第5話酒場の店主は金髪の娼婦がお好き


「さて、こういうときは酒場かな」


 主人の側を離れるなど、普通の使用人ならば許されないだろう。ましてや、今回は王族主催のパーティーだ。普通の使用人ならば、主人の世話に明け暮れるのが普通である。


 主人の呑み終わったグラスの片付けや荷物持ち。行き帰りの馬車の手配。主人が女性ならば、ドレスや髪型のちょっとした直しも含まれる。


 使用人が必要となる場面であってもアリアの単独行動を許された理由はいくつかある。無論、サーリスが卒なく全てこなせという前提ありきの話だが。


 アリアは、ソリシナ家の当主であるユリハスを主としていない。故に、アリアにとっては、ユリハスよりもサーリスの命令の方が重い。


 これは、あくまでユリハスが中継ぎの当主であるが故の特殊な事情が含まれている。サーリスの父が存命であったならば、アリアの主も替わっていたことであろう。


 そして、アリアはソリシナ家の暗部の仕事をするための教育も受けていた。普通の使用人の仕事もこなすことができるが、一番の任務はそれではない。


 政敵の調査や暗殺といったものを一身に引き受け、万が一にでもそれが明らかになればアリア一人の企みだったと言って自害するまでが役割だ。そうやってソリシナ家を守り、サーリスの露払いをすることがアリアの仕事であった。


 アリアが、サーリスを主に持っている理由。これは伯父のユリハスが、サーリスに家督を譲ることを拒否した場合を想定してのことである。もしもの場合はアリアはユリハスを殺す役目を背負うことになるのだが、彼の様子を見るに家督はサーリスにつつがなく移行されそうである。


 しかし、そんなアリアを動かしたということは、サーリスはティアの捜索に本気を出しているのだろう。使用人としては、叶えかいがある主人の望みだ。出来る限り、ティアの捜索を急がなければならない。


 アリアは自分の仕事を遂行するために、馴染みの酒場に向かった。


 酒を楽しむ為ではなく、情報を集めるためである。誰だって酒を飲めば口が軽くなるものだ。そして、高貴な人間ほど自分に仕える人間を家具ぐらいしか考えていない節がある。


 そうなると秘密をうっかり話してしまう主人や酔っ払って秘密を洩らす使用人がいたりするのだ。


「マスター、今日も景気が良いみたいだな、いつも通りの客入りだ」


 アリアが訪れた酒場は、人で賑わう安普請な店だった。アリアは秘密をうっかり話してくれる人間を探しているので、主人に気に入られている高給取りの使用人が行くような店に行く必要はなかった


「どこが、景気がいいんだよ。こっちは酒の値段が戻らなくて青色吐息だ。だからといって、値上げなんかしたら客なんて逃げちまう。あいつらには今まで飲む場所を提供してやった感謝の気持ちとかはないのかね」


 店主の愚痴に付き合いながら、アリアは苦笑いした。


 去年は酒造りに使う麦などが不作だったせいもあって、酒の値段が上がった。だが、それっきり値段が下がらないのだという。


 酒場が仕入れる酒の売買は、酒類の問屋のギルドが仕切っているはずだ。恐らくは、去年の値上がりに味をしめたのだろう。


「酒場もギルドを作ればいいのにな。そうすれば、酒の問屋とだって戦えるだろ」


 その言葉に、店の主人は馬鹿とアリアをなじる。


「ギルドを作るのに、どれだけの賄賂が必要だと思っているんだ。役所の人間は、上司に口をきくのにだって賄賂を要求しやがる」


 ギルドを作るのには、国の承認が必要である。そして、承認を得るには役所に申請をしなければならないが、そこでは法外な賄賂を要求されてしまう。


 だからこそ、ささやかな稼ぎの民間人はギルドを作る申請すらできないのだ。こういう腐敗こそどうにかするべきなのだろうが、国は黙認したままだ。


 この程度の国民の不満は、あって当たり前ぐらいに為政者には思われているのだろう。現王の評判は悪くはないが、それでも万能の賢王と称えられているほどではない。


「教えて欲しいことがあるんだ。それを聞けたら俺の主人に頼んで、役人に口利きぐらいは出来るようにする」


 アリアの申し出に、店主が乗ってくることはなかった。思惑の外れたアリアは、店主の心を動かせるものはないかと思い悩む。アリアが答えを出す前に、店主は彼に耳打ちした。


「口利きしてもらったところで、要望が通るとは限らんさ。それよりも若い娼婦を紹介してくれ。お前だったら、上等な女に覚えがあるだろ」


 予想外の要求に、アリアは呆気にとられた。店主はというと「店で副業をやりたいんだ」とアリアに耳打ちする。


「娼婦に仕事場を提供して、場所代を請求するだけだ。飲むついでに女を買いたいヤツも多いし、家の二階には部屋も余っているからな」


 なるほど、とアリアは納得した。店主は不確実なギルドの製作よりも、確実に利益を得る方法を考えていたらしい。実に現実的な考え方だ。しかし、怖いもの知らずでもある。


「紹介するのはいいけど、ベリツナ歓楽街以外での売春は違法だぞ。田舎ならともかく、王都での商売はリスクが大きいだろ」


 数人の娼婦が所属している小さな店だったら役人は御目こぼしをしてくれるかもしれないが、ベリツナ歓楽街の互助会の方は黙っていないだろう。ベリツナ歓楽街の売り上げ上位の娼館の主たちからなる五人衆が互助会にはおり、彼らの追跡から逃げることが出来た者は未だにいない。


