第2話婚約破棄した美貌の王子には身長が足りない



「ティア様は、サーリス様の幼馴染だよ。子供のころの話らしいけれども。小さな頃は互いのダンスの練習相手も務めていたらしい」


 サーリスの幼少期までは、アリアは見守ってはいない。元々は別の屋敷で働いていたアリアだが、紆余曲折あってサーリスの使用人になった。そのせいもあって信頼は厚いが、サーリスの幼少期まではアリアは詳しくは知らないのだ。


 サーリスは、今年で二十歳。


 一方で、ティアは十七歳。


 二人とも貴族の結婚適齢期に達しており、傍から見れば似合いの二人である。ティアが第一王子の婚約者でなければの話ではあるが。


 一方で、アリアもユーアも二十歳の男であったが、結婚という話はまだまだ出てこない。貴族と違って、男性使用人の結婚年齢は遅いのだ。


 一人前になるための修行を終えて、なおかつ仕える屋敷での立場を盤石にしてから結婚話がやってくるからである。つまりは、主人のことを第一に考えろということだ。そうなれば、当然のごとく己の浮いた話は二の次三の次になってしまう。


 ただし、メイドは別である。女性は出産や子育てがあるので、若くして結婚してメイドとしての仕事を辞めてしまう者も多い。理解のある屋敷ならば結婚後や出産後にも働くことがあるが、そこまで好条件の仕事場は稀であろう。大抵の場合は、子育てが一段落した頃合いでメイドとして再就職するのが普通だ。


 そんな理由もあって、アリアは自分の結婚というものをあきらめていた。主人にしっかりと仕えていればいつかは許されることだが、自分の立場や仕事のことを考えると無理難題に思えるからだ。


 さらにアリアには、類稀なる美貌の友人がいた。子供の頃に心中の約束までしてしまった相手には、大人になった今でも特別な情を感じている。これからの人生で、その友人以上の存在があらわれるかどうかは少し怪しい。


「今この時をもって、アセニシア伯爵家のティア嬢との婚約を破棄させてもらう!」


 レイハードの美声が、会場に響き渡った。


 全ての参列者がぎょっとして第一王子を見つめるなかで、彼は堂々した面持ちで付き添っていた令嬢の肩を抱いている。


 改めてアリアはレイハードの隣の令嬢を見たが、やはり見覚えがない女性だ。ということは、主人であるサーリスが普段は付き合わない男爵以下の家柄の令嬢なのだろう。王子の相手としては、身分が低すぎる相手だった。


 見慣れない令嬢は藍色の瞳が零れ落ちそうなほどに大きく、どことなく庇護欲を掻き立てらえる幼い容姿をしていた。今は結い上げられている金髪が解かれたら、華奢な体つきも相まってさらに幼く見えることだろう。


 王子の婚約者であるティアとは、正反対のタイプの令嬢だった。


 ティアは茶色い切れ長の瞳を持った大人びた少女であり、小柄な男性ならば追い抜いてしまいそうなほどの長身である。髪色は亜麻色で、派手な容姿をしているわけでもない。


 整った顔立ちはしているが、地味で実直そうな雰囲気を苦手に思う男も多いだろう。女性的な魅力は、王子の隣にいる華奢な令嬢の方が上である。


「前々から、お前の態度や性格。その地味過ぎる容姿の全てが気に入らなかった。今ここでお前との婚約を破棄し、ここにいるハーレン男爵リシエ嬢と婚約を発表する!!」


 レイハードは、どよめく周囲の反応など目に入らないようだ。隣に立つリシエという令嬢をうっとりと見つめて、彼女の美貌に酔っている。レイハードの瞳は柔らかく蕩けており、いかにも恋に溺れる若者と言ったふうであった。


「レイハード様、今回の婚約破棄は我が家への事前の連絡がありませんでした。王や王妃は、このことをご存じなのでしょうか?」


 ティアの冷静な言葉に、周囲はさらなる驚きに包まれる。ティアの実家であるアセニシア伯爵家に事前の連絡なしの婚約破棄など常識的にありえないし、そもそもこのような場での発表はもっとありえない。


 このパーティーは、あくまで内々のものである。めでたい場での婚約破棄などありえないが、若者しかいないような場での発表など前代未聞だ。


「うるさい!!そういうところが気に入らないんだ。女は大人しくしていればいいところを……」


 悔しそうに唇を噛むレイハードに、ティアは涼しい顔をして言い放つ。


「……もしや、そのご令嬢を選んだ理由は身長なのですか?」


 絶世の美貌を持つレイハードだが、彼にも唯一の欠点があった。身長が、あまり高くはないのだ。


 長身のティアと並ぶと彼女の方が大きく見えてしまうほどである。シークレットブーツを履いていても覆せない身長の差を思い出したのか、レイハードの肩が震えていた。


「だまれぇー!!」


 今日一番のレイハードの怒鳴り声に「身長が理由で婚約者を替えたかったのか……」と参加者の思いは一つになった。


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