第5話 武田八幡宮

 新府城をでて七里岩ラインを南下、韮崎市役所横の武田橋で釜無川を渡って西にしばらく行けば、山際に武田八幡宮がある。新府城からは車で10分少々の距離だ。

 名のとおり武田氏の氏神であるが、武田氏滅亡後も徳川幕府から保護され、現代にその社蹟を保っている。


 神社に正対すると、鳥居前右手には多数の石仏が彫られた三角形の岩がある。高さと底辺は人の背丈ほど。安山岩に、7段に分けて手のひらほどの大きさの仏像が無数に彫られている。由緒書きによれば、近くの山の廃寺から運ばれたものであるとのこと。摩耗により仏の姿は明瞭ではないが、かえって山中の寺に納めた人々、廃寺に際し麓まで運び据えなおした人々の苦労、信心が思われる。


 当神社は石鳥居、総門、舞殿、拝殿、本殿が一直線に並ぶ配置で、私が最も関心を持ったのが、先頭にある石鳥居だ。通常鳥居は参道の先頭にあり(複数の鳥居がある場合あり)神域の境を示すもので、参拝者は参道を進んでそのまま鳥居の柱の間をくぐるようになっているものだ。しかしこの石鳥居は野面積みの石垣の上、神社前の一般道から1.5mほど高い位置に据えてあり、直進してくぐることができない。一旦、参道中央の左右に備えられた、石垣の上へと至るための石段を上る必要がある。このような配置の鳥居は、数百の神社を見てきた中でも初めてのものであり、大変興味深い。


 鳥居本体は石造りで、台石・柱・台輪・貫・笠木・島木・額束を備えた明神鳥居(特に台輪鳥居に近い)であるが、現在一般的に見られるものと比較すると柱が太く、踏ん張りのある姿をしている。貫の部分に、「天正十二年(補修)」と刻まれているそうであるから、少なくとも西暦1584年以前に製造建立されたものとなる。確かに、現存最古の鳥居である山形県の元木の石鳥居ほど顕著ではないにせよ、その柱の太さは平安期に製造されたという元木の石鳥居から現在の石鳥居の形状への変化の中間点にあることを感じさせる。


 続く総門は随神門で、2階部分もある立派なもの。なぜか門の中央に賽銭箱が置かれていた。本殿までは石段・坂が続くので、足腰の悪い人用だろうか。


 舞殿は参道に対して妻側(屋根が八の字に見える面)が通っており、壁はなく屋根は6本の柱によって支えられている。妻の面には両端の柱のみ、平側(屋根が四角形に見える面)には中間にも柱がある。なぜか中間の柱は中央ではなく、本殿側に寄って立っていた。屋根の形状からして重量が偏っているわけでは無いので、恐らく演者が観客に見やすいようにとの工夫であろう。舞殿の天井には天板は張られておらず、梁や野地板がそのまま見える状態である。他の神社で見られない特徴としては、そこに紙垂が付いた細い縄が張り巡らされていたことだ。紙垂は白・黄・赤の3色が確認できた。よくある五色には、紫(黒)と緑(青)が足らない。


 拝殿右手には、韮崎市が管理する水道施設があった。現在も使用されているのかは分からない。


 本殿はシンプルな流造で、室町期の建築のようだ。平安早期の西暦822年、元々あった武田王を祭る宮に宇佐八幡から八幡神(ホンダワケノミコト:応神天皇)を勧請、合祀したらしい。その時はどの道を通ったものだろう。東海道を進み、富士川を遡ったというのが一番無難か。ただ、平安時代に東北へ行く場合は近江・美濃・信濃・上野を通る東山道が主であったので、東山道で諏訪に出て南下した可能性もある。海路については、古代日本では日本海側や瀬戸内海を航行していた記録はあるが、太平洋側についてはトンと見かけないためあまり考えられない。


 隣には源為朝を祭った為朝神社がある。頼朝・義経の叔父にあたる源氏武者で、一本の矢で鎧武者二人を射抜いただの、弓で船を撃沈しただのという逸話があり、たいへんな強者であったという。

 逸話の一つに、疱瘡(天然痘)が流行した時に罹患しなかったことから、疱瘡除けの神として祀ることがあり、当神社はそれに当たる。

 建屋の中には小さな社殿と、為朝の木造が置かれていた。種痘が確立されて以降、疱瘡除けとして祀る人も減って荒廃していたのを、有志が建屋を立てて安置したらしい。

 おかげで今を生きる我々に、歴史が伝わる。ありがたいことだ。

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