第15話新しい婚約者と新しい命
それからのレイハードは、リシエと共にパーティーを抜け出すことが常となった。パーティー会場はレイハードが決めており、大抵の場合は母方の親族の家や別荘だった。故に、密会の場所の困ることはない。
パーティー会場から毎回のごとく姿を消しているレイハードのことをティアはいぶかしんでいたが、彼女が婚約者を問い詰めることはなかった。
男性の浮気というものは、よくあることだ。女性の浮気と違って、それを咎められることはないに等しい。
まして、レイハードは王族である。愛妾を持つことだって当たり前の身分のレイハードの浮気を咎めたら、婚約者として失格だと思われるとティアは考えたのかもしれない。
そのせいもあって、レイハードはリシエの魅力にさらにのめり込むようなった。
リシエの身体は、どこもかしこも柔らかい。
幼い顔つきをしているというのに、リシエの豊かな胸には年上の女性を思わせるような包容力があった。そうだというのに、くびれた腰のラインは少女の儚さを思わせる。伸びやかな手足はシーツの上を自由に泳いで、唇は時より淫らに歪む。
密会中は余所見などできないほどに、レイハードはリシエという女性に溺れた。パーティーの初めから最後まで、部屋の中でリシエを抱きしめて離すことがなかったことすらあるほどだ。
その光景は娼婦に入れ込んで破産する憐れな男の姿にも似ていたが、それを指摘する人間はレイハードの側にはいなかった。
「レイハード様……あの、実は子供が出来たようなのです」
パーティーを二人で抜け出したレイハードは、いつものようにリシエと抱き合おうとしていた。しかし、その前にリシエは緊張した面持ちで自分の懐妊を告げる。
その言葉を聞いたレイハードは驚きながら、リシエの腹を見つめてしまった。彼女の腹は、まだ膨らんではいなかった。けれども、そこに自分とリシエの生命の交わりがあると思えば彼女への愛しさが増す。
「ご結婚なされたら、私を正式に愛人にしてください。妻になれないことは分かっていますし、平民上がりの私としては王の愛人になれることは大変名誉なことです。それまでは、この子と一緒にレイハード様を待っています」
リシエの言葉に、レイハードは正気に戻った。レイハードとリシエがどんなに愛し合っていようとも正式に結ばれることはない。二人でいるための手段は、ティアとの結婚後にリシエを愛人にするというものしかなかった。
王や王子が、愛人や愛妾を作ることはよくあることだ。
だが、ティアと結婚した直後にリシエを愛人にすると言ったら家族はどう反応するだろうか。ましてや、リシエはすでに妊娠している。妻より先に愛人が妊娠したと知れば、家族は間違いないなく良い反応はしないだろう。
もしかしたら、その不満がリシエや子供に向かってしまうかもしれない。彼女の存在を良く思わない誰かに、リシエと子供が害されるかもしれない。
「俺は、リシエに愛人としての苦労を背負わせることはできない……。お前を愛した男として、父親として、出来ることをするつもりだ」
リシエの全てが愛しかった。彼女の中にいる子供のことだって、愛しくてたまらない。そして、同時にティアのことが今まで以上に忌々しく感じた。自分とリシエを引き裂く最大の障害であるようにレイハードには感じられたのだ。
リシエの華奢な体は守りたくなったし、ティアの長身は女性の魅力を損なう下品なものに思えた。ころころと変わるリシエの言動は妖精のように愛らしく思えたが、ティアの教養は鼻につくようになった。
なによりも、リシエこそが自分が守るべき唯一の女性だと思えた。
リシエへの愛やティアへの嫌悪は、レイハードのなかで限界に近付いていたのだ。
ふと、レイハードは妙案を思いついた。
ティアと婚約を破棄して、リシエを新たな婚約者にする。そうすればリシエは王太子妃として扱われて、大切にされるだろう。さらに、彼女との子は王族の一員になる。
「そうだ……リシエを守るには婚約破棄をするしかない」
王が決めた婚約を無効にするという大仕事には、協力者が必要だった。いつものように母の親戚を頼ることはできない。彼らは、王妃である母の機嫌を損なうことを恐れるからだ。
リシエと子供のことを一番に考えてくれて、婚約破棄の手伝いをしてくれそうな人間。そんな人間は、一人しか思い当たらなかった。
「レイハード王子が、私の娘と結婚をしたいと……」
リシエの父であるハウリエルを王宮に呼び出し、レイハードは協力を求めることにしたのだ。大きな商売をやっているだけあってハウリエルは物事の理解が速く、レイハードに知恵を授けてくれた。
「でしたら、教会を頼ると良いでしょう。教会を巻き込んでしまえば、王であっても手を出すのが難しくなるはずです」
レイハードは、ハウリエルの助言に従うことにした。
家族の手の届かない場所で、ティアとの婚約破棄を宣言する。そして、教会の助けを借りて、リシエとの新たな婚約を結ぶのだ。そうなれば、現王であってもレイハードとリシエの婚約に手を出すことが難しくなるはず。
さぁ、これでハッピーエンド。
王子様とお姫様は結ばれて、永遠に幸せに暮らすのだ。
レイハードは、そんな未来を思い描いて行動した。全てが順調で、上手くいったはずだ。ティアとの婚約は破棄されたし、教会を通してリシエとの婚約も果たした。
もはや、愛し合う二人を邪魔するものはなにもない。
「母上、お願いがあります。王家に伝わる『花嫁のための指輪』を譲っていただきたい。リシエに贈りたいのです」
『花嫁のための指輪』は、その名の通りに王族の花嫁に贈られる指輪だ。本来ならば、式の日取りが決まってから花嫁に指輪が贈られる。国で一番大きなダイヤモンドで飾られた指輪は、花嫁が心の底から花婿に愛された印となるのだ。
王家の人間が代々守ってきた貴重な宝石であると共に、王室の夫婦たちの愛を彩ったアクセサリーでもある。その指輪を相手に送る重要さをレイハードは、よく理解していた。
だからこそ、一刻も早くリシエに指輪を渡したかったのだ。
しかし、リシエの名前を聞いた途端に母の眼つきは鋭くなった。あきらかな嫌悪を示した王妃は、鋭い言葉で息子の願いを拒絶する。
「私は、指輪を男爵家の娘なんぞに渡すつもりはないわ。いいえ、指輪だけではない。王家に伝わるアクセサリーは、一つだって譲らない。あの子は、元々は商人の娘よ。王族の血筋に迎えることは、絶対に許しません!!」
いつもならば自分に甘い母親だというのに、王妃は指輪を譲ってはくれなかった。それどころか、自分の息子の選択を嫌悪している。
レイハードは、呆然とした。
母親に拒絶されることは、初めてのことだったのだ。
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