美少女

 放課後を告げるチャイムが鳴り、教室の空気が緩む。

 ガタガタと椅子から立ち上がる生徒たちにまぎれて、ふわっと石鹸のような香りがした。

 ――今日、体育なんてなかったよな?

 男子生徒が左を見れば、女子生徒がリュックに教科書を詰めていた。隣の席の大地だいち明日菜あすな。ひかえめな美少女といった感じで、視界に入るとつい見てしまう……そんな女の子だ。彼女が動く度、香りがシャボン玉のようにふわふわと立ちのぼる。

「大地さん、そんなに急いでどうしたの?」

 男子生徒が声をかけたとき、すでに明日菜は教室を出ていこうとしていた。

「このあと、約束があるんです」

 明日菜はそう言うと、慌ただしく廊下を歩いていった。

 先ほどまで彼女がいた場所から残り香がただよう。柔軟剤かシャンプーだろうか?      

 そういったものに疎い男子生徒には、香りの正体はわからない。

 わかったのは、美少女は本当に良い匂いがするということだけだった。


 一週間ほど経ったある日、男子生徒は明日菜の前髪と毛先がいつもと違うことに気がついた。

 最初は寝癖でもついたのかと思ったが、それにしては整いすぎている。

 おしゃれに目覚めたのだろうか。相変わらず石鹸の香りがするし、うっすらと化粧しているようにも見える。女子なのだから当たり前かもしれないが、少し意外に思えた。

 ――彼氏でもできたのかな。

「おはよう大地さん。……あれ? いつもとなんか感じが違うね。髪型変えた?」

 それとなく振ってみると、彼女は少し照れくさそうに笑った。

「実は最近、友達に教わって髪を巻く練習をしているんです」

 放課後は毎日、その友達の家でヘアメイクを教わっているらしい。最近ただよってくる良い香りも、その子に勧められたボディミストによるものだという。

「せーちゃん……えっと、友達が、メイクとか上手で。見ているうちにやってみたくなったんです。自分が少しずつ変わっていくのが楽しくて!」

 変ですか? と言いつつも、明日菜の瞳はきらきらしている。男子生徒はぶんぶんと首を振った。

 ――自分が楽しいからおしゃれしているんだ。なんだか、まぶしいな。

 軽率に彼氏の存在を疑ってしまったことを恥じた。

 かわいいから美少女なんじゃない。 かわいい自分であろうとするから美少女なのだ。

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少女が美少女になるまで 時坂咲都 @sak1tokisaka

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