「こーくんとは、だいぶ会っていなかったと思います。大体三ヶ月くらいかな。と言っても単純に私が学校行ってなかっただけなんですけど。でも、面と向かって話するのは本当に久しぶりで。去年もクラスは一緒だったんですけど、幼馴染って何だか気まずいんです。何話して良いのかも分からなかったから殆ど交流はなかったです。多分、あの頃は彼のこと、ちょっと意識してたのかも。


 こーくんが私の部屋に来てた時、ちょうど私はトイレに行っていました。――何しにって、ただのお花摘みですけど。刑事さん、何でもかんでも疑いすぎ。……それで、部屋に戻ったらよく知らない男の子がいて。そりゃ警戒しましたよ。空き巣か、それとも仕事関係の変質者か。まあ、今考えれば、その人制服来てたし、そんな訳ないのは分かりきってたことなんですけどね。


 彼の声とこっちを振り向いた顔を見て、すぐにこーくんだと気づきました。何があったのかは分からないけど、彼の手にはゴムが握られていました。――勿論仕事の時に使うやつです。木箱に仕舞っていたのを何かの拍子で見つけちゃったんだと思います。彼の顔が真っ赤になっているのが暗い部屋でもわかりました。そんなこーくんの表情が何だか可愛らしくて。そこで、あ、と気づいちゃったんです。彼はきっと、今でも学校で普通の毎日を送ってるんだってことに。――いや、そりゃ、そうなんですけど。だけど、私が年上のおっさんと一緒に寝ているとき、こーくんは学校でクラスメイトとテストの結果に一喜一憂したり、文化祭や体育祭なんかを楽しんだりしてるんだろうなって思うと、なんだか急に悲しくなってきちゃったんです。同い年なのに、幼馴染なのに、私とこーくんはこんなにも違ってしまった。私、どこで間違えちゃったんでしょうね。


 そう考えると、涙が溢れてきちゃって、思わずこーくんに抱きついちゃいました。私を受け止める彼の腕は筋肉質でゴツゴツしていて、けれどとても繊細でした。脂肪でブクブクの、遠慮を知らない大人の手とは違う。それから私は、この数か月の間にあったことを、こーくんに話しました。その時のことは正直記憶が曖昧で、実際私の話もそんなに要領を得たものじゃなかったと思うんですけど、こーくんは、最後まで私の話をただただ聞いてくれていました。


 考えてみれば、このことを誰かに話したのはこれが初めてでした。前も話した気がするけど、私、誰かにこの話を聞いてもらいたかったんです。刑事さんと話してる今とは違って、あの時は本当に誰一人、私のこと話していなかったから。しかも、久しぶりに会った幼馴染ですよ。つい口走っちゃったのは、正直しょうがなかったのかもって今は思っています。まあ、あれが全ての元凶だから、こーくんのこと、一方的に責められないってのは事実で。――はい?えっと、まあ、落ち着きはしましたよ。少しは。


 おかしなところ、ですか。――まあ、それなりに前の記憶だから、あんまり当てにはならないと思うけど……。うーん、おかしいっていうのかどうかちょっと微妙なんですけど、なんかあの時のこーくん、やけにぽかんとした顔していたなあって。恍惚、って言うんですかね、何かに見惚れているような、そんな感じ。――いや、別に自慢とかそういうのじゃないんですけど、私、顔は比較的整っている方だと思うんです。幼馴染に恋に落ちる――みたいなラノベよくあるじゃないですか、あの時のこーくんはそんな様子だったのかなって。想像でしかないですけど。


 というか本来そういうもんなんでしょうね。高校生で、思春期の男女なんです。私が異常なだけで、殆どは皆童貞だし処女だし。異性を目の前にしてドキドキしちゃうのは、お年頃で当然の反応なんです。――別にそういう訳じゃないです。私も純粋な頃に戻りたかった、とは意外にそんな思ってないです。以前言った気もするけど、『清濁併せ吞む』です。俳優として無能な私が夢を叶えるには、ペナルティの一つや二つ甘んじる覚悟は、この数か月で固めたつもりです。


 だけどそれも、こーくんが、全部壊しちゃいました」

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