第7話黒歴史の残りそうな誕生パーティー
レイハードの誕生日会は、例年のように豪勢におこなわれるはずだった。
通常であれば、王子と言えども成人の十六歳の誕生会以外は簡単にすませることが多い。それでも国の有力者は集めるし、貴族の誕生会などと比べれば豪華なものになるのが普通だ。
だが、王と王妃の誕生会とは比べものにならない。正式な決まりこそないが、王子の誕生会は王や王妃の規模を超えてはならないという暗黙の了解があった。息子の権力が、親を超えてはいないという象徴を演出するためだ。
だというのに、レイハード王子の誕生会はいつも王に及ぶのではないかというほど豪華絢爛なものだった。
飾り付けは毎度の如く贅を凝らされたものであり、楽師の数も目を疑うほどに多い。食事や飲み物は、わざわざ異国から取り寄せたものが饗されることだってある。レイハード自身の衣装だって、いつもより豪華な仕上がりであった。
第一王子のレイハードは、王室にとっては初めての男児だ。そして、その容姿の美しさも相まって王妃の溺愛されている。
そのせいなのか第二王子のハーデルとは違って、誕生会は毎回が贅沢なパーティーになっていた。派手好きで遊び好きなレイハードは、それにも飽き足らず前夜祭まで開催しているのだから王にとっては頭痛の種だろう。
高位の貴族のぐらいしか知らないことだが、王はレイハードの派手好きを疎ましく思い始めている。王は即位したての頃に質素倹約の命をだして、国の財政を改善させた実績がある。
王の働きと新たな輸出品の開発、農業革新も相まって、現在の財政は黒字に転換した。その功績は人材育成に力をいれた宰相の辣腕のおかげでもあり、財政の黒字化は王と臣下たちの努力の賜物であった。
だが、レイハードたちのような若い世代は赤字続きだった国家の状態を知らない。レイハード王子の派手好きは国庫を痛めるほどのものではないが、国が傾きかけた時代を知っている王とすれば面白くないだろう。また、兄ばかりに構って弟を蔑ろにしてきた王妃にも不満があるようだった。
そうなると王のお気に入りは、自然に第二王子のハーデルとなる。穏やかで目立たない十七歳の彼は、王好みの倹約家だ。長男のようにパーティーを主催するようなこともないし、日常的に着ている衣服も華美さはない。
しかし、ハーデル王子には闘争心がないのだ。王宮にあって目立たない彼は、王妃との仲もあって冷遇されがちである。それに反発することもなく大人しくしているだけなので、時に厳しい判断が求められるような王の器とは言い難いと噂されていた。
そのような裏事情もあったので、王が気に入っていたとしても王位を継ぐのはレイハードであると思われていた。だが、ここにきてのレイハードの大失態だ。
何者にも告げずに伯爵家の娘相手に婚約破棄を宣言して、男爵家の娘を妻にしたいなど言語道断である。いくら王妃のお気に入りであろうとも許されることではない。それに、ティアだって王妃のお気に入りだったのだ。
息子ばかりに恵まれた王妃は、礼儀見習いとして王宮にやってくるティアを幼少期から可愛がっていた。利発なティアが、自分のお気に入りの息子の妻――ひいては義理の娘になることを首を長くして待っていたのである。
だからこそ、王妃の怒りは激しかった。
レイハードの誕生会だというのに、本人の出席を禁止したほどだ。パーティーそのものは中止できなかったので、火中の問題児を隠したのである。
そのおかげで、参加者は王と王妃そして第二王子のハーデルに祝の言葉を言う羽目になった。どこをどう見ても第二王子の誕生会の様相を呈しており、ハーデル本人もやり辛そうにしている。奇しくも兄の代役になってしまったのだから、当然だろう。
息のつまりそうなパーティーを楽しむふりをしながらも、サーリスは王家とティア捜索の現状を探った。
王家もティアを探しているが、まだ見つかってはいないらしい。馬車を襲った人間すらも分からないということだった。
王家の方も混乱が続いているのだ。レイハードはリシエを婚約者にすると言って聞かないし、ティアは行方不明だしで、対応が二転三転しているらしい。
王家としては、何者がティアを狙ったかも重要なのである。
金目的の賊か、王家に恨みを持つ者たちか、はたまた他国の間者か。それとも、レイハードの新しい婚約者として娘を推薦したい貴族か。ティアを狙った犯人がどれであっても、迅速で適切な対応を求められる。
レイハードとリシエの婚約が成立したとしても、ティアの行き先が判明するまでは発表など出来やしないだろう。そんな事を誰もが思っていた矢先のことであった。
