第15話 帰りたくない
昨日はいろいろなことがあった。
異世界転生初日……なんと自分の体をコントローラーで操作することになる。
そして泥棒と出会って警察官と出会って、気がつけば記憶喪失ということになり、派出所に寝泊まりさせてもらうことになった。
就寝して、目が覚める。
適当にボタンを押すと主人公がベッドから降りた。
相変わらずヤクザみたいな見た目の主人公だった。このガタイで不審行為なんてしてたら通報待ったなしなので、今度からは気をつけないと。
仮眠室を出ると、
『おや……』初老の男性がイスに座って新聞を読んでいた。『キミが噂の……記憶喪失の人か』
ここで選択肢。
◆
選択肢A 「あんたは何者だ?」
選択肢B 「ショコラは?」
選択肢C 「シーちゃんは?」
選択肢D 「あの少年はどうなった?」
◆
……
マズい。ゲームの癖でそろそろふざけたくなってきた。というか、昨日の「あんたは何者だ?」を繰り返した時点で、結構ふざけ始めている。
『あんたは何者だ?』
『私かい?』なんとも柔和そうな笑顔だった。『ここの所長……エスピオンだ。エスって呼んでくれ』
エスピオン……エスさんか。
……穏やかそうな人だなぁ……人畜無害というかお茶が似合うというか……この人の周りにだけお花が浮かんでる気がする。それほどホワホワした空気の人物である。
『ショコラさんがお世話になったそうだね』お世話になったのはこちらだけれど。『ともあれ宿が見つかるまで、ゆっくりしていくと良い。困っている市民を助けるのは警察官の役目だからね』
ありがたいお言葉である。
『なんならキミも警察官になるかい? ショコラの話だと相当強いようだし……試験さえ通れば問題ないだろう』
その試験ってのが難関なのだけれど。通る気がしないけれど。この世界のことなんてなにも知らないけれど。
しかし警察官か……悪くないかもしれない。どのみち仕事は見つけないといけないのだから……
そういえばショコラさんはどこに行ったのだろう……派出所にいるはずだけれど……
『ショコラさんならシャワー浴びてるよ。あの少年を洗ってあげてるみたいだね』
……
……シャワー……ショコラと少年がシャワー……?
たしかに少年は小さな子供だったし……あの状態で1人でシャワーは厳しかったのだろうな。
……
……
『……さすがに覗くのは許せないよ……?』
心を読まれた。やるなこの人。いや……覗こうとなんてしてないけど。本当にしてないけど。してないからな……? してない、よな……?
なんてことを考えていると、
『おはようございます』少年を連れたショコラさんが、『先日はありがとうございました。よく眠れましたか?』
……シャワー終わりで火照っているショコラさんキレイだなぁ……ちょっと……変な気分になってしまいそうだ。髪が濡れてかなりセクシーになっている。
ともあれ、選択肢。
◆
選択肢A 「ああ」
選択肢B 「あまり眠れなかったな……」
選択肢C 「あんたはどうだ?」
選択肢D 「う、美しい……」
◆
……今さらだけど……なんで僕の人生なのに選択肢でしか会話できないんだろう……その理由を天使様に聞いたら、嫌がらせって答えられるんだろうな。
ここは正直にいこう。
『あまり眠れなかったな……』
派出所の寝心地とかは関係ない。こっちの……死後の世界での寝心地が悪かった。薄い布団しか与えられなかったのだ。
『そうですか……申し訳ありません』ショコラさんが謝ることじゃないけれど。『やはり慣れない空間では寝付けないですよね……』
『いや……あんたみたいな美人が近くにいると思うと、意識してしまってな』
だから勝手に喋るな主人公。昭和レベルの口説き方なんだよ……
『は、はぁ……』ショコラさんも反応に困ってるじゃん……『あ、ありがとうございます……』
なんでお礼を言われたんだろう。美人だということに対してだろうか。
……この主人公……なかなかプレイボーイだな。感性は古いけれど。
『さて……』所長が新聞を畳んで、『今日の予定だけれど……その少年のご両親を探すことが最優先かな』
それから所長は僕のほうを見て、
『キミの記憶やら宿やらも優先したいけれど……しばらくはここにいて良いから。子供優先でいいかな?』
その優先順位に僕も同意しよう。まずは子供優先だ。
というわけでボタンを押してうなずく。
『では』ショコラさんが言う。『私が少年の両親を――』
『嫌だ』
突然、聞き慣れない声が聞こえた。
子供の声。まだ声変わりしていない、幼い声。
この場所で子供なんて1人しかいない。
少年は下を向いて、
『帰りたくない』
そう、ハッキリ言い切った。
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