第6話 ブラック様はどこまでもお優しいです

翌朝、やはり昨日痛めた手が腫れてしまっていた。万が一叔父様たちに見られたら、学院を休めと言われるかもしれない。私にはもう時間がないのだ。1日でも長く学院に通えるよう、袖で隠す。


手が痛すぎて、お弁当の準備が出来なかった。昨日の夜も今朝も、ろくなものを食べていない。そう、貴族学院では、食堂などはなく皆お弁当を持参する事になっているのだ。


皆立派なお弁当を持って来るだろうが、生憎私のお弁当は準備されていない。みすぼらしいお弁当を持って行くくらいなら、食べない方がいいかもしれない。


そんな事を考えながら馬車に乗り込もうとした時だった。


「お嬢様、お弁当でございます」


何と、使用人がお弁当を持ってきてくれたのだ。


「えっ、私に?」


「はい、旦那様が学院に行く際は、あまりみすぼらしいお弁当では伯爵家の恥になるとの事で」


見栄っ張りの叔父様らしいわ。でも、私の為にお弁当を持たせてくれるだなんて、なんだか嬉しい。


「ありがとう、大切に食べるわね。それじゃあ、行ってきます」


相変わらず無表情の使用人に笑顔で挨拶をし、そのまま馬車に乗り込んだ。まさかお弁当を作ってもらえるだなんて。なんだか嬉しくてワクワクしてきたわ。まるでピクニックに行く子供の様ね。


ただ、手がやっぱり痛い。幸い怪我をしたのは左手だ、文字を書いたりするのには支障はない。それでも不便なのには変わりないが。


そんな事を考えているうちに、学院に着いた。さすが馬車、あっという間ね。ゆっくり馬車から降りる。あれは、ブラック様だわ!


「ブラック様、おはようございます」


今日も笑顔で挨拶をする。


「また君か。おはよう。君はいつも笑顔だね」


「はい、笑顔でいると、いい事があるのですよ。ブラック様もぜひ笑顔で過ごしてください。どんなに辛い事があっても、笑っていれば心が晴れるのです。それでは失礼いたします」


ペコリと頭を下げ、教室へと向かう。昨日の夜から何も食べていないせいか、少しふら付くがこれくらい問題ない。そう思っていたのだが…


「大丈夫か?ふらついているぞ。俺が…」


「痛い…」


心配してブラック様が私の元に駆け寄ってきてくれた上、手を取ろうとしてくれたのだが、生憎怪我をしてしまった方の手だったため、触れられた瞬間痛みが走ったのだ。


私ったらこの程度の痛みで声を上げるだなんて、情けないわね。


「君、怪我をしているではないか?すぐに医務室へ…」


医務室はマズいわ。


「いいえ、大丈夫ですわ。それでは失礼いたします」


「待ってくれ、どうして医務室に行くのが嫌なんだい?とにかく治療を受けた方がいい。手がものすごく腫れているじゃないか!」


「お気持ちは有難いのですが、大したことはありませんので。それでは失礼いたします」


叔父様から絶対に医者に掛かってはいけないと言われているのだ。万が一私が医者に診てもらった事がバレたら、もう学院に通わせてもらえなくなるかもしれない。とにかく私は、あまり問題を起こさない様に生きないといけないのだ。


「だから待つんだ!どうやら君は、医者が嫌いな様だな。仕方がない。ちょっとこっちにおいで」


一体どこに連れて行くつもりだろう?そう思っていると、公爵家の馬車へとやって来たと思ったら、ブラック様の家の使用人が出てきて、怪我の手当てしてくださったのだ。


「お可哀そうに、随分腫れていらっしゃいますね。いくら医者が嫌いでも、きちんと見てもらった方がよろしいですよ」


「丁寧に手当てして頂き、ありがとうございます。このご恩は決して忘れませんわ」


「ユリア様は大げさですね。この程度の手当て、いつでもお任せください」


そう言ってほほ笑んでくれた使用人。私も笑顔で返す。


「ブラック様も本当にありがとうございました。あなた様には助けられてばかりですね」


「別に俺の事は気にしなくてもいい。ただ…いや、何でもない。さあ、そろそろ教室に行かないと、遅刻してしまうな」


「まあ、もうこんな時間なのですね。ブラック様、それに使用人の方も、本当にありがとうございました。それでは私はこれで失礼いたします」


ペコリと2人に頭を下げ、急ぎ足で教室に戻った。よかった、まだ先生はいらしていなかったわ。急いで席に着き、授業の準備を行う。


それにしてもブラック様、本当にお優しい方だわ。きっと私に同情してくださっているのだろう。それでも私は、とても幸せだ。


私もブラック様に何かして差し上げたいが、生憎彼は公爵令息で望むものは何でも手に入るだろう。それに私の様な人間から何かをしてもらっても、迷惑かもしれない。


それでも何かしたいと考えてしまうのだ。彼は一体何をして差し上げれば喜んでくれるかしら?


結局授業中、その事ばかり考えてしまったのだった。

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