第3話 過去の自分の嫉妬ー6日目

 ここ2日間は優茉ゆまは仕事が繁忙期らしくて、コンビニに来てお弁当を買う。奇跡的に、店長は夜型で基本的に夜に交代していたからちょうどよかった。昨日は気分転換にという名目で、私のあの極狭部屋でご飯を食べてバイト上がりの私と仕事のこととか、絵麻こいびとのことを少しだけ話した。今日も彼女は部屋にいる。


「すみません、おまたせしました」

 私が自分のお弁当を持って、部屋に入る。

 優茉ゆまは私の姿を見てくすっと笑って、座っていたベッドの端っこに寄って、私の座る場所を確保してくれた。

 

「お疲れ様です、今日も4時から?」

 優茉ゆまは私に話しかけて、私も返事をする。

「はい、そうです」


「長時間労働すぎますね…そういえば、えみさん…部屋着それだけなんですか?……」

 10年前に戻ってきたときの服装は、Tシャツにジーンズ。

 この1着しかない。

 まぁ、気になるよね。


「あ、はい。恥ずかしいけど、そうなんです」


 優茉ゆまはくすっと笑った。いつもの笑顔、私の大好きな。


「これから夏だし…痒くなりそうですね。…そうだ! 家に余ってる部屋着あるから差し上げますよ」


 優茉ゆまの一言に私は手を振って断った。

「いえ、そんな、申し訳ないです…」


 そんな私の様子にいたずらっ子のような顔に楽しそうに言う。

「捨てようかと思っていた所なんですけど、それでも? じゃあ、ごみ箱に…」


 何か断ってはいけない空気を感じて、私は観念した。

「えっ…じゃあ、はい、いただきます」


 お弁当の殻を袋に丁寧に入れながら、「自宅きてもらってもいいですか?」と優茉ゆまは私に提案した。私もお弁当を同じく袋に入れて聞く。

「これから?」


「これから、あ、もう寝ます?」


 私は優茉ゆまの勢いに、何も考えずに返事した。

「いや…あ、はい」

 そして優茉ゆまのマンションに二人で向かった。


 ***

「ここに入れてたはず…あ、ありましたよ」

 優茉ゆまはリビングの横の部屋にあるクローゼットでガザガザと探しながら声を出した。その時だった。


 ―― ピンポーン


「!?」


 優茉ゆまはリビングの扉を開けて、玄関に向かった。

 玄関の小さな窓からのぞいて、もう一度リビングに戻ってきた。

 優茉ゆまの顔色が変わり、心配そうな顔をしている。


「えみさん、すみません、ココにしばらくいてくれませんか? あの絶対に玄関のほうにきてほしくなくて…」


「いいですけど?」

 そう告げると急いで優茉ゆまは扉を閉めて玄関に戻っていた。


 思い出した。

 そうだ…私、あまりの連絡のなさに深夜、優茉ゆまの家に行ったんだ。

 居ても立っても居られず、私はリビングの扉をそっとあけて、様子を伺った。

 優茉ゆまはもうドアの外のようだ。

 私はそのままゆっくりと玄関に近づいた。


 玄関の扉に耳を当てて、外の様子を伺うと、声がした。

「やっぱり家にいた。ここ1週間、連絡しないってどういうことなの?」

「それは…絵麻えまだって同じじゃん…」

「はい? あーそういう…別に連絡しなくてもいいけど? そうする?」

「…そう言いたいわけじゃないよ」

「どうせ私のことなんてどうでもよくて、忘れていたんでしょ」

「違うよ…」

「いいよ、もう帰るから」


 声が遠くなった。

 絵麻わたしがどうも家から離れたらしい。

 私は玄関を薄く開けて外を見た。

 少し通路の先に二人はいる。

 まだ声は聞こえる範囲だった。


絵麻えま!」

 優茉ゆま絵麻じぶんの腕を掴んだので、絵麻わたしは振り返り、優茉ゆまの腕を振り切る。

「なに?」


絵麻えまこそ、私のこと、信用してないじゃん、」

 優茉ゆまは泣きながら、訴える。


「はい?? 何言ってんの?」

 絵麻わたしは言い切ってまた歩き出そうとするので、また優茉ゆま絵麻じぶんの腕を掴んで引っ張りながら、言った。

絵麻えま! 待って、帰らないで…」


 泣き顔の優茉ゆまに、絵麻わたしは少し勝ち誇った顔で「なに?」とまた聞いた。

 優茉ゆまは懇願した。

絵麻えま…私は絵麻えまがいないと…絵麻えまのこと…」


 絵麻えまが最後の言葉を優茉ゆまの言葉をさえぎって言った。

「私のこと、愛してる?」


 優茉ゆま間髪かんぱつ置かずに、返事をする。

「うん」


 嬉しそうな絵麻わたしはそのまま要求した。

「ふーん、じゃあ、ここでキスしてよ」


 優茉ゆま絵麻わたしの言葉に驚いて声を上げた。

「えっ…」


「ほら、やって」

 優茉ゆまの首を上げて絵麻わたしは自分の顔の方に向ける。

 それに優茉ゆまが観念し、「わかった…」と告げて―――、キスをした。


 そして優茉ゆま絵麻わたしを抱きしめた。

 絵麻わたしはキスを繰り返す。


 その姿に、私は玄関で倒れそうになった。

 こんな…こんなことを自分はやっていたのか。


 優茉ゆまと一緒にいたくて、会いたくて、大好きだった。

 でも本人を目の前にするとそんなことは言えなかった。

 高校時代に優茉ゆまから告白されてから、いつだって彼女が追いかけてきてくれる私でいたかった。


 自然に涙が溢れ、私は玄関を閉めた。

 そこに、また今度は先ほどより怒っている声が聞こえた。


「何で家に入れてくれないの? おかしいでしょ?」

絵麻えま、明日…試験でしょ? もう帰ったほうがいい」

「そうだけど…誰か、いるんじゃないの? まさか…浮気でもしてるんじゃないの?」

「そんなことないよ…」

「じゃあ、入れてよ」

絵麻えま…試験が終わるまでは…家に来ないって話をしたよね…」

「なんで!」

「…あのね、絵麻えまは大事だよ、でも貴重な学生時代を無駄にしてほしくない」

「あっそう、わかった! もうここには来ないよ、それでいいんでしょ、じゃあ」

「そんなこと…絵麻えま…」


 私はそれを聞いて、もうここに優茉ゆまが戻ってくると悟った。

 さっとリビングまで戻り、涙を拭く。


 でもいくらたっても優茉ゆまはリビングに戻ってこない。

 リビングの扉を開けると、そこには玄関を背に座り込んで泣いている優茉ゆまがいた。私は優茉ゆまに寄っていく。


「あ…えみさん…ごめん…ね…恋人が来たんだけど…」

 私に気が付いた優茉ゆまが声を出した。


「何も言わなくていいよ、リビング行ける?」

 優茉ゆまは頷いて立ち上がる。ふらつく彼女に私が触ろうとすると、「大丈夫、だから」と言い、少し距離を取ってリビングに向かった。


 私は優茉ゆまの背中を見ながら、絵麻じぶんの行動は恐らく変えられないだろうと悟った。絵麻じぶんからみたら私と絵麻えまは顔が似ているというだけの赤の他人できっと近づいたら、浮気を騒ぎたてるか、別れを強要するかのどちらかだろうと。今の私が論理的に説明しても絵麻じぶんに冷静な判断は不可能で、何もできないと思った。


 だから優茉ゆまの行動を変えようと決意した。

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