第10話ベリツナ歓楽街の五大娼館



 知り合いの娼婦と分かれたアリアは、歓楽街を慣れた様子で歩いた。夜よりも建物の姿形がはっきりと見えており、その大きさで店の格が、外装では雰囲気が分かる。


 ベリツナ歓楽街には、巨大な娼館が五つ存在する。その五つ娼館の主のたちが互助会の中心となり、歓楽街を仕切っているのだ。


 二十歳前の若い娼婦しか取り扱わない『天使の休憩所』は、パステルカラーのペガサスが描かれた外装が特徴的だ。若い娼婦たちは技をこそ拙いが稀に処女が紛れ込んでおり、それを好む男たちが宝探しをしているのだと噂である。それと同時に、娼婦としての成長を応援したいという客層もいるらしい。


『遊技館』は一番地味な店構えだが、様々な職業の制服を着た娼婦たちが迎えてくれる。お気に入りの娘に好きな衣装を着せることもでき、メイドや家庭教師あたりが人気らしい。追加料金で貴族風のドレスを着てもらうことも可能だ。憧れの職業の婦人と背徳の一時を過ごすことが出来るが、衣装のせいもあって料金は割高である。


 監獄を思い起こさせる作りの『美女の戒め』に所属する娼婦は少数精鋭だ。彼女たちは他の店では断られる事が多い遊びに長けており、鞭やロープに蝋燭といった扱いを得意とする。皮のブーツを履きこなす彼女たちに弄ばれたら癖になってしまうという噂もあるほどで、娼婦個人にファンが付きやすい特徴がある。


『蝶』は、最もシンプルな娼館だ。豪勢な建物に美しい娼婦。他の娼館と違うところは、すべてが最上級というところだ。他の店舗が個性を出して差別化を測ろうとしているなかで、最上級のもてなしに力を入れている娼館なのである。そのせいあって部屋も高級ホテルと見紛うほどだ。料理やサービスもシンプルに質が良い。金持ちにベリツナ歓楽街を案内するならば、ここならば間違いはないと言われる店なのだ。


 そして、最後が『桜妓楼』という特異な娼館だ。


 他の建物よりも背が低く造られており、艶のある黒と赤の外壁をしている。そこで働いているのは、ほとんどが東洋人だ。決して近いとは言えない国だが、祖国にいられなくなった女やその子供が寄り集まった娼館なのである。普通の女よりも華奢で線の細いせいもあって、桜妓楼の娼婦たちの年齢を推し量るのはアリアたちには難しい。その怪しげな東洋人の魅力と異国情緒の溢れる内装は、海の向こうに憧れる男を引き寄せる。


 この桜妓楼の店主とアリアは、切ろうとしても切れない縁がある。なにせ、子供時代からの縁なのだ。大人になった今だって、アリアは彼に会うために桜妓楼に訪れる。


 アリアが桜妓楼の門を潜れば、肩のところで髪を切りそろえられた少女に出迎えられた。彼女の衣装も異国を思わせる裾の長いものだ。いつもの通りに、アリアは靴を履き替えた。


 店内を歩くときに使われるのは乾燥した草で編んだ草鞋という履物で、本来は室内で使うことはないそうだ。


 というか、桜妓楼は本物の東洋の国を模倣しているわけでもないらしい。東洋と一口にいっても三国がその地域に収まっており、言語も生活習慣も違うのだそうだ。桜妓楼は、アリアたちが抱く幻の東洋を演出しているに過ぎないのだ。


 肩透かしをくらった気分になる真実だが、苦情は一件もきたことはないらしい。本物の東洋を知る冒険家の男がやってきた時でさえも「ショウコンタクマシ! 」と大喜びだったそうである。


 東洋風の板張りの廊下の至るところに、ドアの代りになる襖が付けられている。なかは個室になっており、畳の上にひかれた布団の上で男女が転がりまわって遊ぶのである。


 時間も独特な測り方をしていて、折れてしまいそうなほど細いお香が燃え尽きるまでが基本料金となっている。他の店より良心的だと思った男がいたら、騙されていると教えてやるべきだ。この店のお香は一時間で燃えつきるので、他の店と同じように遊びたければ延長は必須である。


「カグラ様はお仕事中なので、こちらでお待ちください」


 少女に案内されたのは、店の一番奥にある店主の部屋である。書類関係は棚に入れられて几帳面さを感じるほどに整理されており、アクセサリーまでもが誰に貰ったものなのかが分かるように名前付きの箱に入れられて管理されていた。


 客の要望には答えるし夢も見せるが、あくまでサービスの一環でしかないという思い切りの良さを感じる。屏風や衣紋掛けに吊るされた単衣は、客が部屋にやってきた時のための演出なのだろう。けれどもオリエンタルな雰囲気は、部屋で焚かれている白壇の香りにしっくりと馴染んでいる。


「よかったら、こちらをどうぞ」


 ソファーに座っていたら、黒髪の若い女が顔を伏せながら茶を出してくれた。桜妓楼では緑茶を客に出すが、アリアの眼の前に出されたのは紅茶だった。


 珍しいなと思って口をつければ、さっぱりとした後口に驚いた。色が薄いのでダージリンかと思っていたが、香りからして紅茶とも緑茶とも違う。


「ジャスミンティーです。紅茶や緑茶よりも出荷量が少ないないですが、お得意様だけのサービスとして始めてみようかと考えていまして」


 緑茶のような渋さがないので、アリアとしてはジャスミンティーの方が好みだ。輸入数が少ないというが、屋敷でも使ってみたいと思わせてくれる。


「美味しい。こんな爽やかなお茶は初めだ」


 アリアの言葉に、黒髪の女が切れ長の瞳を和ませていた。その雰囲気には、何処となく既視感がある。


 どこかで会ったことがあるだろうか。アリアが悩んでいれば、聞きなれた声が響いた。


「待たせた。今日は、しつこい客がいてな。昨日の夜から今まで拘束されてしまってたまらなかった。延長料金については、かなり搾り取ったが」


 ふらり、と影が現れた。


 その影は単衣を引っ掛けて、結ぶ帯だってめちゃくちゃに乱れていた。客を取った後の湯浴みから、すぐの駆けつけたのだろう。乱れた合わせから胸の深いところまで見えており、その色香に黒髪の女は顔を背ける。


 若い娘には、目に毒な光景であろう。


 きめ細やかな肌は洗いざらしの長い黒髪に彩られており、目がひきつけられるほどに蠱惑的だ。彼の仕事内容を知っているだけに、別室でどんな事がおこなわれていたのかとまざまざと想像してしまう。


 アリアの前に現れたのは、桜妓楼の男主人であるカグラだった。


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