第5話 私と彼女の運命の日―10日目

 優茉の部屋で、あっという間に10日間が経った。朝、まだ熱の引かない優茉ゆまに黙って、一度、コンビニに戻った。

  

 今日は体調不良と嘘を言って休むことにした。もちろん店長はだいぶ怒っていたけど、知ったことではない。この9日間、まぁまぁちゃんと働いたし。

 

 それにしても優茉ゆまの調子は昨日の夜に引き続き、悪そうだった。

 私はコンビニで水と体調が悪くても食べられそうな物を買って、優茉ゆまの家に向かった。


 優茉ゆまはうなされるほどの高熱で立つのも精一杯な状況だった。

 こんな状態であの日、優茉ゆまはあの場所まで来たんだ。


 申し訳なさすぎて、涙が出る。

 優茉ゆまの前で涙なんて見せらせないから、拭いて笑顔を作り、彼女に飲み物を手渡した。


「ありがとう、こんなにしてもらって…」


「はい、飲み物をどうぞ。優茉ゆまが最初に助けてくれたんじゃない」


「食べられそうなものも買ってきたから、食べてね」

 そう言って、ビニール袋の中のものを出して見せた。


「…うん…ふぅぅ」


 ため息が漏れている。まだ大分、だるいようだ。


「横になりなよ…」

「そうする…えみさん、ありがとう」


 横になった優茉ゆまは私に背中を向けた。


「あの、背中擦っていい? 優茉ゆま、すごく体に力入ってる気がするし、だるいと心細くなるから…あの…」


「うん、ちょっと…気持ちも悪いからお願いしていい?」


 私は優茉ゆまの背中をゆっくりと擦った。

 恋人のときもよく擦った。こうすると安心すると言っていたから。


 優茉ゆまとはこの10日間、よく話したけど、ちゃんと身体に触るの初めて。

 背中から生きている身体の暖かさがよく伝わってくる。


 大好きだよ、優茉ゆま

 この数10分後に優茉ゆまが死ぬなんてヤダ…。

 お願い、絵麻じぶんから解放されて、生きて。


 私がそう思った時だ、スマホが鳴った。

 唾を飲んでごくりと音が鳴った。


 ――― 絵麻かこのわたしからの電話。


 優茉ゆまはおもむろに起き上がり、電話を取った。

「おはよ、絵麻えま。…うん、うん、え? 今から? えっと、え? もう一回、言って。うん、聞きたいよ…え、言ってくれないの…。うんうん、わかった、向かう」


 この時、過去の自分は試したのだ、優茉ゆまを。

 ――― 私と別れたくないなら、この続きを聞きたいなら、この場所にきて


 我ながら、最悪。


「あ、えみさん…恋人から電話きたから行ってくる」


 私はふらふらしてるのに、バックを持って外に出ていこうとする優茉ゆまの手首を掴んだ。

優茉ゆま、そこに行かないほうがいい」


「何で? 私はまだ好きなの。このままだと離れちゃう…行かないともう恋人は私に振り返ってくれないかもしれない」


「…優茉ゆま、目を覚ましなよ、何日間も放置する、自分勝手で人を振り回す、その彼女おんな

 私は自分のことをそう表現した。


 あんなわたし、別れて当然。

 そうでしょ、それで優茉ゆまは死ぬんだよ。


「無理だよ…恋人がいなかったら…そう考えたらもう…どうしたらいいか…」


 こんなことを言いたくないけど…。

 胸が張り裂けそうな思いだ。


「あのね、優茉、恋人を苦しませたくないというけど、優茉が恋人を信じているなら、愛しているなら、きっと今行かなくても、彼女には伝わるはずだよ。それが伝わらないような恋人だったなら……そんな人いらない。彼女だけがこの世界の全てじゃない! お願いだから行かないで、彼女の言うことなんて忘れて自分を大事にして」


 私の懇願に、優茉ゆまは目を大きく開いた。

 そして私の強い口調にびっくりしつつ、「……そう言われても…」


 へなへなと力が抜けてその場に座り込む、優茉ゆま

 そのまま、その場で泣き出した。


「……わかんない、どうしたらいい…」


「はい」

 私は優茉ゆまのスマホを優茉に渡す。


「体調が悪いからいけない、と連絡して」


「…えみさん」


「はい」

 もう一度、スマホを優茉ゆまに押し付ける。


 私の真剣な様子に優茉ゆまはこくりと頷いて、スマホを受け取り、文字を打ち込んだ。そして送信ボタンを押した。


 ――― ドクン

 その途端、私は感じた。


 あ、私、消える。

 …そうか、未来が変わったから未来の私が消えるのか。


 そっか、よかった。


優茉ゆま、バイバイ、どんな形でもいい、優茉が生きていてくれたら、優茉が私の未来に期待してくれたように……私も優茉の生きる未来を祈ってる…たとえ絵麻いまのわたしがそれを見れなくても」

 そう目の前の優茉に言う。


 優茉ゆまも私のおかしな様子を感じ取ったのか、「えみさん?」と言う。


「えみさんの身体が透けてる…そんなことって…まさか」

 

 優茉ゆま、未来を変えてくれてありがとう。

 あれから10年、私は優茉ゆまを忘れたことはないよ、大好きだよ。


 消えそうな私を見つめる優茉ゆまが、言った。

「えみさ……、いや、絵麻えまでしょ? 絵麻えまだよね?」


 何で、気が付いた?

 でも、もう時間がない。


 辛そうな身体を押して、優茉は私の近くにきた。

「おかしいよ。恋人が彼女なんて一言も言ってないし、それに…私の好きなもの知っててそれに背中の擦り方…絵麻えまでしょ? 何でこうなったのか、わからないけど…絵麻えまが私のためにここにいるってことはわかる」

 そういって、消えゆく私の身体を抱きしめる。

 私も優茉ゆまを抱きしめる。


 そっか、それでバレちゃったか。

 ありがとう、優茉ゆま、そして神様。


 さよなら、私の大好きな人。


―――――

 ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。本編はここで終わりです。


 楽しんでいただけたでしょうか。

 もし、よろしければいいね、また評価を入れてくださると今後の励みとなりますのでどうぞよろしくお願いいたします。


 なお、この物語はあと2話投稿予定で、内容は下記のとおりです。

・もともとタイムスリップ前に今の私がいた10年後の前日譚

・今の私が消え去った後の後日譚


 引き続き、最後までお楽しみください。

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