 彼らは、いわば非合法なギルドなのだ。自分たちの利益を損ねるような行為は見逃さないし、暴力行為もいとわない。個人で喧嘩を売るには、かなり恐い相手である。


「自由恋愛の場所を提供したっていうさ。田舎の売春宿は、そういう言い訳して商売をしているんだろ」


 どうなってもしらないからな、とアリアは釘を刺しておく。


 ベリツナ歓楽街の互助会ひいては五人衆の怖さは身をもって知っているので、アリアとしては店主の夢は決して応援できない。それでも、娼婦を紹介するだけで取引に応じてくれるなら安いものである。


 アリアが紹介した娼婦たちがリスクを冒してまでも小さな店で働くとは思えなかったが、そこまでの面倒は見られない。


「ハーデン男爵家に仕えている使用人を探しているんだ。口が軽そうな人間はいたりしないか?」


 アリアの言葉に、店主はにやりと笑った。


「丁度良いところだったな。お前が来ると思って、サービスをして後ろの席に引き留めてやっていたところだ。女の紹介は、しっかり頼むぞ。出来れば、若くて金髪の女だ。俺だってご相伴に預かりたいからな。いいか、金髪だからな」


 店主は昨日のレイハード王子の婚約破棄騒ぎを聞きつけて、アリアの来訪を待っていたらしい。そうして、娼婦を紹介する約束を見事取り付けたという訳である。さすがの抜け目なさだ。


 それにしても、レイハードの王子の醜聞が広まるのが思ったより早い。酒場の店主まで広まっているというのならば、週末ぐらいにはレイハード王子の評判は地に落ちているだろう。


 美貌しか取り柄のないレイハード王子は男性人気が元から低いが、勝手に婚約破棄などやらかしたのだから女性からの評価も低くなるだろう。そうなれば、国政の不満までレイハード王子の評価を落とすかもしれない。


 王の活躍におかげで赤字国家を抜け出したとはいえ、庶民たちの生活にまでは恩恵が行き渡っていない。そんな中で派手なパーティーを繰り返していたレイハードの行動は、批判の的にされるだろう。


 顔だけ王子と男性陣に裏で囁かれてレイハードだが、彼のこれからを考えればアリアも同情する。どのような結果に落ち着くかは分からないが、明るい未来はあまり想像できない。


「金髪の女は需要が高いんだよ。その上、若いだなんて無理難題にもほどがあるぞ」


 アリアが言うと「なら、多少は歳はとってもいいから金髪だけは守れ」と店主は言い出した。金髪の女が、よっぽど好きらしい。


 店主の女の趣味を知ったアリアは「金髪の娼婦は、人気があるから気位ばかりが高いんだよな」と内心思いながらも、後ろの席に座っていた人物に声をかけた。


「今日は懐が暖かいんだ。奢るから、相席してもいいか?」


 相手が何かを言う前に、アリアは人好きする笑顔を浮かべながら席に着いた。ハーレン男爵家の使用人は、有無を言わせないアリアの態度に戸惑っているようだ。


 大きすぎる茶色いコートを着ているが、かなり小柄な人物であった。室内だというのにフードまで被っているので、未成年なのだろうかとアリアは考える。安い居酒屋で未成年云々を問題視する人間は少ないが、王都に出てきたばかりで慣れていないのかもしれない。


「ん……。お前って、もしかして」


 アリアは、フードの人物をまじまじと見る。遠目では分からなかったが、間違いないとアリアは確信した。


「お前、女なのか?」


 アリアの言葉に、フードの奥で女は茶色い瞳を見開いた。コートを着た人物は、年齢だけはアリアの予想に近い。二十歳以下の若い女だ。男にしては小柄だったので未成年だと勘違いしてしまった。


 男ばかりが集まる居酒屋に若い女なんて普通はいないので、店主がサービスで足止めしていたことは天の采配だったかもしれない。店主な過剰なサービスを受けていた彼女は、他の客には店主の身内だと思われていたのだろう。


 居酒屋での最低限のルールの一つとして、店主の身内に手を出さないというものがある。破った人間は、その店から出入り禁止を言い渡されてしまうことすらあった。そうでもしなければ、店主は安心して女房に店を手伝ってもらえないというのが理由らしい。


 コートの女は、小さな声で呟いた。


「……助けてください」


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