贖罪の王妃アンネリーゼの薬草レシピ~「ねこまんま食堂」へようこそ

猫野みずき

第1話 兄の葬送


「……汝の魂は大いなる女神ハールラの胸に抱かれ、安らかに眠り続ける。ハールラの愛が、汝の罪を赦したまい、永遠の生命をもたらさん。ハールラン……」

 教会の聖堂に集まってすすり泣く喪服の親族。母は悲しみのあまり卒倒して、父に抱き留められ、教会の堂守たちに抱えられていった。きっとハールラ女子修道会の院長先生から、薬草を煎じた気付け薬をいただくのだ。

 薬草。思い出すだけでもつらい、お兄様の記憶がよみがえる。お兄様は薬草に詳しくて、幼い私にもいろいろ教えてくれた。絵も上手で、スケッチブックに絵筆をいつも抱えて植物をスケッチしていた姿が目に浮かぶ。お兄様の部屋に飾られたたくさんの植物標本、本棚にきれいに並べられた分厚い薬草図鑑、薬草事典。ディルの葉のように細くてきれいなお兄様の指。ミントの香りをまとったお兄様のマントに、いつも私は隠れて遊んでいた。

 「……アンネリーゼ・エルブ殿。お見送りをどうぞ」

 白髪頭の司祭様が、やさしい顔で振り向く。私は思わず首を振った。

 「リーゼ。いい子だからこっちにおいで」

 涙をこらえた様子で、父が私を抱き寄せる。抵抗するが、幼い少女の力ではどうすることもできない。私は強制的に棺の前へ連れられていった。

 「フロリアン。リーゼだよ」

 父は私を抱っこして、棺の中の安らかに眠る遺骸と対面させた。

 重厚で高価な香木に、様々な麗しい彫刻が施された棺の中に、お兄様はいた。いじわるで斜に構えた従姉のニーナは、「フロリアン『だった』モノよ」と言っていた。

 ――お兄様「だった」?じゃあ、ここにいるのはだれ?お兄様じゃないの?

 ――お兄様よ。大好きなフロリアン兄様。どうしてお兄様はこんな狭い箱の中にいるの?さあ、リーゼと一緒に帰りましょうよ。あの薬草のお部屋へ。いつものように。

 「お父様!やめて!リーゼ姉様にお兄様を見せないで!」

 聖堂の中に、きいきい響く叫び声がこだました。驚いて振り向くと、一つ下の妹エミリアが、だぶだぶの黒の少女用ワンピースを着せられて泣きじゃくっていた。

 「エミリア、やめなさい」

 「どうして?!だって、お兄様はリーゼ姉様が死なせたのよ!かわいそうなお兄様……」

 「エミリア!!」

 再度父にたしなめられて、エミリアは泣き崩れた。私はエミリアの言葉をぼんやりした頭の中で繰り返す。

 ――フロリアン兄様は、私が死なせた?そう?そうなの?私のせいでお兄様は亡くなったの?

 そう心の中で問いかけながら、お兄様の顔を見下ろす。お兄様の安らかな顔は、あっという間に苦悶の顔に変わる。そして、突然固く閉じられていた口が開いて、鮮血がほとばしる。歯ぎしりをしながら、よみがえったお兄様は私を捕まえて首を絞める。

「リーゼ!よくも僕を……僕を……。この前途有望な僕を、死に追いやったな!許さないぞ……永遠に、呪われろ!」

 父とエミリアに助けを求めようと、フロリアン兄様に絞められる首を反らして後ろを見やると、おろおろする父の影で、エミリアは口元をゆがめていた。

 まだ少女と言うには幼いあの子は、ヒステリックなところのある母にそっくりなあの子は、確かににたりと笑っていた……。

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