは自分たち家族仲が良い方だと思っていた。
父や弟とは意見が合わないことだってあったが、それぐらいは些細な問題だ。普通の家庭でも、父と息子の関係性は難しい。
それに、弟のハーデルのこともレイハードは可愛がってきたのだ。成長してからは少し疎遠にはなったが、男兄弟なんてそんなものだと思っていた。
なのに、家族の絆は夢のように消え去った。
父は、今更になって自分を許したりはしないだろう。ティアとの婚約を破棄して、手出しはさせないとばかりにリシエとの婚約を強行したのだ。自分が父の立場になって考えれば、激昂するしかない。
「そうだ……リシエ。お前は、俺の味方だよな」
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