一 他人事

 スマートフォンの電源をつけ、表示されるロック画面には勿論誰かからのメッセージはない。インストールしているゲームアプリとニュースアプリの通知、いつ登録したかもわからないサイトからのメールだけ。我ながら寂しくなる。何となくタップしたニュース。

 住宅街で火事、焼け跡から遺体が見つかる

 そんな見出しのついたニュースである。冬によく起こる火事、ここ最近でもいくつか火事のニュースを見てきた。スマホだけじゃなくてテレビでも勿論放送されている。

「ねえ、朝のニュース見た?」

 人一人分開けて隣に女子高校生二人組が座る。仲良さげに腕を組みながら何やら話を始めた内容が何となく気になり、音楽の音量を最小限に設定した。決して邪な思いがある分けじゃないのはここで弁明しておく。

「ニュース?何の?」

「火事のやつだよ。ほら、隣町の。」

「ああ、あれね。見たよ。」

「あれ結構被害大きかったらしいよ?」

「そうみたいだね。」

「あ、そういえば今日の授業でさあ。」

 まあ、そんなもんだよな。時間が経過し真っ暗になった画面を再び点けてニュースに目を落とす。女子高校生二人組がさっさと話題を変えたように、きっとこのニュースも明日以降世間の人間の脳内から徐々に消え去っていくのだろう。所詮他人事なのである。それは俺だってそう。当事者からすれば人生の中で大きすぎる出来事と言えるのに、何も知らぬ第三者の俺たちはそれをふうん、と一言で済ませられる。改めて考えてみて、凄い世の中だと思う。他人事。他の人のこと。まさしくその通り。関係のない人間の関係のない出来事が大々的に報道されている、ただそれだけのこと。しかし、当事者からすればたまったもんじゃないだろう。例えばこれが火事じゃなく、殺人事件だったとして。それでも同じことが言えると思う。そして世間は被害者側に同情する。怖かったことだろう、痛かったことだろう。そして向けられる同情の矢印が、決して加害者に向くことはない。世間一般的に被害者と捉えられるのは、殺された側の人間及びその家族。心に深い傷を負いそれは一生掛かっても消えることのない傷となるのだろう。俺はこれについて一度考えてみた。被害者は、本当に被害者側だけだろうかと。そして辿り着いたのは、加害者側の人間も被害者になり得るということだった。勿論、殺人を正当化するわけではない。何か理由があったって言語を持つ人間がそれを使わず武器を手にして襲い掛かるのは間違っている。人は、繋がりを保つために言語を手に入れた。初期から解決策を持っているくせにそれを使わずその時の衝動だけで手を掛けてしまうことは、俺は非常にもったいないことだと思う。そして殺したその後の話だ。現代日本において、ニュースで加害者は未成年である場合を除き実名報道とされることが多い。事実この考えを意識し始めてから目にした事件のニュースではその犯人たちの全員が実名で報道されていた。そして気づいたのだ。これが他へもたらす影響について。それは加害者側の家族である。加害者家族は、自分たちが何も悪いことをしていないにも関わらず血縁をもつというそのことだけで周囲からひどく虐げられる。否、そこまではいかないにしても嫌煙されることだろうと容易く想像がついた。これが俺の考える加害者側も被害者になり得るということである。 

 ある日突然、自分たちのあずかり知らぬところで起きた出来事により人生が一変する。その恐怖と言ったら。想像するだけで恐ろしい。職場や学校で突如遠巻きにされることが、仲の良かった友人が離れていくことが。ただでさえ傷を負った心にまた深く刺さる刃物の痛さと言ったら。この実名報道については様々な意見があるのだろう。加害者なのだから報道されて当然だと、そう言う人もいることだろうと思う。しかし、どうか一度立ち止まって考えてみてほしい。自分の夫が、妻が、子供が、事件を引き起こしたら。そして実名が知れ渡ったとしたら。きっとその時は、遠巻きにされる現状になんで自分がと悩むのだ。人間とは面白い、一つの出来事をきっかけに面白い程意見が変わるのだから。他人事だから、同じ立場になってみないと分からない。俺はこうして色々と想像するが、きっと当事者になればもっと荒れるのだと思う。そしてこう考えてはいるが、結局も俺は他人事なのである。当人たちの思いは想像するよりも壮絶で、辛く苦しいのだろうけれど。ニュースをスクロールしてある程度見終えると、そのまま指を滑らせアプリケーションの履歴を消した。

 駅構内に軽快な音楽が流れ、電車の到着を知らせる。もうそんな時間かとスマートフォンの電源を落とし尻ポケットに仕舞った。

隣の女子高校生たちも立ち上がり並び始める。俺もそれに倣うように並び、ブレーキ音を響かせながら到着した電車に乗り込んだ。当然電車内は人でごった返している。座ることができない車内、リュックを肩から降ろし足の間に挟み両手は上着のポケットに突っ込む。ゆっくりと動き始めた電車、俺の弱い体幹では体が耐えきれず働いた慣性の法則に従い体が進行方向とは逆向きにつんのめる。危うく隣に立っているおじさんに突っ込んでいくところだった。大学の最寄まであと四駅、その間この人込みに耐えなければいけないのは中々に苦痛を伴うが、仕方がないと割り切ってただ早く駅に着いてくれとそう願い視線を窓の外へと投げたのであった。

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