第11話桜妓楼の主人は美貌の男娼を兼ねている
カグラには、闇の化身のような美しさがある。
黒い生地に紅い小魚が泳ぐ単衣が似合うカグラは、ベリツナ歓楽街で働く東洋人の母から産まれた混血児だ。しかも、傾国とまで呼ばれた母親の容姿を見事に受け継いでいる。東洋人としては長身だが折れそうなほどに細く、まさに儚いという言葉がよく似合う。
「服ぐらいは、ちゃんと着たほうがいいぞ。彼女が困ってる」
身の置き場がなさそうな黒髪の女を一瞥し、カグラは身に着けていたアクセサリーを箱にしまう。エメラルド首飾りと耳飾りを無造作に放り込み、カグラはアリアに向き合った。
二十歳そこそこのカグラは、数年前までは桜妓楼の一介の男娼に過ぎなかった。けれども並外れた美貌と計算高さで店主に上り詰めたのである。
店主となった今でも上客相手とならば、カグラは商品に身をやつしていた。ベリツナ歓楽街といえども男娼の数は少なく、カグラ以上の上玉などいないだろう。
自然とカグラの価値は高くなり、それを求める客は金持ちか政府のお偉いさんぐらいになっていた。カグラとしては金や情報、コネすらも持っている客たちを手放したくはないという理由もあるのだろう。
絶妙なタイミングでジャスミンティーが出され、カグラはそれで喉を潤す。お茶を運んできた黒髪の女性の視線はカグラの胸元に向いていて、夢を見ているような熱さえも込められていた。やはり、カグラの肌は目の毒だ。
「レイハード第一王子の婚約破棄の騒ぎは、お前の事だから知っているだろう。アセニシア伯爵家のティア嬢の行方を探しているんだ。連れ去られた可能性もあるんだけど、ここらへんでは何か聞いていないか?」
アリアの問いかけに、カグラは扇子で口元を隠した。カグラは、意味深な視線をアリアに投げかける。アリア相手に、蠱惑を含む視線を投げかけるのは非常に珍しい。それは、客に向けるべきものだからだ。
カグラの美貌や仕草になれたアリアでなければ、彼に懐柔されていたことだろう。アリアは長い付き合いで慣れているなで、カグラの色気には何も感じない。
「行方を探してどうするつもりだ。僕は商売柄女を使うからこそ、女の味方だと知っているだろう。生半可な覚悟だったら、腕を折ってから店から放り出す」
微笑を浮かべるカグラを侮る人間は少ないであろう。彼は、ベリツナ歓楽街の互助会の五人衆の一人なのだ。油断したら痛い目にあうどころか命までも取られかねない。
「俺の主人のソリシナ伯爵家のサーリス様が、行き場がないのならばティア嬢を奥さまとして迎え入れると言っております。俺は、そのためにもティア様を探していました」
アリアの従者としての言葉に、カグラは目を細める。アリアの口調から、力の入った仕事であるのだとカグラにも伝わってきたのだ。
カグラとしてもアリアの人柄は信頼しているが、仕事とになれば別だ。
アリアはどんな手段を使ってでも主人の望みを叶えるだろう。そこは評価しているし、カグラが恐れてもいるところだ。アリアと自分は、基本が似ているのだとカグラは考えている。
カグラは桜妓楼を、アリアは主人の命令を、それぞれを守るためには手段を選ばない。長い付き合いだから似てしまったのか。それとも、元より似ているから付き合いが長くなったのか。
「この桜妓楼にハウリエルっていう親父が通っていたとこまでは分かっているんだ。ハウリエルは、第一王子を誘惑してティア嬢が行方をくらませる原因になった娘の父親だ。そして、男爵家を買収するほどの金持ちならば、お得意様としての最上級のサービスをするだろう」
アリアは、ソファーから立ち上がった。
自分と向かい合って座るカグラの隣に、アリアは許しもなく座りなおす。そして、東洋ではカラスの濡れ羽色と評されるだろう黒髪を一筋だけ指に絡ませる。
「カグラ、何かを聞いていないか?お前の上客だったんだろう。ここでの最上級のサービスと言ったら、一つだけだ」
アリアの物言いに、カグラは深いため息をついた。しばらく考えていが良い方法が思いつかなかったらしく、再びため息をつく。
「たしかに、ハウリエルは僕のお得意様だ。あとは、そいつの友人もなかなかの変態だった。その使用人が、最後の願いだと言ってとんでもないものを残していってな。……途中で言葉遣いを変えたのは、勘づいていたからだろう」
カグラは、背後に立っていた黒髪の女性に目配せする。
彼女は戸惑いながらも、次の瞬間には決心を固めていた。
細い指で外された黒髪の鬘の下から現れたのは、豊かな亜麻色の髪。はっとするほどの美しさはないが、知性を称える静かな瞳が印象的な女性。ジャスミンティーを出してくれた女性は、アリアが探していたティアだった。
「いつから、私だと分かったんですか?」
少しばかり悔しそうなティアに、アリアは苦笑する。
「我が家にも身分を隠した御婦人がいまして……。それに、ティア様は桜妓楼のなかの女性にしては清らかすぎました。娼婦ともなれば、男の色香も女のしどけなさにも何も感じなくなりますから」
初な若い女など娼館においては部外者だと言っているようなものだ。
カグラは、悔しそうだった。ティアにさせた変装に、少しばかり自信を持っていたのかもしれない。
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