意図
三鹿ショート
意図
奇妙なことに、このところ、私の周囲の人間が不幸な目に遭っている。
歩道橋の階段から落ちて骨を折った人間や、駅の歩廊で何者かに突き飛ばされ、助け出されなければ危うく電車によって生命を奪われてしまうところだった人間など、理由は様々だが、無傷では済まないような事態に遭遇していた。
だが、私が傷を負うことはなかった。
私だけが無事である理由は、幸運だからだと呑気なことを言っている場合ではない。
これほどまでに家族や友人に不幸な偶然が重なるなど、何者かの意図が無ければあり得ることではないのだ。
しかし、何故私ではなく、他の人間に危害を加えているのだろうか。
心の底から私に対して恨みを抱いているのならば、私を殴れば良いだけの話ではないか。
それが不可能だということならば、私に対する恐怖心がよほど強いということになる。
だが、そのような人間に心当たりは無かった。
私が物事を複雑に考えているだけで、不幸な偶然が重なっているだけだという可能性も存在する。
ゆえに、私は家族や友人たちに対して、周囲に気を付けながら生活をするようにと警告した。
そのことが功を奏したのか、私の周囲の人間たちが傷を負うことはなくなったことを考えると、どうやらこれは不幸な偶然などではないらしい。
しかし、やはり私に対して恐怖心や恨みを抱いているような人間に心当たりは無かった。
***
私と交際しているということで、彼女にもまた危険が迫っているのではないかと考えていたが、彼女は平穏無事な生活をしている様子だった。
私が警告したためだという可能性も存在するのだろうが、違和感を拭うことはできなかった。
何故なら、彼女と交際を開始したのは、周囲の人間たちが傷を負っていた頃だったからだ。
ゆえに、彼女が無傷である理由は、彼女こそが私の関係者に危害を加えているからだということになるのではないか。
だが、彼女と知り合ったのは最近のことであり、恨まれるような行為に及んだ記憶も無い。
しかし、一度抱いてしまった疑念を払拭する必要があるだろう。
そのために、私は一芝居をうつことに決めた。
***
彼女を裏切り、別の女性と関係を持てば、その女性が標的と化すだろうと私は考えた。
選ばれた女性は不幸だと言うことしかできないが、仕方の無い犠牲である。
駅前で女性と別れた後、私は女性を尾行し、傷を負わされるかどうかを観察することにした。
あと少しで自宅へと到着するところで、女性は物陰から姿を現した何者かによって、傷を負わされた。
私は即座に女性に近付いて行き、女性を傷つけるために刃物を手にした人間を捕らえることに成功した。
その人間とは、彼女だった。
***
いわく、彼女はかつて私に愛の告白をしてきた人間の妹だったらしい。
私は彼女に教えられるまで思い出すことができなかったが、私が愛情を受け入れなかったことで、彼女の姉は心に大きな傷を負い、背の高い建物の屋上から身を投げたということだった。
ゆえに、彼女は姉の生命を奪ったも同然ともいえる私に対して、報復することを決めたようだ。
彼女がそうであったように、私からも親しい人間を奪うことで、私の心に傷を負わせるということが目的だったらしい。
そう語る彼女に対して、私は淡々と告げた。
「私と親しい人間を襲ったとしても、無駄なことだ。傷を負って入院をすることになった人々を見舞うことは、面倒以外の何物でもない。いっそのこと、その生命を奪ってくれれば、私は人間関係に煩わされることがなくなり、清々するのだ」
人間関係を築いていれば、生活する上で何かと利益が生ずるために他者と交流していたのだが、実際のところ、私は一人で気儘に生活したかったのである。
誰がどのような問題に直面しようともどうでも良かったのだが、表面上は親しくしている以上、声をかけなければならないことが、私には苦痛で仕方が無かった。
ゆえに、周囲の人間が傷を負ってからというもの、私は気にするべき相手が多く存在していることに耐えることができなかったのだ。
だからこそ、元凶ともいうべき人間が存在していた場合、相応の罰を受けてもらわなければ気が済まなかった。
私がそのことを伝えると、彼女から血の気が引いていった。
私は手足を拘束した彼女を屋上の縁まで連れて行くと、
「きみとの夜の時間はそれなりに楽しんでいたが、きみよりも良い具合の人間など探せば幾らでも存在していることだろう」
そう告げた後、彼女を突き飛ばした。
叫び声が聞こえてきたが、やがて彼女の言葉が聞こえてくることはなくなった。
背の高い建物から出て行く際、変わり果てた彼女の姿が目に入ったが、それ以上意識を向けることなく、私はその場を後にした。
意図 三鹿ショート @mijikashort
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