「俺の誕生を祝うために、よく集まってくれた」
第一王子のレイハードが、突如としてパーティー会場に現れた。派手好きのレイハードがいかにも好みそうな華美な正装に身を包み、貴族や重鎮たちにパーティー出席の礼を述べる。まるで、昨日の騒ぎなど忘れてしまったかのような晴れやかな表情をしていた。
「俺はアセニシア伯爵家のティア嬢との婚約を破棄し、ハーレン男爵家のリシエ嬢との婚約を先ほど教会に誓った!俺たちの婚約は、神が認めたものである!!」
レイハードの言葉に、パーティー会場はざわついた。よく見てみれば、レイハードの背後にいるのは教会の神父たちである。白と紫の裾が長い服を身に着けた神父たちは、分厚い宣誓書を掲げている。
王とハーデル親子は、喉を潤していたカクテルをそろって吹き出す。王族あるまじき失態を見せるほどに、レイハードの発言は衝撃だった。
教会に誓ったところで、結婚はともかく婚約については法的拘束力がない。しかし、現在の国の政策は教会との協力を強める方向で動いている。ここで教会が絡んだ婚約を無下にしたら、教会側との協力関係が微妙なものになる可能性もあった。
現状では、レイハード王子とリシエの婚約を破棄することが難しくなってしまった。現王とハーデルは、きっと頭痛に苛まれたであろう。第一王子の妄言だけでも面倒なのに、教会という第三者まで入ってしまったのだ。普通の家庭だって、大喧嘩が起こることは必須であろう。
「協会側としては、未来の王に媚を売りたかったのだろうが……」
サーリスは、ため息をついた。
レイハードとサーリスは同い歳だが、彼の行動は幼すぎる。王族や貴族の政略結婚は、国政と後継ぎを儲けるための義務である。それを放り出して、さらに政治まで混乱させてどうするのか。王妃や側近に甘やかされたツケが、いよいよ巡ってきたのだろう。
王位はハーデル第二王子のものになるかもしれないとサーリスは考えた。そうなると埃を被っていた勢力図は、どのように動くのだろうか。シリシナ伯爵家は元より第二王子派なので、サーリスたちは動かずにいるつもりではあったが。
第一王子派から第二王子派にくら替えする輩は、これから多くなることだろう。その筆頭は、娘に婚約破棄を言い渡されたアセニシア伯爵家になるかもしれない。ティアに対して勝手に婚約破棄を言い渡されたことを理由にして、堂々と第二王子の味方をしはじめるはずだ。
「ティア嬢と家の事情で引き裂かれて、ティア嬢がいなくなってから家同士が親しい関係に戻りそうになるなんて……人生は皮肉が効いていますね」
サーリスは、度数の強いカクテルを煽った。喉を焼く痛みが、憤りを瞬間的に溶かしてしまう。酔ってしまうほどではないが、束の間の現実逃避には使うことができた。
彼の視界の端には兵士に羽交い締めにされながら、会場を退場させられるレイハードの姿があった。市井の子供たちが見たら大笑いするかもしれないが、貴族たちは第一王子の扱いにぽかんと口を開けてしまっている。それぐらい衝撃的なことが次々と起こったのだ。
パーティー会場を無理やり退出させられるレイハードは、何事かを大声で叫んでいる。早口過ぎて聞き取れないが、きっと不満不平の類であろう。聞き取れなくとも、それぐらいの予想はついた。
レイハードが退出したと思ったら、今度は王妃が泣き出してしまった。大事に育てた息子の不祥事に心がついていかなかったのだろう。王や息子のハーデルが慰めようとするが、彼らの手を拒絶して王妃は泣き崩れる。もはや表舞台に立てる様子ではない。
王妃は、侍従や女中に促されるままに退場していった。女性特有の甲高い泣き声がパーティー会場にいつまでも木霊しているような気がして、もはや誰もが何のための集まりであったかを忘れている。
残された王とハーデル王子は、逃げることは絶対に許されない。口の端をひきつけさせながら「歓談を楽しんで欲しい」と王は叫んだ。
自棄っぱちとは、きっとこういうことを言うのだろう。
王の眼は怒りで燃えていたので、パーティー終了後には大波乱が想像される。レイハードだけではなく、他の王族や臣下たちまで巻き込んでの話し合い――もとい第一王子への怒りの爆発になるだろう。
それにしても今日の出来事は、歴史家たちにどのように記録されるのだろうか。そして、どのように未来の子供たちに伝わるのか。そんなことをサーリスは考えてしまった。
同世代を生きる青年貴族として、歴史の闇に葬ってくれないだろうかと願った。それぐらいに、サーリスは疲れていたのだ。
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