第13話同士は嫌悪で彼を抱いた
「最初に言っておくが、リリンダは自ら胸を突いて死んだ。慣れた人間が見れば自殺だと分かる怪我だと思うが、そこは女の実家が隠蔽したんだろう」
カグラは、部屋の外では念の為にテイアのことを女と呼んでいるようだった。アリアも、それに習うことにする。
「リリンダは、命をはってまで助けた女をどうしてお前に託したんだ。護衛に過ぎなかったリリンダが、お前の客だとは……」
そこまで言って、アリアは気がついた。
鈍いと言いたげに、カグラは扇を鳴らす。
「女の父親が、僕の顧客だった。女の父親は娼婦もいける口だったが、それ以上にかなり妙な癖がある客だ」
思い出すのも忌々しいとばかりに、カグラは眉間の皺を深くする。
「あいつは見目の良い使用人に、買った人間を最初に抱かせていた。それが終わってから、自分の相手をさせるんだ。大方、歳のせいで反応が悪くなっていたんだろうな。他人の情事でも見ないと役に立たなかったんだ」
ざまあみろ、と言わんばかりの顔である。
「リリンダは、あの男のお気に入りだ。だから、何度も……僕がこの店の来た頃から面識があった。男娼を命令一つで抱いていたのだから、リリンダも不幸な人生だ」
カグラは、想いを伴わない情交を悪いとは言わない。娼館で働く人間を強いとも弱いとも言わない。それでも、リリンダが望まぬ事を命じられていたことには、心を痛めていたのだろう。あるいは、リリンダという男に少しでも情を移していたのか。
「女の父は、元々はハウリエルの紹介でやってきた客だ。二人の繋がりを知っていて、なおかつ外国に伝がある僕の存在はリリンダにとっては唯一の希望だったんだろうな。外国で女が生きる苦難は説いたが『お嬢様が生きていればいいんです』と聞かなかった」
それほどまでに、テイアの生にリリンダは執着した。主人の命によって好きでもない相手と肉体を繋げていても、リリンダの心はティアも元にあったのだろう。
それは、使用人としての忠義なのか。それとも異性としての愛なのか。考えたり探ったりするのは、無粋というものなのかもしれない。
「リリンダは……あくまでティアの騎士でいたいと願っていた。だからこそ、リリンダと僕の繋がりについては黙っていてくれ」
汚れを知らないティアが真実を知ったとき、リリンダとの記憶が塗り替えられるかもしれない。カグラは、それを危惧していた。
「長話になったが、出口までは送り届けるから安心しろ」
そんなに暇でもないだろうとアリアは見送りを拒否しようとしたのだが、先にカグラが歩き始めてしまった。仕方ないので、カグラに先導されて桜妓楼の廊下を歩く。
桜妓楼には、従業員が使う裏口と客を招き入れる表口がある。表口から出るには、行きと同じく客が使う個室に繋がる廊下を歩かなければならない。それはアリアにとっては慣れた道であり、遊びに来た客とすれ違うことだってよくある事だ。しかし、今日に限ってやたらと視線を感じる。
どうしてだろうと考えていれば、娼婦や客の視線はカグラに向いていた。思い出してみれば、カグラは主の部屋にいることが多く一般客の前には滅多に姿を見せない。
それでも五人衆としても美貌の男娼としても、カグラの名はベリツナ歓楽街では知れている。客たちは、噂でしか知らないであろうカグラの姿に驚いているのだ。
娼婦の味しか知らない一般客たちは、傾国と呼ばれた母親の血を引いたカグラの美貌にざわめく。夜の街に相応しい艶姿は、同性に興味がない客さえも時に惑わすのだ。ただでさえ、誰よりも品よく歩く姿は目を引くというのに。
「これから餌を撒く。うまく乗れ」
カグラは振り向き、アリアとの距離を詰める。黒水晶のような瞳の中の考えをアリアは読み解いた。付き合いだけは長い相手の考えを察することは、アリアにとっては主の行動を予想するように容易い。
アリアは、迫ってきたカグラの薄い唇を受け入れた。いつでも薄っすらと紅を引いているカグラに唇を食まれたということは、アリアにも色が移ってしまったということでもある。
口紅を落とすのは面倒だとアリアは考えつつも、まだ少し湿っていたカグラの髪を指に絡ませた。小さな頭をさらに引き寄せるつもりであったが、その前にカグラの方が先にアリアの頭を掻き抱く。
まるでカグラの方が、アリアを熱っぽく想っているかのように見える光景だった。見物していた客と桜妓楼の娼婦たちは、わざとらしいほどに長い接吻に目を見開く。児戯とは言えない熱のこもった口づけを見せつければ、アリアとカグラの噂はあっという間に広がるであろう。
「お前のことだから、客も出口には送ってはいないんだろ。知り合いの使用人風情には、過ぎたサービスだ」
アリアは、カグラの耳元で囁く。カグラは鼻を鳴らして、顔を近づけていたアリアだけに強気な表情を見せた。その顔には、客に見せるような艶やかさはない。
先ほどの行為は、あくまで餌なのだ。
そうでなければ、カグラはアリアに口付けなどしないであろう。
アリアは下働きの少女に、室内で履いていた草履を返す。少女もアリアとカグラの口付けをずっと見ていたのだが、娼館で働いるだけあって「私は何も知りません」という表情をすでに作っていた。アリアは彼女から預けていた靴を受け取ったところで、ダメ押しの餌まきをふと思いつく。
「カグラ、ちょっと来い」
靴を履くアリアを見守っていたガグラを手招きして、彼の前髪をゆっくりと梳いてやる。そして、瑞々しい頬に掌を添えた。そうするだけで、乱雑に巻かれた帯も慌てた様子で着付けた単衣も全てがアリアのせいに見えることだろう。
「お前にしては良い事を考えるな」
カグラは感心したようにアリアは見つめ、その後ろ姿を見送った。
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