第3話「何かがおかしい」
「はぁ、ただいまー」
スターダックスコーヒー
「お帰り
「なんで帰宅早々
俺がダンボールで送っていた
「晴明があまりに遅かったからさー、ヒマでヒマでつい繋いじゃった。なんかよくわかんないけど、このゲーム面白いね! 呪いを飛ばしあってエリアを呪い
「いやそれは認めるけど、お前よく一人で繋げたな。生前はゲーム好きだったのか?」
「うーん、わかんない。少なくともゲームって存在は知ってるけど、ぼくがやってたゲームはこんなに凄いゲームじゃなかった気がするなぁ」
ユウはソファに座ると、コントローラを持って
画面に夢中なユウを見ると、その周囲にはマンガが散乱していた。あれも俺が別のダンボールに入れていたヤツだ。ゲームにマンガにやりたい放題。こいつ、本当に幽霊かよ。
ちなみにユウが読んでたマンガは、女の子に貸すのはかなり憚られる際どいヤツだ。ちょっと不思議な女の子と、一夏をめぐる淡い恋物語。まぁ、目の前のユウの方がよっぽど不思議な存在なのであるが。
とりあえず。楽しむユウを横目に俺は自分のルーティンを済ませることにした。家に帰ったら手洗いうがい、お風呂の準備。すぐにシャワーを浴びて身を清めよう。
汗を吸ったシャツを脱ぎながら、そう言えばと思い出して俺はユウに声をかける。
「そうだ、おいユウ」
画面を食い入るように見つめているユウは「なーにー?」とこっちも見ずに予想通りの生返事。ゲーム画面では、エリア端に追い詰められたユウのキャラが敵に囲まれ、ボコボコに呪いを撃たれて弾け飛んでいた。
「あぁ、くそぅ。晴明が話しかけるからやられちゃったじゃん!」
「いや、今のはどう考えてもハイパージャンプで撤退一択だろ。3対1で勝てるワケねーよ」
「でもそこを覆してこそじゃない?」
「まぁ、その戦力差で撃ち勝てたら最高ではあるな。ってそうじゃない。なぁ、今日の昼の財布の件なんだけどさ」
「財布? あぁアレ? ちゃんと届いた?」
「いやいやいや、歩いてたった10分の距離でバイク便使うってどういうこと? 財布の中の3000円、送料でキレイに消えちまったじゃねーか!」
「だって仕方ないじゃんかー」
「何が仕方ないんだよ?」
「だってだって……あぁッ!」
──ばちゅん。またもユウのキャラがやられて弾け飛んだ。昇天。と同時にタイムアップと表示されて、今回のバトルは終わったようだ。リザルト画面はユウのチームの大敗北。まぁ仲間との連携すらロクにできてねーし、当然の結果だと言えよう。
ユウはバトルを終えてようやく俺の方に向き直る。と、途端に顔を赤くして叫ぶ。「変態ッ!」と声を大にして。
「い、いきなり脱いでなんなの⁉︎ ぼ、ぼくの身体が欲しいってワケ⁉︎」
「いやまぁ落ち着け。風呂に入る準備だ、お前の身体になんてカケラも興味ねーよ。色んな意味で薄ーいんだから」
「それはそれでなんかムカつくんだけど! と、とりあえず何か着て!」
「いやだよ、汗吸ったシャツをまた着るのも、風呂入る前に新しいの着るのも。それよりさっきの話、財布の件だけどな」
「じゃあ先にお風呂入ってきて! 見てられないから!」
真っ赤な顔で言うユウに、とりあえず俺は従うことにした。そういう「仕様」と言えば良いのか、半透明なユウは全体的に赤くなっている。不思議なもので、可愛いと言えなくもないってところ。
……ま、後でもいいか。俺は下をも脱いで、風呂へと向かう。後ろで「そこで脱ぐなぁ!」と聞こえた気もしたが無視だ、無視。何たってここは一応、俺の家なのだからな。
──────────────────
シャワーを浴びて人心地。バスタオルで頭を拭きながら、俺はユウの待つリビングへと向かう。また何か言われるのは面倒なので、一応服を着ている。夏は半裸が基本なんだけどなぁ。涼しいし。
「おいユウ、さっきの続きだけど」
「財布の件でしょ? だからあれは仕方ないんだって」
「いやだから何が仕方ないんだ? 持っていくって言ったのはお前だろ?」
「
「困ったこと?」
「持ってた財布がさ、すとんって地面に落ちたんだ。ちゃんと手に持ってたのに、まるですり抜けるように落ちちゃって。それから色々試したんだけどさ、家の中でなら物を持てるのに、それを外に持ち出したり、外の物を家の中に持ち込んだりすることはできないって気づいたの」
ユウは手に持ったコントローラを、俺にひらひらと見せている。なるほどユウが具現化(?)できるのはこのアパートの中だけらしい。俺がユウに触れられるのも、その辺の事情が関係していたのだろうか。
「でさ、不幸なことに財布は家の外に落ちちゃったじゃん。そのままにしてるときっと誰かに盗まれちゃう。だからぼくは、苦肉の策でバイク便に電話を掛けることにしたの。家の前に落ちてる財布を、スタダの
「よくそんなので受けたな、そのバイク便も」
「びっくりだよね。さすが『何でもやります』って謳ってる『
「……えーっと、なに?」
「ありがとうでしょ!」
「いやでも財布いらなかったんだぜ?」
「盗まれてたかもしれないでしょ!」
「それはユウが財布を外に出したからで……」
「事故だって言ってるでしょ!」
ぷんぷんむくれるユウを見て、結局俺は「ありがとう」と礼を言っておいた。これ以上は確実に面倒になる。ユウはと言うと、「もっと崇めてもいいんだよ?」と笑っている。
