第3話あなたに求婚したい
衝撃的なパーティーの翌日。
夕方から行われる予定の正式なレイハードの誕生日パーティーの参加者は、その準備と昨日の騒ぎの噂を広めることで大忙しであった。レイハードの公衆の面前での婚約破棄は前代未聞で、これからどうなるかと貴族たちは注目している。
今までの歴史において、王家の婚約破棄がなかったわけではない。だが、それは大抵の場合は女性側の体調の問題が原因であった。
結婚前に女性が大病を患えば、後継ぎを生むのに問題が出るかもしれない。そんな理由で、ひっそりと婚約破棄がおこなわれるのが今までの通例だった。レイハードのようなやり方は、百年以上は続く王族の歴史を鑑みても初めてのことだ。
そして、ただでさえ注目の的となっている婚約破棄事件だと言うのに、その話を彩る事件がまた一つ起きてしまった。
「ティア様が……行方不明になられたのですか?」
サーリスは、現当主である叔父のユリハスから聞いた話に目を丸くした。
当主たちが代々使っていた室内は、落ち着いた雰囲気だ。何十年も使用に耐える上質な家具ばかりが並べられていて、この部屋にかけられた金だけで平民は三回以上は人生をやり直してもお釣りくるであろう。
そんな部屋にいるのは、ユリハスとサーリス。そして、主人の覚えがめでたい使用人のアリアだけだ。
いつも余裕を感じさせる態度を心掛けているサーリスだが、ティアが行方不明になったという話には驚いたらしい。それもそうだろうとアリアは口には出さずに考える。昨日まで話していた相手が消えるなど、誰にだって想像の範囲外のことだ。
ユリハスの話によると昨夜のパーティーから帰る道すがらに、ティアが乗った馬車が何者かに襲われたらしい。御者や従者は全て殺されたが、ティアは連れ去られたらしく打ち捨てられた馬車の近くに死体はなかった。
「この事件の裏で、レイハード王子が手を引いているのではないかという噂が流れていてな。昨日のパーティーでは、なかなか衝撃的な事件があったそうじゃないか」
頭が痛いとでも言いたげに、ユリハスはため息をついた。
アリアから見ても、ユリハスは幸の薄い男だ。彼はサーリスの両親が数年前に流行病で亡くなったことを理由に、ソリシナ伯爵家の中継ぎの当主になった。だが、前当主の死が突然だったこともあり、家のことや領地運営の引継ぎは全く行われていなかったのだ。その時期のソリシナ伯爵家にアリアはまだいなかったが、怒涛の仕事量に忙殺される日が絶え間なく続いたらしい。
当時のユリハスには相思相愛の恋人がいたらしいが、その騒動に追われて結婚が遅れに遅れてしまった。そして、このままでは娘が婚期を逃すと慌てた恋人の両親が、彼女に別人を当てがい結婚させてしまったのである。
貴族のように働くあてがない女性が婚期を逃すというのは、その後の人生を左右する大きな問題である。そのため、いつまでも忙しさを理由に結婚できないと言っていたユリハスは恋人の両親に見限られたのだ。
こうして、ユリハスの一世一代の大恋愛は幕を閉じた。今でもユリハスはかつての恋人を忘れられずに結婚せず、それを「兄の忘れ形見であるサーリスにつつがなく爵位を譲るため」と言って強がっている。
今でもユリハスが首に下げているロケットには元恋人の姿絵が収められていると言うが、屋敷のメイドたちには一途も過ぎれば気持ち悪いと言われてしまっている。一途すぎる男性でも女性には好かれないという一例だろう。
「婚約破棄を言い渡して、レイハード王子は良い気分だったようだが……。その後に、ティア嬢に大恥をかかされたようじゃないか。その怒りでティア嬢の馬車を襲ったと噂されている」
馬鹿らしい噂と言い切れないのが怖いところだとアリアは思った。レイハード王子が自分の身長を気にしているという話は、貴族の間では有名な話である。「そのような理由だったらやりかねない」と考えられてしまうほどに。
それぐらいに、レイハードのプライドが高いのである。産まれた頃から美形だという理由だけで母親に溺愛されていたので、それしかよる術がないのではないかとも考えられる。なにせ、レイハードの評判は美貌と派手好きということぐらいだ。
「しかし、いくら第一王子でも婚約破棄したばかりのティア嬢を襲ったりはしないでしょう。正式な婚約破棄が認められないかもしれないと考えたかもしれませんが、ティア嬢が消えたら怪しまれることぐらいはレイハード王子だって分かっていたはずです」
それでもレイハードが元婚約者を襲ったと噂されるのは、本人の性質故だろう。身長以外は完璧な美貌で生まれたレイハードは、幼い頃から母親や使用人に思う存分に甘やかされた。その結果として、レイハードは我儘かつ尊大な性格に育ってしまったのだ。
だからこそ、周りの眼も気にせずに婚約破棄なんて行ったのだろう。彼の我儘に振り回された人間は数多いとアリアも聞いていた
「まぁ、第一王子が犯人かどうかは今はどうでもいい。今の問題は、ティア嬢がどこにいるかということだ」
ユリハスの言葉に、サーリスの眼つきが鋭くなった。サーリスは、伯父の言葉の意味を察したらしい。甥の察しの良さに、ユリハスは感心する。
「ティア嬢の行方を捜索し、その安全を確保しろということということですね」
話が早くて助かるとユリハスは呟いた。
「現在アセシニア家との交流は絶たれて久しい。だが、兄の世代には交流もあったことも確かだ。正式なものではないが、兄の遺言にはティア嬢には目をかけて欲しいというものもあった」
高熱にうなされながらも呟いた父の遺言は正式なものではないが、その一つにサーリスが幼い頃に交流がなくなったアセニシア家のティアの身を案ずるものがあったらしい。
現在の王家には、二人の王子がいる。
第一王子のレイハードと第二王子のハーデルだ。二人は三歳しか離れておらず、どちらを王に押すかで貴族の勢力が二分化している。ティアのアセニシア家は第一王子を擁護しており、サーリスのソリシナ家は第二王子を押していた。
サーリスとユリハスは、擁護する王子が分かれたせいもあって互いの家の交流がなくなったのだろうと推察している。父が理由を言い残さずに他界してしまったので正式な理由は不明だが、家同士の交流がなくなる理由としては可能性が高かった。
もっとも、王子を巡って二極化した貴族の勢力図はやや形骸化しているところもある。
この勢力は第一王子が大病を患った十年以上前の勢力分布図であり、レイハード王子が無事に成人した今となっては彼が王位を継ぐことは決定事項だからだ。
そのせいもあって、第二王子派だったソリシナ家は第一王子にすり寄りたい背景がある。サーリスがレイハード王子のパーティーに参加したのもそのためだった。
「ティア嬢を保護したら……もしかしたら、王家に恩が売れるかもしれませんね」
サーリスの言葉に、ユリハスは頷く。
レイハード王子が勝手に婚約を破棄した帰りにティアが行方不明になったというのは、あまりに外聞が悪い。そんなときにティアをいち早く保護できれば、王家に恩を売れるとユリハスは考えたのである。
「伯父上、一つだけお願いがあります」
サーリスは背筋を伸ばす。その様子で、彼が重大な話をするつもりだとユリハスとアリアは身構える。聡明な跡継ぎであるサーリスは、幼馴染みの失踪になにを思ったのか。ユリハスとアリアに緊張が走った。
「婚約破棄されたティア嬢に求婚することを許していただきたいのです」
なんでそうなるんだ、と主人と使用人は同じことを考えた。
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