はじめてコスメ

 家から自転車で三十分かかる、隣町のドラッグストア。

 明日菜もたまに買い物に来る、馴染みの店だ。しかし、今日は彼女にとって未踏の地─―化粧品売り場に来ている。

「そんなに身構えなくてもいいじゃん。噛み付いてくるわけじゃないんだから」

 半歩先を行く星花がくすくす笑う。

「だって……興味はあるけど、中学生にはまだ早い気がするし……」

 メイク用品を一式揃えるつもりでお年玉を持ってきたが、いざとなると緊張する。同い年の星花はこんなに慣れているというのに。

「そりゃあ、濃いメイクはウチらには必要ないけど、早くはないでしょ。高校生になったらフツーだって、お姉ちゃんが言ってたよ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。そういうもんだよ。でも、大人はまだ早いって教えてくれないから、こーいうのは自分たちで覚えるしかないの」

 星花は自分の目元がコンプレックスだった。それをなんとかしたくて、姉をお手本に見よう見まねで化粧を覚えた。

「そっか……」

 おそるおそる、棚を覗き込む。魔法少女が持っていそうなコンパクト、花をイメージしたルージュ、宝石箱のようなアイシャドウ。コロンと愛らしい化粧品が整然と並べられている。明日菜はすっかり目を奪われてしまった。

「かわいい……もっと化粧品って、大人っぽいものだと思ってました」

「これ、中高生に人気のプチプラブランドなんだ。初めてならココで一式揃えるといいよ」

 星花が解説しながら、いくつか手に取る。

「下地は日焼け止めにもなるタイプね。アスは肌がキレイだから、薄づきのフェイスパウダーのほうがよさそう。それから――」

 楽しそうな星花。明日菜は言われるがままに、フルメイクやスキンケアに必要なものをカゴに入れていく。

「あの、これって何色がいいんでしょう……?」

「テスターを塗って、肌なじみが良いものを選べば大丈夫。チークとリップは色味を揃えるといいよー」

 一人だと何を選べばいいかわからないので、星花の存在はとても頼もしい。

「これだけあれば十分だね。使い方もちゃんと教えるから、安心してよ」

 プチプラでも一式揃えるとそれなりのお値段になる。思わず金額を二度見してしまうくらい、中学生には思い切った買い物だった。

 明日菜はドキドキしながら、コスメの入った紙袋を撫でる。

 ひとつひとつが素敵な宝物のような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る