にっこりと笑うユウを見て、こいつは生前、どんな人間だったのだろうと考える。何故ユウは死んで幽霊になったのか。何故記憶が抜け落ちているのか。何故、呪縛霊のようにこのアパートにいるのか……。
そして、ユウは前店長たちの失踪事件に絡んでいるのか。俺の直感は「そうだ」と告げている。でも、この幽霊らしくない幽霊のユウが、害意を持って前店長たちに何かしたとは考えにくい。
とにかく、まだまだ情報が足りない。今わかっているのは、それだけだった。
「ねぇ、晴明。新しいお店はどうだった? やっていけそう?」
「まぁな。異動は初めてじゃないし、店のメンツもいい人ばかりでよかったよ。バイトリーダーたちも優秀そうで、社員抜きでストア運営ができてたのも頷ける。ただな……」
「ただ?」
「前店長たちの失踪については、みんな詳しいことは知らないんだ。バイトリーダーの
「うん、住んでたよ。でも、みんなぼくが見えないみたいで、特別な絡みなんてのはなかったけど」
「脅かしたりしてない?」
「するワケないよ。それにさぁ、ぼくがどれだけ接触しようとしても、前の店長たちはぼくに気付かないどころか、ぼくは店長たちの私物にも
ラッキー! じゃねぇよ。こっちは幽霊と同居って意味のわからん新生活なだんだぞ。
まぁそんなに怖くないので実害はない……いやあったわ。徒歩10分のところバイク便使われて3000円も取られたわ。別に財布いらなかったのに。
「でもまぁ、そうだなぁ。前の店長たちって、ここに来たすぐは本当に普通に過ごしてたんだけど、途中で何かおかしくなってたんだよね。家鳴りの音に敏感になったり、何にもないところを凝視してたり。ちなみに、ぼくの方に視線を向けらたことは一度もないなぁ」
「最後まで、ユウには気が付かなかったってことか」
「多分ね。相性とかそう言うのがあるのかも。そう言う意味では、ぼくと晴明は相性抜群なのかもね?」
「いやあんまり嬉しくねぇ」
「ひどいな! こんな美少女と同居してるのに!」
ぷんぷんとむくれるユウを見て、不思議に思う。ユウから害意は全く感じないが、きっと何かがある。ユウ自身でさえ気づいていない何かが。それを突き止めないと、連続店長失踪騒ぎは解決しないのだろう。
「アホな晴明は放っといて、
「俺とお前じゃ戦いの年季が違いすぎる。もっと修行してから俺に挑むことだな」
「ふーんだ。すぐに上手くなってぼくがボコボコにしてあげるよ! 覚悟しておくんだね!」
薄い胸を反らしてコントローラを手に取り、再びテレビを凝視するユウ。「おりゃー!」と掛け声はいいが、またボッコボコにされている。あー、あれはリスキルされてんな。可哀想なヤツめ。
ユウのプレイを見ていた俺は「そう言えば」と思い出し、帰り道で買っていたビールを備え付けの冷蔵庫に入れることとした。
随分と新しい冷蔵庫である。前の店長のものなのか、それともその前の店長のものなのか。どちらにせよ感謝だ。失踪した人に言うセリフじゃないかも知れないが。
扉を開けて、何も入ってない冷蔵庫にビールを並べていく。するとそこに、いや正確には冷蔵庫の天井に、貼り付けられた何かを発見した。
──折り畳まれた封筒だ。それがガムテープで乱雑に貼り付けられている。これは何だ?
封筒を破らないように気をつけて、ガムテープを剥がす。中から出てきたのは、ノートを破ったような切れっ端。鉛筆で書き殴ったような文字がそこに踊っている。
この部屋にはナニカがいる。ナニカと目を合わせてはいけない。ナニカに気づいていると悟られてはならない。ナニカに触れてはならないし、触れられてもならない。ナニカがいることを、誰かに話してもいけない。
ナニカを見たら逃げろ。生き延びろ。人里離れた場所に逃げ、ひっそりと生きるしかない。
髪の長い、目の黒い女に気をつけろ。
メモの下には、恐ろしい絵が描かれていた。
真っ黒な、穴だけかと思うほどの目に、ボサボサの長い髪。口を大きく開けて、まるでこちらを凝視しているような女。
こいつは何者だ。このメモを遺した人間は誰だ? 前の店長たちのうちの誰かなのか?
目の前でゲームに興じるユウとは別人だ。ユウはショートカットだし、この絵みたいに痩せこけてないし、何より目がきちんと輝いている。
だがしかし、この部屋でのナニカとはユウのことしか考えられない。
そのユウがこちらを振り向く。「どしたの?」と言うような柔らかい表情なのに、何故かドキリと心臓が跳ねる俺。
ユウに気取られないよう取り繕い、「ちょっと仕事の電話してくる」と言ってアパートの外へ出た。
電話の相手はもちろん同期の
1コール、2コール、3コール……。繋がった、と思ったら「お掛けになった電話をお呼びしましたが、お出になりません」という機械アナウンス。
くっそ、肝心な時に使えないヤツめ! ダメ元でもう一度掛けようとした時だった。電話から漏れる機械アナウンスが、何かおかしいと気がついたのは。
俺は恐る恐る、もう一度電話を耳に当ててみる。
「──お掛けになった電話の持ち主は、もういません。次はあなたです」
【羽間さんの第4話に続く!】
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